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第三章 冒険者
整列する自動人形達
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二人はお互いにボロボロになりながら街に戻り、広場の屋台で昼食を取っていた。
「何とか生き残った後の飯は、格別に美味いなぁ」
「……わたしは、主様にボコボコにされてたんですけどね……」
アシェリは、結局何回も気絶させられては起き上がり、そして気絶させられてと繰り返していたらしい。正直俺は自分に精一杯だった為、全く見ていなかったが、死神の慟哭で気にはしていた。その為、何度も立ち上がり、立ち向かっていたのは知っていた。
「随分頑張ってたしな。スキルは何か覚えたか? 自分のギルドプレートで見れるぞ?」
アシェリは、ギルドプレートを手に取り「ステータスオープン」と唱えた。
「主様、そんな簡単にスキルなんて……覚えてる……しかも『気絶耐性』って……」
「よかったじゃないか。これからどんどん覚えるぞきっと。『痛覚耐性』もすぐだろうな。あとは、そのうち火の棒を剣に変えるから『斬撃耐性』とか、避けないと斬られるから『致命傷回避』とか覚えるかな?」
「鬼にぃいいいいい!」
折角スキルが増えるというのに、何故か酷いことを言われたがスルーした。
「あと、スキルとか新しく何を覚えたかとかは、俺に言わなくていいからな。勿論今何が出来るという事もだ。手の内はわざわざ見せることはないし、俺から一人立ちしたら、アシェリは同業者になるんだからな。俺も特に自分のスキルの事を、アシェリに教える気もないしな」
「……わかりました」
アシェリは一瞬寂しそうな表情を見せるも、すぐ様いつも通りに戻り昼食後の予定を尋ねてきた。
俺はアシェリの頭の上に、手を乗せて笑顔で話しかける。
「まだ暫く一緒にいるから、心配するなよ? 途中で放り出したりしないからさ。親代りって……俺がそんな歳でもないから、お兄ちゃんみたいなもんだからな」
「鬼ぃちゃん……?」
「おい……字が違わなかったか?」
「えへへ」
「はっはっは」
アシェリの笑顔を初めて見る事が出来た事に安堵しながら、今度はちゃんと昼飯後の予定を話した。
「午後は、アシェリの採取クエストと討伐クエストだな。昼飯を食ったら、冒険者ギルドでエディスさんに出来そうなクエスト選んで貰おう」
「はい、わかりました」
そのあと、特盛の昼食を済ませて冒険者ギルドに向かった。相変わらずのエディスさんの列は空いていたのだが、若干いつもと雰囲気が違っていた。
「おい! あれが冒険者登録して直ぐに、『五蓮の蛇』を白目剥くまで追い回してCランクになった『黒炎の狂犬』か?」
「あぁ、確かあいつが宿屋で大臣の甥っ子を、白目剥くまでボコボコにしたCランクの『深淵の暴力狂い』だな」
「おぉ……やっぱり聞いてた通り、幼女を連れてるな『暗闇の紳士』は……しかも獣人奴隷とは……流石Cランクは違うな……」
「全て主様……の事ですか?」
「……」
俺が口から魂が抜けて放心していると、エディスさんが満面の嗤い顔でアシェリに答えた。
「えぇ、そうですよ。全て、アシェリちゃんのご主人様のことですよ。言ってる事も全て事実ですよ。ねぇ? ヤぁナぁくぅん?」
俺は完全に四つん這いになり、魂から慟哭した。この理不尽な世界に。やたらめったら二つ名を付けたがるこの世界に、俺は負けたのだ。
「そんな二つ名は……いやぁあああああああ!」
「主様……そっちですか……」
アシェリに呆れられ、ジト目さえ向けて貰えずにため息を吐かれてしまった。断じてご褒美ではない。辛い。
「そこの変態は置いといて、アシェリちゃん、クエスト選びましょう」
「はい、主様は置いておきます」
「酷くね!?」
取り敢えず変な二つ名で俺を呼んでいた奴を、片っ端から嗤いながら全力の威圧と殺気をぶつけて黙らせてから、アシェリのクエストを受注して冒険者ギルドを出た。
その後、冒険者ギルドではヤナを新たな二つ名『嗤う無法者』で呼ぶ冒険者も出てきたのだった。その後それを知った俺が、再び慟哭を上げる事になる事を、この時の俺は知らない。
「冒険者として生きていくには知識も必要だが、アシェリはその辺の知識を持っているか?」
アシェリに薬草や採取の知識、魔物の事に関して知っている事を話させた。
「へぇ、小さいのによく知っているな。知識に関しては、ほとんど教えることはなさそうだな」
「小さい頃に、とうさまとかあさまに教えて貰いましたので」
「今も小さいだろ、大人ぶらなくてもいいぞ? くくく」
アシェリをからかうと、ジト目を向けて来たので、慌てて襟を正した。
「ゴホン、それなら俺がいなくても大丈夫そうだな。今日は、薬草の採取クエストとスライム討伐だったよな?」
「はい。どちらもこの草原に居ますので、大丈夫そうです」
「分かった。なら、今日はアシェリは自分のクエスト依頼を完了してくれ。達成報酬は、全部自分の物だからな? 俺に渡すとか言うなよ、面倒臭いから」
「……はい。わかりました。主様はこれからどうされるのですか? また鍛錬ですか?」
最初は俺もアシェリのクエストに付いて行こうと思っていたのだが、この様子なら大丈夫だろう。その為、自分のクエストの準備をする事にした。
「いや、俺はギルドからの指定クエストの下見をしてくるよ。少し時間がかかるだろうから、クエスト終わって報酬受け取ったら、先に宿屋に戻って飯でも食っといてくれ」
勿論帰って来なければ、先に寝るようにとも伝えた。
「わかりました……もし、もっと私が強くなれば、主様のクエストに、いつか付いて行くことは出来ますか?」
「そらそうだろ。そうなれる様に、鍛錬しているんだろ?」
少し表情を明るくしたアシェリは、俺を送り出した。
「はい! 頑張りますので、主様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「おう、じゃあ行ってくる。今度は一人だし、パッと行ってくるかな。『獄炎の絶壁』『形状変化』『黒炎の射出機』! ヤナ! いっきまぁあす!」
獄炎魔法で作った射出機で、空へと俺は射出された。
「え……えぇええええええ!?」
アシェリの声が聞こえた様な気がしたが、一瞬で空高くまで飛ばされたのて、余り聞こえなかった。
俺は、一気に空まで打ち上げられたので、当然このまま何もしなければ落下する。
「『獄炎の絶壁』『形状変化』『黒炎の鎧』『部分的』『形状変化』『黒炎の大翼』! ひとっ飛びぃいいい!」
大空を飛んでいる為か、変なテンションになってしまった。だが、しっかりとケシン渓谷方面へ飛んでいる。
「空を飛ぶっていう、人類の夢を体一つで叶えてしまった、フハハハハハハ!」
この日、ケシン渓谷へ向かう高笑いする魔族と思われる個体を見たとの報告が、多数ギルドに上がったらしい。
ケシン渓谷を越えた所で、ヤナは地面に降り立った。
「ここからは、慎重にいかないとな……『神出鬼没』……行きますか」
神出鬼没により、気配を消したヤナは、周りの景色に身体の模様を偽装する完璧なカメレオン形態であり、そのことに少なからずテンションを上げていた。
神出鬼没で周りの色に全身が変えられているのにも関わらず、敢えてヤナは洞窟前に獄炎魔法を形状変化で『黒炎の忍び装束』に衣装チェンジしていた。ここからもヤナが潜入という、ある意味浪漫な響きに浮かれているの事が分かる。
準備を整えたヤナは、ギルドで教えて貰っていた洞窟へと、忍者の様な黒装束で近づいていく。
(見張りは二人か……やっぱりここは、天井からだよな)
洞窟の天井にへばりつく様に、コソコソと洞窟内へとヤナは侵入して行った。
別にヤナは、洞窟の天井にへばりつく必要は無い。神出鬼没を発動している為、横を素通りしても問題ない。しかし、忍者ヤナにとって普通に横切る等ありえないらしい。
態々『双子』『二指』『火球』『形状変化』『大釘付き靴』『蜘蛛の手袋』と唱え、どこぞの蜘蛛男よろしく洞窟の上部にへばりつき、コソコソしているのである。
洞窟内に潜入すると中は意外に広く、幾つも部屋があった。
(どうなってんだ?何かの魔道具か?)
鍵がかかっている扉があったが、恐らく略奪品の倉庫だろうと、更に他を見て回っていた。すると、今度は牢屋の様な鉄格子がはめ込んである場所を見つけ近づいてみる。
その場所をよく見ると、牢屋の中は二つの部屋に分かれており、出入り口も二つあった。片方の牢屋には、高貴なドレスを着ている中学生くらいの少女と、俺と同じ歳ぐらいに見える女性が座っていた。
(どっかの貴族の令嬢って奴か?)
そして、もう片方の部屋には、ボロボロに傷ついた女性の騎士が倒れていた。そして、女性騎士が倒れていた方の牢屋は非常に臭い。幸いと言っていいのか、今は他に誰もいないが、盗賊がここでナニをするか想像するには容易かった。幸いにも女性騎士の着衣の乱れは未だなかったが、ヤナの心は深く沈んでいく。
(はぁ、最悪……)
忍者ゴッコしていたヤナも、この世界のどこにでも転がっている『絶望』という奴に冷水をかけられた様に心も身体も冷えた。
(取り敢えず、手は……届いた『応急処置』っと。死んでなけりゃこれで大丈夫だろ)
隣の少女二人がいた牢屋からは、酷い匂いがしなかったので、恐らく奴隷商にでも売る人間様なのかもしれない。
取り敢えず二人の方は、見た目の傷は無さそうなのだったので、そのままにして牢屋を離れた。
(取り敢えずの下見のつもりだったんだけど、どうすっかな)
これからの事を、考えながら洞窟の最奥の部屋へと向かう。
「頭ぁ! 明日が楽しみですねぇ!」
「フハハ! そうだな! ありゃ、どこぞの貴族の令嬢だろうからな。高く売れるぞ楽しみだぁ!」
頭と呼ばれた男を中心に、十数人の盗賊が酒を飲みながら騒いでいた。
どうやら今朝、あの少女達の一行を襲撃したらしい。あの三人以外は襲撃で死んでいるとの事で、周りに知られず仕事が出来たと喜んでいた。
「頭ぁ、明日売るのはあの嬢ちゃん二人だけっすよねぇ?」
「あぁ、そうだな。今夜は楽しみだな。女騎士は流石はどんな泣き顔見せるか、今から滾るな」
下卑た笑い声を上げ、盗賊達は牢屋ある方向を見ていた。
「最近人数増えたからか、みんなで使ったらすぐ壊れちまいますからねぇ。騎士ってくらいだから、持って欲しいですねぇ」
「全くだ! ハッハッハッ! あの目がどんどん暗く絶望に染まっていくのは、堪らんな! あの嬢ちゃん達の目の前でってのもいいな! ガッハッハ!」
ヤナは其処まで聞いて、洞窟の外に出た。
そして、静かにこれまでに自分でも聞いた事の無い程低く冷えた声で魔法を唱える。
「『双子』『十指』『獄炎の柱』『形状変化』『黒炎の自動人形達』」
十本の獄炎で出来ている火柱を、全て使用し『黒炎の自動人形達』に形状変化して俺の後ろに整列させた。
そして俺は、五蓮の蛇の時より禍々しく、リオンちゃん達を襲ったクソ貴族の時より憤怒の気持ちを込めて、『黒炎の全身鎧』を創り出した。
まるで今の俺の心を写すかのような、この世界の誰よりも『魔王』らしい姿かもしれないな。
「さぁ、悪役の登場だ」
「何とか生き残った後の飯は、格別に美味いなぁ」
「……わたしは、主様にボコボコにされてたんですけどね……」
アシェリは、結局何回も気絶させられては起き上がり、そして気絶させられてと繰り返していたらしい。正直俺は自分に精一杯だった為、全く見ていなかったが、死神の慟哭で気にはしていた。その為、何度も立ち上がり、立ち向かっていたのは知っていた。
「随分頑張ってたしな。スキルは何か覚えたか? 自分のギルドプレートで見れるぞ?」
アシェリは、ギルドプレートを手に取り「ステータスオープン」と唱えた。
「主様、そんな簡単にスキルなんて……覚えてる……しかも『気絶耐性』って……」
「よかったじゃないか。これからどんどん覚えるぞきっと。『痛覚耐性』もすぐだろうな。あとは、そのうち火の棒を剣に変えるから『斬撃耐性』とか、避けないと斬られるから『致命傷回避』とか覚えるかな?」
「鬼にぃいいいいい!」
折角スキルが増えるというのに、何故か酷いことを言われたがスルーした。
「あと、スキルとか新しく何を覚えたかとかは、俺に言わなくていいからな。勿論今何が出来るという事もだ。手の内はわざわざ見せることはないし、俺から一人立ちしたら、アシェリは同業者になるんだからな。俺も特に自分のスキルの事を、アシェリに教える気もないしな」
「……わかりました」
アシェリは一瞬寂しそうな表情を見せるも、すぐ様いつも通りに戻り昼食後の予定を尋ねてきた。
俺はアシェリの頭の上に、手を乗せて笑顔で話しかける。
「まだ暫く一緒にいるから、心配するなよ? 途中で放り出したりしないからさ。親代りって……俺がそんな歳でもないから、お兄ちゃんみたいなもんだからな」
「鬼ぃちゃん……?」
「おい……字が違わなかったか?」
「えへへ」
「はっはっは」
アシェリの笑顔を初めて見る事が出来た事に安堵しながら、今度はちゃんと昼飯後の予定を話した。
「午後は、アシェリの採取クエストと討伐クエストだな。昼飯を食ったら、冒険者ギルドでエディスさんに出来そうなクエスト選んで貰おう」
「はい、わかりました」
そのあと、特盛の昼食を済ませて冒険者ギルドに向かった。相変わらずのエディスさんの列は空いていたのだが、若干いつもと雰囲気が違っていた。
「おい! あれが冒険者登録して直ぐに、『五蓮の蛇』を白目剥くまで追い回してCランクになった『黒炎の狂犬』か?」
「あぁ、確かあいつが宿屋で大臣の甥っ子を、白目剥くまでボコボコにしたCランクの『深淵の暴力狂い』だな」
「おぉ……やっぱり聞いてた通り、幼女を連れてるな『暗闇の紳士』は……しかも獣人奴隷とは……流石Cランクは違うな……」
「全て主様……の事ですか?」
「……」
俺が口から魂が抜けて放心していると、エディスさんが満面の嗤い顔でアシェリに答えた。
「えぇ、そうですよ。全て、アシェリちゃんのご主人様のことですよ。言ってる事も全て事実ですよ。ねぇ? ヤぁナぁくぅん?」
俺は完全に四つん這いになり、魂から慟哭した。この理不尽な世界に。やたらめったら二つ名を付けたがるこの世界に、俺は負けたのだ。
「そんな二つ名は……いやぁあああああああ!」
「主様……そっちですか……」
アシェリに呆れられ、ジト目さえ向けて貰えずにため息を吐かれてしまった。断じてご褒美ではない。辛い。
「そこの変態は置いといて、アシェリちゃん、クエスト選びましょう」
「はい、主様は置いておきます」
「酷くね!?」
取り敢えず変な二つ名で俺を呼んでいた奴を、片っ端から嗤いながら全力の威圧と殺気をぶつけて黙らせてから、アシェリのクエストを受注して冒険者ギルドを出た。
その後、冒険者ギルドではヤナを新たな二つ名『嗤う無法者』で呼ぶ冒険者も出てきたのだった。その後それを知った俺が、再び慟哭を上げる事になる事を、この時の俺は知らない。
「冒険者として生きていくには知識も必要だが、アシェリはその辺の知識を持っているか?」
アシェリに薬草や採取の知識、魔物の事に関して知っている事を話させた。
「へぇ、小さいのによく知っているな。知識に関しては、ほとんど教えることはなさそうだな」
「小さい頃に、とうさまとかあさまに教えて貰いましたので」
「今も小さいだろ、大人ぶらなくてもいいぞ? くくく」
アシェリをからかうと、ジト目を向けて来たので、慌てて襟を正した。
「ゴホン、それなら俺がいなくても大丈夫そうだな。今日は、薬草の採取クエストとスライム討伐だったよな?」
「はい。どちらもこの草原に居ますので、大丈夫そうです」
「分かった。なら、今日はアシェリは自分のクエスト依頼を完了してくれ。達成報酬は、全部自分の物だからな? 俺に渡すとか言うなよ、面倒臭いから」
「……はい。わかりました。主様はこれからどうされるのですか? また鍛錬ですか?」
最初は俺もアシェリのクエストに付いて行こうと思っていたのだが、この様子なら大丈夫だろう。その為、自分のクエストの準備をする事にした。
「いや、俺はギルドからの指定クエストの下見をしてくるよ。少し時間がかかるだろうから、クエスト終わって報酬受け取ったら、先に宿屋に戻って飯でも食っといてくれ」
勿論帰って来なければ、先に寝るようにとも伝えた。
「わかりました……もし、もっと私が強くなれば、主様のクエストに、いつか付いて行くことは出来ますか?」
「そらそうだろ。そうなれる様に、鍛錬しているんだろ?」
少し表情を明るくしたアシェリは、俺を送り出した。
「はい! 頑張りますので、主様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「おう、じゃあ行ってくる。今度は一人だし、パッと行ってくるかな。『獄炎の絶壁』『形状変化』『黒炎の射出機』! ヤナ! いっきまぁあす!」
獄炎魔法で作った射出機で、空へと俺は射出された。
「え……えぇええええええ!?」
アシェリの声が聞こえた様な気がしたが、一瞬で空高くまで飛ばされたのて、余り聞こえなかった。
俺は、一気に空まで打ち上げられたので、当然このまま何もしなければ落下する。
「『獄炎の絶壁』『形状変化』『黒炎の鎧』『部分的』『形状変化』『黒炎の大翼』! ひとっ飛びぃいいい!」
大空を飛んでいる為か、変なテンションになってしまった。だが、しっかりとケシン渓谷方面へ飛んでいる。
「空を飛ぶっていう、人類の夢を体一つで叶えてしまった、フハハハハハハ!」
この日、ケシン渓谷へ向かう高笑いする魔族と思われる個体を見たとの報告が、多数ギルドに上がったらしい。
ケシン渓谷を越えた所で、ヤナは地面に降り立った。
「ここからは、慎重にいかないとな……『神出鬼没』……行きますか」
神出鬼没により、気配を消したヤナは、周りの景色に身体の模様を偽装する完璧なカメレオン形態であり、そのことに少なからずテンションを上げていた。
神出鬼没で周りの色に全身が変えられているのにも関わらず、敢えてヤナは洞窟前に獄炎魔法を形状変化で『黒炎の忍び装束』に衣装チェンジしていた。ここからもヤナが潜入という、ある意味浪漫な響きに浮かれているの事が分かる。
準備を整えたヤナは、ギルドで教えて貰っていた洞窟へと、忍者の様な黒装束で近づいていく。
(見張りは二人か……やっぱりここは、天井からだよな)
洞窟の天井にへばりつく様に、コソコソと洞窟内へとヤナは侵入して行った。
別にヤナは、洞窟の天井にへばりつく必要は無い。神出鬼没を発動している為、横を素通りしても問題ない。しかし、忍者ヤナにとって普通に横切る等ありえないらしい。
態々『双子』『二指』『火球』『形状変化』『大釘付き靴』『蜘蛛の手袋』と唱え、どこぞの蜘蛛男よろしく洞窟の上部にへばりつき、コソコソしているのである。
洞窟内に潜入すると中は意外に広く、幾つも部屋があった。
(どうなってんだ?何かの魔道具か?)
鍵がかかっている扉があったが、恐らく略奪品の倉庫だろうと、更に他を見て回っていた。すると、今度は牢屋の様な鉄格子がはめ込んである場所を見つけ近づいてみる。
その場所をよく見ると、牢屋の中は二つの部屋に分かれており、出入り口も二つあった。片方の牢屋には、高貴なドレスを着ている中学生くらいの少女と、俺と同じ歳ぐらいに見える女性が座っていた。
(どっかの貴族の令嬢って奴か?)
そして、もう片方の部屋には、ボロボロに傷ついた女性の騎士が倒れていた。そして、女性騎士が倒れていた方の牢屋は非常に臭い。幸いと言っていいのか、今は他に誰もいないが、盗賊がここでナニをするか想像するには容易かった。幸いにも女性騎士の着衣の乱れは未だなかったが、ヤナの心は深く沈んでいく。
(はぁ、最悪……)
忍者ゴッコしていたヤナも、この世界のどこにでも転がっている『絶望』という奴に冷水をかけられた様に心も身体も冷えた。
(取り敢えず、手は……届いた『応急処置』っと。死んでなけりゃこれで大丈夫だろ)
隣の少女二人がいた牢屋からは、酷い匂いがしなかったので、恐らく奴隷商にでも売る人間様なのかもしれない。
取り敢えず二人の方は、見た目の傷は無さそうなのだったので、そのままにして牢屋を離れた。
(取り敢えずの下見のつもりだったんだけど、どうすっかな)
これからの事を、考えながら洞窟の最奥の部屋へと向かう。
「頭ぁ! 明日が楽しみですねぇ!」
「フハハ! そうだな! ありゃ、どこぞの貴族の令嬢だろうからな。高く売れるぞ楽しみだぁ!」
頭と呼ばれた男を中心に、十数人の盗賊が酒を飲みながら騒いでいた。
どうやら今朝、あの少女達の一行を襲撃したらしい。あの三人以外は襲撃で死んでいるとの事で、周りに知られず仕事が出来たと喜んでいた。
「頭ぁ、明日売るのはあの嬢ちゃん二人だけっすよねぇ?」
「あぁ、そうだな。今夜は楽しみだな。女騎士は流石はどんな泣き顔見せるか、今から滾るな」
下卑た笑い声を上げ、盗賊達は牢屋ある方向を見ていた。
「最近人数増えたからか、みんなで使ったらすぐ壊れちまいますからねぇ。騎士ってくらいだから、持って欲しいですねぇ」
「全くだ! ハッハッハッ! あの目がどんどん暗く絶望に染まっていくのは、堪らんな! あの嬢ちゃん達の目の前でってのもいいな! ガッハッハ!」
ヤナは其処まで聞いて、洞窟の外に出た。
そして、静かにこれまでに自分でも聞いた事の無い程低く冷えた声で魔法を唱える。
「『双子』『十指』『獄炎の柱』『形状変化』『黒炎の自動人形達』」
十本の獄炎で出来ている火柱を、全て使用し『黒炎の自動人形達』に形状変化して俺の後ろに整列させた。
そして俺は、五蓮の蛇の時より禍々しく、リオンちゃん達を襲ったクソ貴族の時より憤怒の気持ちを込めて、『黒炎の全身鎧』を創り出した。
まるで今の俺の心を写すかのような、この世界の誰よりも『魔王』らしい姿かもしれないな。
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