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第一話

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 久喜弘人くきひろとが死にかけた。
 本名は「ひさきひろと」なのだが、戸籍の人が、「タイピングしにくい」という身勝手な理由で読みを変えられたと聞かれている。久喜家の先祖は久喜陽平がいて、それは戦国時代の武将だから矛盾している。
 久喜はもともと友達こそいなかったが、クラスの中で寿樹の話をして、
「えっ、誰それ」
みたいな雰囲気になるほどではなく、むしろ、それよりも同級生の白金幸仁しろがねゆきひとのほうが存在感が薄いほどだった。
 久喜弘人は、勉学なんかずっと真ん中だった。テストはきれいに赤点ギリギリを持って帰るわ、体育はやわらかいから1は免れているが万年2だわ。
 久喜弘人は平凡である。
 久喜弘人は、安泰だ、と誰もが思っていた。
 久喜弘人が殻を破り、生まれ変わって、前世の記憶を呼び起こし、全てをさらけ出すまでは。

 男子トイレの中で、青酸カリを飲みかけたそうだ。
 見つけたのはヒガシだ。
 白金幸仁のことで、家が学校をずっと東に、澄川の水源までいくぐらいだから、そう呼ばれているのだ。学園は、エスカレーター式に進めるから、なるべく受験をしたくない久喜にとっては天国だったし、白金も似た考えを持っていた。
 ただ白金は、とてつもなく筋肉が盛り上がった変人だったのだ。
 とはいえ白金は、自習室に一年生からいたから知名度はない。
 しかし、久喜は小学校から一緒で、唯一心を許せる人だった、と久喜本人も語っている。
 では、どうして?
 それを聞くと久喜は黙って、あすになっても口をきかないのだった。
 トイレの、入り口の、段差にとてつもなく重いおもりが見つかった。
「錘なんかどうしてあるんだ?」
 これを聞いても久喜は黙ってしまう。まるで暗号で打ち合わせたかのように黙ってしまうのだ。
「あっ」白金が警察に知っていることを話していると、ふと何かに気づいたようにいった。
「なにに気づいたのだね?」巡査が聞いた。
「彼、ほとんどオバに育てられてて、孫の手に慣れてるんです」
 巡査がいいにくそうにいった。「事件当時個室は鍵が閉められてたそうだ。それと孫の手と何の関係がある?」
「ぼくはもう解けてしまいました」白金が笑った。

    *

 川辺で白金と目を合わせて、久喜は照れてうつむいた。
「なんでわかったんだ」
「簡単なことだよ」白金も照れている。
 そういって久喜に見せたのはノートを破った紙屑ぁった。
「何でこんなの今まで……」
「どうしてもお前に見せたくてさ」
 
 図形には、長方形の箱が。これがトイレだ。その中に孫の手がある。個室と床の微かな間に孫の手が入っていて、その上におもりを置く。もともと閉まっているが、入口の盛り上がっている部分におもりをのせると、力で少し隙間ができる。
 そこを這いつくばり、孫の手を取ると、錘が鈍い音を立てて倒れる。止まったところが今回ちょうど段差だったわけだ。
 白金はあの時を思い返した。

「言われてみればかんたんだ」
巡査はしきりに頷いた。白金はおかしかった。あの時は錘ではなく自分自身が乗ったのに。
 本当なら感謝状を受け取ってもおかしくないのだが、白金の必死の頼みでテレビ中継はしないことにした。
「こんな筋肉マン、こいつをトリックに使ったんじゃないか、錘の代わりに?」
 なんて、真相を見抜かれたら、大変だから。
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