上 下
63 / 165
第三章 箱庭編

箱庭ⅩⅢ 竜を殺す者

しおりを挟む
 アルエット達がドニオの家に着いた頃、ルーグはシャガラの家で自分の大剣の手入れをしていた。

「やっぱり、刃こぼれが酷いなぁ……」

 血糊を布で拭き取り、刃こぼれや傷の様子をじっくり見ながら、ルーグは呟く。イェーゴの一件のあと王都で鍛え直して以来、ラルカンバラとの激闘やアンデッドの群れとの戦いを共に乗り越えた相棒に刻まれた大小様々な傷跡が、ルーグに今までの旅路を想起させる。

「お嬢……」

 ルーグはボソリと呟き、大きく首を振る。

(向こうにはアムリスさんもガステイル君も付いてるんだ。心配なんて必要ないだろ!)

 雑念を振り払うかのように両頬をパチンと叩き、息を力強くふぅと吐くルーグ。懐から取り出した砥石で、傷の補修を始めた。
 ルーグが仕上げに差し掛かった頃、奥で眠っていたシャガラがもぞもぞと動き始めた。

「んぅ……」
「起こしちゃったようだね。ごめんよシャガラ君。」
「あれ、お兄さん一人?」
「ああ。アルエット様達は君のおじいさんに話を聞きに行ったよ。」
「じいちゃんのとこに……」

 ルーグは中断していた剣の手入れを再開しながら喋る。

「五年前のこと聞きに行くんだって。俺はシャガラ君が寝てたから起こすわけにもいかんだろうって留守番さ。」
「……ごめんね、お兄さん。僕が覚えてないばっかりに。」
「ははは、大丈夫さ。頭冷やすいい機会にもなったし、俺は何も困ってないぜ。」

 ルーグは笑顔でシャガラの肩をポンポンと叩く。すると、どこからともなく腹の虫がなる音が響いた。ルーグは照れ笑いしながら、

「実は、朝から何も食ってねえんだ。シャガラ君も一緒に何か食わんか?」
「食べたい!外行こう!」

 シャガラはそう言って、ルーグの手を引き小屋の外へ飛び出した。


 宿泊施設が立ち並ぶガニオの第一街道から少し外れた第三街道。串焼きの屋台や麺を出す店、酒場など多くの飲食店が立ち並んでいる商業区画であった。

「おお!酒場はこっちにあったのか!シャガラの家からは随分遠いなぁ。」

 シャガラが住む小屋は第一街道と第二街道の間の裏通りであり、第一街道を境にして第二街道とは逆側にある第三街道へは少し距離があった。シャガラはルーグの言葉に少し不服そうにしながら

「朝っぱらからお酒飲むつもりなの?」

 とじっとりとした目付きでルーグを見つめる。

「ははは、流石に飲まないよ。アルエット様達が頑張ってるわけですから、裏で飲んでなんかしてたらドヤされちまうよ。」
「そう。ならいいんだけど。」
「シャガラ君は、何食べたい?」
「肉!」
「即答だね……それじゃ、あそこの店にしようか。」

 ルーグは辺りを見回しながら、ひとつの肉料理屋へと目星を付け、シャガラに提案する。シャガラはこくりと頷き、二人は店に入っていった。

「シャッセー、アーテルセキィオサーリクッサーイ」

 二人が店内に入ると、店員が何やら呪文のようなものを唱える。

「???」

 ルーグが何が起きているのか分からない様子で困惑していると、シャガラが

「いらっしゃいませ、空いてる席にお座りくださいって言ったんだよ。ほら、行こ」

 ルーグの手を引き空いているテーブルに座った。促されたルーグも、戸惑いながらシャガラの向かいに座る。

「ゴチュウモンドゾー」
「これ!ほらお兄さん、注文だよ。」
「あ、ああ……俺は、このステーキで。」
「ザッシター、ショショオマチッサイセー」

 店員はそう言うと、厨房に篭っていった。

「彼も、何かしらのルールで決まった動きを繰り返しているんだろうか。」
「いつもこんな感じだから多分そうだよ。」
「いつもこんな感じなのか……しかし、客が全く居ないのも相まって、なかなか不気味だな。」

 ルーグはそう言って、辺りを見回す。ルーグとシャガラの他には客はおろか先ほどの店員一人しか居ない。シャガラはそんな状況でもまるで興味を示すことなく呟く。

「それも別に。いつも僕一人だしもう気にしなくなったよ。」
「はは、いやそんな、流石にいつもシャガラ君一人ってことはないだろう……」

 冗談だと思い笑い飛ばすルーグを、シャガラはじっと見つめる。そんな他愛ない会話を続けていると、

「オマタセシャシャー」

 と店員が二人の目前に皿を勢いよく差し出した。

「うぉわ!」
「ゴユックリー」

 慌てるルーグをよそに、流れるように厨房へ戻る店員。

「おいおい……まあいいか。」

 ルーグはそう言い残し、食事を始めた。暫くは黙々と肉の味わいを楽しんだ二人であったが、半分ほど食べ進んだ時にルーグがシャガラに喋りかける。

「体調は、大丈夫か?」

 シャガラは口の中の物を飲み込むと

「うん。もうなんともないよ。」

 と答える。

「そうか。ならいいんだ。ちびっ子はいっぱい食いな。」

 そう言って、ルーグは再び食事に集中する。シャガラは手を止め、少し考える素振りをする。そして、

「お兄さん、昨日言えなかったところ……思い出したんだけど。言っていい?」

 とルーグに尋ねる。ルーグは目を見開くと、ステーキを無理やり押し込み、

「俺は、いつでも聞いてやるから。言いたい時に言え。」

 と答えた。シャガラはクスリと微笑み、語り始める。

「……じいちゃんへのイジメが耐えられなかった僕は、町の奴らに飛びかかろうと車を降りたんだ。だけどやっぱり怖くて、車の陰で躊躇してて……その時、修道服を着た女の人が近付いてきたんだ。」
「修道服……あの時アムリスを指さしたのはそれか。」
「うん。そしてその女の人にこう言われたんだ。今のままでは行っても無駄、望みを果たしたいのなら父親の遺言を思い出せ……って。」
「お父さんの遺言?シャガラ君は覚えていたの?」

 シャガラは首を横に振る。

「でも、じいちゃんが内容だけは覚えておけとずっと言い聞かせてくれたんだ。困ったときのためにある言葉を覚えておけって。」
「女の言葉で、それを思い出したってわけだね。」
「うん。だからその時呟いたの……『妖羽化ヴァンデルン』って」
「何っ!?」

 ルーグが慌てて制止を試みるも、時すでに遅くシャガラの身体は濃密な魔力の繭に包まれていく。

「……あの時もこんな風になって、怒りに溺れていく感覚があったんだ。それからは……本当に覚えていないよ、起きてじいちゃんにこの街で暮らせって言われるまでのことは。」

 虚ろな目で語るシャガラの声が、どんどん遠くなっていき、ついには聞き取ることもできなくなった。

「クソッタレめ……!」
(だが、念の為と大剣を持ってきたのは正解だった。場合によっては……俺が、俺がッ!!)

 ルーグが剣を抜くと同時に魔力の繭が晴れる。その中から現れたのは……竜であった。

「バカな……竜族!?」
「グオオオオアアアア!!!」

 シャガラは雄叫びをあげ、蹲っていた体制から腕と羽を広げる。たちまち店はバラバラに吹き飛んで行き、シャガラの全貌が顕となった。
 ルーグの4倍近くある体高に、家くらいなら簡単に潰してしまえそうな巨大な四肢がぶら下がる。さらに全身をワインレッドの強靭な鱗で武装しており、生物としての格の差を嫌というほど感じさせられる迫力であった。
 ルーグは一度間合いを取り、シャガラを見上げる。もはや面影の欠片もないその姿に、ルーグは俯き唇を噛み締め、全身をわななかせる。だが、

「……竜族ならば、悪いが容赦はしない。ルーグ・ユールゲン……竜殺しのユールゲンの末裔として、狩らせて貰う。」

 ルーグはそう言うと、シャガラを冷たく睨みつけ、剣を構えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

長串望
ファンタジー
妛原 閠(あけんばら うるう)26歳事務職。趣味はMMORPG。あだ名は「幽霊」。ブラック企業で限界社畜としてすり減るばかりの人生に疲れ果てた彼女は、ある朝突然、ゲーム内のキャラクターの体で、しかし見知らぬ異世界に横たわる自分を発見した。 新たな人生と思って自由気ままに生きていこうと決めた閠は、天真爛漫な現地の少女リリオと巡り会い、その旅に相乗りすることを決める。リリオのお付きの武装メイド、トルンペートとも合流し、三人で冒険屋としての生活が始まった。 武者修行を兼ねて亡き母の故郷を訪ねるリリオの旅は、各地で様々なトラブルに巻き込まれながらも生き生きと賑やかに続く。閠は少女たちに連れられていくうちに、自分の心がゆっくりとではあるが回復しつつあることを感じるのだった。 旅の中で三人は想いを交わし合い、やがてアンバランスな三角形として結ばれる。この旅はどこへ向かうのだろうか。この旅はどこまで続くのだろうか。 三人娘の異世界食い道楽&温泉ツアー時々冒険は続く。

村人Aは勇者パーティーに入りたい! ~圧倒的モブが史上最高の案内人を目指します~

凛 捺也
ファンタジー
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群とすべての主人公要素を持った女子高生ナミ。 ひょんなことから異世界転移をし、別の人物として生活をすることに。 その名はナヴィ。 職業 『村人A』 仕事 『駆け出し冒険者に、最初のダンジョンの情報を与える』"のみ"

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)

朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。 「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」 生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。 十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。 そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。 魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。 ※『小説家になろう』でも掲載しています。

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。誤字もお知らせくださりありがとうございます。修正します。ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました! 定番の転生しました、前世アラサー女子です。 前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。 ・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで? どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。 しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前? ええーっ! まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。 しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる! 家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。 えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動? そんなの知らなーい! みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす! え?違う? とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。 R15は保険です。 更新は不定期です。 「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。 2021/8/21 改めて投稿し直しました。

処理中です...