7月21日の雨4 ~曝け出した肌と夏の風~

壬生葵

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 天界も時代を経るごとに習俗は移り変わるもの。中でも服装は時代の空気を色濃く映す。機織りを生業としていた私は今までそれを肌に強く感じてきた。
「スースーする……」
 私が人間として生まれた頃、女性は生理帯を身に着けることはあっても今のようにショーツを身に着けることはなかった。服飾の文化どころか文明の黎明期だったからそこまでの余裕がない。それが天に昇り、ここでの生活の方が長くなる内に、地上と同様に天界も技術や文化が発展して昔ながらのスタイルで過ごす方が少なくなっていた。要するに下着を履くのが当たり前になっていたから今の状況がものすごく不安で慣れない。
(風で捲れたら見えるかも……)
 幸い今日は風が弱く、その心配はなさそう。ただ、そのおかげでやたらめったら暑い。暑いどころか熱い。汗が染みて衣服が肌に張り付く。胸の突端が透けやしないか気になる。
(スケベだね。「透け」なだけに)
 頭の中にしょうもない冗談が響く。恨みがましく私は天を睨みつけた。彼は涼しい部屋でアイスでも食べながら、こちらを観察しているに違いない。
(そう怖い顔しないでよ。美味しいアイス屋をリサーチしてあるから案内するよ)
(どうせそれも普通に行かせてくれないのでしょう?)
「お察しがよろしいようで」とご機嫌な返答に少々苛立ちが募る。それがさらに暑さを煽り、私の体は水分を欲した。近くに自販機かコンビニでもないだろうか。楽をしているのだから少しは役に立てと念を飛ばす。
(そうだな……お、すぐ近くに自販機があるね)
「教える代わりに……」と、初っ端からいやらしい命令でもしてくるかと内心身構えていたが普通に教えてくれて拍子抜けだった。むしろ私が期待……いや、意識しすぎなのかもしれない。
 天界では見慣れない機械の前に立ち、適当にお茶を購入した。取り出し口の前に屈もうとした瞬間、彼の「熱」を感じた。なるほど、そういうことか。これならコンビニに向かった方が良かった。彼は私が屈む瞬間を窺っていたのだ。守る物のない無防備な秘所をチラリと覗かせるであろうその機会を。
 しかし、私も黙って視られるままで終わらない。両腿をぴったりと閉じ、ワンピースの裾が捲れないように上品な所作でさっと容器を取り出した。怠けていても伊達に天帝の娘をやっていない。
(むむむ……)
 狙いのものを眼に収められなかったようだ。ざまあないぜ。この鉄壁の裾をそう簡単に突破させるものか。
 勝利の美酒が如く買ったお茶を口に含む。牽牛よ、あなたも衰えたものね。この程度で私を恥じらわせるなど笑止千万。き女は艶やかな身で雄を惑わせ、その下心を巧みに受け流す技を備え、雄の企みを敏感に察知する心をもっているのよ。
(ふふふ……侮ってもらっては困るね……)
 それも狙い通りだと彼は得意気になった私を嘲笑う。最初から主菜を欲するほど、品性を堕としたつもりはない。食事と同じく色事にも作法があるのだと彼は語った。
(負け惜しみを……)
(ならば確かめようか。今の瞬間、僕が何を眼に焼き付けたのかを――)
 天から強いイメージが隕石の如く脳に降ってきて私の意識を揺さぶった。重い思いはおそらく彼の熱量そのもの。あの時に彼が見た私の後ろ姿が最高画質でフラッシュバックする。
 ――ああ! そうか! 彼はそこを視姦ていたのか!
(そうだ。僕がったのは君の臀部。だが、ワンピースが揺れて生肌のお尻が見えそうになるチラリズムを狙っていたのではない。君が屈み、お尻を突き出すことで服の上に浮かび上がる腰つきからのラインと熟れた果実のような豊満な丸み! これには西王母の桃も敵うまい)
 礼楽を楽しむが如く色をも楽しむとは、さすがは私の好逑たる君子よ。いたずらに局部と乳房を求めず、慎んで女体に当たり、微細なる興趣をも拾い取る……。そう、この男はまさに骨の髄まで私を愛そうとしているのだ。
(侮ったのはそちらだったという訳だね。君はいずれの天女にも劣らぬ才覚と美貌を備えている。男の野卑た目論見などお見通しだと。だが、それ故に誤った。男は惚れた女の耳糞にさえ昂る生き物なんだよ。胸を守るなら二の腕を。二の腕を守るなら脚を。脚を守るなら尻を。尻を守るならうなじを……といった具合に性感の対象を忽ちに変えられるのさ。君子は淑女の一を以て致し、全を以て至る。君が矜持を守ろうとして却って現れた一点のエロスに興奮し、羞恥を恐れる心理と楚々とした所作にときめいたのはまさにこの事だ)
 良い気になったのか、べらべらと多弁になりくさりおって……!
 私は苦虫を噛み潰したような表情で地面に視線を落とす。だが、彼は私のそんな感情の動きをも掌握していた。
(悔しいだろう。だが一方で君は悦びを覚えたはず。天界にいる僕の視線を意識し、サディスティックな愛が体の芯を打つ瞬間を感じ取った。それは君が優れた感覚を持っているからできること)
 そう……悔しいのだ。しかし、それは彼の目論見を読み切れなかったからではない。視線で嬲られたことに体が反応し、股間が若干潤んでいる事実が、だ。赤の他人に為せばハラスメントだが、私は彼を愛してしまっている。愛するが故に辱められたいと心の奥では願っているのだ。気位も品性も崩した「私」を見て欲しいと……。そして、そこまで見透かされている状況にこの上ない屈辱を感じている。
 ――悔しくて、悔しくて、熱い。もっと私をダメにしてほしい。
 屈折した心情を理解した上で、彼は私を次なるステージに導く。

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