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第五章 彷徨編

彷徨ⅩⅥ 謀臣、凶刃に消ゆ

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 ケイレス村跡地、アルエットはフラーヴを攻撃しながら、何かを不審がっていた。

「ごほォッ!!」
「……」

 フラーヴは攻撃されながらもまるで表情を崩さず、ニヤニヤとアルエットを見つめていた。やがてアルエットは少しずつ手を緩め、足元で蹲るフラーヴを黙って見下ろしていた。

「……もう、終わりですか。」
「貴方、さっきから一体何を企んでいるの?」
「……何のことかね?」
「とぼけないでよ。さっきからニヤニヤと気味の悪い笑みばかり浮かべて、私の攻撃も全く避けようともしない。何か仕掛けようとしているんじゃないの。」

 アルエットの質問に、フラーヴは高笑いする。アルエットはムッとした表情で、

「何がおかしいのよ。」

 とフラーヴに迫った。フラーヴはそれでも、クスクスとアルエットをバカにしたように笑いながら答える。

「ああ失礼……私の企みの話ですね。いやいや、なんてことはないですよ……一つ、例え話をいたしましょうか。」

 アルエットは固唾をのみ身構えてフラーヴの話に集中する。

「昔々、一人の小汚い人間の奴隷がいました。彼は産まれた時から奴隷商人に売られるまでずっと貧民街であてのない生活をしており、箸でものを食べることすら知らないようなガキでございました……ましてや貴族や商人のマナーなんて知る由もありません。」
「……何の話よ、これ。」
「まあまあ、ここからですよ本題は……。ある日、その奴隷を買いたいという富豪がいました。富豪は奴隷を買うとその体を洗い、用意していた華美な服を着せ、立ち姿や歩き姿を矯正していきます。そして奴隷にこう言いました……"どんな時でも、自分は富豪であると信じて疑わない顔を崩すな"と。奴隷はその言いつけをきちんと守りました……すると、街の人間達は彼を"富豪の息子"として以前からいたものだという錯覚に陥ってしまいました。」

 フラーヴは語り終わり、ふぅと息を吐く。アルエットは戸惑いながら、フラーヴに再び詰問する。

「で、今の話があんたの企みにどう関係しているのよ。」
「あら、分かりませんでしたか……シンプルな話です。実を伴ってないハリボテ人形でも、見た目と振る舞いを両立させれば如何様にも人の印象を操ることができるのです。」
「まさか!!」
「企みなぞございませんよ……ずっと何かがある風に笑って貴女の攻撃を受け続けていれば、貴女ならその何かを深読みして勝手に手を止めてくれると思ったまで。まさかこうも想定通りだとは思わなかったゆえ、少し笑いすぎましたがね……。」
「くっ……。なんのために、そんな無意味なことを……」
「お忘れですか?私はこの中のガラクタ人形がくたばるのを待てば勝ちなんです。時間稼ぎができれば十分なんですよ。」

 フラーヴは立ち上がって結界に歩み寄り、コンコンと拳で軽く叩く。アルエットはしてやられたと慌ててフラーヴに向けて再び殴りかかろうとする。

「さ、させないっ!!」

 しかしフラーヴは、自身に向かってくるアルエットを見ながら大きく口角を上げ、

「かかったなァ!!この私の二重の罠にッ!!!」

 と叫ぶと、懐から人形を取り出しそれをアルエットの方へと向け、両手から魔法を展開する。手のひらくらいのサイズだった人形は一瞬で3メートルほどになり、向かってきたアルエットに対応するように思い切り抱きついた。

「がぁっ!なにこれ……動けない!!」
「最近、傀儡魔法を習得する機会がありましてね……貴女を捕獲するために使ってみました。」
「そ、そうか、これ……ギェーラの……」
「ああ、報告書にはそんなことが書いてありましたねぇ。」
「離っ……せぇ!!」
「無駄ですよ。その人形には私が攻撃を受けるほど強くなる特性を設定しておきました。ですから貴女にはずっと殴っていただいたのです……。」
「あぁっ……がっ、あが……」

 人形にミシミシと締め上げられ悲鳴をあげるアルエット。フラーヴは悦に入った表情で静かに笑っている。

「フフフフ……こうも思い通りになるとは、流石に気分も高揚しますねぇ。人間の反魔族勢力筆頭戦力のアルエット・フォーゲルも、裏切り者デステールの人形の生き残りも同時に始末できるとは、流石に気分が良い……そうだ。」

 フラーヴはそういうと、おもむろに村の出口側に歩き再びアルエット達の方へ向き直る。そして羽を広げ手を開きながら叫ぶ。

「私自ら、妖羽化ヴァンデルンでトドメを刺してあげましょう!四天王筆頭の妖羽化ヴァンデルンです!あのままアンデッド達に嬲られしゃぶられてじわじわと殺される方が何倍もマシだったと、貴女達はそう実感することになるのです……フハハハ、ハハハハッ、ハーッハッハッハッ!!!!」
「い、嫌だ……させないっ……!」

 アルエットの言葉だけの抵抗も虚しく、フラーヴの宣言と同時に魔力が彼の身体を包んでいく。絶体絶命の光景にアルエットが目を閉じ顔を背けたその瞬間、フラーヴの背後に迫った影が、彼の身体を下から真っ二つに斬り裂いた。

「なぁぁっ!!」
「死んでろ、クソジジイ。」

 フラーヴの身体に集まりかけた魔力が霧散する。倒れたフラーヴの背後から現れた男――デステール・グリードは刀の血を払い、そのまま刀を鞘に収める。

「クソッ……デステール、お前は何度私に立ちはだかれば気が済むんだ……。」
「立ちはだかったつもりはない……貴様が勝手に追いかけて、勝手に敵意を擦り付けているだけだ。ただ長く生きているという理由だけで四天王筆頭を名乗り、その地位に胡座をかいて自ら高めることもなく、他者からのおこぼれで満足するような奴の限界がその程度だっただけの話だ。」
「ち、畜生……この小僧どもに、私が……800年、魔王様を支え続けた私の最期が、こんな無様な……畜生ォォォォォ!!」

 デステールは叫ぶフラーヴの顔をぐしゃりと踏み潰す。アルエットを捕まえていた人形はフラーヴの死とともに消滅し、アルエットはそのまま地面に投げ出された。アルエットはすぐに立ち上がりデステールへ臨戦態勢をとる。

「ハァ……ハァ……デステール……」

 しかし、アルエットの意識は続かず、体を投げ出しうつ伏せに倒れてしまう。妖羽化ヴァンデルンは解け無防備になったアルエットをデステールは暫く見つめていたが、やがて気を失った彼女を背負い近くに展開していたクニシロの結界まで歩いていった。
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