2 / 9
第2話
しおりを挟む
今日、6月のシーズンに降らなかった雨が一度に降ったね。
そんな文面のメールを打っては消しての繰り返しだった。
誰に送りたいメールでもなかった。
でも、誰かに送りたい。
その誰かは胸のなかでわかっていても気がつかないフリをした。
いつもはすれ違う道に彼の姿はなく。大学のキャンパス、バイト先のどこにもなかった。
彼のアパートのドアを叩くとサークルの先輩が顔を出した。
「先輩、俺、一週間いないんで、俺の家で留守番しててくださいよ」
そういい残してどこへ行くのか告げないままリュックを片手に行ってしまったそうだ。
「あれ?聞いてなかったの? 夏田には言ってるのかあと思ってたけど・・・」
曖昧な言葉と先輩の意味ありげな視線。
笑顔ですべてをごまかして「さよなら」を告げて帰ってきた。
つきあっているわけではない。
私の存在理由なんてそんなものだ。
簡単に無視してどこへでも飛んでいけるぐらいの存在。
友達・・・なんだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
少しは彼に近づいたと思っていた距離が急に遠くに感じられた。
携帯電話に電話をしたのは昨日。
バイトにも身が入らない。
メールが入ってきたのは、夕方になってからだった。
『何度も電話くれたんだろ? 今日戻ってきました』
バイトが終わるのがもどかしくケーキ屋さんのピンクの洋服をロッカーに脱ぎ捨てて走りだす。
待ち合わせの場所は、なごみ屋という甘味処も兼ねた和風の料理屋。
木枠の格子のついた窓、畳の部屋にちゃぶ台と座布団、猫の掛け軸に、もうかなり前に時間を止めてしまったであろう大きな古時計、塗りなおしのしてある箪笥からはかすかにニスのにおいがした。
家に戻ってきた。
ただいまって声をかけて帰りたくなるような場所。
お気に入りのお店のひとつだ。
彼が持って帰ってきたおみやげは、カラーの料理の写真がついた本だった。
どこの国の言葉かもわからないような文字がびっしり書かれてあり、何語なのだろうかと首をひねっていると、表紙に小さく「Espana」の文字。
スペインなのだと気がつくのにしばらくかかった。
「克之、スペインに行ってきたの?」
聞きたいことは山ほどあるのに、その十分の一も言葉にしないままに過ごしている毎日。
それが少し嫌になった瞬間だった。
「行ってきたよ」
彼は水を得た魚のように生き生きとして、満面の笑みを浮かべて言ったのだ。
「恋をしてしまった」
彼の口から出た言葉にぼんやりと立ち尽くした。
まだ、その言葉の衝撃が胸を撃ち、どうしたらよいかわからない心が涙を流した。
「サグラダファミリアを見て圧倒されたんだ」
サグラダファミリアに恋した彼。恋とは例えて彼が選んだ言葉だと気がつくのに三秒かかった。
泣き笑いする私の視線が彼に向くまで待っててくれたに違いなかった。
何かを決意した強い瞳。
視線をしっかりと合わせて彼は言った。
「スペインに留学するよ」
そんな文面のメールを打っては消しての繰り返しだった。
誰に送りたいメールでもなかった。
でも、誰かに送りたい。
その誰かは胸のなかでわかっていても気がつかないフリをした。
いつもはすれ違う道に彼の姿はなく。大学のキャンパス、バイト先のどこにもなかった。
彼のアパートのドアを叩くとサークルの先輩が顔を出した。
「先輩、俺、一週間いないんで、俺の家で留守番しててくださいよ」
そういい残してどこへ行くのか告げないままリュックを片手に行ってしまったそうだ。
「あれ?聞いてなかったの? 夏田には言ってるのかあと思ってたけど・・・」
曖昧な言葉と先輩の意味ありげな視線。
笑顔ですべてをごまかして「さよなら」を告げて帰ってきた。
つきあっているわけではない。
私の存在理由なんてそんなものだ。
簡単に無視してどこへでも飛んでいけるぐらいの存在。
友達・・・なんだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
少しは彼に近づいたと思っていた距離が急に遠くに感じられた。
携帯電話に電話をしたのは昨日。
バイトにも身が入らない。
メールが入ってきたのは、夕方になってからだった。
『何度も電話くれたんだろ? 今日戻ってきました』
バイトが終わるのがもどかしくケーキ屋さんのピンクの洋服をロッカーに脱ぎ捨てて走りだす。
待ち合わせの場所は、なごみ屋という甘味処も兼ねた和風の料理屋。
木枠の格子のついた窓、畳の部屋にちゃぶ台と座布団、猫の掛け軸に、もうかなり前に時間を止めてしまったであろう大きな古時計、塗りなおしのしてある箪笥からはかすかにニスのにおいがした。
家に戻ってきた。
ただいまって声をかけて帰りたくなるような場所。
お気に入りのお店のひとつだ。
彼が持って帰ってきたおみやげは、カラーの料理の写真がついた本だった。
どこの国の言葉かもわからないような文字がびっしり書かれてあり、何語なのだろうかと首をひねっていると、表紙に小さく「Espana」の文字。
スペインなのだと気がつくのにしばらくかかった。
「克之、スペインに行ってきたの?」
聞きたいことは山ほどあるのに、その十分の一も言葉にしないままに過ごしている毎日。
それが少し嫌になった瞬間だった。
「行ってきたよ」
彼は水を得た魚のように生き生きとして、満面の笑みを浮かべて言ったのだ。
「恋をしてしまった」
彼の口から出た言葉にぼんやりと立ち尽くした。
まだ、その言葉の衝撃が胸を撃ち、どうしたらよいかわからない心が涙を流した。
「サグラダファミリアを見て圧倒されたんだ」
サグラダファミリアに恋した彼。恋とは例えて彼が選んだ言葉だと気がつくのに三秒かかった。
泣き笑いする私の視線が彼に向くまで待っててくれたに違いなかった。
何かを決意した強い瞳。
視線をしっかりと合わせて彼は言った。
「スペインに留学するよ」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
シチュボ(女性向け)
身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。
アドリブ、改変、なんでもOKです。
他人を害することだけはお止め下さい。
使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。
Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる