要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第一章 幕開け

始まりの日

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 離れの塔に着いた時点で夕食の時間だったらしく、食事を取る部屋へとそのまま案内された。案内される時に、従者は途中で通り過ぎた食堂で食事をとると聞いて、俺もそっちでよかったのになと考えていると、それを察したらしくアメノ爺さんが小声で俺に呟いてきた。

「セアラ様は、いつもお一人でのお食事なのじゃ。一緒に食べてやってくれんかの。流石に儂らは、王族と食事を一緒にとることは出来んでのぉ。女神様の使徒様であれば、不敬にもならんしの」

(俺も、王族と食事を取れる様な身分じゃないんだけどな。女神の使徒ってのは、それだけ高貴な者とされるのか。こりゃ、城の外で召喚者だとバレると面倒になりそうだな……)

 席に付き待っていると、扉が開きアン&アニーさんが食事を運んできた。そしてその後ろから、顔に誰かに切られた様な大きな傷をつけた大男が続いて歩いて入ってきた。

(おいおい……あれって刀傷……だよな? 後ろに立ったら殺されそうな眼つきしてるけど、絶対堅気じゃないだろ……着ている服が筋肉でパッツパツになってんぞ、絶対怒ると前のボタンが弾けるタイプだな)

 俺が並べられる食事よりもその大男を見ていることに、セアラが気づき俺に紹介した。

「この者が、離れの塔専属料理長のクックルです。私の食事と、食堂で出される料理を担当しています」

「料理長かよ! いや、服装みたらわかってたけど! わかってたけど! そのはち切れんばかりの筋肉と、俺どっかに売られちゃうの!? っていうぐらいの眼光で威圧されたら、変装に失敗した暗殺者かと思うわ! ってか、その顔で名前がクックルて! 可愛いらしいなオイ!……はっ!?」

 あまりの想定外の事に、思わず大声を出してツッコミを入れてしまい、結構失礼な事を言ってしまったとすぐに謝ろうとした俺を制する様に、クックルさんが先に口を開いた。艶っぽい女性の様な声で……

「あらやだ! 可愛いだなんて、照れちゃうわね。そんなに褒められちゃったら、特製のプリンをデザートにサービスしなくちゃね!」

 俺は、その言葉に絶句し驚愕の表情をセアラに向ける。

「クックルは、照れ屋ですからね。ヤナ様が離れの塔にいる間の食事はクックルが作りますので、料理に関してご要望等あれば、ご遠慮なくお申し付け下さい」

 更に照れ屋という属性が付与された事に戦慄しながらも、お願いしますと頭を下げ挨拶するとクックルさんも一礼して、ご機嫌なのかクネクネ腰を振りながら部屋から出て行った。

 クックルインパクトのダメージが抜けやらぬ中、俺は食事を始めた。俺の対面に座り食事をしているセアラを見ると、綺麗に箸を使い魚の煮付けを食べていた。やっぱり本物のお姫様となると、ドレスを着て和食食べてても絵になるなぁ感心していると、自分が食事を自然・・に食べている不自然・・・さに気付いた。

「普通に食べてたけど、なんで和食が!? しかも美味いし! しかもさっき、クックルさんプリンって言ったなかったか!?」

 クックルインパクトでフリーズしていた頭が再起動してきたところで、今自分が食べていた物が焼き魚や焼き豆腐やお浸しに、極め付けはご飯と味噌汁だ。よくよく見ると、若干色合いがおかしかったりするのだが、そこはまだ聞くと怖いのでスルーだ。

「この国は、古くから勇者召喚により来られた勇者様が多く住まわれた国です。魔王討伐後に余暇として、元の世界に帰られるまでの間に勇者様の故郷の食事や技術、習慣等残していかれています。この『ワショク』もそのひとつですね。勿論、勇者様達の故郷と同じ植物や生き物はこの世界にはありませんので、この世界の食材を使用した料理となりますが、如何でしょうか?」

「ん? あぁ、とても美味いし、確かに俺の故郷の国の料理に似ている。でも街の外なんかには魔物がいるんだろ? どうやって、野菜や肉や魚なんかを収穫してるんだ?」

「森に行けばオークやワイルドベア等がおりますし、沼や川にも水棲の食材になる魔物を狩猟にて調達する事が出来ます。街は城壁で囲んでおりますし、村で冒険者を雇ったり周辺の魔物を間引いたりして野菜の魔物被害を抑えています。そういった食料になる魔物調達や村の防衛等も、冒険者の仕事になっているそうです」

「魔物の肉だった!?」

(魔物の討伐や調達、間引きに村の防衛とか……冒険者って、仕事の幅が広いんだな)

「とりあえず美味いし、まずは食っちまう!」

 色々あって腹も減っていたので、遠慮なく腹一杯になるまで食べた。アン&アニーさんがさり気なくおかわりを勧めてくれたりしたので、遠慮なくバクバク食べてしまった。セアラは先に食べ終わっていたので、お茶らしきものを啜りながらこちらをじーっと見ていた。

「ふぅ、もうお腹いっぱいだ。ごちそうさまでした」

「……やっぱりアメノと同じ様に、食事の前と終わりに祈りを捧げるのですね。それは、勇者様達の世界の習慣だとか」

「ん? 祈り? あぁ手を合わせて『いただきます』『ごちそうさま』か。祈りというか感謝かな。それに確かに元の世界の習慣だけど、これは俺が住んでいた国の習慣だな」

「感謝……ですか。神への感謝でしょうか?」

「俺の故郷の国の場合は、どちらかというと全てに感謝かな。例えば料理を作ってくれたクックルさんには勿論、野菜を育ててくれた人、魔物肉を調達してくれた人、それを運んでくれた人、それに食材自体への感謝。そして『食材の命を私の命の為に頂きます』てな感じだったかな? まぁ、実際はそこまで毎回きちんと考えている訳でもないけどな」

 俺も説明はしてるが、そこまで真面目に考えてしてるわけでもないので、苦笑しながら答えた。

「……私が生きるために……他の命を頂く……」

 セアラは俺の説明を聞いて、これまで以上に抑揚のない声で呟いた。

「おいおい……そんな深く考えなくていいって! 要は感謝の気持ちを表してるだけだから」

 これまで以上にセアラの目が暗くなっていく様に見えて、イラついて思わず大きな声を出していた。気持ちを落ち着かせ、感謝の意味の方を念押ししたところで、侍女長のエイダさんが風呂の用意ができたという事で入浴を勧められた。セアラに「また明日」と別れの挨拶をして、案内してくれるアメノ爺さんと部屋を出て風呂に向かった。

(たかが食事の作法の説明で、なんであそこまで暗い目になるんだよ……胸糞悪い)

「今日は色々あって、ヤナ殿もお疲れじゃろう。有難い事に、ここには大浴場があるからの。ゆるりと湯に浸かり、疲れをとると宜しかろうて。セアラ様は、専用の浴室があるから同じ湯ではないがの。残念じゃったかの?」

「そんなこと考えてませんて……」

 大浴場の中は、日本の銭湯といった感じの広さだった。ただし大きな浴槽があるだけで、身体を洗ったりする所がある様に見えない。身体も洗わずに湯に浸かるだけかと、少し気分がへこんでいると、隣からアメノ爺さんの声がした。

浄化クリーン

 何やら壁から突き出ているドアノブみたいな物を掴みながら、『浄化クリーン』と唱え淡く身体が光ったと思ったら、今度は湯船に浸かっていた。

「すまんの、説明しておらなんだな。さっき儂が掴んでおった出っ張りを掴みながら『浄化クリーン』と唱えなされ。そこについている魔石には『浄化クリーン』の魔法が刻まれておるでの、魔力さえあれば勝手に発動するのじゃよ」

 どうしていいかわからず突っ立っていた俺に、アメノ爺さんがにこにこしながら説明する。『浄化クリーン』いう魔法は対象の汚れを浄化してくれるらしい。風呂場以外にトイレや洗い場等にも『浄化クリーン』を刻んだ魔石の魔道具が常備してあるそうだ。

「『浄化クリーン』」

 初めて使う魔法が、風呂場での石鹸代わりとは何とも言えない気持ちになったが、トイレが初めてじゃなかっただけでも良しとして気持ちを持ち直した。身体を浄化し、俺も浴槽に浸かった。

「ふあぁあああ……生き返るぅうう」

「そうじゃろそうじゃろ。浄化クリーンを使えば風呂に入る必要もないんじゃが、やはり湯に浸かった方が疲れがとれるのぉ。風呂を広めた勇者様は、偉大じゃの」

 ゆっくりと今日の疲れを取っていると、アメノ爺さんがこちらを向いて明日からどうしたいのか聞いてきた。

「明日から一ヶ月で出来る限り魔物と戦えるように鍛錬したいです。城を出てからは冒険者ギルドで冒険者になるつもりなので、魔物の知識も欲しいですね」

 アメノ爺さんは顎を手で撫りながら、俺の話をじっと聞いていた。

「あと薬草や、怪我や魔力を回復する薬ポーションも存在するなら、それらについても教えて欲しいです。それに魔法や魔道具についても基礎知識だけでもいいので教わりたいです。あとは……一般常識ですかね、この世界の。行動や言動が、こちらの常識に合わないと目立ちますし」

「こりゃまた、大忙しじゃのぉ。そんなに欲張ると、倒れてしまうぞい?」

 笑いながら俺をアメノ爺は見ているが、俺がこの世界で生き抜き、元の世界への帰り方・・・を探すのには全て必要なことなのだ。

「時間もないですしね。倒れるのも諦めるのも大嫌いなので、行けるとこまでやってみますよ」

 風呂を済ませ、アメノ爺さんの部屋に移動した。欧風の城に和風な部屋が妙な違和感を感じながら、用意されていた浴衣の様な服に着替えて、畳の上に敷いてあった布団に横になる。

(下着はどうしようかなと思ったが、まさか服を着たまま浄化クリーンをするとそのまま服まで清潔になるとは……楽でいいなぁ……)

 アメノ爺さんは夜回りがあるとかで、先に寝てなされと言われ部屋を出て行っていた。明日にでも魔道具無しでも浄化|クリーンが使えないか聞かなくてはと、眠気で頭がぼーっとしながらいつの間にやら意識は無くなり眠りに落ちた。



 別の部屋では、アメノとエイダ、クックルの三人がヤナについて話をしていた。

「ヤナ様は、明日からどうしたいと仰っていましたか?」

「魔物と戦う力。魔物の知識。薬草や回復薬ポーションの知識。魔法と魔道具の知識、そしてこの世界の一般常識が知りたいとのことじゃったな。明日から、すぐにでもということじゃ」

「あらまぁ、ヤル気マンマンね! 張り切り過ぎて倒れなきゃいいけど、心配だわぁん」

 その時ヤナは、何故か背筋が寒くなり布団に深く潜った。

「戦闘訓練に関してはアメノが、魔法や魔道具の知識については私が、薬草採取や魔物の討伐についてはクックルで良いですかね。細かい所は図鑑がありますから、部屋に運んで置きましょう」

「うむ」
「いいわよん」

 明日からの段取りを打ち合わせて、部屋に戻る道中に、誰もいない通路をアメノは歩きながら呟く。

「あの者が持つ使命が、セアラ様を救うことになれば、良いのじゃが……」

 少しずつ、しかし確実にヤナを中心とした物語は進んでいく。

 後にこの日はヤナ・フトウが紡ぎ出す物語の『始まりの日プロローグ』として、関わった人々の記憶に残ることになる。

 しかしこの時はまだ、絶望に抗い戦う凡人の物語の幕が、この日に上がったことを誰も知らない。
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