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41話 出立2

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 食事時になってみなが簡素な食料を口にしていた。旅路の最中は干し肉や干物など長持ちするものが基本になる。いくら湯で煮ても堅いそれはお世辞にも美味しいとは言い難かった。

 そんな腹を満たすことを目的とした食事を人間達がする中で、亜人の面々は少しばかり食料を口にして、それで終わりにしていた。

「意外と小食なんだな」

「亜人種は空気中のマナを食料とすることができるからな。ほとんど食べる必要はないんだ」

 とアステールに言われて思い出したが、それは事実だった。彼女もあのでかい龍形態の時からそんなに食料を必要としていなかった。マナとは要は人間が精霊の恩寵と呼んでいる魔力のもととなるものだ。

「亜人は他人から奪わずとも少しずつ恩寵を自然からいただくことができる。ただし吸収率は人間よりかなり低いのだがな」

 なるほどと納得して話を変える。信用できるアステールもいるため、そもそも俺達がやってきた目的の解決も目指さなければならない。 

「これ。君らが使ってる弓矢か」

 市長から借り受けてきた弓矢を差し出す。セレーネは細部までじっくり観察して「似てるが違うな」そう結論付けた。

「確かにエルフの矢には部族を表す印を刻む。しかしこれはもう滅んだ一族の証だぞ」

 アステールも頷いた。

 彼女も話を合わせて嘘をついている可能性もあったが、それはないと信じたい。亜人は人間よりもよほど義理堅いのではないか、そういう考えに憑かれつつあった。

「くだらない。どうせ人間が文献でも見て真似て作ったのだろう。作りが荒い」

「そう見えるように細工したんじゃないか? 誰が使ったか分からないように」 

「それだったらそもそもエルフの矢を使うわけもないだろうし──」

 セレーネは会話の途中で何かに気を取られて硬直した。

「静かに!」

 セレーネの叫びが周囲の会話を遮った。彼女は顔を歪めながら耳を澄ましていた。そして重々しく口を開いた。

「蝕害が速度をあげた。凄まじい速さだ。このままじゃ追いつけない」

「なんだって!」

 愕然とする。それは最悪のパターンだった。

「急ぐぞ! 他のやつらにも急ぐように伝達しろ」

 俺の急かす声を受けてもセレーネは耳を澄ましたまま動かなかった。

「なんだ?」

「実は……それとは別件で相談があると」

 セレーネはそれに返答するために口笛を一定のメロディで奏でた。それに集中が注がれたほんの刹那の時だった。

 ごくわずかに香る殺気の残滓を捉えた。すぐにギフトが猛烈に危機を告げる。殺気が糸のように軌跡を描く、俺は即座に反応して投擲された小刀を左腕で掴み取った。

 同時に殺気のもとへと反射的に短剣を投擲していた。強力な気を内包したそれは凶手の男の守護壁を貫通し、喉に違わず突き刺さった。ちっと舌打ちする、殺してしまえばどういう企てがあったのか情報を聞き出せない。だがまだ害意を持つ存在がいることを認識する。

「ルシャ!」

 ルシャは既に殺気に反応してラナを守るように動いた。

 敵は味方のはず傭兵だった。既に弓をつがえている者がいる。狙いは俺だ。俺が躱せば後ろの二人に当る可能性があった。迎撃のために気を巡らせたところで、ザルドが凶手の横から膝に蹴りを入れ、髪を掴んで地面に引き倒した。

「くそ!」

 失敗するや否やもう一人の暗殺者が脇目も振らずに逃げ出した。しかし、その足に矢が突き立った。男は堪らず悲鳴をあげて地面に転がった。射手はセレーネだ。狙った様子も見せず一瞬で射た。

「撃つな! 俺達は関係ない!」

 残りの傭兵たちが手を挙げて己の無実を訴えた。信じるわけではなかったが、確かめようもないことだった。何にせよ、生きたまま捕らえることができたのは僥倖だった。

「なぜ邪魔を」

 暗殺者の男は信じられないと、ザルドに向かって呻いた。

「俺の依頼主だからな。当たり前だろ」

「俺達は同じ釜の飯を食った兄弟じゃないか」

「もっと大きな釜があればいいのにな。そうすりゃみんな兄弟になれるのに。どこの依頼か知らないが、協力してほしけりゃ俺にも話を通しておけ」

 にべもない。この男が信じるのは金だけなのだろう。

「いったいなんの真似だ。なぜ俺を」

 可能性は低いが俺がエル・デ・ラントだと分かって襲ってきているのだとすれば。ザルドが暗殺者の首元にナイフを突きつけると、呻きながら口を開いた。

「……自由都市アクアの長の依頼だ。あんたを暗殺して欲しいって。先住民にやられたように細工しろと言われた」

「なるほどな」

 そっちだったか。安堵したような落胆したような。だがこうなってくるとルディスの件も怪しいものだ。彼はラナを含めた亜人のハーフを守ろうとしており、その点では市長と対立関係にあった。

「愚かしいことを」

 アステールが呟いた。

「まあ、な」

 賢さと同時に愚かさを抱える、温かさと冷たさを併せ持つ、それが人間だ。何事も二面性か。

「エルが人間なのが不思議だ」

 ずいぶんと過大評価してくれるものだ。アステールを助けたのはもはや余命いくばくもない状況の捨て身だった。状況が違っていたら同じことをするかは分からなかった。

「殺すなよ。証人にする」

「あいよ」

 軽くザルドは答えた。

 ふうと息を吐く。誰にも怪我もなく切り抜けられたのは幸いだった。しかしただ一人、ルシャだけが様子がおかしいことに気が付く。具合が悪そうに顔を蒼白にしていた。

「大丈夫か?」

「は、はい。マスター」

 空元気なのか調子よく頷いてみせるが、そうは見えなかった。

 できればこの子の目の前で人を殺す真似はしたくないとは思っていた。しかし、まさか殺しに来た相手を殺すことに、ここまでの抵抗感を見せるものなのか。

 俺の疑問にアステールが答えた。

「不死鳥は血の穢れをひどく嫌う生き物なんだ。エルフもそうだが。特に人の血の穢れに対する忌避感はすさまじいものだと聞く」

 そう言えば旅の最中の猪の解体作業などの時もルシャは怯えを露わにしていた。まったく難儀なものだ。それで悪党になりたいなどというのだから。

「とにかく急ごう」

 今はただ先に進むことだけが唯一の道だった。
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