要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第七章 悠久

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 迷宮の入り口の横には、三階建て程の建物が建っていた。その建物の中には『最深最古迷宮デキスラニア』を管理している『迷宮管理局』の出張所が置かれていた。

 迷宮管理局は、迷宮都市国家デキスの統治機構の一つであり、迷宮デキスラニアの情報を管理している。そしてその局長は、都市国家であるデキスにおける合同代表の一席を担っている。

 迷宮管理局本部は迷宮デキスラニアを挟んで、ギルド本部とは真逆の位置となっていた。迷宮出入り口横の出張所は、迷宮から情報を最も早く得られる最前線である為、ここには多くの局員と情報を求める冒険者や探索者が集まっていた。


「大雑把な情報は、『診断結果カルテ』で得られたが、細かい情報はここ迷宮管理局で聞けば良いらしいな」

 俺たちは、昨日はバタバタして入らなかった迷宮管理局出張所の建屋に入り、散らばって色々情報を見ていた。

「迷宮に潜り魔石採取専門の『探索者』達は、ギルドよりもこっち迷宮管理局で活動してるらしいわね」

 エディスは、少し物珍しそうに迷宮管理局迷宮出入口出張所内部を、俺の横で見回していた。迷宮管理局は迷宮デキスラニア専門の管理機関だった為、エディスも実は見たことがなかったらしい。

「引退する前に、迷宮へは来なかったのか?」

「ここには、来なかったわね。どちらかというと私達は、王国内で活動していたし、私は外の世界を兎に角見て回りたかったから。迷宮って、結局のところ深いか浅いかってだけで、中身は何処も似たようなものだから」

 エディスは、迷宮は王国内でいくつか踏破もしていた為、最深最古迷宮と言われても、そこまで興味が湧かなかったらしい。

「それに、私の時のAランクへのランクアップ試験は、迷宮とは関係なかったから」

 俺は今回迷宮関連だが、毎回そうではなく、エディスの時は、特殊素材の採取だったらしい。

「まぁ、確かに迷宮なんてのは、魔石稼ぐ以外は特に真新しい事がある訳ではないもんな。あとは、レベル上げくらいか。そういえば、勇者達もここ・・で、レベル上げをするって言っていたな」

 勇者達も王都から迷宮デキスに向かうと言っていた。その為、そろそろ着くかも知れないなと考えていると、壁にかかっていた電光掲示板のような魔道具が目についた。

「へぇ、ここ電光掲示板に色々情報が載るようになっているんだな」

 電光掲示板には、現在の最深到達階層や、注目の冒険者や探索者の名前が表示されていた。また掲示板目の前に設置されていた端末を使うことで、名前さえ分かっていれば、検索した人物の最高到達階層が表示され、現在迷宮潜っているのであれば現在居る階層も情報として知る事が出来た。

「こりゃ、発想がゲームだな。この魔道具も初代勇者が作ったのか?」

 どういう仕組みで迷宮ダンジョンカード情報を管理しているのか分からなかったが、ゲームの情報掲示板みたいな物になっている事から、少なくとも召喚者の影響を受けているだろうと推測した。

「主様、こんなものがありましたよ」

 俺の元へ戻ってきたアシェリから手渡されたのは、正にパンフレットだった。

「広告かよ。へぇ、探索者にもランクがあるのか。それに、魔石の買取相場や浅い階層の攻略本販売、管理局員の募集等などって、マジでパンフレットじゃねぇか」

 俺が苦笑していると、フロントの局員の女性と話をしていたセアラが戻ってきた。

「ヤナ様、迷宮管理局について尋ねて来ましたが、元々ここは初代勇者様が設立したと言っていい組織らしいです。その魔道具なども、当時に初代勇者が何処からともなく持ってきて設定設置したそうですよ」

 影響を受けている所か、召喚者が設立した組織だった。

「迷宮管理局は元々ギルドの一部だったらしいですが、迷宮の規模が大きくなり、迷宮の探索のみで生計を立てる冒険者が増えた事から、割とすぐに独立したらしいです」

 更に、初代は最初から迷宮管理局独立させるつもりだったらしく、迷宮管理局を設立した時から、指揮系統や迷宮管理局独自の迷宮探索者のランク付け等設定していた様だ。その為、当初は階層も浅くそこまで規模も大きくなかったらしいが、初代の死後百年程で完全に独立する事が出来たという事だった。

「そして、人が集まり、最終的には都市国家まで大きくなったって事か」

 初代勇者が何処まで見据えていたか分からないが、都市国家デキスは周りに大きな平野に作られている。この歳は最初から人が増えるにつれ、碁盤の目を広げるように規模を拡大出来る様に設計されていたという事は、ゴーンベ室長と話している時に聞いていた。

「一体、どんな人だったんだ?」

 俺は、魔王を倒した後も元の世界へと還らずに、この世界で自分の生きた証を刻んでいった初代勇者の事に、考えを巡らせたのだった。



「ここもそうじゃが、恐ろしい程にこの街は変わらんの」

 シェンラとライは隣合わせで、フロントロビーに置いてある椅子に座っていた。

「変わらない? シェンラちゃんは、来たことあるの?」

 ライは、シェンラの呟きを聞いて、きょろきょろ周りを見るのを止めて、話しかけた。

「うむ、にの。刻は経っているのじゃが、当時のままじゃな」

 シェンラは懐かしむ様顔で、周りを見回していた。

「さみしいの?」

 ライはシェンラのその様子を見て、思ったことを、そのまま口に出した。

「ふむ……そうじゃの、やはりこれは寂しいというやつなのじゃろう。人の身では、時間という枷からは逃れられんからの……仕方ない事だの」

「……仕方ない……の?」

 ライは、シェンラが言っている事の意味はよく分かっていなかったが、それでも気になる言葉を呟いた。

「そうじゃの、こればかりが仕方のない事なのじゃ。お主達も人族、エルフ族、獣人族と一緒に旅をしているようじゃが、それぞれには其々の生きる刻があるのじゃ。そして、人ならざる者には時間の終わりがない……じゃからの、お主・・も今をしっかり楽しむ事なのじゃ」

「……うん……」

 ライは、シェンラの言って意味をきちんと正確に理解した訳ではなかったが、胸を締め付けられるような寂しい想いが広がった。



「どわ! なんだ!?」

 電光掲示板で、現在迷宮を潜る冒険者や探索者の動向を確認していたら、いきなり後ろから誰かに抱きつかれた。

「ちょ! 待って待て待て! 柔らか……じゃなかった! ライか!?」

 俺に後ろから抱き付いてきたのは、顔は見えないがバトルドレス『希望の空スカイブルー』 が見えた為、ライだという事が分かった。

「ライ、どうしたんだ? 割と人が居て、恥ずかしいんだが?」

 ライは背中から俺に抱きつき、顔を俺の背中に埋めていた。

「……仕方……ないの?」

「ん? なんの事だ?」

 俺がライの呟きに困惑していると、アシェリ達も同様に困惑していた。

「悪いのじゃ、少しばかり妾との話がライを不安にさせたようだの。ライよ、悪かったのじゃ、堪忍しておくれ」

「………」

 シェンラがライに優しい口調で謝っていたが、ライは俺を離す素振りを見せなかった。

「お前ら、何を話していたんだ? そっちの椅子で、一緒に座ってたのは知っているのが」

「妾が刻の流れを感じておったのを、ライが心配してくれての。その流れで、ついと説教染みた事を言ってしまったのじゃ。いらぬお節介というやつじゃよ、悪かったのじゃ」

 俺が、シェンラの言葉を聞いていると、ライが背中で震えて泣いているのが、感じ取れた。

「ライ、そのままでいいから、どうして泣いているのか教えてくれないか?」

 他の冒険者や探索者もフロアにはいたが、俺が背中越しに『威圧見せもんじゃねぇ』で散らしている上に、アシェリ達も気を使って周りに『威圧あぁ?何見てんだコラ』をしてくれているので、誰もこちらを見ていないし、気にしてもいない。

「……みんな、時間がばらばらなの?」

「時間がバラバラ? なんの時間がバラバラなんだ?」

「……生きる時間だって……」

「……あぁ、そう言う事か……」

 俺は、そのライの呟きを聞いて、ライが何故寂しがっているのかを理解した。明確には教えていないが、ライは悪神との会話を全く理解していない訳ではない。自分が人とは違う身体である事は、分かっている。

 生きる時間という事までは考えていなかったみたいだが、シェンラとの会話で何故そんな話になったか知らないが、兎に角意識してしまったという事だろう。


 其々の生きる時間が、違うという事に


 城で学んだ種族特性では、人族は寿命も歳の取り方もおそらくだが、俺たち召喚者と同じだろう。その為、セアラは俺と同じような時間を今は・・生きている。しかし、召喚者の俺は、元の世界に戻れば、ここでどれだけ歳を取ろうとも、召喚された時の時間に戻る筈だ。

 獣人のアシェリは、寿命こそ人族と変わらないらしいが、若い時間が長いらしく、寿命を全うする直前まで、全盛期の身体を保持する。

 エルフのエディスは、人と比べると約十年で一歳程度の歳の取り方であり、ある程度成長すると見た目は歳を取らないという。

 そして、ライは身体が悪神といえども神の眷属であり、そもそも寿命があるとは思えなかった。

 俺は、背中に張り付くライ頭を背中越しに撫でた。

「わたし、ひとりになっちゃうの……怖い」

「そうだな、確かに一人は寂しいよな」

「うん……」

「一緒に、どうしたらいいか考えような」

「……わかった……約束だよ」

「あぁ、約束だ」


 同じ刻を生きられないと泣く少女と

 俺は約束をした

 君の涙を俺は止めたい

 だから

 共に生きて

 共に考えよう



「ここが、迷宮管理局みたいですよ。勇者様方、ん?」

 そして、俺は一気に背中に汗が流れ始める。

「へぇ、電光掲示板みたいのがある……よ?」

 師匠コウヤの声が、このタイミングで聞こえるのは何故だろう。

「コウヤ、表示されてるのなんて、まんまゲームみたい……よ?」

 不思議の国はこっちじゃないですよ。俺に気付かず、そっちに行ってくれ。

「ミレアさんの言ってた通り、初代勇者が作ったからかしら……ね?」

 ちょっと小人さんがあっちで呼んでましたよ。お願いします、こっち向かないでください。

「あ! ヤナ君だ! また・・新しい女の子を、背中で泣かせてる! 更に幼女も、一人増えてるね! 流石、お約束テンプレを外さない男だね!」

 ど直球なルイの言葉に、返す言葉を俺はこの時、一つしか頭に思い浮かばなかった。



「見ないでぇええええええ!」



 少女の涙を止めると約束した男の、情けない絶叫が迷宮管理局出張所内に響き渡った。
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