要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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幕間(七章〜八章)

掟の中で

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「父上、私は勇者様と共に、魔王を討ちに行きます」

「お前は、まだそんな事を言っておるのか。ならぬと、言っておるだろう」

 王の玉座に座る美しい青年は、目の前の意志の強い目をした姫に、威圧を込めた声で語りかける。

「我々には我々の使命があり、勇者には勇者の使命がある。そしてその使命を果たす為に、我らには我らの掟があるのだ」

「しかし、父上。魔王を迅速に倒さねば、世界に瘴気が広がると私は学びました。そして、魔王は幾度となく復活を繰り返しているとも……これでは、何れこの世界は滅びます! 滅びが決まっている世界など、あってはならぬのではないのですか!」

 玉座に座る王に向かい、姫は臆することなくこの世界に対する疑問を口にし、王を問い詰めた。

「この世界が何れ滅ぶというのであれば、それが世界の摂理なのかもしれぬ。もしかしたら、その前に誰かがこの世界を救うかもしれぬ。何れにせよ、それは我々の使命ではない」

「父上、貴方は王でありながら、成り行きに全てを任せると仰るのですか!」

「そうだ。我々の使命は、世界樹と共に在る事だ。世界樹を護り、世界樹が滅ぶ時は我らも滅ぶとき。世界に、そして悪神に手を出しては成らぬ」

 王は神の名を口にし、それ以上口を開く事はなかった。

「その悪神が……全ての元凶なのではないのですか? 我らが民の中に、必ず悪神の聖痕を持つものが現れます。そして、発見次第に貴方は存在を消してきた……あの子も、もっと生きていたかった! 何故……何故、貴方はそんな事が出来るのですか!」

 姫は目から大粒の涙を流しながら、王を睨みつけていた。

「我が『王』で、それが『掟』だからだ」

「貴方は何の『王』で、何の為の『掟』だと言うのですか」

 王は、姫からの問い掛けに表情を全く変えることなく答える。

「エルフを統べるハイエルフの王であり、世界樹を護る為の掟だ。そして、お前は我の跡を継ぐ者だ」

「そうですか……そうなのであれば、私は王には成りません。外の世界にて、この世界の理が何故、こんなにも悲劇を生むのかを突き止め、あの子のような巫女を救ってみせる!」

 姫の涙は既に止まっており、その瞳は揺るがない意志の炎が灯っていた。

「言っても分からぬか……暫く・・頭を冷やすのだな……『切れぬ鎖チェーン』『破れぬ檻ゲージ』」

「くっ! 魔力が!? 父上! 何を!」

 姫が王の作りだした鎖に身体を縛られ、その周りから檻が出現した。姫は『切れぬ鎖チェーン』により魔力を抑えられ、更に魔力を封じる檻に囲われた。そして、王が指を鳴らすと、人払していた王の間の扉が開き、護衛兵が入っていた。

「この者を、我が許可するまで、地下牢へと入れておけ」

「な!? 姫をですか!?」

 護衛団長の青年は、王の命令に驚きの声を上げた。

「二度とは言わぬぞ。その者を連れて行け」

「は!」

 王の威圧の前に、護衛団長の青年は青い顔をしながらも、部下に姫を連行する事を命じた。

「父上、戦わねばこの世界に先はないのですよ」

「その戦いは、我らの使命ではない」

 そして、王の間から姫は連行されていき、王の間の扉は閉まった。

「世界を、終わらせる訳にはいかぬ」

 王は、閉まった扉を見ながら、自らに言い聞かせるように呟いたのだった。



「姫、食事の時間でございます」

「毎回言うけど、給仕は護衛団長の仕事じゃないわよ」

「いえ、護衛も兼ねておりますので」

「そう……アレからもう、何年経ったのかしら?」

 姫に問い掛けに護衛団長の青年は、苦しい表情をした。

「……もう直ぐ十年となります」

牢の中の椅子に座りながら、姫は苦笑した。

「まぁ、エルフに取っての十年なんて、『暫く』程度だものね。ハイエルフなら、更に百年くらいと思ってそうね」

「そんな!?」

 護衛団長の青年は、姫の苦笑交じりの言葉に思わず大声を出してしまっていた。

「アレク、あんまり大きな声を出すと、ここに来れなくなるわよ?」

「……姫が、私を驚かせるようなご冗談を仰るからです」

 バツの悪そうな顔をしながら、アレク護衛団長は非難するような目線を姫に向けている。

「案外、冗談ではないのだけれどもね……アレク、外の魔王はどうなったの?」

「姫……外の魔王は、異世界から『召喚されし勇者』達によって先日討たれたそうです」

「瘴気は、勇者に魔王が討たれるまで間に、どれくらい広がったの?」

「今回は、無事に召喚されし勇者達が勝ちましたので、人族の街が幾つか飲まれたぐらいで済んだようですね」

 アレク護衛団長は、人族の街が瘴気に呑まれた事に全く関心が無いように報告を行った。

「そう……」

 姫はアレク護衛団長の報告を聞き、静かに瞳を閉じた。

「それでは、お食事が終わった頃に再び参ります」

 アレク護衛団長は、地下牢から地上へと戻っていった。

「また世界は滅びへと近づいたのね……」

 姫は、目を開け地下牢の天井を見上げた。

 まるで、誰かを睨みつけるかのような怒りに満ちた目だった。



 程なくして、アレク護衛団長が再び地下牢へとやって来た。

「姫! 王から地下牢から出ても良いとの、お達しがありました!」

「分かっているわ。腕に巻きついていた『切れぬ鎖チェーン』と私を囲んでいた『折れぬ檻ゲージ』が消えたから。父上が発動を止めたと言う事は、そういう事でしょう。今代の魔王が倒され、私の外に出る目的が無くなったと言う事で、拘束を解いたのでしょうね」

「それは……一先ずここから出ましょう! 十年ぶりの樹々の様子を、そして世界樹をご覧になって下さい!」

アレク護衛団長は、まるで我が事のように喜び、姫を地上へと早く連れて行こうとしていた。

「そうね、『外』に出ましょう」

 姫は、牢屋の扉を開け手を伸ばして来たアレク護衛団長の手を取らなかった。姫の手はアレク護衛団長の腕ではなく顔にかざされていた。

「姫……何を……ぐっ……姫……駄目で……す……」

「護衛団長足る者、いつ如何なる時でも気を抜いちゃ駄目よ?」

 アレク護衛団長は、そのまま床へと倒れこみ深い眠りについていた。

「さぁ、父上。貴方が護るのであれば、私は攻めましょう。この世界を護る為に」



 魔王が『召喚されし勇者』に討たれた数日後、エルフの隠れ里より一人のハイエルフの姫君が姿を消した。

 そして、数週間後に王都冒険者ギルドに銀色の魔術師ローブを纏ったエルフが冒険者登録を行った。そのエルフは、全く自分の事を隠す素振りは見せず、親しくなった冒険者仲間には、自分が元エルフの姫だと冗談めかして話すほどだった。

 まるで、誰かに私はここにいると教えているかのようだった。

 姫はエイディと名乗り冒険者として活動し、既に八十年近く活動していた。ランクはSランクにも達しており、様々な秘境へと冒険を繰り返していた。その活動場所は未踏の地ばかりであり、彼女について来れる者は一人しかいなかった。



「なぁ、エイディ。お前は一体、何を探しているんだ?」

「この世界を救う術よ」

 彼女は、黒髪黒目で着流しを着ているの男の問いに答えた。

「世界を救う術ねぇ。よくわからんが、お前に付いて行くと手強い魔物と戦う事に事欠かんから、俺は願ったりだがな」

 黒髪の男は、嗤いながら刀の手入れをしていた。

「アメノは、それしかないのね。もうそろそろ貴方もいい歳になるんだから、王城からの指南役の仕事を引き受けたら?」

「いい歳ねぇ。お前に言われたく……いや、何もない。何も言ってないから嗤うな! 詠唱を態々口にするな! 怖いんだよ!」

 アメノと呼ばれた男は、エイディから殺気を感じ即座に離れ、刀を抜いて構えをとった。

「あら、構え迄取るなんて失礼ね。全殺しまでは、しないわよ?」

「半殺しはする気満々じゃねぇか……お前が、一番おっかねぇんだよ……」

 アメノは溜息を吐きながら、刀を納めた。

「私も、今回の調査から王都に帰ったら、少し一人で行くところがあるわ。アメノも良い機会なんだから、そろそろ王宮に仕えなさいよ。貴方、結局自分は武芸者とか言って、ギルドにも登録してないんだから、職に就きなさい」

「ぐっ、人を稼ぎのない男のように言いやがって、討伐した分の取り分はお前から貰ってるぞ!」

「はぁ……兎に角、王都に戻ったら、もしかすると暫く活動はしないかもしれないから、ちゃんと自分で稼ぐのね」

「ほっとけ!」

 二人は王都へ戻り、エイディは言葉通りに一人何処か旅立っていった。

 アメノは王城前を行ったり来たりしていたが、結局は門を叩き王宮の剣術指南役に就いた。



「くっ……ぬかったわね……まさか父上に、あんな力があったなんて……」

 私は、『外』の未踏の遺跡などを調査していた結果、世界樹と女神には何らかの関係がある事を知った。

 魔王復活の周期があと数十年にまで迫って来ており、少し焦っていたのだろう。そして、外の世界でSランク冒険者にもなり、奢っていたのかも知れない。エルフの里の王宮へ侵入し、世界樹と女神の記述に関する何かがないかと調べていた際に、王に気付かれてしまった。



「真逆、力を封印されるなんて……」

 父上と護衛団から逃れる際に、私は世界樹の目の前へと誘導される様に追い立てられた。そこで、父上がこれまで聞いた事のない詠唱を唱えた瞬間に、私から世界樹へと光が吸い込まれる様に力が抜けていった。

 私はその場から、何とか残った力で脱出したが手傷を追い、里の外れまで来たところで一度腰を下ろした。

「お姉さんどこの人? 怪我してるからお家の人が心配するよ?」

 落ち着いているつもりでも、自分の力が封じられたことに動揺していたのだろう。目の前で私を心配そうに見ている少女に声をかけられるまで、気づく事が出来なかった。

「フフフ、優しいのね。でも、大丈夫よ。此処の清浄な空気は、直ぐにお姉さんを治してくれるから」

 少女の純粋な眼差しに、流石に自分の家族に傷つけられたとは言えず、少女に笑みを向けた。

「わぁ! お姉さんすごい! 傷が治っちゃった!」

 私が、回復魔法で自分の傷を癒すと、その少女は目を輝かせながら驚いていた。

「フフフ、なんて純粋な笑顔なのでしょう。ほら、こんな事もできるわよ?」

 私は、目の前に氷鏡アイスミラーを作り出した。

「えぇ!? 私が目の前にいるよ! こわいよぉ!」

「大丈夫よ落ち着いて、よく見て。ほら、冷たいでしょう? これは氷鏡アイスミラーというものよ」

 少女は魔法をまだ、見た事がないらしく一度は怖がったものの、触らせてあげるとすぐにまた、笑顔に戻った。

 その後、周りに隠蔽の魔法を張り二人の気配を隠したまま、その少女と少し話をしていた。そして、動けるようになった私は、立ち上がり『外』へと向かって歩き出した。

「え? そっちは『外』だよ? 『外』には何にも無いんだよ? 出ちゃダメなんだよ?」

 少女が不思議そうな顔しながら、私を見ていた。

「そうね。でもね、お姉さんにとってはね、此処には何もなかったの」

 この少女は、両親にこの里の掟を教えられている事だろう。


『外』には何もない

『外』には出てはいけない


 私は、少女に笑みを向けた後に再び『外』へと出て行った。



 『掟』を破り

 『掟』に囚われ

 『掟』により力を奪われた



 私は、未だ『掟』の『中』に居るのだろう

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