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第三章 冒険者
獣人奴隷アシェリ・ルナ
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「何、これ?」
わたしは今、自分の目の前で起きている事が、信じられないでいた。
数分前の事だ。
偶然か仕組まれたのか、瘴気纏いロックベアがケシン渓谷を通っていた馬車に襲いかかってきた。瘴気纏いロックベアは馬車を見つけると咆哮し、周辺にいた普通のロックベアを恐慌状態にしてしまった。そして恐慌状態のロックベアは、そのまま前を走っていた馬車を偶々狙ってきたのだ。
奴の姿は見えない為、この襲撃は偶然なのかもしれない。しかし、奴はわたしが頼りになる人達を見つけて、心を開いたタイミングでいつも何処からか現れる。まるで、待っていたかのように、その度にわたしの大切な人達が、奴に消されて来た。
恐らく奴はわたしの魂が絶望に染まるまで、繰り返すつもりなのだろう。悪神の巫女であるわたしは、奴から逃げられない。ただ今のこの姿なら、聖痕の力も抑えられている筈だ。特に周りに魔族の匂いもしない。
私は、奴から逃れた後、人族の盗賊に捕まり、奴隷として売られた。
「王都なら裏もあるし、高く売れるだろう」
奴隷商人は、そう言いながら私を捕まえた盗賊から私を買った。そして王都に向かうと言い、馬車を走らせた。
移動の為に、どうやら冒険者の護衛を一人雇ったみたいだが、どうにもわたしを見る目が厭らしくて気持ち悪い。
「王都まで護衛したら、そいつを売ってくれや。ゲハハ!」
「お前は相変わらずだな。獣人奴隷だが未使用だからな金貨3枚だ」
「ありがとよ。ゲハハ! 王都に着いたら、俺がご主人様だぁ。すぐ可愛がってやるよ、ゲハハ!」
しかし、そうなる事はなかった。
魔物の襲撃が起こったせいで、わたしが囮にならざるおえない状況になったのだ。男は私を担ぎ上げ、手足の枷を取り外した。
「王都でお前を可愛がりたがったが、死んじまったら楽しめないからな、ゲハハ! 精々逃げてあいつらの気を引けよっと!」
わたしは無造作に、馬車から放り投げられた。
「ぎゃん!」
「あばよぉ! ゲハハバグバァ!」
「おい! ちゃんと囮は落としガギャグベェ!」
わたしを放り投げた直後、馬車に大岩が直撃した。飛んで来た方向を見ると瘴気纏いロックベアが片手に大岩を持って咆哮していた。恐らく馬車に大岩を直撃させたのは、あいつだろう。
しかも、投げられた大岩はロックベアが擬態していたものだったらしく。直撃後に大岩が起き上がり、既に瀕死の二人に襲いかかっていた。
わたしは目を背けた。そして二人の断末魔が聞こえた時には、私にもロックベアの群れがもう直ぐ目の前まで迫って来ていた。
「今、奴が現れないって事は、本当に偶然だったのね……はぁ……結局何も成せなかったよ……とうさま……かあさま……ごめんなさい……」
何の為に巫女として生まれて来たのか
巫女を探し守る一族の使命を果たせぬまま、此処で朽ちるのだろう
「やっぱり……わたし一人じゃ、何も出来なかったよ……」
目からは静かに涙が溢れる。そしてわのたしの耳は、音を聴くことを放棄したのか、何も聞こえない。
「来世のわたしよ、どうか次は一緒に戦ってくれる人を探すのよ……そして、最後までどうか抗って……わたしには出来なかったから」
そして静かに目を閉じ、その時を待った。
しかし直ぐさま訪れると思っていた最後の時は、わたしには届かなかった。
おかしいと思い目を開けると、そこにはロックベアの群の中心で嵐のように舞っている男がいた。
そして、わたしに音が戻ってくる。
「待ってろよぉ! そこの瘴気纏い! こいつら片付けたら、てめぇだぁ!」
男の周りには既にロックベアの死骸が散乱している。これではどちらが襲っているのかわからない様だ。
「何これ?」
「コレとは失礼な子供だなおい。ちょっとそこ動くなよ? 『神火の囲い』『形状変化』『神火の部屋』! っと、これで大丈夫だろ」
わたしの四方を神々しく輝く炎が部屋の様に囲った。炎に囲まれているというのに、熱くなく心地よい温かさを与えてくれていた。わたしの心に、もう失い二度と得る事はないと思っていた優しい温もりが広がっていった。
「これ……は?」
「取り敢えずその中にいれば、大丈夫って事だけ信じてくれればいいさ。俺はまだ残ってる奴と瘴気纏い斬ってくるからな。直ぐに似合わない服着たお姉さんが来るから待ってな。『おらぁあああ! 行くぞぉおお! こっちだ岩っころ共ぉ!』」
その男は残りのロックベアを蹂躙し、瘴気纏いロックベアに向かっていった。瘴気纏いロックベアは通常のロックベアに対して三倍ほど大きく、ロックベアを片手で持ちあげ、男に投げつけていた。その姿はもはやロックというより岩山の様だった。
「丁度いい! 装備外した俺の能力把握の相手になれや! せぃあ!」
その男はそう叫ぶなり、わたしの視界から完全に消えた。わたしが消えた男を探そうとした瞬間、瘴気纏いロックベアが爆ぜた。
「は? え? えぇえええええ!?」
弾け飛んだ瘴気纏いロックベアの破片が、降り注いでくる。しかし、あの男がわたしの周りの施した『神火の部屋』なるものが、降り注いてきた全ての瘴気纏いロックベアの残骸を燃やし尽くしていた。
あの男は何処だと探してみると、四つん這いで這いつくばり唸っていた。
「マジか……素材も何も取れんじゃないか……しかも制御できる感じがまるでしない。神火魔法は『正確無比』で制御出来てるのに……筋力は無理なのか……ん? ってことは……は!?」
「ヤァナァアアアアアア! テメェブッコロスぅうううう! そこを動くなぁあああああ!」
遠くから明らかに怒っている女性の声が聞こえ、そちらを向いてみると土まみれでボロボロの女性がこちらに向かって走ってきていた。その女性の後方では、何かが爆発して抉れたような大穴と、その穴のものと思われる土砂が、山のようになっていた。
「はは……思いっきり地面を蹴り込んだからな……どうしよう……結構怒ってる……な?……うわ! 嗤いながら近づいてきた! 怖い怖いコワイコワイ!」
女性がその男を、嗤いながらボコボコにしている様子を黙って見ていた。
「コワイ……」
すると、その女性は男をズタボロにすると気が済んだのか、こちらに嗤いながら歩いてきた。
「あんた、大丈夫かい?」
「ひぃ!」
「……その顔やめろ……怯えてる……だろうが……」
「っとと……貴方、大丈夫ですか?」
「……はい……」
普通の笑顔で女性が話しかけてきたので、わたしも少し落ち着くことが出来た。
「俺は冒険者のヤナ。こっちは冒険者ギルドの職員のエディスだ。二人とも王都から俺のCランク試験を受けに、ここに来ていたんだが、そっちは?」
「わたしはアシェリ・ルナと言います。あそこでロックベアに食い散らかされている奴隷商人の商品奴隷でした。あの奴隷商人は、これから王都で新しい奴隷を仕入れる予定だった様です。」
「あらら、あっちは間に合わなかったな……もう一人居たみたいだけど?」
「はい。もう一人は冒険者の男でした。王都までの護送の依頼を受けていました。私は、護送が完了したら冒険者の男に売られる予定でした。可愛がってくれると言っていました」
「可愛がるって……はぁ……まだ10歳くらいだってのに……まぁいいや。で、これからどうするんだ?」
「どうしたら良いのでしょう?」
「はい?」
「わたしはあの奴隷商人が今回の移動中に、私を捕まえた盗賊から買った奴隷になのです。しかし、奴隷の事は全く分からなくて……」
「だそうだが、エディスさんこの子どうなるの?」
ヤナと名乗った男が、エディスと呼ばれた女性に聞いていた。
「現在、アシェリさんは主人がいない商品奴隷です。持ち主だった奴隷商人は、魔物に食い殺されましたから、商品を拾ったヤナ君に所有権があります」
「人一人の命が『落し物』扱いかよ……それで?」
「ヤナ君が現在、商品奴隷をどうするかどうかです。破棄するか、売るか、主になるかです」
「破棄は、このままここに置いてくって事だよな。売るってのは?」
「そのままの意味です。王都で他の奴隷商人に売るだけです。ただ……獣人奴隷はタダ同然ですが……ちょっと待ってください」
エディスさんが、ヤナさんに聞こえないように耳打ちしてきた。
「アシェリは男を知っていますか? 知っていれば頷いて下さい。知らなければ、そのままでいいです」
わたしは質問に対して、頷かなかった。
「どうした?」
「アシェリは、売るとしたら金貨1枚ぐらいになるかもしれませんね」
「さっき、タダ同然って言ってなかったか?」
「幼い乙女は、裏では一部の変態に売れますからね」
「嫌な世界だな、ほんとに。えっと、アシェリだったか? 盗賊に攫われたって言ってたが、親や身寄りなんかはいないのか?」
「みんな魔物に襲われて、死にました。私はそこから逃げている所を、盗賊に捕まったんです」
「確か、魔物に親をやられた遺児の施設がなかったか?」
「ありますが、あれは国民に対しての施設ですから、獣人は入れませんね」
ヤナさんが、再び険しい顔をしていた。
「あとアシェリ、左眼ずっと目を閉じているが、怪我でもしたのか? だったら治すぞ?」
「いえ! これは……左眼は元々開かないんです。生まれつきなので、回復魔法でも治りませんので、大丈夫です」
「そうか、だったら王都についたら眼帯でも買ってやるか。あとは、装備も揃えないとな。まぁ、こんだけロックベアの死骸がありゃ結構金になるだろう。瘴気纏いのロックベアもよく見たら、大岩みたいな外皮は回収出来そうだしな」
「「え?」」
「ヤナ君、この子の装備のことを考えてるって事は、この子の主になるんですか!?」
「だって、こんなリアンちゃんぐらいの子供置いていけないだろう。心情的に売るなんて事も出来そうにないしな。だったら、俺が主になるしかないだろ?」
「お前……奴隷法を知って言ってんのか! あとで解放するにしても、自立出来ない奴隷の解放は認められていないんだぞ! つまりは、こいつの面倒をお前が見るって事だ! 言っちゃあなんだが、こんな話はゴロゴロしてるんだぞ、この世界は! そんな甘さで、冒険者として生きていくつもりか!」
エディスさんは、すごく怒っていた。当たり前だろうと、わたしも思っていた。こんな話は、その辺にいくらでも転がっている。もっと悲惨な状況もだ。
それにわたしといると、必ずヤナさんにも迷惑がかかる。
わたしが『悪神の巫女』であり、魔族にも追われている事を伝えなければならない。わたしはもう奴が現れた時は、一人で戦うつもりだったのだ。一人では何もできない事は分かっているけど、せめて最後は周りに絶望を振りまきたくない。
「ヤナさん、あのわたしは……」
「俺は甘いんだろうな……こんなクソみたいな世界で、生きていくには。きっとこれから吐き気がする様な場面や、泣きたくなる様な状況、どうにもならない様な事にも出くわすんだろうさ」
「なら、今日ここでそれに慣れろ! この世界には、そこら中に『絶望』が溢れてるんだ!」
「それは無理だな。俺が『絶望』に慣れるなんて事はない。何故なら、俺の魂が『絶望』を拒絶するからだ!」
「でも、わたしを奴隷としてもご迷惑が……」
「心配するなって。要は、一人でも生きていける様になればいいんだろ? 強くしてやるよ。鍛錬だ鍛錬。問題なんてもんはな、火力があれば大抵何とかなるんだよ」
「「はい?」」
「何とかなるまで、追い込んで追い込んで鍛えるぞ? 何とかなるまで、強くなればいいんだよ」
「こいつ……脳筋だったのか……」
エディスさんは、呆れている様だったが、わたしは違った。
もしかして月は、私の願いを聞いてくれたのだろうか?
「よろしくお願い致します。主様」
わたしはこの瞬間、主様の奴隷になった。
わたしは今、自分の目の前で起きている事が、信じられないでいた。
数分前の事だ。
偶然か仕組まれたのか、瘴気纏いロックベアがケシン渓谷を通っていた馬車に襲いかかってきた。瘴気纏いロックベアは馬車を見つけると咆哮し、周辺にいた普通のロックベアを恐慌状態にしてしまった。そして恐慌状態のロックベアは、そのまま前を走っていた馬車を偶々狙ってきたのだ。
奴の姿は見えない為、この襲撃は偶然なのかもしれない。しかし、奴はわたしが頼りになる人達を見つけて、心を開いたタイミングでいつも何処からか現れる。まるで、待っていたかのように、その度にわたしの大切な人達が、奴に消されて来た。
恐らく奴はわたしの魂が絶望に染まるまで、繰り返すつもりなのだろう。悪神の巫女であるわたしは、奴から逃げられない。ただ今のこの姿なら、聖痕の力も抑えられている筈だ。特に周りに魔族の匂いもしない。
私は、奴から逃れた後、人族の盗賊に捕まり、奴隷として売られた。
「王都なら裏もあるし、高く売れるだろう」
奴隷商人は、そう言いながら私を捕まえた盗賊から私を買った。そして王都に向かうと言い、馬車を走らせた。
移動の為に、どうやら冒険者の護衛を一人雇ったみたいだが、どうにもわたしを見る目が厭らしくて気持ち悪い。
「王都まで護衛したら、そいつを売ってくれや。ゲハハ!」
「お前は相変わらずだな。獣人奴隷だが未使用だからな金貨3枚だ」
「ありがとよ。ゲハハ! 王都に着いたら、俺がご主人様だぁ。すぐ可愛がってやるよ、ゲハハ!」
しかし、そうなる事はなかった。
魔物の襲撃が起こったせいで、わたしが囮にならざるおえない状況になったのだ。男は私を担ぎ上げ、手足の枷を取り外した。
「王都でお前を可愛がりたがったが、死んじまったら楽しめないからな、ゲハハ! 精々逃げてあいつらの気を引けよっと!」
わたしは無造作に、馬車から放り投げられた。
「ぎゃん!」
「あばよぉ! ゲハハバグバァ!」
「おい! ちゃんと囮は落としガギャグベェ!」
わたしを放り投げた直後、馬車に大岩が直撃した。飛んで来た方向を見ると瘴気纏いロックベアが片手に大岩を持って咆哮していた。恐らく馬車に大岩を直撃させたのは、あいつだろう。
しかも、投げられた大岩はロックベアが擬態していたものだったらしく。直撃後に大岩が起き上がり、既に瀕死の二人に襲いかかっていた。
わたしは目を背けた。そして二人の断末魔が聞こえた時には、私にもロックベアの群れがもう直ぐ目の前まで迫って来ていた。
「今、奴が現れないって事は、本当に偶然だったのね……はぁ……結局何も成せなかったよ……とうさま……かあさま……ごめんなさい……」
何の為に巫女として生まれて来たのか
巫女を探し守る一族の使命を果たせぬまま、此処で朽ちるのだろう
「やっぱり……わたし一人じゃ、何も出来なかったよ……」
目からは静かに涙が溢れる。そしてわのたしの耳は、音を聴くことを放棄したのか、何も聞こえない。
「来世のわたしよ、どうか次は一緒に戦ってくれる人を探すのよ……そして、最後までどうか抗って……わたしには出来なかったから」
そして静かに目を閉じ、その時を待った。
しかし直ぐさま訪れると思っていた最後の時は、わたしには届かなかった。
おかしいと思い目を開けると、そこにはロックベアの群の中心で嵐のように舞っている男がいた。
そして、わたしに音が戻ってくる。
「待ってろよぉ! そこの瘴気纏い! こいつら片付けたら、てめぇだぁ!」
男の周りには既にロックベアの死骸が散乱している。これではどちらが襲っているのかわからない様だ。
「何これ?」
「コレとは失礼な子供だなおい。ちょっとそこ動くなよ? 『神火の囲い』『形状変化』『神火の部屋』! っと、これで大丈夫だろ」
わたしの四方を神々しく輝く炎が部屋の様に囲った。炎に囲まれているというのに、熱くなく心地よい温かさを与えてくれていた。わたしの心に、もう失い二度と得る事はないと思っていた優しい温もりが広がっていった。
「これ……は?」
「取り敢えずその中にいれば、大丈夫って事だけ信じてくれればいいさ。俺はまだ残ってる奴と瘴気纏い斬ってくるからな。直ぐに似合わない服着たお姉さんが来るから待ってな。『おらぁあああ! 行くぞぉおお! こっちだ岩っころ共ぉ!』」
その男は残りのロックベアを蹂躙し、瘴気纏いロックベアに向かっていった。瘴気纏いロックベアは通常のロックベアに対して三倍ほど大きく、ロックベアを片手で持ちあげ、男に投げつけていた。その姿はもはやロックというより岩山の様だった。
「丁度いい! 装備外した俺の能力把握の相手になれや! せぃあ!」
その男はそう叫ぶなり、わたしの視界から完全に消えた。わたしが消えた男を探そうとした瞬間、瘴気纏いロックベアが爆ぜた。
「は? え? えぇえええええ!?」
弾け飛んだ瘴気纏いロックベアの破片が、降り注いでくる。しかし、あの男がわたしの周りの施した『神火の部屋』なるものが、降り注いてきた全ての瘴気纏いロックベアの残骸を燃やし尽くしていた。
あの男は何処だと探してみると、四つん這いで這いつくばり唸っていた。
「マジか……素材も何も取れんじゃないか……しかも制御できる感じがまるでしない。神火魔法は『正確無比』で制御出来てるのに……筋力は無理なのか……ん? ってことは……は!?」
「ヤァナァアアアアアア! テメェブッコロスぅうううう! そこを動くなぁあああああ!」
遠くから明らかに怒っている女性の声が聞こえ、そちらを向いてみると土まみれでボロボロの女性がこちらに向かって走ってきていた。その女性の後方では、何かが爆発して抉れたような大穴と、その穴のものと思われる土砂が、山のようになっていた。
「はは……思いっきり地面を蹴り込んだからな……どうしよう……結構怒ってる……な?……うわ! 嗤いながら近づいてきた! 怖い怖いコワイコワイ!」
女性がその男を、嗤いながらボコボコにしている様子を黙って見ていた。
「コワイ……」
すると、その女性は男をズタボロにすると気が済んだのか、こちらに嗤いながら歩いてきた。
「あんた、大丈夫かい?」
「ひぃ!」
「……その顔やめろ……怯えてる……だろうが……」
「っとと……貴方、大丈夫ですか?」
「……はい……」
普通の笑顔で女性が話しかけてきたので、わたしも少し落ち着くことが出来た。
「俺は冒険者のヤナ。こっちは冒険者ギルドの職員のエディスだ。二人とも王都から俺のCランク試験を受けに、ここに来ていたんだが、そっちは?」
「わたしはアシェリ・ルナと言います。あそこでロックベアに食い散らかされている奴隷商人の商品奴隷でした。あの奴隷商人は、これから王都で新しい奴隷を仕入れる予定だった様です。」
「あらら、あっちは間に合わなかったな……もう一人居たみたいだけど?」
「はい。もう一人は冒険者の男でした。王都までの護送の依頼を受けていました。私は、護送が完了したら冒険者の男に売られる予定でした。可愛がってくれると言っていました」
「可愛がるって……はぁ……まだ10歳くらいだってのに……まぁいいや。で、これからどうするんだ?」
「どうしたら良いのでしょう?」
「はい?」
「わたしはあの奴隷商人が今回の移動中に、私を捕まえた盗賊から買った奴隷になのです。しかし、奴隷の事は全く分からなくて……」
「だそうだが、エディスさんこの子どうなるの?」
ヤナと名乗った男が、エディスと呼ばれた女性に聞いていた。
「現在、アシェリさんは主人がいない商品奴隷です。持ち主だった奴隷商人は、魔物に食い殺されましたから、商品を拾ったヤナ君に所有権があります」
「人一人の命が『落し物』扱いかよ……それで?」
「ヤナ君が現在、商品奴隷をどうするかどうかです。破棄するか、売るか、主になるかです」
「破棄は、このままここに置いてくって事だよな。売るってのは?」
「そのままの意味です。王都で他の奴隷商人に売るだけです。ただ……獣人奴隷はタダ同然ですが……ちょっと待ってください」
エディスさんが、ヤナさんに聞こえないように耳打ちしてきた。
「アシェリは男を知っていますか? 知っていれば頷いて下さい。知らなければ、そのままでいいです」
わたしは質問に対して、頷かなかった。
「どうした?」
「アシェリは、売るとしたら金貨1枚ぐらいになるかもしれませんね」
「さっき、タダ同然って言ってなかったか?」
「幼い乙女は、裏では一部の変態に売れますからね」
「嫌な世界だな、ほんとに。えっと、アシェリだったか? 盗賊に攫われたって言ってたが、親や身寄りなんかはいないのか?」
「みんな魔物に襲われて、死にました。私はそこから逃げている所を、盗賊に捕まったんです」
「確か、魔物に親をやられた遺児の施設がなかったか?」
「ありますが、あれは国民に対しての施設ですから、獣人は入れませんね」
ヤナさんが、再び険しい顔をしていた。
「あとアシェリ、左眼ずっと目を閉じているが、怪我でもしたのか? だったら治すぞ?」
「いえ! これは……左眼は元々開かないんです。生まれつきなので、回復魔法でも治りませんので、大丈夫です」
「そうか、だったら王都についたら眼帯でも買ってやるか。あとは、装備も揃えないとな。まぁ、こんだけロックベアの死骸がありゃ結構金になるだろう。瘴気纏いのロックベアもよく見たら、大岩みたいな外皮は回収出来そうだしな」
「「え?」」
「ヤナ君、この子の装備のことを考えてるって事は、この子の主になるんですか!?」
「だって、こんなリアンちゃんぐらいの子供置いていけないだろう。心情的に売るなんて事も出来そうにないしな。だったら、俺が主になるしかないだろ?」
「お前……奴隷法を知って言ってんのか! あとで解放するにしても、自立出来ない奴隷の解放は認められていないんだぞ! つまりは、こいつの面倒をお前が見るって事だ! 言っちゃあなんだが、こんな話はゴロゴロしてるんだぞ、この世界は! そんな甘さで、冒険者として生きていくつもりか!」
エディスさんは、すごく怒っていた。当たり前だろうと、わたしも思っていた。こんな話は、その辺にいくらでも転がっている。もっと悲惨な状況もだ。
それにわたしといると、必ずヤナさんにも迷惑がかかる。
わたしが『悪神の巫女』であり、魔族にも追われている事を伝えなければならない。わたしはもう奴が現れた時は、一人で戦うつもりだったのだ。一人では何もできない事は分かっているけど、せめて最後は周りに絶望を振りまきたくない。
「ヤナさん、あのわたしは……」
「俺は甘いんだろうな……こんなクソみたいな世界で、生きていくには。きっとこれから吐き気がする様な場面や、泣きたくなる様な状況、どうにもならない様な事にも出くわすんだろうさ」
「なら、今日ここでそれに慣れろ! この世界には、そこら中に『絶望』が溢れてるんだ!」
「それは無理だな。俺が『絶望』に慣れるなんて事はない。何故なら、俺の魂が『絶望』を拒絶するからだ!」
「でも、わたしを奴隷としてもご迷惑が……」
「心配するなって。要は、一人でも生きていける様になればいいんだろ? 強くしてやるよ。鍛錬だ鍛錬。問題なんてもんはな、火力があれば大抵何とかなるんだよ」
「「はい?」」
「何とかなるまで、追い込んで追い込んで鍛えるぞ? 何とかなるまで、強くなればいいんだよ」
「こいつ……脳筋だったのか……」
エディスさんは、呆れている様だったが、わたしは違った。
もしかして月は、私の願いを聞いてくれたのだろうか?
「よろしくお願い致します。主様」
わたしはこの瞬間、主様の奴隷になった。
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