要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

イチ力ハチ力

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第六章 偽り

お約束男

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「マスター、珍しく美女にボケっとならないんですね」

「お前は、俺を何だと思ってるんだ……」

「『女狂いの黒き野獣好色漢』?」

「やかましいわ! ったく……お前は、俺のスキルなんだから、分かるだろ? いくら美人でも、表情がマネキンで見惚れるかよ」

「マスターは、確かに美女というだけじゃ、見惚れませんね。何故ですか?」

 ヤナビが不思議そうな声で、俺に尋ねる。

「ん? まぁ、あれだ。美男美女って奴を見慣れててな……」

「はい? まぁ、確かにアシェリ様達は、全員美少女ですが」

「いやいや、そうじゃない。確かにあの三人は美人なんだが……俺の母親が、その何だ……ただの主婦なのに超絶美人なんだよ……しかも、弟と妹もしっかりその血を受け継いで、美男美女ときたもんだ」

「え? だって、マスターは……」

「え? 言う? それ言っちゃう? ねぇ? みなまで言うの?」

「いえ、マスター……私が悪かったです……ドンマイ!」

「……ごふ」

 俺がヤナビのエールに瀕死になっていると、執事セバスが心配そうに話しかけてきた。

「ヤナ様? 大丈夫でございますか?」

「あぁ……ちょっとばかり、心が折れかけただけだ……」

「ヤナ様もですか、それは仕方のない事です」

「はい?」

 執事セバスは、俺の返答に対して納得顔をしていた。

「ライ様の美貌には、誰であってもその美しさに心が砕かれ、夢中になってしまうものです。現にここにいらっしゃる冒険者の方々も、AランクとBランク冒険者という強靭な肉体と精神力をもった方達でさえ、あの様になってしまいます」

 周りの冒険者をみると、全員がぼけっと、ライお嬢様が去っていった廊下の奥を見続けていた。

「そうか……屋敷にはライお嬢様以外には誰がいるんだ?」

 俺は、その様子に違和感を感じながらも、この屋敷について執事セバスに尋ねた。

「屋敷の主であるキンナリ様とライ様、そして他は使用人でございます」

「ん? ライお嬢様の母親はいないのか?」

「はい、ライ様は養女でございます」

「そうなのか。いつ頃からやってきたんだ?」

「一週間程前からでございます。それが、何か?」

 執事セバスが、訝しげな表情をしたので、何でもない様な顔で答える。

「いや、ただ聞いてみたってだけだよ」

「左様ですか。それでは、後ほど旦那様とライ様がお見えになり、皆様の警護の配置などをお決めになりますので、それまでお待ちください」

「は? 警護の配置を、屋敷の人間が決めるのか? 俺たちではなく?」

「左様でございます。主様とライ様が後ほど来られた時に、皆様をその場で見て決める手筈になっております」

「俺たちのランクは、知っているのだろうが、それぞれの戦い方なんかは知らないだろう? そんなんで、いいのか? 折角、Aランク冒険者とかもいるんだし、こちらで指揮をとったほうが、連携とか上手くいくと思うんだが」

 俺は、高位の冒険者が集まっており、更にはAランクだっているのも関わらず、屋敷の人間が指揮をとる様な真似をする事に違和感を覚えた。しかし、執事セバスは全く譲らなかった。

「これは、旦那様とライ様がお決めになった事ですので、このクエストを受けて頂くのであれば、この条件に従って下さい」

 更に執事セバスの目には、若干の狂気が垣間見えた。

「……わかった。そちらの指示に、従う事にする」

 俺が、同意の意思を示すと執事セバス目から狂気の気配が消え、先ほどまでの普通の表情に戻った。

「それは、ありがとうございます。それでは、後ほどよろしくお願いいたします。用があれば、使用人に申しつけください」

「流石に、屋敷内は見て回ってもいいんだろ?」

「申し訳ございませんが、それもご遠慮願います」

「は?」

「ここは、西都イスタス一番の商人であるキンナリ様のお屋敷です。むやみやたらと屋敷内を動いてもらっては、商売上の機密などもございますので、皆様全員・・にご遠慮願っており、全員・・が了承して頂いております」

「……そうか、わかった。ここにいるとしよう」

 執事セバスは、俺の返答を聞くと一礼し屋敷の奥へと消えていった。

「おいおい、怪しいってもんじゃなくなってきたな」

「そうですね、それに先ほどから私は普通に声を出していますが、誰もその事に対して気にも留めていない様子です」

「確かにな、大概何かしらの反応はするもんなんだが……もしかして何だが」

「何でしょう?」

「面倒ごと?」

「マスター、今更ですか? 『通常ではありえないクエスト』を受けた時点で、確定でしょうに……よっ! お約束テンプレ男!」

「嘘……だろ……」

 俺は、再度心をヤナビに折られそうになりながら、溜息を吐いた。

「ちょっとした、時間潰しもできねぇのかよ……」



 一方その頃、西都イスタスの北にそびえ立つ岩山を前に、三人は真剣な表情をしていた。

「思っていたより、大きい岩山だったわね」

 エディスは、目の前の岩山を眺めながら、自らの気を引き締める様に呟いた。

「そうですね、これは中々難易度が高いクエストになりそうですね」

 アシェリは、これからの険しさを考えながらも、その顔には気合が入っていた。

「元々、Aランク冒険者しか受けられない高難易度クエストですからね。エディスに感謝しないと」

 セアラは、エディスに感謝を述べながらも、目はしっかりと山頂を捉えて離さなかった。

「さぁ! みんな行くわよ!『特殊効能薬草リンゼイツ草』を採取しに!」

「「はい!」」

 いつになく、気合の入る三人だった。



「……ひぃ!?」

「マスター、いきなりどうしたのですか? そんな肉食女子に追い詰められた、草食系男子みたいな怖がり方をして」

「いや、いきなり身の危険を感じたんだが、別に死神の危険/気配慟哭自動感知は何も感知していないし……ん? 既視感デジャブ?」

 つい最近、同じ思いをした気がした為、思い出そうとした所で、執事セバスの全員を呼ぶ声がした。

「冒険者の皆様方! 当屋敷の主人であるキンナリ様と、そのご令嬢であるライ様が参ります! お静かに願います!」

 その場が静まり帰った所で、階段の上の廊下に成金趣味みたいな格好をした小太りのオッサンが、後ろに絶世の美女であるライを連れていた。そしてその後ろには、何人もの使用人が後をついて、ぞろぞろと屋敷の奥から姿を現してきた。

「上級冒険者の諸君! この度は、我が娘ライの為に集まってくれて、感謝する!」

 屋敷の主であるキンナリが、階段の上から俺たちを見下ろしながら、そう感謝の言葉を口にしていた。

「感謝って、顔か?」

 キンナリの顔は、俺たちを見下すような顔をしていたが、冒険者達は全くそれに意を介していない様子だった。何故なら、全員の目線はすぐ後ろに立っていたライに釘付けだったのだ。

「お父様、私からも皆様に一言よろしいでしょうか?」

 ライの声は、大きな声で話している訳ではないのにも関わらず、何故か部屋全体に広がるように、よく聞き取れた。

「皆様、私の為に集まって頂き、ありがとうございます」

 ライは深く、冒険者に対して頭を下げた。

「今宵……私は貴方様方に、命を預けます……どうか、私を……護って…」

 顔を上げたライの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。

「「「おぉおおお!!」」」

 その場は、冒険者の異様な程の熱気に包まれた。

 そして、外からも冒険者の雄叫びが聞こえた。何故だと思い、近くの使用人に尋ねると、拡声器の魔道具を使い、外の防衛であるCランク以下の冒険者達にも、ライの今の声は届いているという事だった。

「明らかに異常だろ……何なんだこれは」

 俺は、周りの状態を見ながら、そう呟いた。

「マスター、瘴気は感じますか?」

「いや、ライからは何も感じない。俺もその・・可能性は考えたが、腐った気配は感じない。それとここからは、消音イヤホンモードで話せ」

「了解です、マスター」

 俺は、この異常な状態の原因が、ライにあると仮定して警戒する事ととした。

「ヤナビ、西都の地図の作成マッピングは、完了したか?」

「一部分を除き、地図の作成マッピングは完成しました」

「一部分?」

「はい、火鼠ファイアマウスで侵入できないエリアがあります。空間的に遮断されている可能性があります」

「わかった、一度火鼠ファイアマウス解除リリースする。そして、この屋敷に再度放つ。屋敷の地図の作成マッピングを行う」

 神出鬼没隠蔽/隠密/偽装で、魔法の発動を隠蔽しながら、屋敷に火鼠ファイアマウスを解き放った。

「それでは、各上級冒険者の方々! 配置を執事のセバスから聞いて、移動してくれたまえ!」

 執事セバスの所へ行くと、俺の配置は屋敷の裏口の外側だった。

「わかった。確認だが、誘拐予告は今夜なんだよな?」

「はい、その通りでございます。ただし、犯行時刻までは予告されておりませんので、くれぐれもご注意願います」

 そして、俺は屋敷の裏口へと使用人に案内され、配置についた。



 既にこの時点で日も落ち初め、徐々に闇が街を覆っていくのであった。

「そろそろ、私達の時間だ。闇が広がり、絶望の時間が来た。さぁ、あのお方の願いを叶えるのだ!」

「「「ゲギャギャギャ!」」」



 筋書きシナリオを考えた者


 筋書きシナリオを遂行しようとする者


 その筋書きシナリオは誰が為のものなのか

 物語は止まる事なく、筋書きシナリオを進み続ける
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