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第二章 遺恨編

遺恨Ⅹ 気配

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 ルーグとアムリスがゼーレンに弟子入りしてから三日ほど経った。毎日二人がかりで日が暮れるまで木剣を振り回し続けているが

「くそっ!あんたも剣くらい抜きやがれ!」

 ゼーレンは剣も使わず全て捌いていた。

「うふふ、情熱的な子は好きだけど、まだまだ自分勝手なだけ。」

 大振りなルーグの剣をあっさり躱し、軽く足払いで転ばせる。

「ぐえっ!」
「ルーグさん!」
「自分勝手なだけだとアタシは満足できないわ。もっとアタシの出方、足捌き、構えを見て欲しいわねぇん。」
「くっそ!」

 ルーグはすぐに立ち上がり、改めてゼーレンに向き直る。アムリスがゼーレンに向かって剣撃を打ち込んでいく。

「アムリスちゃんも。今まで殿下の強化魔法と聖剣のスペックでゴリ押ししてたでしょ。」
(ず、図星……)

 アムリスもかなりの速度で打ち込んではいるものの、ゼーレンは素手で峰を払い全て捌いている。傍らでそれを見つめるルーグは、レベルの違いに改めて驚愕した。

(一本もまともに入るどころか、刃にすら触れてない……三日経ってなおこれほどまでに差があると言うのか!)
「まだまだ剣術の域には到達してないわね。聖剣を抜いてすぐに戦場に出されたみたいだし、学ぶ暇もなかっただろうから仕方ないけどねぇ。でも今アタシが言ったことは全部自分でも分かってるから、まずはあの大斧で戦ってみようとしている……違う?」

 ゼーレンは弾くようにアムリスから間合いをとる。

「何から何まで……剣翁様の仰るとおりですよ。」
「レンちゃん!」
「え、ああ!レンちゃん!」
「それとルーグちゃん。その洞察じゃ50点ね。力量の差の分析は正確だけど、目の付け所は他にもあるわ。」
「おいおい、心まで読めるのかよ……。」

 唐突に流れ矢を刺されたルーグはドン引きを隠せずにいる。

「心までは読めないけど、これだけ剣を振り続けたら剣を交えた相手のことはなんとなーく分かるようになったのよねぇ。」

 ゼーレンの言葉に、強張った表情が緩むルーグ。

「ははっ、意味わかんねえ。なんだそれ……」
「そうねぇ。ルーグちゃんにも考える時間が必要みたいだし、お昼休憩にしましょうか。殿下!ガステイルちゃん!」

 広間の入り口で稽古を見ていたアルエットとガステイルが三人に駆け寄る。

「殿下はルーグちゃんと街でお買い物!ガステイルちゃんは殿下の代わりにガールズトークの相手をしてちょうだい!」
「「「え!?!?」」」

 ルーグ、アルエット、ガステイル、驚愕。

「文句言わないの!あんた達に必要なのは久しぶりに二人で過ごす時間!これお金!みんなのお昼ご飯買ってきて!」
「え、俺は何故ガールズトークに……?」
「殿下たちの邪魔をしてはダメでしょ!」

 こうして、なし崩し(という名のゴリ押し)でアルエットとルーグは二人で街に出ることになり、ガステイルはアムリスとゼーレンによるガールズトーク(女1名)に巻き込まれたのであった。


 エリフィーズの商業区画。おつかいに駆り出されたアルエットとルーグは二人で歩いていた。

(そういえば確かに、王都を出てからはアムリスやガステイルとずっと過ごしていたな)

 ゼーレンに言われた言葉がずっと引っかかっているアルエットをよそに、ルーグはルーグで稽古の時のことを考えている。ふと、となりを歩くルーグを見上げたアルエット。

(20年前はまだまだ小さな子供だったのに、あっという間に私よりも大きくなってさ……)

 少し遠くにある顔には、今まで気付かなかった小さな傷がいくつもついていた。その傷がイェーゴからエリフィーズでの稽古までのルーグの成長を雄弁に物語っている。

「あの、アルエット様。俺の顔に何か付いてますか?」

 アルエットの視線に気付いたルーグは、少し顔を赤くする。

「え!?いや、なんでもないわよ!」

 アルエットは慌てて目を逸らす。

(今、私何してた……?)

 恥ずかしそうに口元を覆うアルエット。ルーグの顔を直視できない。

「……ねえ」
「どうしました?」
「今から言うことは絶対内緒にして欲しいんだけどさ。」
「はい。」
「……ルーグはずっと、私の傍に居てよね。」

 ルーグはきょとんとするが、何かを察したような優しい表情になった。

「無論、私の命尽きるまではアルエット様にお仕えいたしますよ。」

 アルエットの表情から、すっと照れが消える。

(そうか……、そうよね。ルーグの方が先に死んじゃうのなんて当たり前じゃない。だから、この話はもう……)
「アルエット様?」
「ううん、なんでもないわ。」

 アルエットはルーグに向き直り、ほぼいつも通りの笑顔を見せた。滲ませた寂しさは、ルーグには届かなかった。

「そういえば、ゼーレン様にはすぐバレちゃいそうですけどね。」
「まさか、あの人、最初からそのつもりで……」

 時すでに遅く、アルエットの虚しい叫びがこだました。

「ははは……。ん?あれ、アルエット様!凄い行列の屋台がありますよ!」

 アルエットがルーグの指さした方を見ると、確かに先が見えないほどの、凄まじい行列があった。

「確かに、よほど美味い店なんだろうな。」
「そうですね……ってあれ、あの人は!」

 見ると、店主の男は見知った顔であった。ルーグとアムリスは店主の元へ駆け出す。

「ラルカンバラさん!」
「おお!殿下にルーグ君じゃないか!」

 ラルカンバラはもう一人の店員の少女に店番を任せて、屋台から出てアルエット達に対応した。笑顔でラルカンバラと喋るルーグとは対照的に

(この行列、エリフィーズのほぼ全人口が集まってないか……?流石におかしい気がする)

 不穏な何かを感じとるアルエットだった。
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