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96話 暗殺者

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「以上です」

 延々と続いていた秘書メリッサの発言はそれで締めくくられた。

 ようやくか、とため息がつきそうになるのをなんとか堪える。開放された者たちの中には人間もいた。彼らにその素性と罪名などを書かせて提出させていた。その後の身の振り方も含めて決めることは多々あっるため代表として何人か話し合いを持つことになったのが、約100人分の資料を読み上げる作業はうんざりするものだった。
 
「それで望みは」

 人間の代表として5人ほどの男女が市長室に招かれている、そんな彼らに問いかけた。一人が恐る恐ると言った様子で口にする。

「この都市で生活させてもらえれば」

「それだけか?」

「はい。それ以上は望みません」

 調べたところ重罪犯などはいない。素性はどこまで確かか不明だが、この地においても問題はあるまいと判断する。

「いいだろう、もちろん労働には参加してもらうがな」

 多くのものがホッと安堵する中で1人の男にまだ表情の硬さを感じた。 

「緊張してるのか?」

「い、いえ」

 口ごもるように否定する。多少は緊張するものかと手に持っていた書類の束を置く。同時にノックの音が響いた。俺の返答に応じてレイチェルが入室してきた。

「どうした?」

「あの子から連絡です」

 ──あの子、それはイリナにつけたリゼッタのことだ。

「そうか。ご苦労だったな」
 
 受け取った手紙をあらためて、わずかに目を見張る。やってくれたなと。

 レイチェルに視線を送れば彼女は少し目を伏せて佇むだけだ。内容を聞きもしない、それは自分の役割ではないということだ。判断するのは俺であり、その意見に従うつもりなのだ。

「レイチェル。みんなを集めてくれ」

「はい。主様」

 優雅に一礼して部屋から出ようとする。 

「ちょっと待て」

 呼び止めると、立ち上がって彼女のもとまで歩み寄る。顔を寄せ、小声で耳打ちしようとすると。レイチェルは一歩後ずさった。

「あ、主様」

 レイチェルは何かに迷うように視線を逸らし、訳が分からずにいる俺の強い視線を受けて、喉を鳴らした。そして何をするかと思えば頬を染めて目を閉じた。

「……」

 何だと思ってるんだ。いったい。俺が人前で部下を呼び止めて堂々とお別れのキスをする人間にでも見たというのか。説明をするのも馬鹿らしくなってレイチェルの頭に手を乗せる。

「わ」

 レイチェルは表情をころころ変えた。最初に驚いたように、次に期待が外れたように、最後は満足そうに。

 これで何も起きないのならまったくもって無意味で馬鹿らしい行動だが……。

「危ない!」

 秘書のメリッサの叫びがこだました。俺の背後からは隠し持っていた短剣を握りしめた男が襲いかかる! 突然の行動に他の人々は呆気に取ら得て凍りついていた。

 もちろん俺に動揺も焦りもない、まったくの狙い通りなのだから。レイチェルの腰を抱いて持ち上げると、短刀を避けながら男に足をかける。

「うわ!」

 擦っ転んだ男の腕を足で踏み、首筋に剣を突きつけた。

「動いたら殺す」

「あ、ああ。分かった抵抗しない」

 一瞬の出来事だった。周囲のものが我に返った時にはもう男は両手を床につけて降伏していた。

 

「どういうことなんですか」

 仲間たちが集合すると開口一番レイチェルは問いかけた。

「開放された人間に暗殺者が紛れているそうだ。意外と簡単に釣れたな」

 リゼッタからの連絡によって敵の企みを知ることができた。目的は混乱による時間稼ぎ。俺が魔帝や主戦派と接触をはかるのを防ぎたいのだろう。

「主様を狙うなんて、見せしめに殺しておきましょう。首を落として城壁に晒し、警告するのです」

「物騒だな」

 レイチェルはそう言うが、そんなことをすれば自由都市からあっという間に魔王城に早変わりだ。住民も怯えるし、いいことはないだろう。

 情報がほしい、殺してはいけないと。なんとかレイチェルを宥めた。

「洗いざらいすべて話せ。知り得る限りの仲間の情報を」

 アステールも厳しい態度で男に言った。

「逆らうなら命の保証はできないぞ」

「たいそうな脅しだな。お嬢ちゃん」

 何もできやしないと高をくくっているのか。まだ男の態度にはわずかな余裕があった。これは可哀想なことだ、何も聞かされていないのだろう。

「お前。俺が誰だか聞いてないのか?」

「誰かだって?」

 不思議そうに聞き返したことで、やはり捨て駒なのだと確信する。

「俺は──」

「マスター。いけません」

 ルシャが俺の言葉を遮ったことで眉をひそめる。今の俺の行動に何か問題でもあるというのか……。

「名乗りは自分でやっちゃ駄目なのです。ここは一番弟子の私が」

「……そうか。好きにしろ」

「恐れ多くもこの方をどなたと心得ている! 天下にとどろく大悪党、その名を聞けば泣く子も黙る、まさに王の中の王」 

 ルシャのたわ言が続く中で俺はキャンディーの包み紙を開けていく。指弾の要領で飴を弾いて飛ばした。

「天下無双の──あむ」

 口の中に放り込まれた異物を感じて言葉がやんだ。ルシャはもごもごと口を動かす。

「あ、美味しい」

 顔を明るくする、そんなどこまでも呑気な彼女に「長い」と一言。

「えーっと……残虐王さまです」

「残虐王? 馬鹿なそんなはずは」
 
 証拠とばかりに男の時空間魔術で切り裂いた。

「待てよ……不死鳥、吸血鬼に龍、それにハイエルフ?」

 さらに俺の周囲のメンバーを確認し終えると男はさっと顔を青くした。それはそうだろう、こんな面子が人間に従っているとしたら、それは残虐王に他ならない。

「わ、分かった。すべて話す。だから食わないでくれ」

 恐れおののいて男は言う。そんなことするわけがないだろうと否定したかったがやめておく。やはり犯罪者相手には残虐王の名は轟いているようだ。

 すっかり大人しくなった男を牢屋まで連れていけと守衛に指示を出した。


 
 幸先良く紛れ込んだ暗殺者を見つけ出すことはできた。しかしまだ問題は山積みだ。あと何人いるかも分からない。どうにかして見つけ出す必要があった。

「人を募集してみるかね」

 思い付きを口にする。

「警備でも料理人でもいい、掃除人でも。都市計画の運営ができるもの、とかな。とにかく俺に近づけるタイミングのある職で人を募る。俺はこんなところだが何か案は」

「全員追放してしまえばいいのです」

 レイチェルは過激な方法を。

「来た人々、全員に暗示をかけて調べるのはどうでしょうか」

 セレーネは穏便な方法を提案する。

「追放するわけにはいかないし、暗示も完璧じゃない。質の悪い暗殺者でも釣れたらいいという程度だな。暗示対策をしている腕が立つ本命がいる可能性もある。第一、亜人の中にいないとも限らない」

「そんなことは……」

「ないとは言えないだろ?」

 脅されて、暗示をかけられて。その可能性を考えれば全員が疑わしい。そこまで調べて回るには数が多すぎる。

「お祭りをするっていうのはどうだろう。収穫祭とかの」

 それまでずっと考え込んでいたルディスが言った。

「人混みと雑踏、暗殺しやすい状況をこちらから作ってやるわけか」

「最近物騒でしたから息抜きにもなりますね」

「亜人と人間が共同で作業する場を作るというのも悪くない」

 賛同の言葉があがり、

「手配いたします」

 と秘書のメリッサは頷いた。

「そうと決まれば、念のため全員と面談か」

 はあとため息をつく。効果のあるか分からない暗示も、やらないよりはましだった。だがそれはつまりまたもや延々と同じ作業が続くことを意味していた。亜人にまで対象を広げれば何日がかりの作業になることか。ある程度、暗殺者の男の情報があるとはいえ、あまり期待し過ぎてもしょうがない。

「頑張ってくれ。市長さま」

 そう言うルディスに代わりにやってほしいぐらいだった。

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