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大鎌

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 天乃アメノ虚舟ウツロノフネの船底に向かう階段を降りるのは、レイジ嗤う男リリス珠緒奏雲一筆であった。

 絶え間なく鳴り響く轟音、止まることのない振動は、甲板で〝神の尖兵〟と戦う刀四郎天ヶ崎天真が死んでいない証であることは、階段を降り続ける三人は当然分かっている。

 危機的状況と言ってよい中で、三人は急ぐことなく、むしろゆっくりと階段を降りているように見えた。

 階段を三人が降りているのは、船底にいる・・脱出艇に向かう為であり、刀四郎とあまねが時間を稼いでいるうちに、レイジ嗤う男を神の尖兵から逃す為であるのにも関わらずだ。

 しかし、当の本人からは、まるで急ごうとする気配がなかったのだ。

 一段一段、戦闘音を心地良さそうに聞きながら、楽しげに、面白そうに、そして優雅に階段を降りるのであった。



「お、あまねの爺さんも来たなって……あんた、そんな楽しそうな笑い方、出来たんだな」

 神の尖兵と甲板で対峙する刀四郎の元へ、あまねが合流すると、その顔を見た刀四郎が驚いていた。

とうも、良き表情だ。よほど楽しい相手と見える」

「あぁ、コイツは上玉って奴だ」

 二人はお互い簡単に言葉を交わしているが、異常な程の威圧を神の尖兵から、今も受け続けている。それを証拠に、既にあまねの額には汗が滲んでいた。

とうのソレは、刃毀れしないのではなかったのか?」

 刀四郎が隙なく構える二振りの大太刀は、見るも無惨に刃毀れしていた。それを指摘されると、刀四郎は苦笑しながら答えた。

「どうやらやっこさんは、魔力を帯びていないらしくてさ。〝再生〟のエンチャントが、機能してくれてないのよ。流石に、神の力って奴を吸収するエンチャントなんて、俺の世界には無かったからなぁ」

「なるほど。確かに、それは仕方のなき事。私の〝予知〟も、アレ相手には機能しないようだ。今は未だ、異なる位階の者にも、私の力は機能しないと言うことだ」

「自分の固有スキルが通用しないってのに、やけに楽しそうだな」

「自分の力が十全に使えてなお、生き残るか困難な相手に対し、手札を抑えられた中で戦う。命のやりとりとは、こうでなくては。この世界において、そのような願いは叶えられぬと絶望し、生を止めようとしたが……我が君に出会えたことで、私の願いは叶えられたのだ」

 あまねの表情は、純粋な笑顔だった。

「さてと、お互いアレを目の前にして順番待ちなんてしたくないだろ。今回は、準備もしてないし、レイドボスってことで、いいだろ?」

 あまねは楽しそうな笑顔だった表情を一転して曇らせると、刀四郎に向かって口を開いた。

とう、その様子を見るに、己は、しっかりと単騎でアレと遊んだのであろう。それを置いておいて、今度は協力戦も楽しもうとは、欲が深すぎるのではないか」

「成り行き成り行き。それは、ノーカウントってことで。それに奴さんは、しっかりレイドボスの自覚ありって感じだぜ!」

 神の尖兵は、あまねが現れた際に刀四郎が〝衝撃〟の剣技により吹き飛ばした先で、全く動かずにあまねを観察していた。しかし前触れなく、だらりと垂らした腕を二人に向けた瞬間、掌から数十本の光線が放たれた。

とう、この件に関しては貸しにしておくぞ」

 自分に向かってくる光線を避けながら、空中へと飛び上がったあまねは、刀四郎に向かってそう告げると、自身の身体を銀色の魔力で包み込んだ。

「おいおい、一国の行方を左右するような権力者様が、こんな素浪人に対して嫉妬するんじゃねぇっての!」

 あまねとは反対側へと跳躍して光線を避けた刀四郎は、甲板が歪むほどに力強く踏み込むと、一瞬にして神の尖兵の懐へと間合いを詰めた。

 そして、斬撃を繰り出す大太刀は、既に酷い刃毀れが消えており、刀四郎の竜巻の様な連撃を、余す事なく敵へと届けていた。

「空を駆ける大翼よ 空を包む銀翼よ その祝福を地に這う愚者へ 冥府への導きの焔と共に届けよ 〝葬送の抱擁〟」

 神の尖兵の頭上に浮かび上がったあまねの身体から、見惚れるような美しい銀色の大きな翼が現れると、あまねの詠唱と共に翼から羽根が舞い降り始めた。

 大量の羽根が風に揺られるように舞い降り始めたかと思うと、美しい銀色だった羽根が、赤みを帯び始める。そして、刀四郎の連撃を受けている神の尖兵に届く頃には、焔の矢と呼べるような勢いをもった燃える矢の様になっていた。

「俺の〝花嵐はなあらし〟の間を抜けて当てるのかよ! それはそれで、腹立つなぁああ!」

 あまねの燃える羽根の矢は、嵐というより竜巻のように神の尖兵を中心に荒れ狂う刀四郎の斬撃の間を避けながら、見事に全弾が神の尖兵に命中していた。

 しかし、自身の斬撃の嵐を見事にかわす羽根に苛立つ刀四郎は、更に連撃の速度を増していく。

「阿呆か、とう。私の羽根まで斬ろうとするでない」

 その姿を頭上から見るあまねは、呆れて呟く。実際、刀四郎の斬撃の苛烈さが増すと、羽根が斬られ始めたからだ。

 しかし、あまねはその事に怒りを覚えることはなく、目を細めると、楽しげに微笑んだ。そして両手を広げると、さらに銀翼が更に二枚背中に創り出すと、舞い落ちる羽根の量は、まるでスパンコールのようだった。

「そっちだってムキになってんじゃねぇよ!?」

 舞い降りる羽根という生温いほどに、あまねが降らす焔を宿す羽根は、まるで滝のように地上へと降り注いでいた。

 当然、神の尖兵の懐で刀を振るう刀四郎にも、容赦なく降り注ぐが、既に刀四郎の周りは剣戟の結界と言えるほどの状態となっており、刀四郎へと降り注ぐ羽根は、自らの刀で斬り捨てていた。

 二人は共に異世界において〝最強〟と言わしめる程に力を持つ帰還者オリジンである事は間違いない。

 それを証拠に、如何に神の尖兵と言えども、二人の雪崩の様な攻めの前に、硬く身を屈めており、耐え忍んでいる様にしか見えなかった。

 その白い体躯は、徐々に斬撃の跡が数えられないほどとなり、至る所が炎により焼け焦げて亀裂も見えていた。

 それでも尚、ソレはじっと動く事なく、二人の斬撃も魔法も、まるで木偶の様に受け続けた。

 刀四郎とあまねは、そんな木偶に対し、全く手を緩める事なく、攻撃の手を止める事はなかった。

 否、正確に表現するのであれば、手を止める事が出来なかった。

 背中にじわりと滲む汗、自然と無口となる二人からは、自分達が優位な状況にあると感じる事はなかった。

 如何に尋常でない魔力量を保持していたとしても、〝保持〟している時点で〝底〟はあると言うことである。

 如何に世界に魔素が充満していたとしても、それは二人が放つ技、術に必要な魔力量を瞬時に賄うものではない。

 止まない雨はないのだ。

 しかし、二人は止めるという選択を選ぶことが出来ない。

 首に掛る死神の鎌を、現実か幻視か判断できないほどに、明瞭に感じる事が出来たのだから。



「我が君、神の尖兵というのは、あの二人のどちらかが死ぬと言うくらいのモノなのですね。正直、火力という意味では、化け物の中の化け物みたいな二人ですが」

 一筆 奏雲は、階段を側から見ても楽しげに降りている様に見えるレイジ嗤う男に向かって声をかける。

「うん、そうだね。アレは、君達とは位階が異なるモノだから。そもそも人の身で相手にするモノじゃないんだよ。それでも、あの二人なら何とか生き残れるかなと思ってるんだけど……」

 奏雲に応える形で話をしていたレイジ嗤う男は、階段の途中で足を止めると、口を閉じた。そして、まるで空を見上げるように顔を上げた。

「今のままじゃ、どっちもダメかもね」

 呟くレイジの顔は、いつもと変わらず嗤ったままであった。
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