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第四章 亡国編

亡国ⅩⅧ 昼②〜妖羽化の兄妹喧嘩・壱

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「ぐおおおっ!!」

 アルエットの右ストレートが決まり、デステールはバルコニーの外側へ数メートルよろめき、頬を押さえる。アルエットはすかさず間合いをつめ、デステールにラッシュを浴びせる。

「はぁぁぁぁぁ!!!」
「むぐっ、ごほっ、がはぁ……。」

 防戦一方のまま押され続けるデステール。なんとか踏ん張り体勢を整えると、

「調子に乗るな、小娘がぁぁ!!」

 とアルエットに向けてこちらも右ストレートで反撃に転じる。しかしアルエットはあっさりと体をデステールの左側に滑らせるように躱す。

「なっ!!」

 アルエットは隙だらけになったデステールを思いっきり蹴り飛ばした。バルコニーから王城の部屋の中まで吹っ飛ばされたデステールは、衝撃で崩れた壁の中に埋まっていた。ゆっくりとデステールに近付くアルエット、その紅い瞳は冷徹にデステールを見下していた。

「ぐぐぐ……」

 歯を食いしばりながら瓦礫のそこから立ち上がるデステール。唇を噛み締めながらアルエットを睨んでいる。アルエットは歩みを止め、口を開いた。

「……楽しい?」
「は?」
「貴方の望みはお母様を殺し、私に復讐されること……今それが叶っている最中だけど、楽しい?」
「バカにするのもいい加減にしろよ……!」
「バカにする?バカにしていたのは貴方の方でしょう。お母様を手抜きで痛ぶり、私との会話の途中で無理やり引き剥がし、挙句人間としての尊厳すら持ち合わせない処刑方法で殺す……お母様と私をどこまでもバカにした所業だと思うけど!!」
「ほざけ!家族と同胞を皆殺しにし妹を盗んだ女を惨殺して何が悪い!!」
「だから、貴方の望み通り復讐し返してあげているんでしょう!!!」

 アルエットとデステールはお互いに平行線を辿る意見を主張し合っていた。やがてデステールは口を真一文字に結び鋭い眼光でアルエットを睨みつけ、言った。

「こうも言って聞かないやつだとは思わなかったさ、ああ、誤算だよ。言葉で分からないなら、仕方がない……。数日寝込んで頭冷やせば落ち着くだろ。」

 デステールがそういうと、デステールの周囲に魔力が渦巻き繭ができ始める。

妖羽化ヴァンデルン……させない!!」

 アルエットは一瞬で間合いを詰め、巨大な爪でデステールを切り裂く。しかしデステールの姿はまるで水面に反射した像のように、ゆらゆらと揺らめいているだけであった。

「うそ……効いていない!?」

 再びデステールの周囲に魔力が渦巻く。魔力の渦はどんどん大きくなり、デステールを中心とする巨大竜巻のように発達していく。城内のあらゆるものを巻き込んでいき、やがて城そのものがガラガラと音を立てて崩れ始める。その魔力の圧に、アルエットは吸い込まれないように踏ん張るのが精一杯であった。

妖羽化ヴァンデルン……"定式化する白き絶望デウスエクスマキナ"」
「くっ……うっ!」

 デステールがそう言い終わると、繭が開き内部から無数の魔力の斬撃が真空波のように弾ける。アルエットの太ももや頬を掠め、少し出血する。心做しか身体も重いような感覚にも陥る。アルエットは歯を食いしばり耐えながら、妖羽化ヴァンデルン直後のデステールに飛びかかった。しかし、

「う……そ……」

 右ストレート……最初の一撃と同じくらいの力を込めたデステールが、同じようにデステールの顔面にヒットする。しかし、デステールの体はピクリとも動かず、アルエットの勢いをあっさりと殺していた。驚愕するアルエット、その右手をデステールはゆっくりと掴み、まじまじと見つめる。

「白くて綺麗な手だ……壊すのがもったいないほどに。」

 デステールはそう言うと、ゆっくりと腕の内側を上に向けて、肘の裏――肘窩に右の人差し指を刺す。そのまま人差し指を押さえたままゆっくりと手首の方まで下ろしていった。

「うああああああああ!!!」

 激痛と共にアルエットの前腕から血が勢いよく噴き出していく。デステールから離れようともがくアルエットだが、デステールは呆れたように微笑みながら

「しょうがないやつだなぁ」
「こひゅっ」

 と、右手でアルエットの頬をビンタする。凄まじい勢いで首が90°回転し、脳が揺れアルエットの意識が朦朧とする。ふらふらと後ずさり、なんとか倒れずに踏ん張るアルエット。ハァハァと肩で息をしながらなんとかデステールを睨みつけている。

「……強情だね。まだ諦めないんだ。」
「当たり前でしょ。貴方を倒すまで諦めるわけないわよ!」
「フフ……いつになることやら。」
(接近戦は不利……だったら!)

 アルエットはバックステップでデステールと距離を取り、人差し指をゆっくりとデステールに向ける。魔力を込めて火炎の弾丸フレイムシュートと唱えた瞬間、

「え……?」

 火炎の弾丸フレイムシュートは発動しなかった。指先に込めた魔力は射出されないまま霧消する。デステールは驚くアルエットを見ながら口元に手をやりクスクスと笑いながら言った。

「僕の妖羽化ヴァンデルンはね……発動と同時に結界を一つ展開するんだ。だから張らせて貰ったよ……魔力行使封じの結界をね。」
「まさか……身体が重くなったのは……」
「ご名答。自己強化魔法もその時に解除させてもらったよ。つまりこの空間では純粋な肉体のスペックの差が勝敗になるってことさ。」
「だ、だったら……!!」

 アルエットは大きく息を吸い込み、魔力を込めた声を出し、結界を破ろうとする。しかし結界にはまるで効果がなく、人間の魔力を持つデステールも涼しい顔をしていた。

「なん……で……」
「お前さ、なんで僕が魔力行使を封じたのか分かってないだろ。その声を封じるためだよ。強化魔法や属性魔法を封じるのはついでにすぎないのさ。」

 絶望に打ちひしがれたアルエットはどさりと膝をつく。デステールは彼女の姿をじっと見下していた。
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