要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

イチ力ハチ力

文字の大きさ
上 下
121 / 165
第六章 偽り

物語の続き

しおりを挟む
「さぁ、商談を始めようか、婿殿」

「ぐっ、何だこの威風堂々たる風格は……流石、西都一の豪商キンナリという事か」

「マスター、この場合商談は間違いなく勝ち目ありませんよ?」

 ヤナビが俺に非情な宣告をしてくるが、俺は負けない!

「取り敢えず、その婿殿ってのを先ずはやめようか。キンナリに、婿殿と呼ばれる理由は無いはずだぞ」

 俺は応接間の椅子に座り、テーブルの上で手を組みながら、そう口にした。

「ふむ、流石に曖昧にとは流してはくれませんか。流した瞬間、婿入り確定だったのですがね」

 豪商キンナリは自分の顎髭を触りながら、そんな恐ろしい事をさらっと述べる。

「その事は、取り敢えず置いておくとしますか。先に今回の、ライを狙った暗殺に関する詳細を、教えて貰っても良いですかな」

 キンナリは、俺の横に座るライを見た後、視線を俺に戻し説明を求めた。

「先ず今回の賊の正体だが、誘拐犯も暗殺犯も共に魔族だ」

「魔族!? 見た目は普通の青年に見えたが、しかしあの強さは確かに……しかし、何故魔族がライを?」

 キンナリが当然の疑問を俺に向けてくる。俺は少し考えた後、ライを横目に見ると、ライは俺の防具の端を持って身体を僅かに強張らせていた。

「俺は、腹芸や嘘が下手では無い・・・・・・と思っているが、凄腕の商人のあんたには敵うとは思っていない。だから、話せる事は正直に話すことにする」

「ヤナ……」

「大丈夫だ。何があっても、俺が何とかするから」

 俺は、子供の様に心配そうな目で、目を向けてくるライの頭を撫でる。

「してヤナ殿、正直とは?」

「あぁ、今回の事は魔族に洗脳・・されていたライが、『恋』をする為に起こした謂わば演出イベントだ。それイベントに、今回偶々あんたらは巻き込まれたという事だ」

「魔族に洗脳……そして、『恋』……ですと?」

「ライはこの世界に生まれた瞬間から、魔族に洗脳を受けていた。そして、今回俺がその洗脳を解いたんだが、洗脳中の記憶がほぼ曖昧で覚えていないらしい。恐らく、その洗脳されていた頃のライが、魔王城でかつての勇者が書いたと思われる本を読んで、『恋』に興味をもったらしい」

 キンナリは黙って俺の説明を聞いていたが、ある事に興味をもったらしい。

「勇者様が書いた本……ですか。洗脳されていたライにさえ『恋』に興味を持たせるとは、さぞ素晴らしく心に響くような物語だったのでしょうな」

「確かに、そう言われてみればそうだな。よく、あの状況で『恋』なんていうものに興味を持ったな」

 キンナリに言われて初めて気付いたが、魂まで瘴気を受け入れ、前世の記憶を見せられ絶望に支配されていたライが『恋』に興味・・を持ったのだ。これは、絶望に対する抵抗だったのでは無いだろうか。

「ライ、それはどんな本だったんだい? もしくは、今も持っているかい?」

 キンナリは優しく微笑みながら、ライに本があるかを尋ねた。

「部屋にあると……思う」

「取ってきてらえるかい?」

「うん」

 ライは、セバスと共に自分の部屋へと向かって応接間を出て行った。

「ヤナ殿、ライのあの様子は何なのでしょう?」

「あの様子とは?」

「ヤナ殿、分かっているでしょう? 今のライは……幼い」

「あぁ……そうだな。見た目は以前のライと同じだが、精神的には10歳にもなっていなさそうな感じを受けるな」

 俺がそう言うと、キンナリは俺を真っ直ぐ見ながら口を開く。

「何故そうなったのか、ヤナ殿は知っているという事ですな?」

「流石の観察力という所だが、明確に知っている訳ではない。原因の予測は、出来るがな」

「それは、話せないと?」

「俺は、あんたを全く知らない。知らない人間を、信用する事は出来ないだろう? 要は、そう言う類の予測さ」

「確かに、ヤナ殿は私の事を全く知らないですな」

 キンナリが険しい顔をしながら少し考え込んでいると、再びライがセバスに連れられ応接間へと戻ってきた。

「その本か?」

 俺は、ライが大事そうに胸に抱える本を見ながら、確認した。

「うん、これ」

 俺は、ライから本を手渡されタイトルを目にした。

「『結ばれぬ恋~私の正体はバレちゃいけない~』か、確かに勇者召喚者が書きそうな、ラノベのタイトルみたいだな」

 俺がタイトルを見て、かつての勇者が書いたものだろうと予想した。そして、俺は作者の記載を探したが、見当たらなかった。

「ん? 作者名が書いてないな」

「……ヤナ殿……その本を、見せて貰えますかな」

 キンナリが手を震わせながら、手を伸ばしてきた。

「あぁ、いいぞ。どうした?」

 俺が本を手渡すと、キンナリは黙ってページを捲り中身を確認していた。

「おいおい、本当にどうした? 涙なんか流して。まだ、全然読んでないのに、そんなに泣ける本なのか?」

 最初のページを読んだ所で、いきなりキンナリが涙を流し始めたのだ。

「これは……この本は、勇者様が書いたものではありません……」

「そうなのか? 勇者が書きそうな題目タイトルだが」

「えぇ、この本を書いた者は、勇者様に憧れておりました。その為、勇者様の書いた物語が大好きだったのです」

「やけに詳しいな。作者を知っているのか?」

「……はい、この本を書いた作者は……私なのです」

「は?」



 この物語は、ある少年とある少女の物語


 少年が命をかけて、少女を救おうとする物語


 とても切なくも幸せな恋の物語



「マスター、作者キンナリが遠い目をして、静かになりましたが?」

「そっとしといてやれ……きっとキンナリの頭の中では、この本に関する何らかの回想シーンが、今まさに展開されている筈だ」

 涙を流しながら、遠い目で天井を見ているキンナリを、取り敢えず放っておいてライに、この本について尋ねる。

「ライは、魔王城でこの本を読んで、此処に来たんだよな?」

「そうだと……思う」

「あぁ、魔王城での記憶はやっぱり曖昧か」

 首を傾げながら、ライは自信なさげに俺に答えた。

「でも……この街、知ってるから来たのかも」

「ん? 知ってる?」

「うん、前の私が最後に・・・いた街だったから」

「そうか……」



 俺は、ライの話を聞き終わり、キンナリに話しかける。

「おぉい、そろそろ回想終わったかぁ?」

「は!?……これは失礼をしました」

「結局、その本は何なんだ?」

「この本は、かつての私が亡き親友の少女の運命を憂い、少しでも物語では幸せになって欲しいと書いたものです。自分で旅に出る時も常に持ち歩いていたのですが、最近移動中に魔族に襲われた事がありましてな。その際に、紛失してしまったのです」

 雇っていた上級冒険者のおかげで命は何とか免れたが、それ以外の荷物は襲われた場所に放置したらしい。兎に角、逃げる事に徹したとの事だった。

「それが、魔王城にいたライの手元に届くとは、中々面白いな」

 俺が、本の数奇な運命に関心を寄せていると、静かにキンナリは口を開いた。

「その本の中では、最後に二人は結ばれます」

「ほぉ、題目タイトルとは、違うんだな」

「ふふ、そうですな」

 キンナリは、少し悲しげに笑っていたが、次の瞬間には居た堪れないといった表情で言葉を吐き出した。

「私が憂いた親友の少女と言うのは、ドワーフの少女でした」

「ドワーフ? あぁ、そうか、この西都は他の種族も割といるんだったな」

「えぇ、彼女の家族は、旅をしていたドワーフの鍛治師の一家でした……そして……彼女は悪神の巫女だった……」

「は!? なんだと!」

 俺は、いきなり出てきた悪神の巫女という言葉に思わず声を荒げた。

「私は、ある事がきっかけで彼女と知り合い、数少ない親友と呼べる間柄となりました。そして、私はある時、偶然にも彼女に聖痕がある事を知った……」

「それで、どうなったんだ?」

「私は当然、彼女の秘密を守りましたとも。しかし、ある時彼女達一家が魔族に見つかり、事もあろうかその魔族は、周囲にいた者達にその事を告げました。その結果は、言わなくても想像がつくでしょう。この世界の悪神の巫女の扱いを、知っていれば」

「あぁ、話さなくていいから、そんな苦しむ顔をするな」

 キンナリは、今にも血の涙を流しそうな苦悶の表情をしていた。

「私は助けることができなかった! 親友を! その家族を!」

 キンナリは、天に向かい慟哭していた。

 まるで、自分の罪だと言うように。



 親友を救い出すことが出来なかった男が書いた物語

 幸せになって欲しかったと、救いを求め書いた物語

 そして、その物語が新たな物語を紡ぎ出した



 絶望に一度は負け、瘴気を受け入れた巫女の魂は

 誰かの幸せを夢見た物語に導かれ、ある男に出会った

 その男は、絶望に抗い決して倒れることのない男だった

 そして、絶望へと堕ちていた巫女は、その男の手を取った



「キンナリ、そんなに苦しむな。あんたの物語にはな、実は続編がある」

「え?……続きなんて……」

 俺は、キンナリの目を真っ直ぐと見据えながら言葉を続ける。

「絶望に堕ちた少女の魂は、転生したものの、その魂は既に絶望に染まっていた。しかし、ある時誰かの書いた物語に何故か心が揺さぶられ、導かれるようにこの屋敷へとやって来た」

「はい?……まさか…」

「そうだ、キンナリの救えなかった少女の魂は、再び此処に現れた。まるで、一時の安息を求めるように」



 俺は勘違いしていた。

 ライはここに『嘘』を付きに来たではなかった

 ライはここに『休む』為に来たのだろう

 無意識だとしても、かつて自分を救おうとし、そして今なおその後悔を抱き続ける男の元へ



 そして、今度こそ救われる為に
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...