要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第四章 自由な旅路

嵐の予感

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「エディスさん?……ねぇ? エディスさん? 頭が……頭がぁあああ! 潰れちゃうぅううう!」

「うるせぇ……シネ」

「主様……あれは無いと思います」

「見捨てないでぇえ! ぎゃぁああ!」

 俺の全方位無差別斬撃『隙間無ギチギチ』により、俺以外は壊滅状態となった。観客席を守る障壁を破壊し、観客の冒険者を軒並み斬り捨て死んでませんたが、訓練場全体を守る障壁で斬撃が止まった。ただ、ギルド全体に衝撃が伝わったらしく、この事を知らなかった冒険者や外の通行人がかなり驚いてしまったとの事だ。

「訓練場自体を守る障壁は、突破出来なかったか……鍛錬が足りんなぁ」

 その事を聞いて思わず呟いた事を、エディスさんに聞かれ、無表情でアイアンクローで俺の頭は窮地に陥ったのだ。

「いででで……絶対ヘコんだ……頭が瓢箪みたいになったら、どうすんだよ全く…」

「うるさいですねぇ。出入り口に近かった冒険者以外壊滅させておいて、回復職ヒーラーが今、必死に手当してますよ。あの殺気だった所へ行きますか? フフフ」

「ごめんなさい。反省します。勘弁してください……俺だって、応急処置ファーストエイドしたし……」

「あぁん? なんか言いました?」

「ひぃ!? 素直に反省します!」

 エディスさんから俺が斬った全員の処置と訓練場の障壁の張り直し、そしてガストフ支部長の回復を待つ為に、昼過ぎにまた来いと言われてギルドを後にした。



 まだ昼まで時間がある為、いつも通りに二人で鍛錬する為に荒野へ出かけた。

「そう言えば、さっきの奴隷の話は本気なのか?」

「奴隷を止めないという話ですか?」

「あぁ、そうだ。奴隷なんて嫌だろう?」

 俺はリアンちゃんみたいに幸せそうな奴隷も知っているが、街中で見かける奴隷達であんな良い笑顔を見る事は無い。リアンちゃんが特別なだけで、普通の奴隷は辛い者なのだ。

 するとアシェリは、上目遣いに俺を見ながら両目・・に涙を浮かべ、更に頭の・・の耳とフサフサの犬しっぽをぺたりと下げながら、聞いてくる。

「やっぱり獣人奴隷では……ご迷惑でしょうか……グスッ」

「ぐはぁ! っく! ひ……卑怯だぞ!?」

「それに……人族の国で獣人は、あまり良い顔はされないみたいです……解放していただいても、こんな子供・・が一人生きていくには……それなら、上級冒険者になるであろう主様の奴隷でいる方が、遥かに安全ではないかと思いまして……」

 確かに人族の国であるここジャイノス王国では、殆ど獣人を見かけない。獣人として見かけるのは、獣人奴隷ばかりだ。それに、Dランクになったとは言え、子供・・のアシェリには、やはり保護者は必要なのだろうかと考えていると、ちょんちょんとアシェリに身体を突かれた。

「ん? なんだ」

「主様の奴隷でいさせてくださいワン?」

「……ごふっ……語尾にワンだと……犬の獣人だからってワンなどと……獣人の誇りはないのか……」

 もう一押しだと感じたのか、アシェリが止めを刺してくる。

「お願いニャン?」

「犬なのにニャンだとぉ!……オホンッ、まぁ、うん、あれだ。アシェリはまだ子供・・だしな。保護者が必要だな。うん。変態紳士が寄ってきても困るしな」

「という事は?」

「あぁ、奴隷のままで良いよ。ただし、一つだけ約束だ」

 アシェリがそれを聞いて、ビクっとなる。

「アシェリは子供なんだから、仕事や鍛錬以外の時は子供らしく我儘や、寂しくなったら甘えるんだぞ」

「……はい! ありがとうございます、主様ぁ!」

 アシェリはそう叫ぶやいなや、しっぽを振り回しながら抱きついてきた。俺はアシェリの頭を撫でながら、これからの事を考えていた。

(せめてアシェリが大人に成るまでは、帰れないかなこりゃ……)

 これまでで一番の笑顔で俺を見てくるアシェリを見て、俺まで幸せな気持ちになっていた。

「という事で、さぁ斬り合うか」

「……鬼ぃ」

 それ保護これ鍛錬とは、別である。



 昼までしっかり二人で組手を行い、昼飯を食べて再びギルドを訪れた。

 エディスさんの所へ行くと、いつもにも増して険しい眉間のシワを作っていた。

「……アシェリ、エディスさんに話しかけてくれ」

「……主様……逝ってらっしゃい」

「……エディスさん? 言われた通りに、来ました……よ?」

 するとエディスさんは、ギロリと俺を見る。

「ひぃ!? 俺何かしました!? いや! 結構何かしてるな、色々してるな! 何かすみません!」

「あぁ? あぁ、ヤナ……君ですか。アホな事言ってないで、支部長室へ行ってきて下さい。ガストフ支部長から、Bランクの指定魔物討伐試験についての話があります」

「ほっ……あぁ、わかった。アシェリはエディスさんと受けられるクエストを、相談しておいてくれ」

「わかりました」

 アシェリを置いて、ガストフ支部長の居る支部長室へと向かった。

 ノックをすると、中からガストフ支部長が入るように言ってきた。

「よう、さっきは良くもやってくれたなこの野郎! ガッハッハッハ!」

「それはお互い様だろうが……それで? エディスさんにBランクの魔物討伐試験について、ここに聞きに行けと聞かれたんだが?」

 俺は、ちらりと部屋のソファーに座る男に目をやった。赤髪の青年が、眼光鋭く俺を見ていた。悪意のある眼差しという訳ではなさそうだが、アメノ爺さんと同じような着流しを着ていた。

「おぉ、そうだった。今回のお前さんのBランクの指定魔物討伐試験にも関係してくる。東の街シーサイを治めているドルフィ伯爵に仕えているアライ殿だ」

「拙者アライと申す者。ヤナ殿の事は、ガストフ支部長殿からさっき聞いていた所でござる。かなりの腕前とかで、拙者も是非お手合せ願いたい所でござるな! カッカッカッ!」

「拙者? ござる? え?」

「あぁ……アラン殿は、かつて剣の神と言われた勇者に憧れていてな。その勇者の喋り方が、こんな感じだったらしい」

「なるほど、それでエセ武士みたいな残念な感じに……イケメンなのにすごく可哀相な匂いがするわ」

「二人とも拙者がいない時に、その様な事は言って欲しいでござるな。カッカッカッ!」

 このアランさんは、顔はニコニコと穏やかにしているが、あのクソ爺アメノ爺さんと同じ雰囲気があり、見た目通りという訳では無いと感じた。俺からも一言自分の名前を名乗ってから、ガストフ支部長にどう言うことかを尋ねた。

「それで、俺の試験とどんな関係が?」

「あぁ、それが東の街シーサイは、最近になって海からの魔物に頻繁に襲われているらしい。明らかに例年より陸に上がってくる魔物や、船を襲う魔物が多くてな。あっちのギルドの支部だけじゃ、対応できなくなりつつある。そこで、あそこ一帯を治めているドルフィ伯爵からの指定クエストで、上級ランクの冒険者をその原因となっているであろう・・・魔物の討伐を、今丁度アライ殿から受けていたとこなんだが…」

「それを、Bランクの指定魔物討伐試験にってか?」

「まぁ、そんなような、そうじゃないような」

 ガストフ支部長が、歯切れの悪い返事をする。

「それは別に構わないんだが、そのドルフィ伯爵は、上級ランクの冒険者を所望なんだろ? 今Cランクの俺が受けていいのか?」

 俺の認識ではBランクから一般的に上級ランクの冒険者と言われるランクな筈だった。その為、合格するつもりではあるが、現在は中級ランクのCランク冒険者である俺が、受けていいのかというものだ。しかも領主である伯爵からの依頼だというのにだ。

「それについては、拙者から説明しよう」

 今東の都シーサイでは、瘴気纏いキングクラーケンが親玉の魔物の群れに、度々襲われているらしい。

 現在までは、街の衛兵と冒険者により撃退出来ているものの、このままでは何れジリ貧になる事が目に見えている。

 そこで、親玉の瘴気纏いキングクラーケンの討伐に乗り出したのだが、ここで手痛い反撃を食らったらしい。

「沖に誘い込まれて、逆に全滅…か」

 シーサイ支部のAランク冒険者とBランク冒険者もこの時に、同じく行方不明になっているらしい。その為、アランさんが各地のギルドへ赴き、上級ランクの冒険者に助っ人してくれる様に、要請に来ているという事だった。

 王都を支部とするこのギルドは、瘴気に侵食された土地から離れている為、実は冒険者のランクも他の支部に比べて低い。その為、今回の様な助っ人には初めから除外されることが多いらしい。

「なるほど、わかったぞ? Bランクの指定魔物討伐試験を、キングクラーケンにする事で、あわよくば瘴気纏キングクラーケンを討伐して来いという事だろ?」

「まぁ、そんな所だな。瘴気纏いキングクラーケンは他の支部の上級ランクの冒険者にも指定魔物討伐クエストとして依頼されるんだが、流石に早いもの勝ちのクエストを試験にする訳にもいかんでな。ただのキングクラーゲンを指定魔物として、序でに瘴気纏いの方も頼むわ」

「ガストフ支部長殿、アレを序でにと言うには、些か……そんな軽い感じで、瘴気纏いの依頼など受けてはくれな…」

「わかった。序でに見つけたら、狩っておく」

 俺は、即答で了承した。

「ヤナ殿! そんなアッサリと! 拙者の指定クエストを受けてくれるのは有難いが、舐めてかかっている訳ではあるまいな!」

 もう、ここ何時代だよと、目の前のエセ武士の喋り方に辟易しながら答える。

「瘴気纏いなら今まで単独で四体仕留めてるしな。どっちにしろ、他にも高ランクの冒険者にも頼むんなら、俺より先にクリアしちゃいそうだけどな」

「な!? 単独で!」

「しかも非公式だが、ヤナは名前持ちネームドの魔族も単独討伐に成功している。今この支部では、最高戦力だろうな」

名持ちネームドの魔族なんて、初めてきいたでござるよ」

 ガストフ支部長が困惑しているアランさんに、宜しく頼むよと声をかけていた。

 アランさんは、次の支部へ同様の話をしに行くために、支部長室をでていった。

「それでは、次回にでもヤナ殿手合わせをお願いするでござるよ! では!」

 二人になった所で、今回の試験についてガストフ支部長に尋ねる。

「今回も、評価者はエディスさんか?」

「あぁ、そうだ。エディスには既に伝えている」

 さっきのエディスさんの様子は、これ評価者の仕事に関係しているのか、一応聞いてみた。

「ん? あぁ、そうだ。今回の評価者の仕事のせいで、エディスは機嫌が悪いんだ。ガッハッハッハ! 何とか機嫌をとって、上手くヤるんだな!」

「クソオヤジめ……」

 既に胃に、穴が空きそうな旅になる事は確定だ。

「兎に角、そう言う事だ。Bランクアップ試験頑張れよ」

「はいはい、分かりましたよ」

 こうして、この世界で初めて海に行く事になった。

 この時はまだ、あれ程大時化の試験になるとは思っても見なかった。

「また抱えて走ったら、流石にコロされるよな……どうしよう」
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