要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第六章 偽り

暴走

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「ヤナ様、そろそろこの辺りなら大丈夫かと」

 ライが、西都と北にある岩山との間に広がる荒野へと着いた所で、俺に話しかけてきた。

「わかった。すぐにあいつもここに着くから、ライは離れていろ」

 俺が、ライに向かってそう伝えると、ライは悲痛な顔をしながら訴える。

「嫌です! また先ほどのように、ヤナ様が傷つく所は見ていられません! 私も一緒に戦います!」

 俺は、流石にその様子を見て深く息を吐いた。

「はぁ……まさかと思うけど、俺が気付いていないと、思っている訳じゃないよな?」

「え?」

 ライが驚いたような顔をするので、更にため息がでた。

「え? じゃねぇよ……ったく、あんたが何者かは知らんし、何がしたいかわからんが、その下手くそな演技やめたらどうだ?」

「下手……くそ?」

「屋敷の連中や冒険者には、魅了チャーム系のスキルか魔法か効いたみたいだが、俺には効かなかったからな」

 ライは、驚きの表情を見せていたが、その表情を今更見せる事に、俺は逆に驚いた。

「おいおい、マジで俺が気付いていないと思ってたのか? さっきの足を固めたのだって、あんただろ。誘拐の時に空間隔離していたアレもあんただろ。あんたの部屋が、空間隔離されている感じと一緒だったしな」

 俺がそこまで言うと、ライは口調が変わった。

「そうなんだぁ、つまんないなぁ」

「あんた、一体何者だ? 瘴気は感じないが、魔族とつるんでるんだろ?」

 俺は誘拐犯の言動から、ライが魔族側だと予想しているが、どうにも瘴気を感じないうえに、先ほどの『神聖魔法』を魔族が使えるとは思えなかった。

「んぅ、別にもうばれちゃったしぃ教えてあげてもいいけどぉ、その前にこっちも教えて欲しいのぉ」

「何をだ?」

 ライは、じっと俺を見つめらがら問いかけて来た。

「何故、嘘をついていると知っていて今も此処にいるのぉ? 別に、私をもう助けなくてもいいわよぉ?」

 ライが、俺にそう聞いてくるが、答えは決まっていた。

「俺の性分だ、仕方ない」

「性分?」

「あぁ、あんたからは何も感じない。感情を殺す訳でも、偽る訳でも、隠す訳でもない。本当に、何も感じない」

「えぇ、そうよぉ。私は、何も思うことなんてないものぉ」

「だがな、何故かあんたから嘆きが聞こえるんだよ」

「は?」

「俺はな、そんな女を放っておけない性分なのさ」

 俺は、まっすぐライの目を見ながら、そう告げた。

「何を言って……」

「オレを楽しマセロォオオ!」

 その時、ライの言葉を遮り瘴気狂いケンシーが、此処に降り立ち、そのままの勢いで襲いかかってきた。

「やかましいわ! 精々俺のレベル上げの餌になりやがれ!」

「うぉおおお!」
「ウォオオオ!」

 再度、闇を思わせる瘴気を纏う魔族と、対照的に神々しい神の火を纏いし召喚者が、お互いに嗤いながら激突した。



「私が……嘆く?」

 私は白と黒の戦いの余波を避けるように、少し離れた所へ移動した。

 二人の戦いを眺めながら、あの男に言われたことが頭から離れずに、その事にどんどん支配されていく。

「嘆いてなんか……いない!」

 私は、あの男が言っていた様に、もう何ないのだ。

 前の・・私が絶望に負け、魂が絶望に染まり悪神の元へと捉えられ、目覚めた時にはこの身体だった。

 転生後に、悪神にこれまでの・・・・・私を見せられても、巫女の真実について聞かされても、全く私は動じることはなかった。


 動じる訳がないのだ

 私の心は

 私の魂は

 既に壊れてしまっている


 この世界が、既に詰んでいたとしてもどうでもよかった。

 人間の世界にやってきたのは、ただの暇つぶし。

 適当に誰かを魅了チャームして、本の物語をなぞって遊ぼうとしただけ。

 あの男にも、特に興味は湧かなかった。

 ただ、今の一言はどうしても聞き流せなかった。

 初めて私は、あの男に苛立ちを覚えた。



「ぐっ! 片腕の癖にどんだけバカちからだ!」

 俺は、瘴気狂いケンシーが持つ巨大な大剣に薙ぎ払われながら、悪態を吐く。

「オマエもそんな小さな剣で、よくオレのを受け止めるものだな!」

「うるせぇ! 剣はデカさじゃねぇよ!」

 俺は『天』『地』の二振りの『神殺しの刀』で、ケンシーの巨大な大剣を弾き返しながら、叫び返す。

「マスター、猥談ですか?」

「やかましいわ! シリアスにしてるのに、場を緩ますな!」

 俺はヤナビの軽口で、気負いすぎない様に気持ちを落ち着かせながら、ケンシーとの戦闘を続けた。

「マスター、完全に力が拮抗してしまってますね」

「あぁ、悔しいが起死回生窮地:能力倍増を全力で発動しないと、決定打は今の俺では難しいらしい」

 先ほどは、瀕死になるほどの傷を負っている状態で、起死回生窮地:能力倍増を発動し、奴の片腕を飛ばした。逆に回復した今は、その時の力まで出せていないという事だった。

「グハハ! 楽しいナァ!」

「うるせぇ! お前は、さっきからそればっかりじゃねぇか!」

 だが、このまま続けていても埒があかない上に、若干背後に不穏な気配を感じる。

「マスターは、直球ど真ん中しか投げれませんからね。イラつく人もいるでしょう」

「そうかもな」

 俺は、ライの気配を背後に常に感じながら、そう呟いた。

「後ろがいらん事をまた・・する前に、覚悟を俺も決めるか」

「マスター?」

 俺は、このままではそのうち挟み討ちに発展しそうな状況な為、そうなる前に勝負に出ることにした。

「ヤナビ、『暴走』したら頼むぞ?」

「マスター、まさかアレを?」

「おい! ケンシー! もっと『強い』俺と楽しまないか?」

 俺が激しく斬り合うケンシーに、呼びかける。

「ホホウ、更にウエがあるのか?」

 ケンシーは俺の言葉に、動きを止める。

「あぁ、飛びっきりだ」

「フフ……フハハハハハハ! いいだろう! 待って欲しいんダロウ? いいぞ?早くシロォオオ!」

「流石、戦闘狂某戦闘民族だ。そう言ってくれると思ったぜ」

 俺は精神を集中させる。

「マスター、私と『接続』をして下さい。一分です。それ以上は、私が強制解除シャットダウンさせますからね?」

「あぁ、頼む」

「帰って来てくださいよ……マスター」

 俺は、ヤナビの言葉を胸に刻み混み、スキルを口にする。

「『明鏡止水精神統一』『双子ツイン』『三重トリプル』『神殺し限界超越』『天下身体能力/魔力無双増幅増強』」

 発動する魔法やスキルを倍にする『双子ツイン』で『三重トリプル』を倍掛けしたのだ。結果、『三重トリプル』の倍掛けで『六倍重ね掛け』を行った。

 西都へ来る途中の鍛錬中に、起きた事故・・の事を思い出しながら、俺は今も身体を巡る高揚感に抗いながら……ケンシーに嗤いかけた。

「ふははははは! これだよ! この感じが最高だぁああああ! 待たせたなベイビー!」

「あぁ……完全に目がイッちゃってますね、マスター……」

「ひゃっはぁあああああ! ヤナびん! 時化た声出してんじゃぁないよぉおおおん!」

 最高な俺を、ケンシーが見ていた。

「熱い視線をくれちゃってぇ! あぁ、俺の熱いパッションをユーが受け止めるのかぁあい?」

「……まぁ、どんなのでもイイカ……グハハ! さぁ、俺を楽しませぐぼはぁ!」

「やかましいわ! 俺以外喋るな! はひゃはははは!」

 俺のツッコミを受けたケンシーが、大袈裟に吹き飛んだ。

「おいおいぃいい! 職人すぐるだろう! ツッコミでどんだけ、転がってんだ? ひゃははは!」

「はぁ……マジでウザい、このマスター」



 俺は、西都から来る途中の鍛錬で、ものは試しにと『六倍』『天下身体能力/魔力無双増幅増強』を行った。

 そして俺はその時に、全くスキルを制御出来なかったのだが、こんな最高にハイに成れる事を知ったのだ。

「単に、制御出来ずに暴走しているだけですよ、マスター」

「ヤナびん言うねぇ! きびすぃいいい!」

「あぁ、ウザい! スキルをウザがらせるなんて、世界初ですよマスターが!」

「オンリィイワァアアアン!」

「早よ、一分経って……割と本気で、このマスター辛い……」

 ヤナびんから最高の賛辞を貰ったところで、ケンシーが再び向かってきた。

「オマエ! サイッコォオオオだぁあああ!」

「だよねぇええええ!」

「一分持たないかもしれない……スキルなのに……心折れそう…」



 ヤナビの、これまでに聞いた事のないような悲痛な呟きが、二人の咆哮にかけされたのだった。
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