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とある青年の話
しおりを挟む「お前の母親と一緒に埋めちまえば良かった」
父親は何度も俺にそう吐き捨てた。
父親曰く俺の両親は、こいつらでは無いらしい。
だが、戸籍やら何やら確認したところで出てくるのは、こいつらが両親だという内容。
父親は単に俺を息子と認めたくないだけの発言なのだろう。
母親は俺を大切に育ててくれているのは、ひしひしと伝わってくる。だが、時々俺を見て申し訳なさそうな顔をする。何か言いたげな表情と苦しげな、よく分からない顔をする。
父親のいない所では、母親は俺にとても優しかった。父親がいると母親は空気になろうとしていた。
1度、聞いてみたことがある。なぜ、反抗しないのか、離婚しないのかと。俺のせいなら気にしないで欲しいと。
「私は、あの人と一緒なの。」
一緒にいたいという意味に捉えるには憎々しげな表情だった。
だが、これ以上聞いては行けない気がして俺はこのことについて聞くことは無かった。
母親は若かった。友達の親とたとえ同い年であっても、なにか雰囲気が違っていた。以前、ふざけて「お子さん産んだとは思えないわね!私なんて出産してから一気に体質が変わっちゃって」と、友達の親に絡まれていた時、母親は苦笑いをしていた。真っ青になって。
だが、褒められなれてないのだと思っていた。子供を産んでも、芸能人たちはいつまでもキャピキャピとして若々しい。きっと母親もそんな感じなんだろう。そう思っていた。
父親に怒鳴られたあとや、祖母にイヤミを言われたあと、決まって、こっそりと母親が俺に言うセリフがあった。
「あなたは悪くないわ。なんにも悪くない」
じゃあなんで、おれはこんなに父親や祖母にバカにされて生きていかなきゃならないのか。俺は母親にイライラして殴ったことがある。その姿をたまたま父親が見ていた。俺と目が合うとニヤリと。父親は笑ったのだ。そして何も言わずさっさと寝室へ行ってしまった。
母親も、その様子を見ていた。だが何も言わなかった。俺にも何も言わなかった。
俺は母親と目が合わせられず家を飛び出した。謝ることもしなかった。
行くあてもなく、結局夜中に帰ってきてしまった。この時、なんで帰ってきてしまったのか、ずっと後悔している。
おそらく、母親がこっそり鍵を開けたままにしてくれていた玄関から静かに家に入った。そっと部屋に戻るつもりで足音を立てずに歩いた。親の寝室の前を通り過ぎるため慎重に歩いた。
親の寝室は別々では無かった。祖母が、あやつは育てた意味がなかった。できそこないの親の子だったみたいだ失敗したね、何としてでも産みな。気が向いた時にすぐ入れれるように一緒な部屋にいなさいと母親に罵倒している姿を見た事がある。下品なババアだと思ったし、でも自分への期待が早々になくなって助かった。祖母の希望の高校に落ちたのだ。大学受験は受けない。俺にかける金が勿体なくなったらしいし、俺自身、勉強しようとすると吐き気がするようになり今、学校へ通えていない。行ったふりをしているのだ。
話がそれてしまったが、何を言おうとしているかと言うと、ここまで説明しておけば想像がつくだろうが両親の寝室からお察しの行為中の声が漏れて聞こえてきたのだ。
いつもは、部屋で耳栓つけて孤独を手に入れているしこの時間は寝ていた。
おぞましい。鳥肌が立った。あの気持ち悪いマザコンの父親に母親が抱かれている。声はあらかた父親の声でなおさら気持ち悪く嗚咽が込み上げた。が、振動と同時に声が漏れているかのような小さな母親の声がいつもより艶っぽくて俺は驚いてしまった。扉が少し開いていた。
思春期の興味心が勝ってしまった。
そろりそろりと近寄り覗いた。
頬が高揚し汗だくの気持ち悪い父親
苦しそうな顔からか細い声が時折漏れる母の両足は、空中でしなやかに揺れていた。
どれだけの間、覗いていたのか分からない。だが、急に母と目が合ってしまった。気がした。一瞬だけ表情が変わって、その次から漏れ出す声が少し大きくなった。俺に、父親に気づかれないうちにはやく部屋に戻りなさいと言っているようだった。
俺は、はっと我に返って自室へと戻った時、俺の体の反応に驚愕していた。
母親の身体で反応したそれを、母親の身体を思い出しながら、部屋から聞こえてくる声を聞きながら処理した。
翌日、目覚めてから俺は階下のリビングへ向かった。父親が出社した後に部屋を出たかった。
母親はどうせ何も言わない。
母親が誰かとの電話を終えた後だった。受話器をおろし俺の方を見た。
何か言いたげだ。
昨夜のことだと思ったが、電話の後ということで、俺にはもうひとつ心当たりがあった。
「学校から電話があって…今学期、欠席が多いから確認したいって」
予感は的中した。
「俺は悪くないんでしょ?」
嫌味のつもりで、怒られるようにわざと挑発した。
度々、学校に勝手に電話して仮病で休んでいたのがバレた。意外と学校側は放っておいてくれた。結構前から繰り返していたのだ。
さすがに怒るかと思ったのだが。
母親は俯いた。
「ええ、あなたは悪くない…ねぇ…それより…」
よく分からないが腹の底からイラッとした。肯定しているかのようで、突き放されているかのような気持ちになった。母親がまだ何か言いたげなのを遮って俺は静かに問いかけた。
「あんたに、俺への感情はないのかよ?俺が学校行ってようが行ってなかろうが興味無いって?」
母親は困ったような顔をした。
何かがプツンと切れる音がして気がついたら俺は母親を突き飛ばし身体の上に乗りかかっていた。あの気持ち悪い父親と同じ体制だと思った。野蛮で汗だくで気持ち悪いあいつの姿と同じ体制。そう考えたら萎えるはずの物が真逆に反応した。
「私には責める資格も注意する権利もないの。学校へ行きたくなくなったのも私たちのせいなんでしょう?行きたくもない学校へ通わされているんでしょう?ほら、あなたは悪くないのよ。何度だって言うわ。殴って気が済むのなら殴ってくれたほうが助かるくらい…」
「なんなんだよ!気持ちが悪い!意味がわからない」
俺は叫んだ。力がこもりすぎて声が裏返った。
「俺はなんなんだよ!お前らの!」
母親は苦しい顔をした。
カッと頭に血が登り母の頬を殴った
殴って殴って、訳が分からなくなってそして欲望を発散した。
母親のスカートをまくりあげた。
母が驚いた顔をしたが目を固く閉じた。それが俺を最後までの行為へと、勢いづかせたのだ。抵抗しない。なんでだよ、俺はなんなんだよ。どうしてほしいんだよどうすればいいんだよ。まだババアみたいにしてくれた方がいい。なんでこの母親は俺の存在を肯定しているようで否定しているような感覚に陥らせるんだ。大事にされてるようで、どうでもいいような、本当の子じゃないから?
「これでも俺は悪くないかよ?」
「…私の願いを聞いて欲しい」
母の中で果てた俺をそのまま母は抱きしめた。
願い…?こんなことをした、息子にどこかへ行けとでも言い放つのだろうか。
俺は何も言わず母から離れた。
この家には居られないのは分かっていた。母親に、こんなことを。母親に欲情出来る時点でもう俺は…
「一緒に逃げよう。ここから。あの人たちから。」
いつもは虚ろか、苦しげな母の目が決意したかのような目付きになっていた。
俺はその目をじっと見た。
「俺は、誰の期待に応えられない子供だった。だから、いらなくなるのも仕方ない。そして、今決定的にここにはいられない事をした。」
俺の言葉を聞きながら母は身なりを整え直している。何事も無かったかのように。望まない行為は父親で慣れているとでも言うのか…
「良いのよ。あいつに抱かれているより数倍マシ。ただ、後ろめたさがあるだけ。私はあなたの母親じゃないから…あなたとあなたのお母さんに対してずっとずっとずっと罪悪感の中で生きてきた」
母親も何かが吹っ切れたかのように話し出した。
「でも、あなたには幸せになる権利がある。あなたはなんにも悪くないんだもの。私はずっと後悔してきた。あの時私がしっかり反対の意志を貫いていれば…逃がさなきゃいけない。私があなたを。ここから!」
本当に本当の親じゃないのか。ではなぜ戸籍は?俺は誰?両親と思ってた人は誰?俺の親はどこ?
混乱する俺を母親はもう一度抱きしめた
「抱きしめることも出来なかったあなたのお母さんに申し訳なくて、あなたを抱きしめることを躊躇ってきた。でも、今だけ許して欲しい。勇気を頂戴」
母親を突き放すこともできないまま俺は混乱していた。
行く宛はないの。絶対苦労させてしまう。学校も行ってないなら都合が良いとさえ思ってしまった無責任な母親に…いや、無責任な女に付いてくるなんて、やっぱり嫌よね?
「母親じゃないのか…?」
質問への返答ではない。そんなことはわかっていたが、俺にとってはまずそこからだった。
「…そうよ。私もあの男も…あの婆さんも、あなたとの血の繋がりはない」
「でも戸籍は…」
1度だけ戸籍謄本を発行したことがある。なんの違和感もないものだった。
「…あなたが、あの男たちの血を引いてるわけが無いわ。とても優しくて素敵な子だもの。学校でもモテるでしょう。全ての元凶は私があの二人を止められなかったせいなの。」
母親はポツリポツリと話してくれたが、肝心の母親が今どうなっているのかが分からなかった。
母親は弱かった。母親が通報してくれていれば俺は少なくともここにはいなかった。施設とかで育っていたのだろうか…
「そうだな、あんたのせいだ。俺はずっとあのババアに強いられてきたことが山ほどある。馬鹿にされたことが何度もある。あの男にも、存在自体をうやむやにされて…でも本当に他人だったんだな…」
捲し立てるように怒鳴りはじめたが最後まで声にはならなかった。
母親は泣く資格がないと分かっているのか、それでも流れてきてしまう涙を必死にぬぐっていた
小さく、ごめんなさいごめんなさいと言っているようだがよ耳鳴りがしてよく聞こえなかった。
そのままどれほどの時間がたったのか分からない。俺が呆然としている様を母親はずっと見ていた。
「逃げたいとは思わない。」
気づけば俺は自分でも驚くほど大きな声で言っていた。
母親は、驚いた顔をした。声量に驚いたのか発言自体に驚いたのか分からない。はたまたどちらもなのか。
「俺は逃げるわけじゃない。あんたの言うように俺は悪くないと言うなら逃げるのは変だろ」
「でも…」
母親は食い下がる気だ。
俺のことを考えているのか、自分を美化して自分が逃げるための口実にしているのか、俺には分からない。
「やっぱり俺は出ていく。昨日は帰ってきてしまったけれど、もう帰ってこないよ」
母親の顔を見ずに俺は自室へ向かい必要最低限の荷物を持って外へ出た。
母親のすすり泣きが聞こえたような気がしたが、相変わらず耳鳴りが煩くなっていた。
玄関を出るとき、知らない男がこちらを見ていた気がした。
だが、我が家には用もなさそうな雰囲気で気のせいかたまたまだろうな。
俺は行く宛てもないがとりあえず歩き出した。ブツブツと悪態が口から次々とでてくる。文句、文句、また文句。直接いえばいいものを…そう思うと自分が弱いと認めた感じがして一旦口が止まった。
昔、SNSで見掛けた人探しをする人の話を思い出した。たしかミツケとかいう名前だ。
「ミツケ…かあ」
これは発語するつもりはなかったが、あまりにも見通しが付かないこれからのことを考えたくなくて、振り払うように口から出た。発した方が気持ちのグルグルよりさきに脳に入ってくる気がした。さっきまでの文句ばかりで汚染されていた脳に違う意識が芽ばえる感じがした。
どうやったら会えるんだっけ…母親を探してくれるだろうか。
「え。」
後ろから声がした。
おもわず振り返った。
「私に気づきましたか?」
先程、家の前にいた男だった。
「え?」
今度は俺の「え」だ。
「え?」
男が、しまった。という顔をした。
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