要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第五章 刀と竜

果たす夢

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「取り敢えずここじゃなんだから、アシェリ達の部屋で話を聞こう」

「「「え!?」」」

「ん? だって、お前達の部屋は三人部屋だから、俺のとこより広いだろ?」

「片付け忘れているものとか……ないわよね?」
「大丈夫なはずですが……」
「やや不安ですね……」

 三人は少しだけ待ってくれと言い残し、何故かダッシュで部屋へと向かった。

「何なんだ?」

「マスター……知らない方が良いことも、世の中にはあるのですよ」

 ヤナビのやけに達観した言葉を聞きながら、少し待っていると、割と直ぐに三人が戻ってきた。

 そして、問題なかったという事で、かなり窮屈ではあったが、俺たち四人と勇者一行の五人合わせて計九人が部屋の中に入った。

「まぁ。ベッドとかにも座れば、何とか大丈夫だろ。ん? なんだ?」

 俺がベッドに腰掛けると、何か腰に当たった。

「本? えっと、これはがぁあああ! いだだだだぁ! 何!? なんなの!? 俺のコメカミぃい!」

「今のうちの早く!」
「「はい!」」

 いきなりエディスにアイアンクローをかまされ、悶えているうちに何やら事は終わったらしい。開放されると、全員が普通に座ったり立ったりと自分の場所に収まっていた。

「何なんだよ……」

「「「乙女の秘密です」」」

「それで、頭が潰されかけるって、どんな国家機密だよ……」

 俺がコメカミを抑えていると、ルイが口を開いた。

「場も暖まったところで、そろそろいいかな?」

「俺は、前座かよ……」

 取り敢えず、そんなドタバタしている中でも一向に顔を上げないシラユキを、俺はチラ見しながらルイからの話を聞いた。



「要するに、一人シラユキがプッツン来て、勢いで『俺がナルシーに負けたら、シラユキはナルシーと"伴侶の契約"を結ぶ事』を交渉で決めたわけだな?」

「……えぇ、そうよ」

 シラユキが、力なく答える。

「俺が言うのも何だが、この世界の契約というやつは、きちんとよく考えないと重い意味持つぞ?」

「本当にあなたが言うと、説得力があるわね」
「主様、人にはきちんと指摘できるんですね」
「ヤナ様、是非今の言葉をもう少し、ご自身で噛み締めてみては?」

「……ったく、話を聞く限りじゃナルシーってのは、そこまで別にシラユキを煽って契約交渉に持って行ったわけじゃないんだろう?」

「……えぇ、性格はアレだし、言動もアレだけど、別に悪い人ではないの。私に用意してくれた剣も、わざわざ秘蔵の素材まで使用してくれたぐらい」


『魔王を倒す勇者の剣だ! 何を迷う必要があるというのだ!』


 ナルシーは、工房で代々保管していた希少鉱物や貴重な素材を存分に使用したらしい。しかもそのうちの一つは、ナルシー自身の愛剣だったらしい。

「ナルシーの剣には、多くは語らなかったけれど、オリハルコンが素材として、使用されていたらしいんだ。それを何も言わずに、躊躇いもなく使っていたんだ」

 コウヤが、その時の様子も話してくれた。

 ナルシーが自身の愛剣をも素材に使用した事がわかると、工房の他の鍛治師達が騒然となったらしい。神鉄と並ぶ伝説級の素材であるオリハルコンを、ナルシーは修行時代に何処からか、命懸けで入手したらしい。

 そして、自身でオリハルコンを用いて剣を打ち、前回の闘剣大会で並み居る武芸者を打ち倒し、鍛治師でありながら頂点に立ったという事だった。

「男前過ぎるだろ、アレがアレだけど」

「そうなのよ、アレがアレだけど中々の男っぷりよ」

 アリスもその男気には、素直に感心したらしい。

 そうして、出来上がったシラユキの剣は、まさに『勇者の剣ブレイブソード』といったものとなったのだ。

「お前なぁ、何でまたそんなプッツンしたんだよ。しかも、自分を賞品に賭けるとか」

「……だって……ナルシーさんが、どうしてもヤナ君を認めてくれなくて、この間の魔物の大氾濫スタンピードを一人で食い止めたのも、話が大きくなっているだけだろうって、全く聞く耳を持たないから」

「はぁ……あの手の人間は、実際に自分の目で見ないと信じないんだろうさ」

 俺は、溜息を漏らすと、後ろでささやき声が聞こえる。

「普通に考えて、魔物の大氾濫スタンピードをひとりで食い止めたって言われても、ヤナじゃなきゃ僕も信じないと思うけど……」

「見るとか見ないとかの以前の問題で、魔物の大氾濫スタンピードに一人で立ち向かっている時点で、もう頭がアレよね」

「ヤナ君のアレも、アレだもんね!」

「そんなアレがアレのヤナ様を、必死に認めて貰おうとするシラユキ様の姿に私は涙が止まりませんでした……ヤナ様が、アレなばっかりに、シラユキ様が不憫で……」

「結局マスターがアレなせいなのが、原因ですね」

 散々な言われようだが、敢えてここはスルー無視する。

「……それで、本気で認めて貰おうして、あの『契約』を?」

 俺が、呆れながらそう言うと、シラユキは俺を見ながら、小さく呟く。

「……だって、そっちの・・・方が、ヤナ君も本気を出してくれるかなって……」

「あ? 何でそうなるんだよ? 別に契約無くたって、ちゃんと本気出すぞ?」

「……実は、契約には続きがあって……」

「は? 続き?」

 シラユキは、震えるような声で、俺に言っていなかった条件を述べる。

「『ヤナ君がナルシーさんに負けたら、私はナルシーさんと"伴侶の契約"を結ぶ事』……『そして、ヤナ君が勝ったら、ヤナ君と"伴侶の契約"を結ぶ事』……なの」

「……は?……はぁあああああ!?」

 俺は、正に絶叫した。

「だって!……ナルシーさんが『私だけが、勝った場合に契約を結ぶ条件では、不公平だ。当然、私が負けた場合は、相手と契約をする条件にするべきだ!』って言われて」

「そう言われて、了承したってのか!?」

「確かにそうだなって思っちゃって……つい」

「『つい』じゃねぇよ!?」

「ででででも、ほら! 別に『伴侶の契約』って言っても、べべべつに形だだけでしゅし」

「どんだけ動揺してるんだよ……ったく、勢いでもそんな条件に、何で了承したんだよ?」

「……え?」

 俺は、普通に疑問に思ったので口にしたのだが、周りはお気に召さなかったらしい。

「あなた、それ聞く?」
「主様、本気ですか?」
「ヤナ様、嘘ですよね?」

 三人には、本気で呆れられた。

「ヤナ、マジなの? 僕でもわかるよ?」
「あんた、頭の中にカブトムシでも入ってるんじゃないの?」
「ヤナ君、ラブコメも出来ないの?」

「ヤナ様、それはあんまりです……あぁ、涙が……」

 勇者一行にも、同じように呆れられた。

「あ? シラユキ、結局なんでなんだ?」

「なななな何でもいいでしょ! このバカァアアアア!」

「おい!?」

 シラユキは、いきなり叫びながら部屋を飛び出していった。

 それを追いかけて勇者一行は出て行ってしまったが、出て行く時にはご丁寧に全員に同じ言葉を言われた。

「「「「バカ鈍感」」」」

「何なんだよ……はぁ…疲れた……」

 取り敢えず、シラユキの事情はわかったので、俺は一人自分の部屋へと戻った。

 部屋から出る際には、きっちり三人から大きな溜息を吐かれたが。何故だ。

「負けられない戦いが、そこにある……じゃねぇんだぞ、全く」

 俺はベッド寝転びながら、さっきのシラユキの『契約』を賭けた勝負の事を考えていた。

「だが……負ける気は無いがな」

 俺は、静かに嗤いながら呟いた。

「マスター、結局本気にさせられているじゃ無いですか……この単純バカ鈍感……」

「……うるさい……」

 こうして、氷雪竜を討伐し、神鉄を持ち帰った日はやっと終わっていくのだった。



「さぁ、いよいよ『神殺し』の刀を打つんだな?」

 次の日の朝、俺とアシェリ、セアラ、エディスはカヤミの鍛治場へと来ていた。

「えぇ、いよいよ……現『刀工』の私が『神殺し』の刀を打つわ」

 俺はその言葉を聞き、少し驚いた。

「もう、気持ちの整理はついたのか?」

「そんなわけ無いじゃない。でも、自分の気持ちに正直になる事にしたのよ」

「気持ち?」

「えぇ、『神鉄』が私の目の前にある。そして、それを鍛える『神の火』が用意される。これで、燃えない鍛治師はいないわ」

 カヤミは気合の入った、それでいて凛とした表情をさせていた。おそらく鍛治の女神がいるとしたら、きっとこんな顔をしているのだろう。俺は、カヤミに一瞬見とれてしまっていた。

「なに?」

「いや! 何でも無い! さぁ、俺は何をすればいい? というか神鉄だけで作るのか? 他に素材を混ぜたりするんじゃ無いのか?」

「普通の刀なら、そうするんだけどね。これは『神鉄』、最も穢れなき物質。これから、私の鍛治師としての魔力を使い、ヤナの神火で鍛えて鍛えて鍛え抜くのよ」

 そして、カヤミは徐ろにスキルを唱える。

「『鍛治師のブラックスミス極意メソッド』『刀工』『至極の鍛治道具』」


 カヤミの前に、突然デカイ大槌と金床が現れた。

「え? これだけ? もっと色々あるんじゃないのか刀鍛治って」

「それは、初代の世界の刀鍛治ね。初代が試行錯誤しながら生み出したこちらの世界の鍛治は、使うのは大槌と金床のみよ」

 カヤミは神鉄を生み出した金床の上にゴロンと転がした。

「さぁ、ここから私の指示に従って、神火を神鉄に与え続けなさい。良いわね?」

「それは、勿論良いんだけど。どれくらい時間かかるんだ?」

「さぁ? 初代は獄炎で一週間と伝承があったわね」

「は? その間の火は?」

「勿論、与え続けるわよ? 一週間だから、獄炎の使い手は何人かで交替してたみたいだけど」

 俺はそこまで聞いて、背中に汗が流れるのを感じた。

「今回は? 神火使えるの俺だけだよな?」

「えぇ、そうね。私は休んだり出来るけど、火は絶やさず与え続けないといけないから、頑張ってね? ちゃんと魔力回復の回復薬ポーションは常備するから安心して」

「は? 寝たりは?」

「出来る訳ないでしょ?」

 この時点で、後ろの三人からは「私たちは寝ましょうね」「ですね」「はい」と聞こえてくる。

「さぁ、始めるわよ」

 カヤミが、大槌を振りかぶりながら、大きく息を吸い込んで叫ぶ・・

「おらぁ! 行くぞぉ! さっさと火よこせぇ! ちんたらしてんじゃねぇぞおらぁああ!」

「は?」

 俺は、いきなりカヤミがガテン系の職人さんみたいな感じになってしまったので、困惑していると、それを見ていたタケミ爺さんが答える。

「カヤミは、儂と兄弟子を見て学んだからな……まぁ、打つときはそんな感じだ」

「……マジか」

「おらぁ! 何グズグズしてやがんだ! さっさと火よこさねぇか! ちゃっちゃとしねえと、お前のを先に鍛えるぞ!」

「ひぃい!?」

 俺は慌てて、神火を神鉄に与えた。

「ぬるい緩い温い! もっとだ! もっとよこせぇ!」

「はいぃい! ちなみにこれいつまで、続ければ?」

「はぁ? 二振り・・・出来るまでに決まってるじゃねぇか! それまで……寝かさねぇよ?」

 カヤミはニタァと俺に、満面の嗤い顔で答えた。

 俺は、その変貌ぶりに狼狽え、後ろの四人に助けを求めようと振り返った。

「……置いていくの早くない!?」

 全員既にいなかった。

「よそ見してんじゃねぇぞ! おら、ここに強く! そこは優しく! そこは、激しくだ!」

「はぃいいい!」



 こうして三日三晩かけて、俺は神鉄を神火で鍛え、やり遂げた。

「もう一本な、おら行くぞ」

 俺は出来上がった一振り目を、しっかり見ることもなく、二振り目を鍛えるためカヤミに引きづられていく。

「……休憩は?」

「あると思うのか?」

「……せめて一眠り!」

「時間の無駄ぁああ! おらぁ! 火をよこせぇ! 滾ってしょうがねぇんだ! さっさと火を入れねぇか!」

「はぃいいいい!」

 そして、さらに三日三晩をかけて、二振り目を完成させた。



「燃え尽きたぜ……」

 鍛冶場には、二振りの『神殺し』の刀が神々しく輝きを放ち、床には『神殺しを成す男』が何もかも燃え尽きた様子で倒れていた。

 そして、天を仰ぎ見るように女鍛治師は、涙を流しながら呟く。


「あにぃ……見ててくれたよね? 約束したもんね」


 最後の力を振り絞り、そう言ってくれた兄弟子の笑顔が、妹の瞼の裏には鮮明に浮かび上がっていた。



 この日、この世界に一対の『神殺し』の刀が誕生した

 兄を追いかけて追いつこうとした妹は

 自分の夢を思い出し、それを果たした



 その心が救われたかどうかは、本人以外に知る由も無い

 ただ、その妹は、穏やかで慈愛に満ちた表情で、床に横たわる男と刀を見つめていた

 男も静かに何も言わず、ただただその場にいるだけであった



『あぁ……見ているよ……』


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