終わりと始まりに嗤う

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狸爺

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 首相官邸の大会議室では、プロジェクターに映し出された世界地図を、会議に参加している者達が、食い入るように見入っていた。

「今の所、それで全てな筈だ。私の〝魔王感知〟で感じることが出来る魔王は、全世界で現時点では九体と言うことになるな」

 内閣総理大臣兼〝勇者〟である狩川正一は、そろそろ太陽が顔を出しそうな午前五時に、政府、与党、自衛隊、八咫烏の幹部を招集していた。

 緊急招集の理由は、〝魔王の出現〟であった。

「我が主よ、現時点ではと言うことは、当初の魔王の数は九体よりも多かったということでしょうか」

 正一の右側に座る須田島官房長官が、険しい顔をしながら正一の反応を待っていた。そして、此処に居る者達に、自分こそが正一の右腕なのだと主張するような態度をとっていた。

「須田島さん……公の場では、その呼び方はしないという約束だったはずでは?」

「我が主よ、呼び名など、この状況に於いては瑣末なことでしょう。そんな事よりも、ここ数日の世界の異変に関して、早急に対応策を打ち出さねば、更なる混乱が日本を襲うことになるのですよ」

 堂々と公の場において、〝我が主〟と呼ぶ須田島の所為で、正一は周囲から訝しげな表情を向けられ、額には盛大に青筋が浮かび上がっていたが、この場で激昂する訳にもいかず、諦めた気持ちで流した。

「一昨日に起きた世界同時テロは、手段は判明していないものの〝世界のことわり〟を改変を目的としていたのだろうが、今回の世界同時魔王出現は、誰が何を目的にしているのか……」

 正一の誰に問いかけたでもない呟きは、静まり返っている大会議室には不思議と響いていた。

「総理、よろしいでしょうか?」

「院瀬見君、何か情報を掴んだのかね?」

 魔力を封印されている七々扇局長の代わりに、副局長兼参謀である院瀬見 京がこの会議には参加しており、そして堂々と意見を述べる為に右手を上げていた。

「総理が示した魔王出現国には、〝Peace of mind〟を束ねる十の氏族それぞれの本家がある場所でした。そして昨日から、魔王城が出現した場所では、奴らの大規模な集会で行われていたと『黒鉄くろがね』の雪ノ原鉄志氏からの情報を七々扇局長が得ております」

 七々扇と話すときの様な気軽で若々しい口調ではなく、院瀬見は落ち着いた口調で淡々と報告していた。

 本来この場には七々扇が局長として居るべきであったが、一筆 奏雲と天ヶ崎 刀四郎との戦闘により魔力を封印されていたことが、原因であった。

「そして彼ら現地調査員の、命懸けの調査により、〝Peace of mind〟が魔王を召喚、もしくは創りだしたらしいとの報告を雪ノ原氏が受けたそうです。そしてその結果として、〝Peace of mind〟の十の氏族全てが、生贄となり〝魔王〟が誕生したという事です」

 院瀬見は銀縁眼鏡を掛け直す仕草をしながら、そこまでで口を閉じた。

 正一は黙って院瀬見の話を聞きながら、静かに頷いていたが、その場にいたほとんどの参加者は、院瀬見の報告に驚き、会議室は騒然となった。

 それほどまでに〝Peace of mind〟という組織は、この世界に根を張っていた。経済界から政治の世界に至るまで、彼らの思想に信奉する者は少なからず存在していた。

「がっはっはっは! そうか! これだけ悪いニュースばかりの中で、あのゴミ共が駆除されたのなら素晴らしいニュースじゃないのか! なぁ、狩川君!」

 騒つく大会議室の中に、大声で笑う男が居た。

 それが政権与党幹事長の椅子に座る男、五味 公太である。

 齢八十を超えてなお眼光は鋭く、頭髪は薄くなっていたが、肌の血色は脂ぎっており、〝生涯現役〟を掲げている通りに、その覇気は今もなお健在だった。

「正直、その事については肯定も否定もしませんが、それよりも現実として魔王の対処も含めたこれからの我が国の対応を、早急に決めなければなりません」

「見た目は血気盛んな若者に見えるというのに、中身は爺ぃの様だな狩川君は。我が国には、魔王が出現しなかったのだろう? 世界中が混乱している中、〝勇者様〟の活躍もあり、我が党の支持率も鰻登りだろう。それに【勇者】のカリスマ性があれば、なんとでもなりそうなものじゃないか」

「五味さん、貴方は何を仰っているのですか?」

「そんなもの決まっているではないか。戦争だよ、戦争! この世界の混乱に乗じて、我が国が世界の覇権を取りに行くのだよ!」

 長机に拳を叩きつけながら叫ぶ五味幹事長の言葉と、その真に迫る迫力に、並の者では口を開く事も出来ずに、その場に凍りつくように固まる他なかった。

 それほどまでの威圧を真正面から受け止める男は、狩川 正一その人であった。

「おい、狸ジジイ。狂ったのか? それともそれが、貴様の本性か?」

 まるで大気が震える程に、正一の身体から立ち登る魔力は、目覚めし血脈ブラッドラインであれば、竦み上がる程に圧倒的な量と質であった。

 実際、五味の側に控えていた天真から派遣されている秘書兼護衛の者は、正一の魔力を見ただけで、既に戦意喪失しており、五味に向けられる正一からの殺気の余波ですら、彼らに死の幻影を見せる程だった。

 しかし、直接の魔力と殺気を向けられている五味は、額にじわりと汗が滲み出ているものの、その姿は堂々たるものだった。

「残念ながら、私は正真正銘の〝持たぬ者ゼロ〟なのだよ。魔力なぞ、見ることも感じることも出来ないのだから、私にとって総理の〝力〟による威嚇は通じんよ。まぁ、魔力以外の威圧は感じるが、そんなものは政治家として此処まで生き残って来た私にとって慣れたものよ。殺気如きで、この私が怯むと思わないことだ。なめなよ、小僧が!」

 再び長机に拳を叩きつけ、五味幹事長は正一から向けられる威圧を堂々とその身に受けてなお、その強気な態度を改めることはなかった。

「まぁ、しかしだ。周りの態度を見るに、如何に総理が化け物じみた能力者なのだろうとは、私も理解しているがね。だがね、この国は民主主義を標榜する国なのだよ。総理の〝化け物〟としての〝力〟は、国家防衛の〝力〟であるが、それを個人に向ける等といった事をするつもりは、ないのだろう?」

「私が〝力〟を行使する相手は、この国を脅やかす〝敵〟のみだ。そしてその判断は、私の心の中にある確固たる信念であり、その相手が個だろうと国だろうと、組織だろうと関係ない。そちらこそ、私の信念を見誤ることなき様にすることだ」

 互いに一歩も引かぬ様相を見て、須田島官房長官が会議の進行役であった自身の秘書官に目配せし、会議の休憩を入れるようにしたのだった。



「我が主よ、五味幹事長の挑発にくれぐれも乗らないようにお願いしますよ」

 首相官邸の執務室にて、須田島官房長官は狩川 正一総理大臣に対し、念を押すように諭していた。

 自身の椅子に座りながら、眉間に深い皺を作っている正一は、執務室に集まっている面々を見渡した。

 執務室のソファーには、須田島官房長官と山河防衛大臣が座っており、院瀬見副局長兼参謀は姿勢良く立っている。そして執務室の扉の前には、天ヶ崎 凛が片手で印を結んでおり、執務室全体を外側から諜報出来ないように術で妨害していた。

「あれでは狸爺ではなく、狸の皮を被った狂犬だろう。あの場であんな狂ったような事を言うのような人ではないと思っていたが、私の思い違いだったか……」

「もしくは、操られているかどうかでしょうか。残念ながら、私程度の能力者では、その辺りについては、全く知見も力も無く判断できませんな。我が主は、どうなのですか?」

「俺も幹事長が操られている様には、見えないが……凛は、どうだ?」

 須田島官房長官から〝我が主〟呼びをされることを、正一は諦めた。そして一度諦めてしまえば、自身の振る舞いもまた自然と、畏まらなくなっていた。

「五味幹事長からは、魔力残滓を感知する事は出来ませんでした。しかし、その様な類・・・・・のスキルであれば、私の魔力感知をすり抜ける可能性はあります」

 凛の言葉に、正一は小さく嘆息をつくと、机を指で何かの曲のリズムを取るように叩き始めた。

 世界の理の改変、天真家の異変、東京都上空の強大な力同士による争い、魔王の出現、そして政権内部の権力闘争。問題は、一つ一つ降りかかってくる訳ではない。いつだって、同時に襲いかかって来るものだ。

「五味幹事長に関しては、須田島に任せる。須田島家の力を使って、再度身辺調査と監視を行え。それと同時に、能力者達に関する関連法案の取りまとめを急げ。山河君は、外務省と協力して諸外国、特に魔王が現れた国の情勢と把握し、能力者達を中心とした部隊の設立を形だけでも内外に示せるようにしてくれ」

 正一の言葉に須田島官房長官と山河防衛大臣は、気合の入った表情で頷いた。

「院瀬見君は、先ずは七々扇の状態を戻すことを優先しながら、須田島と連携し、〝特殊技能庁〟の新設に向けて協力して欲しい」

「〝特殊技能庁〟とは初耳なのですが、りっちゃん……七々扇局長は、その事について知っているのでしょうか?」

 初めて聞いた構想に驚き、思わず七々扇を普段呼びしてしまった院瀬見だったが、動揺を先ずは心の中に収めると、正一に八咫烏のトップがその事について知っているか確認した。少なくとも次席である自身が知らないという事は、最高ランクの機密である事が窺い知れた。

「七々扇も、この件について承知している。元々構想自体は、私の代よりも前から考えられてはいたのだがね。良くも悪くも現行の八咫烏のみで対応が可能だったと言うことが、決定打に欠けていた。しかし、現在の状況は、それだけで対応できる範囲ではない」

 覚悟と信念の強さを現すかのように、正一の身体から魔力が揺めき立ち昇る。

「詳細については、七々扇に確認してくれ。関連資料も、彼奴が保管しているはずだ」

 正一は院瀬見にそう告げながら、椅子から立ち上がると、部屋の扉へと力強く歩き出した。

「そろそろ小休止も、終わりの時間だ。さぁ、先ずは〝力〟を使わない戦場へと向かおうじゃなかいか」

  そして、執務室の扉は開かれ、再び大会議室へと正一らは向かうのだった。


 会議が小休止に入り、参加者達がぞろぞろと会議室を出て行った後も、五味 公太は部屋に残っていた。五味の左右には天真家から派遣されている護衛が、仁王像の様に左右で黙って立っている。

 五味 公太、八十二歳。正真正銘の〝持たぬ者ゼロ〟であり、魔力は一才扱うことも、見ることも出来ない。

 衆議院議員に当選すること、十三回。今や与党の幹事長として、党内における権力者として君臨するまでになった男である。

 世論の風を読むことに長け、所属政党も変わること数度、それでも齢八十を超えて尚、現役の国会議員としての権力を持ち、選挙においては辣腕を振るっている。

 そして、闇堕人アビスの支援者であった。

 若い頃、天真家の支援を得てからと言うもの、彼は選挙で負けたことがなかった。特に、天真家当主である天真 あまねには国会議員になる前から心酔していた。その結果として、彼はあまねの数多いる傀儡の一人となっていた。

 〝持たぬ者ゼロ〟である五味に、魔力的な術は効かない。その為、純粋にあまねは、五味を時間をかけて少しずつ洗脳していたったのだった。そして、それを本人が誉れだ認識するように。

 今、この瞬間も五味はあまねの為に動いている。あくまで自分の意思で、あまねが喜ぶ事が何かを考えて動いているに過ぎない。

 だから彼からは、魔力の残滓も何も感知する事など出来はしないのだ。

「最善の一手を指し、この世に混乱を。全てはあまね様の為に」

 そろそろ休憩の時間が終わる頃、五味の瞳はどこを見るわけでも無く、虚空を見つめ正気を失っている様に見えた。そして呟く言葉は、狂気を含み、今この時の五味の様子を正一達が確認したのならば、彼が正気でないことに気付いただろう。

 しかし、会議室の扉が開く音が聞こえると同時に、五味の瞳にはあたかも正気を保っているかのような、野心に満ちた鋭さが宿ったのだった。

「総理、悪巧みは終わったのかね?」

「俺の台詞を、取らないで貰いたいものだ」

 そして再び、五味の戦いが始まる。

 出来るだけ、正一の足を引っ張り、

 出来るだけ、能力者と無能力者が対立するように、

 出来るだけ、世界が混沌へと向かう切っ掛けを作り出すために、

 五味 公太は、その命さえも極々簡単に捨てようとする。

 主人の嗤う顔を見たいが為に、彼は世界を贄にしようとする。

 それが、彼の全てなのだから。

 躊躇は無く、その一歩を嬉々として死地へと踏み出すのだった。
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