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第六章 決戦編

決戦ⅩⅣ 届かぬ母、拒絶する子②

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 ジューデス郊外、人間の襲撃の報を聞いたネカルクは二人の側近を連れ戦場へと赴いた。

「ようやく着いたのう……して、戦況はどうじゃ?」
「魔王様!なんとかこの地で食い止めているといった状況であります。みんな!魔王様直々のお出ましだ!!」
「「うおおおおおおお!!!」」

 やや下がり気味だった魔族の軍勢の士気が跳ね上がり、目の色を変え侵入者へ攻撃を仕掛ける。ネカルクはその様子を見つめ、柔らかく微笑んだ。

「全く、それができるならワシが来る前からしなさいよ。それじゃ、バーゼル……お願い。」

 魔王が連れてきた側近のうちの一人、バーゼルと呼ばれたエルフの男はその魔王の指示に対しコクリと頷くと、懐から三つの鋼鉄の塊を取り出した。そして手のひらをかざしながら、

「導け、『武器変化アモルフォーゼ』」

 と唱えると、鋼鉄の塊がすぐに剣となる。その剣を魔王ともう一人の側近――『鴟鴞爵』フラーヴへと渡した。二人はそれを受け取ると、バーゼル諸共魔族たちの先頭めがけて一息に駆け出していった。

 魔王ネカルクが城を飛び出して半日が経過した。いつの間にか自室の机に突っ伏して眠ってしまっていたフレンヴェルは、城の下の階の騒動で思わず目を覚ました。

(母さんが、帰ってきたのかな……?)

 フレンヴェルはその様子を見ようと部屋の扉へと手をかけた。だがそこで、

(心做しか、三人の足音がゆっくりな気がする……そこまでの戦いだったの?)

 ネカルクの普段と違う足音の重さを感じ、思わず扉を開けるのを躊躇してしまった。やがて足音はフレンヴェルの部屋の前へと近付いていき、そこで音が止んだ。その意味を察したフレンヴェルが恐る恐る扉を開けると……彼は絶句した。

「嘘……」
「フレンヴェル!起きておったのか……」

 そこには頭部や四肢から血を流しながら、一人の死骸を背負い折れた剣を引きずっていたネカルクが立っていた。その後ろにはフラーヴが、壁を支えにしながら足を引きずって前に進んでいた。

「その傷……な、なんだよ!説明してくれよ!!」
「……に、人間の執念を甘く見すぎておった。我々が到着してからは……はっきり言って一方的な戦場であった。じゃが、奴らはここを死地と悟ったか……我々三人へダメージを与えることを最上の目的とし、戦法を自爆特攻に切り替えよったんじゃ……」
「なっ、えっ……それじゃ、背負ってるそれは……父さんは……」

 フレンヴェルの指摘にネカルクは目を大きく見開き、言葉を押さえ込むように歯を食いしばり眉を顰める。やがて観念したように、言葉をひとつひとつ選ぶように、噛み潰すように零していく。

「敵の自爆をいち早く見抜いたバーゼルは……真っ先に余とフラーヴを突き飛ばし、爆発から余たちを庇って……」

 ふと、フレンヴェルの部屋の光源がバーゼルの顔を照らす。金属の破片が肉を抉った跡、凄まじい勢いで何かがぶつかったような跡が無数に刻まれ、誰の血か分からない液体で真っ赤に染まっていたその顔は、かつての美しいエルフの男の原型をまるでとどめていなかった。変わり果てた父の姿に現実を突きつけられたフレンヴェル……その全身から力が抜け落ちドサリと倒れ伏せ、ただただ瞳から大粒の涙を流すだけの存在に成り下がっていた。ネカルクはそっと扉に手を伸ばし、

「フレンヴェル……あなたはもう眠りなさい。稽古は……余たちの傷が治るまで、しばらくお休みにしてあげるから。」

 そう言い残すと、扉をゆっくりと閉めた。フレンヴェルは扉の前で泣きじゃくりながら何度も扉へと手を伸ばし、その度に腕は空を切った。やがて仰向けに寝返りをうち、右腕で目を覆いながら天を仰いだ。

「なんだよ……特異体質って!このせいで……このせいで僕は父さんを失って、母さんまで危ない目に合わせて……。こんな体質がなければ……僕に、大事なものを守る力があればッ!!!」

 そう言い、フレンヴェルは左手を握りしめ地面へと叩きつける。ドンという音が響き、周囲の床に散らばっていたおもちゃが軽く揺れ、開きっぱなしにしていた本がパラパラとめくれていた。そのうちの一つ、武器変化アモルフォーゼのことが書かれた魔法書へとフレンヴェルの目が惹かれていた。いつしかフレンヴェルの心はその本を読まねばならない責任感に支配され、目をゴシゴシと擦り勢いよく跳ね起きると、その本へと引き寄せられていった。そして、

「これだ……これしかない!魔力を放出せずに魔法を使う方法……これなら、僕が皆を守る力になれるんだ!!」

 その頁に刻まれた魔法をじっくりと指で追いながら読み進めながら、フレンヴェルは思わず口角を上げ笑うように魅入られていた。
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