終わりと始まりに嗤う

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報復

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「本当に、我が君には感謝だよな。マジで毎日これなら、面白いわ」

 天ヶ崎 刀四郎は、燃え盛る高高度飛空艇【天乃アメノ虚舟ウツロノフネ】の甲板で、二振りの刀を仁王の様に構え立っていた。

 自慢の二振りの大太刀には、一目分かるほどの刃毀れが、いくつも目立っていた。そして何より、構える刀四郎本人が、傾奇者とは思えぬ程に着物が原型を留めていなかった。

 更には刀四郎の片目は、額から流れ落ちる血により塞がれ、脇腹からは決して浅くない裂傷が刻まれ、それにより袴の右側は朱に染まっていた。まさに、満身創痍と表現するに差し支えない状態であった。

 しかしその瞳に宿る闘志は、一切の揺るぎなく燃え続けている。

 鋭く射抜かんとする眼差しの先にいるのは、純白としか表現出来ないような、真っ新な白の人型の何かであった。

 三メートルを超える巨躯に、頭の先から爪先まで、まるで全身タイツでも履いているかのような体付きで、一言で表現するなら〝巨大な白いマネキン〟であった。

 しかし、それは決して人々の待ち合わせになるようなマネキンなどでは、決してなかった。

 何故なら、マネキンは嗤うことはないからだ。

 ソレの顔には、口だけしかないにも関わらず、裂けそうな程に三日月になった口が、ソレが嗤っていることを表すには十分だった。



 高高度飛空艇の甲板が、何者かに襲われる数分前、リリス珠緒嗤う男レイジに加え、天ヶ崎 刀四郎と一筆いっぴつ 奏雲そううん、そして天真 あまねが乗船していた。

 五人は、天乃アメノ虚舟ウツロノフネの中央制御室に集まっており、リリスが用意していた場違いなソファーに嗤う男レイジのみが座っており、他は全員が立っていた。

「僕が言うのも何だけど、奏雲、身体の調子はどうだい?」

 楽しそうに嗤いながら、レイジ嗤う男は全身ミイラ男の様に包帯を巻いた身体に、皺のない新品の白衣を羽織った奏雲に話しかけた。

「こっぴどく反撃されてしまいましたよ。息子の紫音が作った爆弾だったのでしょうが、威力も申し分なく、刀四郎君が一緒でなれば、一足先に逝ってしまったでしょうね」

 奏雲もまた、数時間前に死にかけ、今もなお重傷と言える程の傷を全身に負っていたが、それすらも楽しんでいる様だった。

 数時間前、自らを囮として、【完全追跡】が可能な八咫烏の七々扇局長の〝碇草〟を封印するべく、奏雲の作った魔導具保管室に誘い込んだ結果、奏雲は手痛い反撃を七々扇から受けていた。

 地下室にて逃げ場の無い程の爆炎に包まれた際、奏雲の全身鎧は数秒の後に、爆炎に耐えきれず破壊されてしまった。しかし、この数秒が彼の命を救うことになる。

 同じく爆炎に包まれている刀四郎に向かって、用意しておいた魔導具を放り投げた。

 刀四郎は、元々障壁等の魔導系スキルは使用することが出来なかった。その為、彼の魔法攻撃の防ぎ方は、避けるか、斬るかであった。

 自らの魔力を二振りの大太刀へと付与すると、ひたすらに全方位から迫る爆炎を斬って斬って斬りまくった。まるで、彼の周りだけが綺麗に球体にくり抜かれているかの様になっていた。

〝あ……悪ぃ〟

 研ぎ澄まされた集中と、魔力と筋力によるゴリ押しの全方位攻撃からの防御の真っ只中に、簡易転移魔導具を放り投げられたどうなるか。

 最高にハイになっている状態の刀四郎が、少しバツ悪そうに奏雲に謝った。

 “何してる!? ぎゃぁああ!?”

 辛うじて自身を守ってくれていた白衣の簡易魔法防御機能も、すぐさま爆炎に破壊されると、ものの見事に一筆本人が、焼かれ始めた。

 流石に、不味いと判断した刀四郎が自身の剣戟による結界を放棄し、自らも爆炎に包まれながらも、焼かれる奏雲を抱え、無理矢理に天井を剣戟で破壊し脱出したのだった。

 その後は、凛からの追撃も考慮し、すぐさま刀四郎は瀕死の火傷を負った奏雲を担いだまま、現場を離れた。刀四郎の転移スキルは、移動先が固定された場所でなければ使用出来なかった為に、安全であるが移動する天乃アメノ虚舟うつろのふねには、転移出来なかった。

 結果として、天真 周《あまね》の屋敷の離れに転移したのだった。そしてその後、周と共に屋敷の転移陣を用いて、天乃アメノ虚舟ウツロノフネへと三人で転移したのだった。

「我が君、そのヤナという男に受けた術を破る術は、お持ちなのでしょうか」

 天真 あまねの銀を基調とした羽織が美しく、隣に並ぶ朱色を基調にした着物の天ヶ崎 刀四郎と並ぶと、見事な見栄えだった。

 周の言葉に対し、レイジ嗤う男は数秒瞳を閉じた後に口を開いた。

「直ぐには、どうにもならないかな。僕が受けた術は、魔法ではなく神術。僕の神核を封印する術だからね、簡単に外せる類の物ではないんだよ」

「神術……と言うことは、そのヤナという者は、神に類する者ということですか」

「神の位階に昇っているとは思うけど、彼は僕と違って人としての自我を持っていた。神核と人の魂が融合、もしくは人の魂が神核へと昇華した場合、人の魂は変容し原型を留めることはない筈だよ。だけれども、彼はそれをやってのけていた」

「我が君でさえも、その方法は知り得ないのですか?」

 やや落胆するような表情を見せるあまねだったが、レイジの態度はいつもと変わらず、笑顔のままだった。

「そんながっかりした様な顔を見せなくても、大丈夫。僕も、混沌を司っていた異世界の神だったんだ。方法は知っているさ。けれども、その方法は今の僕には出来ないということ。それにきっと、〝勇者礼侍〟であるならば、間違いなくその方法は選ばないだろうね」

 レイジ嗤う男の言葉に、あまねは口を閉じると、それ以上口を開くことはなかった。周のその様子に、レイジは満足そうに微笑むとリリス珠緒に顔を向けた。

「誕生した魔王を見に行きたいから、このまま向かって貰えるかな。神術を封じられちゃったから、暫くは節操なしに転移も亜空間にも行けなくてさ」

「承知致しました、我が君。それでは、どの魔王から見に行かれますか?」

 一人の時とは全く違い、リリス珠緒から中二感が完全に消えていた。お菓子や何やらで散らかっていた集中制御室も、今では綺麗に片付けられていた。急に転移してきたレイジ嗤う男には、不覚にもその状態を見られたが、その後に即座に掃除した為、他のメンバーには醜態を見られずに済んでいた。

「因みに今は、東京から離れ、太平洋上空まで移動してきています」

「そうだなぁ、どの魔王でも良いんだけど……」

 レイジはこの時、空気が一瞬変わるのを感じ、言葉を止めて頭上を見上げた。その様子に、他のメンバーもまた釣られる様に、中央制御室の天井を見上げる形となった。

 そして神の使いが、天から破壊を引き連れ舞い降りた。

 天を打ち抜かれた天井から、日の光と共に降りてきたのは、得体の知れないソレであった。

 レイジ嗤う男は、変わらずソファーに腰掛けたまま笑顔を絶やさず、ソレを見ていた。しかし、他のメンバーは全員が背筋が凍る程の、死の予感を既に感じていた。

 この場にいるのは、少なくとも異世界において強さや技術を極め、魔王を滅ぼした上に、元の世界への帰還を果たした者達である。

 この世界においても、最強級の強者達が迂闊に動けないでいる。それほどまでに、天から降りし存在は、絶望を振りまくに値するモノだった。

「君は、管理神そのものではないよね。天使というには、その姿は味気なさ過ぎるから、神の尖兵と行った方が、しっくりくるけども。目的は、世界のことわりを改変した僕への、報復と言ったところかい」

 ただ一人余裕な表情を崩すことの無いレイジ嗤う男は、天から舞い降りたソレに向かって話しかけた。

 白いマネキンに口だけ取って付けたようなソレからは、魔力を感じることは出来なかったが、代わりに神気により稼働しているのが、レイジには感じ取れた。だからこそ、相手が自分の声に反応しなくても、次の行動に移った。

「リリス《珠緒》は、奏雲を連れて離脱するんだ。あまね、刀四郎は、アレと遊びなよ」

 レイジ嗤う男の言葉を合図にするかのように、神の尖兵と称されたソレが瞬時にレイジ嗤う男の前に移動し、そのまま巨大な拳をレイジに叩きつけるべく殴りかかった。

 そして、金属同士が激突したかのような音が、激しく船内に響いた。

「よう、バケモン。先ず俺達と、一緒に遊んでくれよ」

 神の尖兵の拳を止めたのは、刀四郎の二振りの刀だった。

あまねの爺さん! このまま構わず、甲板に飛ばしてくれ!」

「もとより、そのつもりだ」

 まるで巨人が扱うような巨大な光る剣が、あまねの声とともに、神の尖兵と刀四郎を甲板の方へと吹き飛ばした。その様子を座ったまま見ていたレイジが、ソファーからここで初めて立ち上がると、リリス珠緒と奏雲の元へと歩き出しながら、あまねに声をかけた。

「アレは神ではなく、神の創りし木偶人形だけども、あくまで僕の様な神核を持つ者に対して、この世界における防衛機構なのだろうね。アレの強さは、神気を封印されていない僕であれば、問題なく倒せる程度だけど……」

 目を細め、あまねが吹き飛ばした先を見ながら、楽しそうにレイジ嗤う男は嗤う。

「君達二人のどちらかは、ぎりぎり死んじゃうくらいの強さだね」

 レイジ嗤う男の言葉に、あまねは目を見開き、驚いた表情を見せた。

「僕も手伝うかい?」

「いえ、折角ですので、私と刀四郎君で相手をさせて頂こうかと」

「そうだろうね。君は、そう言うだろうと分かってたよ。恐らくアレは、内包している神気が尽きると消滅するだろうから、君達が死ななければ暫くは楽しめると思うよ」

「そうですか……それは、嬉しい限りです」

 それだけ述べると、あまねは既に激しい戦闘音が聞こえる甲板に向かって歩き出した。

 そして、その顔は狂気に染まり、決して天真家の当主として人前に見せられる類の顔では、決してなかった。

 ただただ、嬉しそうにあまねは嗤う。


 一歩一歩と足を進め、それは間違いなく死地へと向かう足取りである筈なのに。

 まるで遠足に向かう子供の様に、その老人が纏う空気は、軽やかで楽しげで。


 この日、元の世界に戻ってから初めて、あまねは心から幸せを感じていた。
 
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