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第四章 亡国編

亡国ⅩⅦ 昼①〜女王の処刑

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「アルエット……あの男からはどこまで聞いたの?」
「……お母様が昔セイレーンの村を滅ぼして、そこにいた私をここに持ち帰ったところまで。」
「ああ……そう。……その通りよ。私は貴方の母親なんかじゃなく、むしろ憎むべき女なの。」

 ヴェクトリアは自嘲気味に笑うが、アルエットはあくまで冷静な態度を崩さなかった。

「……どうして、お母様は私を連れて帰ったの?」
「……最初は、好奇心と暇つぶしのつもりだった。子供を育てればあの母親の気持ちが分かるだろうかという好奇心と、永久の命を退屈せず過ごすための暇つぶし。それが……三年も経たないうちに、何よりも欠かせない宝物へと変わっていった。日に日にできることが増え、年々美味しくなる卵焼きに……我が子の成長の尊さを感じていたわ。」
「……そう。ごめんなさい。」
「なんで謝るのよ。貴方と出会ってからの240年……今まで知らなかった景色が見られたのよ。むしろありがとうと私が伝えなきゃいけないの。」
「だって……えぐっ、私悪い子で、今もお母様を助けられなくて、ひぐっ、100年前もみんなに迷惑をかけて……」
「100年前……そんなこともあったわねぇ。皆に必死に貴方の助命を頼み込んで、離れへの幽閉と必要最低限の接触を条件に許されて……それから貴方と話す回数もめっきり減っちゃって。」
「そうだったんだ……知らなかった。私ずっとお母様に嫌われたって……。」
「……バカね。何年一緒にいると思ってるのよ。」

 アルエットは歯を食いしばり、せぐりあげながらヴェクトリアの声を聞く。ヴェクトリアはそんなアルエットを見ながら呆れるように微笑み、手を思い切り伸ばし、結界を触れながら話を続けた。

「アルエット……私の人生に、光をありがとう。私のような盗っ人女はさっさと忘れて、貴方も光ある人生を送るのよ。」

 アルエットは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、ヴェクトリアの方を見ながら右手を重ねるように結界の上に置く。1ミリの壁が二人を阻んでいた。

「あぁ……思い出すわ。貴方と初めて会ったときのこと。あのときも貴方はそんな泣き顔をしてて……どうしようもない子ね。」
「お母様、こちらこそ……」

 ありがとうと、アルエットが言葉に出す直前であった。

「はい、おしまい。お前に綺麗な死に方が許されるわけないだろ。」
「うぐっ」

 デステールがヴェクトリアの首根っこを掴み、無理やりアルエットの前から引き剥がす。アムリスが真っ先にデステールへと啖呵を切る。

「デステール!あなたという人は……!」
「まあ落ち着けよ、処刑の準備ができたんだ……お前たちも見てくといい。」

 デステールが指し示した先、バルコニーの最前面の欄干に槍が下向きに括り付けられている。アルエット達はその光景と処刑という言葉が一瞬結びつかず、嫌な予感がしながらも困惑している。そしてデステールはヴェクトリアを引きずり槍のそばまで行くと、王城の下にいる民衆にも聞こえるような大きな声で宣言した。

「これより!人間の女王ヴェクトリア・フォーゲルの公開処刑を開始する!!」

 避難待ちの民衆はデステールの声に反応し、その大多数が王城の方へ目線を向ける。片腕を失った女王が魔族に掲げられるその姿は、パニックを産むには十分な材料だった。

「なんで魔族が王城に!?」
「それに、女王様があんな姿に……」
「おい!!さっさと逃げるぞ!!何モタモタしてやがる!!!」
「もしかして……人間が負けたってこと?」

 ヴェクトリアが望みブラックが作った秩序が一瞬で崩壊する。民は我先にと自分勝手な行動を始め、非力な住民は次々と他の民の下敷きになっていく。デステールはその様子を見下しながら、ヴェクトリアの菊門に括り付けた槍の柄を差し込んでいく。

「うっ……あああっ……あああああ!」

 ヴェクトリアの悲鳴が響き、民衆の耳目を集める。パニックになって民たちは手足を止め、思わずその光景から目が離せなくなる。デステールはそれなりの深さまでヴェクトリアを差し込むと、ヴェクトリアの頭を鷲掴みにし、槍を括り付けていた縄を解き、

「愚民ども、刮目せよ!!これが……フォーゲルシュタット陥落の序曲だッ!!!」

 そう叫びながら、ヴェクトリアを地面目掛けて思い切り投げつけた。真っ直ぐ下に落下した槍は地面に突き刺さり、その瞬間槍の柄がヴェクトリアの体を縦一直線に貫き、口から飛び出した。大量の血飛沫が宙を舞い、ヴェクトリアの凄まじい断末魔は民衆からあらゆる意志を奪った。

「あ……ああ……」

 抵抗する意志を奪われたのは、玉座の間の一行も同じだった。アムリスは真っ青になり腰を抜かし、ルーグとガステイルはこちらへと向かうデステールの威圧感に気圧され、思わず一歩後ずさった。しかしアルエットだけは結界に手を伸ばしたままの体勢で魂が抜けたかのようにじっと動かなかった。
 しかし悪夢はこれで終わることはなかった。フォーゲルシュタットを囲む城壁、その正門の方角から爆発音が響く。

「まさか……魔族の軍勢の総攻撃が……!!」
「ようやく始まったか……!さて……アルエット。」

 デステールはアルエットの正面に向かいゆっくりと手を握る。

「僕たちの復讐はなされた……僕と共に来るんだ。」
「……僕たち、ねぇ」

 アルエットはデステールの手を握り返し、地面へと思いっきり投げつける。そのまますっと立ち上がると、アルエットの体が魔力で包まれ始める。

「まさかお嬢!妖羽化ヴァンデルンを……!?」
「そこの三人!!今すぐ城壁の方へ行きなさい!!」
「え……でも、殿下だけでこいつの相手は……」
「うるさい!!私の意識があるうちに……早く……」

 アルエットはそう言い残すと、魔力の繭がアルエットの全身を包んだ。ルーグ、ガステイル、アムリスは急いで城を飛び出し、城門の方へと駆け出していった。そして魔力の繭が晴れ、アルエットの妖羽化ヴァンデルン――昏き救済の破壊者リリーフデストロイアが姿を現した。

「ハァァァァッ!!!」
「なっ、結界が……!!」

 アルエットが魔力を声に込め、全力で叫ぶ。その声が結界に含まれるデステールの魔力に作用し、結界を破壊した。アルエットはゆっくり近づきながら、口を開く。

「……ありがとうすらも言えなかった。お母様は100年間昔と変わらぬ愛を持ち続けていたのに、私は嫌われてると思い込んで距離を取ってた。」
「意志が残っている……いつの間に妖羽化ヴァンデルンを完成させていたのか。」
「情けない……いつまで経っても親不孝者。あの世でいつかまた謝るから、今はこの気持ちを……仇を討つための闘志にすることを許して、お母様。」
「……来るッ!!!」

 目にも止まらぬ速さで突撃するアルエット。右ストレートがデステールの頬にヒットした。
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