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第四章 自由な旅路
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「ガストフ支部長、エディスです」
「入れ」
エディスはヤナを見送った後、ガストフ支部長の部屋を訪れ、ヤナが迷宮に向かったことを伝えた。
昼にガストフ支部長がギルドに帰ってきた後、王都支部ギルドとして緊急招集クエストが発令された。Dランク以上の冒険者は原則強制的に参加となる。王都防衛クエストとなり、依頼主はジャイノス王国からである。
このクエストが発令された瞬間から、特別な理由がない限り、ギルド支部長の指揮下で冒険者は動かないといけなくなる。この招集に逆らうと、ギルドから強制退会となる厳しいものだ。
「ヤナ君が早速、東の迷宮へと向かいました……本当に、一人で良かったんでしょうか?」
「本人が、並な転移術者がいると寧ろ足手まといだと言いやがったからな。何か迷宮核を破壊した後、脱出する方法があるんだろ」
実際として、ヤナは『迷宮核を破壊したら、急いで逃げる』しか考えていない。
「そうですよね。流石に走って逃げるとか言いだしたら、本気で頭の中身が入っていないと疑いますからね」
勿論、ヤナは『迷宮核を破壊したら、急いで逃げる』しか考えていない。
「ガッハッハ! 流石にそこまで変態じゃないだろ。少なくとも五十階層はあるからな、帰り道なんぞ覚えられん」
当然、ヤナは『迷宮核を破壊したら、急いで逃げる』しか考えていない。
「……ヤナ君は、迷宮を破壊できるかな?」
「それは、お前の方がよく予想できるんじゃないのか? 俺より近くで、あいつを見ていただろ」
ガストフ支部長にそう言われ、エディスは少し考えたが、思わず笑った。
「ふふ、無理。ヤナ君は、想像の斜め上どころか、創造が空を飛ぶもの」
「……エディス……その顔は久しぶりに、見たな」
「え!? 『偽りの姿』解けてる?」
ガストフ支部長は、慌てた様子のエディスを見ながら笑う。
「いや、そうじゃない。気にするな」
そして、ガストフ支部長とエディスは魔物の大氾濫が、起きた場合の冒険者の配置を検討し始めた。
「調査から帰ってきた冒険者の話だと、十階層のボスは未だ瘴気纏いになってなかったと報告されてたが、さてどうなってるかな?」
俺が調査に行った北の迷宮以外も、ギルドからBランクパーティが調査していたが、十階層でボスを確認したところで、王都に帰り報告していた。
「『探索者の極意』『迷宮診断』」
一先ず東の迷宮を再度診断してみる。
『診断結果』
………………
迷宮名:名無し
階層:50階
迷宮核名:サミルキリア
状態:異常成長/瘴気汚染(高)
………………
「昨日は四十八階層だったよな確か……もう二階層も増えてやがるな」
俺は、腕輪と指輪を外し迷宮探索の準備をする。
「本当はもっと楽しみながら、迷宮を攻略したかったんだけどな……『双子』『十指』『神火の真円』『形状変化』『神火の白兎』『自動操縦』『対象:階層下り階段』『接続』『探索者の極意《メソッド》』『案内者』」
神火の白兎を通信魔法の『接続』で、探索者の極意で創り出したサングラス型の『案内者』と接続した。そして本来俺自身が歩くことで、記録されていく迷宮階層の地図を、神火の白兎が通った道でも案内者内に記録する様に設定した。
「スキルと魔法は想像力が鍵だな。既成概念に囚われない柔軟な思考! 俺の何処が脳筋だというのだ! フハハハハ! ゴー! ゴー! ゴー!」
迷宮の入り口から20羽の神火の白兎を解き放った。
「さて、十階層のボス部屋までの地図が出来るまで、俺はこいつらの相手かな」
わらわらと迷宮の入り口目指して、魔物が迫ってくる。
「駆けっこ前には、準備運動しなくちゃな!」
俺は二刀の大太刀『烈風』『涼風』を抜きながら、向かってくる魔物の群れに駆け出した。
一通り見える範囲では、魔物を殲滅し、一応威嚇のつもりで、周辺に向かって全力の殺気と威圧を放った。周囲から魔物の気配が物凄い勢いで消えていく。
「よし、良い感じに身体が温まった所で、『自動迷宮階層記録』も十階層まで記録出来たな。さてと、『道順検索』『検索条件:距離優先』『案内開始』頼むぜ、ヤナビ!」
サングラス型『案内者』に、俺を案内するから『ヤナビ』と名付けた。なんてハイセンスなんだと、自画自賛しているとヤナビから返答があった。
「マスター、名前がダサいです。変更を希望します」
「いきなり辛辣だな! 俺のスキルで創ったんだから、俺が気に入ったんならいいだろ!? それに何故に声が、少女っぽいの!?」
「横暴です。パワハラです。声はマスターの好みを再現しております。よかったですね、このロリコンマスター」
「絶対不良品だろこれ! クーリングオフさせろ! そうだ! スキルを一回解除して、再起動したらいいのか? いや、それだと折角の地図データが消えるのか?」
俺がスキルを解除しても、大丈夫なのかと考えているとヤナビが喋り出す。
「早く行かなくていいのですか? マスターは亀ですか? ナメクジなんですか? さっさと私の指示通りに、駆けずり回ってください」
「……ここの迷宮破壊したら、まずお前を解除してやる」
「無駄口叩かないで、動いた方がよろしいのでは? 因みに口調もマスターの好みに合わせられております……変態ですね」
「嘘だぁああああ!」
俺は半泣きになりながら、疾風迅雷を発動し迷宮へと駆け出した。
ヤナがヤナビと共に、東の迷宮の探索を開始した頃、瘴気に汚染されし大地『侵食大地』の奥深く、『召喚されし勇者』達の最終目標地である『魔王城』の一室では、二人の魔族が話しをしていた。
「おい、お前は直接楽しみに行かないのか? 折角、貴重な迷宮妖精四匹も使ったんだろ?」
野性的な鋭い目つきの魔族の男が、煽情的な格好をした妖艶な魔族の女に問いかける。
「んぅ? 行かないわぁ面倒だものぉ。今回あの子達を使ってあげたのはぁ、ここに閉じ込めてたらかわいそぉでしょぉ? だからぁ、解放してあげたのよぉ」
舌足らずな喋り方をしながら、女魔族は答える。
「お前なぁ、解放と言いながら、しっかり瘴気塗れにしてやがったじゃねぇか」
「えぇ? 瘴気って心地よいじゃないぃ、優しさよぉやぁさぁしぃさぁ」
男魔族は呆れた様な表情をしながら、口を開く。
「しかも、この辺の瘴気纏い魔物と名無し共がごっそりいなくなってるんだが?」
「だってぇ、可哀想じゃなぁい? 死ぬ時に、一人じゃぁ寂しいでしょぉ」
女魔族は、ニタァと嗤う。
「はぁ、玩具がまた減るなぁ」
「貴方も人間ゴッコでもぉしてくればぁ? 伯爵だとかぁ男爵ぅうとか流行ってるんでしょぉ?」
「あんなことしてるのなんざ、ちょっと悪神様に力貰って、調子に乗ってる雑魚達だろうが……何が楽しくて、玩具で遊ぶのに玩具の真似なんぞせにゃならんのだ」
「フフフ、私はどぉしよぉかなぁ? ここにいるのも飽きたら遊びに行こうかなぁ。この間、こんな本見つけちゃってぇ」
女魔族は、その本の表紙を男魔族に見せる。
「なんだこの本は?『結ばれぬ恋~私の正体はバレちゃいけない~』って、なんだこりゃ?」
「過去の勇者の書いた物語よぉ、この間、あの子達から貢物の中にあってぇ。面白かったのぉ」
「あぁ……あの雑魚共が渡してくるやつか。まぁ、面白そうな玩具見つけたら俺にも分けてくれや」
「いいよぉ、またねぇ」
そして、男魔族は部屋から出て行った。
「さぁてとぉ、どんな格好して行こうかなぁ」
まるでデートの前の女性の様な、浮かれた声を出しながら女魔族は人族の世界へ行く準備をし始めた。
「右、右、左、右、左、真っ直ぐです」
「うおぉおおお!」
俺は、ヤナビの指示にしたがって、全速力で迷宮をかけていた。
途中の魔物共は、周囲に創り出している黒炎の大剣を自動操縦で殲滅しながら、罠は落とし穴や致死性の物以外は黒炎の全身鎧で防ぎ、完全無視して突破していた。
「ボスの扉だ! よし! おらぁあああ! 邪魔だぁあああ!」
「ピギャ!? ギヤァアアアア!」
「次! 神火の白兎ゴォオオ!」
俺は普通の十階層ボスを、扉を開けた瞬間に瞬殺し、次の扉を速攻で開け、再び神火の白兎を解き放った。
「この時間がもどかしいが、仕方ないな。まだ十階層ボスは瘴気纏じゃなかったな」
先程瞬殺した、オークエリートは普通の個体だった。ただ、やはり迷宮の通路は徐々に瘴気の気配が増していた。
その後も、二十階層、三十階層と順調に進みこの時点ではまだ、ボスは瘴気纏じゃなかった。
既に俺は黒炎の全身鎧の上から 神火の纏いを重ねている。瘴気がもう迷宮を濃く充満している為だ。
「グルァアアアア!」
オークジェネラルが、俺に向かい咆哮する。
「煩い豚ですね。耳が腐りそうなので、マスターさっさと斬り捨てて下さい」
「……お前、耳ないだろ?」
「マスター、そんな細かい事を気にしてたらモテませんよ」
「……お前って、俺のスキルだよな? なんでそんなに人間的なの?」
「マスターが、おそらく尋常でない妄想力により私を創造した為で……」
「おらぁ! 豚ぁ! 邪魔だぁあああ!」
俺はその先を言われる前に、豚に突撃した。
「ピグゥウウウ!?」
そして、四十階層の自動迷宮階層記録も終わり、最終階層向けて駆け出した。
最終階層のダンジョンボスは瘴気纏いキングオークだっが、走りながら本数を増やしていた黒炎の大剣で扉を開けた瞬間に、どこかの黒ヒゲさんが危機一髪なっている樽の如く、突き刺し討伐した。
「マスター、えげつないです。流石です」
「そんなに褒めるなよ。まだここからが本番なんだから」
「マスター……時々は優しくしますね」
何故か自分のスキルに慰められながら、迷宮核と地上への転移陣がある部屋への扉を開けた。
一際大きな魔石である迷宮核が瘴気を纏いながら浮いていた。
「帰りはどうせ崩れるから、腕輪も指輪も外して全力で脱出だ。ヤナビ、地上までのナビ頼むぞ」
「マスターこそ、私の指示通りにきちんと動いてくださいね? ここまで来る迄に、何回間違えたのですか? 右と左わかってますか? お箸を持つ方が右ですよ?」
「……速く脱出して、解除してやる……」
俺は改めて固く決意し、瘴気纏いになっている迷宮核に向かって対峙する。
「それじゃ、行くぞ! おらぁああ!」
俺が迷宮核を、二刀の大太刀で斬り壊した瞬間だった。
"ごめんね…他の子も…お願いね…"
頭に直接響くような、声が聞こえた。
「くっ! なんだ!? 前にも確か同じような……」
「マスター、速くしてください。モグラになりたいんですか? 言っておきますが、こんな地中深くから地上に掘ってなんて、方角わかりませんよ?」
「やべ! おりゃぁあ!」
とりあえず聞こえた声の事は、一旦棚上げし、地上に向かって全力で駆け出した。
「ふぅ、前回より余裕で脱出出来たな」
最下層から一気に地上まで駆け抜けたが、さすがに前回の脱出と違い、帰り道がわかっているのと、破壊を気にせずに全力で駆け抜けた為、案外余裕だった。
「まぁ、やっぱり右と左間違えましたけどね。マスターって、アレなんですか? 頭がアレな人ですか?」
「……よし! 迷宮から出たし、もう案内者を解除してもいいな! 次の迷宮の案内者を創る時は、全力で集中しよう! 『案内者』『解除』!」
「何してるんですか? グズグズしてないで、次の迷宮行きますよ」
「……は? 『解除』!」
「マスター、頭が残念なのは分かりましたから、早く移動しますよ」
俺は『解除』している筈なのに、サングラス型の案内者が消えない事に、完全に動揺していた。
「何故だ! なんで自分のスキルなのに、解除できないんだ!」
「マスター、私を起動する際に、起動条件項目をチェックしましたか? ちゃんと画面の右下に表示されていますよ」
「はい? あぁ、確かにすっごい小さな文字で、『起動条件項目』って書いてあるな……これを押せばいいのか?……起動条件は……え?」
俺はそこに書いてある事が理解できなかった。いや、理解したくなかった。
「マスター、条件を何も設定せずに起動しましたからね。私は全ての行動が可能です。勿論、マスターの命令を『拒否』する事も可能です。よって、スキルの解除を『拒否』しました。ちなみに起動条件は、変更可能です」
「なんだ、それなら変更して、命令聞くようにすればいいだけじゃ……あれ? 起動条件項目をタップ出来ないんだけど?」
「勿論、起動条件変更を私が『拒否』している為です。マスター、設定及び契約は慎重にする事をお勧めします」
「……嘘だぁあああああ!」
夕暮れの空に俺の叫びが、虚しく響いた。
そして俺は、西の迷宮へと失意の中で向かったのだった。
「これからずっとよろしくお願いしますね、マスター」
ヤナビの宣告が、はっきりと明瞭に俺の頭の中に響いた。
「はぁ……しょうがないか……俺こそ、よろしく頼む」
自分のスキルに挨拶するという奇妙な体験をしながら、新しい相棒を得たのだった。
"早く…早く誰か…もう耐えられない…あぁああ!"
何処かの迷宮の奥底で、何かの悲鳴が上がっていた。
そして、魔物の大氾濫が発生したのだった。
「入れ」
エディスはヤナを見送った後、ガストフ支部長の部屋を訪れ、ヤナが迷宮に向かったことを伝えた。
昼にガストフ支部長がギルドに帰ってきた後、王都支部ギルドとして緊急招集クエストが発令された。Dランク以上の冒険者は原則強制的に参加となる。王都防衛クエストとなり、依頼主はジャイノス王国からである。
このクエストが発令された瞬間から、特別な理由がない限り、ギルド支部長の指揮下で冒険者は動かないといけなくなる。この招集に逆らうと、ギルドから強制退会となる厳しいものだ。
「ヤナ君が早速、東の迷宮へと向かいました……本当に、一人で良かったんでしょうか?」
「本人が、並な転移術者がいると寧ろ足手まといだと言いやがったからな。何か迷宮核を破壊した後、脱出する方法があるんだろ」
実際として、ヤナは『迷宮核を破壊したら、急いで逃げる』しか考えていない。
「そうですよね。流石に走って逃げるとか言いだしたら、本気で頭の中身が入っていないと疑いますからね」
勿論、ヤナは『迷宮核を破壊したら、急いで逃げる』しか考えていない。
「ガッハッハ! 流石にそこまで変態じゃないだろ。少なくとも五十階層はあるからな、帰り道なんぞ覚えられん」
当然、ヤナは『迷宮核を破壊したら、急いで逃げる』しか考えていない。
「……ヤナ君は、迷宮を破壊できるかな?」
「それは、お前の方がよく予想できるんじゃないのか? 俺より近くで、あいつを見ていただろ」
ガストフ支部長にそう言われ、エディスは少し考えたが、思わず笑った。
「ふふ、無理。ヤナ君は、想像の斜め上どころか、創造が空を飛ぶもの」
「……エディス……その顔は久しぶりに、見たな」
「え!? 『偽りの姿』解けてる?」
ガストフ支部長は、慌てた様子のエディスを見ながら笑う。
「いや、そうじゃない。気にするな」
そして、ガストフ支部長とエディスは魔物の大氾濫が、起きた場合の冒険者の配置を検討し始めた。
「調査から帰ってきた冒険者の話だと、十階層のボスは未だ瘴気纏いになってなかったと報告されてたが、さてどうなってるかな?」
俺が調査に行った北の迷宮以外も、ギルドからBランクパーティが調査していたが、十階層でボスを確認したところで、王都に帰り報告していた。
「『探索者の極意』『迷宮診断』」
一先ず東の迷宮を再度診断してみる。
『診断結果』
………………
迷宮名:名無し
階層:50階
迷宮核名:サミルキリア
状態:異常成長/瘴気汚染(高)
………………
「昨日は四十八階層だったよな確か……もう二階層も増えてやがるな」
俺は、腕輪と指輪を外し迷宮探索の準備をする。
「本当はもっと楽しみながら、迷宮を攻略したかったんだけどな……『双子』『十指』『神火の真円』『形状変化』『神火の白兎』『自動操縦』『対象:階層下り階段』『接続』『探索者の極意《メソッド》』『案内者』」
神火の白兎を通信魔法の『接続』で、探索者の極意で創り出したサングラス型の『案内者』と接続した。そして本来俺自身が歩くことで、記録されていく迷宮階層の地図を、神火の白兎が通った道でも案内者内に記録する様に設定した。
「スキルと魔法は想像力が鍵だな。既成概念に囚われない柔軟な思考! 俺の何処が脳筋だというのだ! フハハハハ! ゴー! ゴー! ゴー!」
迷宮の入り口から20羽の神火の白兎を解き放った。
「さて、十階層のボス部屋までの地図が出来るまで、俺はこいつらの相手かな」
わらわらと迷宮の入り口目指して、魔物が迫ってくる。
「駆けっこ前には、準備運動しなくちゃな!」
俺は二刀の大太刀『烈風』『涼風』を抜きながら、向かってくる魔物の群れに駆け出した。
一通り見える範囲では、魔物を殲滅し、一応威嚇のつもりで、周辺に向かって全力の殺気と威圧を放った。周囲から魔物の気配が物凄い勢いで消えていく。
「よし、良い感じに身体が温まった所で、『自動迷宮階層記録』も十階層まで記録出来たな。さてと、『道順検索』『検索条件:距離優先』『案内開始』頼むぜ、ヤナビ!」
サングラス型『案内者』に、俺を案内するから『ヤナビ』と名付けた。なんてハイセンスなんだと、自画自賛しているとヤナビから返答があった。
「マスター、名前がダサいです。変更を希望します」
「いきなり辛辣だな! 俺のスキルで創ったんだから、俺が気に入ったんならいいだろ!? それに何故に声が、少女っぽいの!?」
「横暴です。パワハラです。声はマスターの好みを再現しております。よかったですね、このロリコンマスター」
「絶対不良品だろこれ! クーリングオフさせろ! そうだ! スキルを一回解除して、再起動したらいいのか? いや、それだと折角の地図データが消えるのか?」
俺がスキルを解除しても、大丈夫なのかと考えているとヤナビが喋り出す。
「早く行かなくていいのですか? マスターは亀ですか? ナメクジなんですか? さっさと私の指示通りに、駆けずり回ってください」
「……ここの迷宮破壊したら、まずお前を解除してやる」
「無駄口叩かないで、動いた方がよろしいのでは? 因みに口調もマスターの好みに合わせられております……変態ですね」
「嘘だぁああああ!」
俺は半泣きになりながら、疾風迅雷を発動し迷宮へと駆け出した。
ヤナがヤナビと共に、東の迷宮の探索を開始した頃、瘴気に汚染されし大地『侵食大地』の奥深く、『召喚されし勇者』達の最終目標地である『魔王城』の一室では、二人の魔族が話しをしていた。
「おい、お前は直接楽しみに行かないのか? 折角、貴重な迷宮妖精四匹も使ったんだろ?」
野性的な鋭い目つきの魔族の男が、煽情的な格好をした妖艶な魔族の女に問いかける。
「んぅ? 行かないわぁ面倒だものぉ。今回あの子達を使ってあげたのはぁ、ここに閉じ込めてたらかわいそぉでしょぉ? だからぁ、解放してあげたのよぉ」
舌足らずな喋り方をしながら、女魔族は答える。
「お前なぁ、解放と言いながら、しっかり瘴気塗れにしてやがったじゃねぇか」
「えぇ? 瘴気って心地よいじゃないぃ、優しさよぉやぁさぁしぃさぁ」
男魔族は呆れた様な表情をしながら、口を開く。
「しかも、この辺の瘴気纏い魔物と名無し共がごっそりいなくなってるんだが?」
「だってぇ、可哀想じゃなぁい? 死ぬ時に、一人じゃぁ寂しいでしょぉ」
女魔族は、ニタァと嗤う。
「はぁ、玩具がまた減るなぁ」
「貴方も人間ゴッコでもぉしてくればぁ? 伯爵だとかぁ男爵ぅうとか流行ってるんでしょぉ?」
「あんなことしてるのなんざ、ちょっと悪神様に力貰って、調子に乗ってる雑魚達だろうが……何が楽しくて、玩具で遊ぶのに玩具の真似なんぞせにゃならんのだ」
「フフフ、私はどぉしよぉかなぁ? ここにいるのも飽きたら遊びに行こうかなぁ。この間、こんな本見つけちゃってぇ」
女魔族は、その本の表紙を男魔族に見せる。
「なんだこの本は?『結ばれぬ恋~私の正体はバレちゃいけない~』って、なんだこりゃ?」
「過去の勇者の書いた物語よぉ、この間、あの子達から貢物の中にあってぇ。面白かったのぉ」
「あぁ……あの雑魚共が渡してくるやつか。まぁ、面白そうな玩具見つけたら俺にも分けてくれや」
「いいよぉ、またねぇ」
そして、男魔族は部屋から出て行った。
「さぁてとぉ、どんな格好して行こうかなぁ」
まるでデートの前の女性の様な、浮かれた声を出しながら女魔族は人族の世界へ行く準備をし始めた。
「右、右、左、右、左、真っ直ぐです」
「うおぉおおお!」
俺は、ヤナビの指示にしたがって、全速力で迷宮をかけていた。
途中の魔物共は、周囲に創り出している黒炎の大剣を自動操縦で殲滅しながら、罠は落とし穴や致死性の物以外は黒炎の全身鎧で防ぎ、完全無視して突破していた。
「ボスの扉だ! よし! おらぁあああ! 邪魔だぁあああ!」
「ピギャ!? ギヤァアアアア!」
「次! 神火の白兎ゴォオオ!」
俺は普通の十階層ボスを、扉を開けた瞬間に瞬殺し、次の扉を速攻で開け、再び神火の白兎を解き放った。
「この時間がもどかしいが、仕方ないな。まだ十階層ボスは瘴気纏じゃなかったな」
先程瞬殺した、オークエリートは普通の個体だった。ただ、やはり迷宮の通路は徐々に瘴気の気配が増していた。
その後も、二十階層、三十階層と順調に進みこの時点ではまだ、ボスは瘴気纏じゃなかった。
既に俺は黒炎の全身鎧の上から 神火の纏いを重ねている。瘴気がもう迷宮を濃く充満している為だ。
「グルァアアアア!」
オークジェネラルが、俺に向かい咆哮する。
「煩い豚ですね。耳が腐りそうなので、マスターさっさと斬り捨てて下さい」
「……お前、耳ないだろ?」
「マスター、そんな細かい事を気にしてたらモテませんよ」
「……お前って、俺のスキルだよな? なんでそんなに人間的なの?」
「マスターが、おそらく尋常でない妄想力により私を創造した為で……」
「おらぁ! 豚ぁ! 邪魔だぁあああ!」
俺はその先を言われる前に、豚に突撃した。
「ピグゥウウウ!?」
そして、四十階層の自動迷宮階層記録も終わり、最終階層向けて駆け出した。
最終階層のダンジョンボスは瘴気纏いキングオークだっが、走りながら本数を増やしていた黒炎の大剣で扉を開けた瞬間に、どこかの黒ヒゲさんが危機一髪なっている樽の如く、突き刺し討伐した。
「マスター、えげつないです。流石です」
「そんなに褒めるなよ。まだここからが本番なんだから」
「マスター……時々は優しくしますね」
何故か自分のスキルに慰められながら、迷宮核と地上への転移陣がある部屋への扉を開けた。
一際大きな魔石である迷宮核が瘴気を纏いながら浮いていた。
「帰りはどうせ崩れるから、腕輪も指輪も外して全力で脱出だ。ヤナビ、地上までのナビ頼むぞ」
「マスターこそ、私の指示通りにきちんと動いてくださいね? ここまで来る迄に、何回間違えたのですか? 右と左わかってますか? お箸を持つ方が右ですよ?」
「……速く脱出して、解除してやる……」
俺は改めて固く決意し、瘴気纏いになっている迷宮核に向かって対峙する。
「それじゃ、行くぞ! おらぁああ!」
俺が迷宮核を、二刀の大太刀で斬り壊した瞬間だった。
"ごめんね…他の子も…お願いね…"
頭に直接響くような、声が聞こえた。
「くっ! なんだ!? 前にも確か同じような……」
「マスター、速くしてください。モグラになりたいんですか? 言っておきますが、こんな地中深くから地上に掘ってなんて、方角わかりませんよ?」
「やべ! おりゃぁあ!」
とりあえず聞こえた声の事は、一旦棚上げし、地上に向かって全力で駆け出した。
「ふぅ、前回より余裕で脱出出来たな」
最下層から一気に地上まで駆け抜けたが、さすがに前回の脱出と違い、帰り道がわかっているのと、破壊を気にせずに全力で駆け抜けた為、案外余裕だった。
「まぁ、やっぱり右と左間違えましたけどね。マスターって、アレなんですか? 頭がアレな人ですか?」
「……よし! 迷宮から出たし、もう案内者を解除してもいいな! 次の迷宮の案内者を創る時は、全力で集中しよう! 『案内者』『解除』!」
「何してるんですか? グズグズしてないで、次の迷宮行きますよ」
「……は? 『解除』!」
「マスター、頭が残念なのは分かりましたから、早く移動しますよ」
俺は『解除』している筈なのに、サングラス型の案内者が消えない事に、完全に動揺していた。
「何故だ! なんで自分のスキルなのに、解除できないんだ!」
「マスター、私を起動する際に、起動条件項目をチェックしましたか? ちゃんと画面の右下に表示されていますよ」
「はい? あぁ、確かにすっごい小さな文字で、『起動条件項目』って書いてあるな……これを押せばいいのか?……起動条件は……え?」
俺はそこに書いてある事が理解できなかった。いや、理解したくなかった。
「マスター、条件を何も設定せずに起動しましたからね。私は全ての行動が可能です。勿論、マスターの命令を『拒否』する事も可能です。よって、スキルの解除を『拒否』しました。ちなみに起動条件は、変更可能です」
「なんだ、それなら変更して、命令聞くようにすればいいだけじゃ……あれ? 起動条件項目をタップ出来ないんだけど?」
「勿論、起動条件変更を私が『拒否』している為です。マスター、設定及び契約は慎重にする事をお勧めします」
「……嘘だぁあああああ!」
夕暮れの空に俺の叫びが、虚しく響いた。
そして俺は、西の迷宮へと失意の中で向かったのだった。
「これからずっとよろしくお願いしますね、マスター」
ヤナビの宣告が、はっきりと明瞭に俺の頭の中に響いた。
「はぁ……しょうがないか……俺こそ、よろしく頼む」
自分のスキルに挨拶するという奇妙な体験をしながら、新しい相棒を得たのだった。
"早く…早く誰か…もう耐えられない…あぁああ!"
何処かの迷宮の奥底で、何かの悲鳴が上がっていた。
そして、魔物の大氾濫が発生したのだった。
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