無課金の修羅

てめえ

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第12話 あいつは死んでない!

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「じょ、ジョーさん?」

「あ、いえ……。だけど……」

俺は、スサノオさんの問いかけに、辛うじて反応した。

 あまりの動揺で、指が震えてキーを押すのに手間取る。



「すいません、やはり、かなりショックですよね。だから私もお話ししようか迷ったのです」

「ですが、ユイさんもたまたま覇記に入っただけかもしれないじゃないですか。引き抜きだと断定出来ないのでは?」

混乱する頭で、精一杯の理屈を並べてみるが、俺もそんなことがあり得ないことは分かっている。



「ジョーさん……。覇記は重課金しかいないギルドです。たとえユイさんが入りたいと願っても、門前払いされるギルドですよ。ユイさんも力を付けてきましたが、それでも無課金では到底入れない。ジョーさんもそれはよく御存知でしょう?」

「でも、覇記は最近ギルマスが変ったらしいじゃないですか。その影響で幅広い人材に声をかけている可能性だって……」

「いえ……。前のギルマスより今度のギルマスの方が厳しいらしいですよ。なんでも、月々の課金額にノルマがあるらしいですから」

「の、ノルマ?」

「ええ……。少し前に7ちゃんに出ていたのですが、月に五万円以下だと即脱退させられるそうです」

「……、……」

「引き抜きをすることで、創聖の勇者に精神的なダメージを与える以外の可能性が考えられないんですよ。ユイさんがジョーさんと仲がいいのは、7ちゃんで晒されて周知の事実です。だから……」

「だから、ユイさんが狙われたのだと言うのですか?」

「はい。そうとしか考えられないです、私には……」

「……、……」

ぐうの音も出なかった。

 もちろん、スサノオさんが俺をやり込めたいわけではないが、俺にとっては、もうなにも反論の余地がないと言う点で同じだった。



 ユイさんは一回目の晒しのときに、もう創聖の勇者を辞めることを考えていたのだろうか?

 俺がもう少しユイさんに気を遣ってあげていれば、もしかすると引き抜きは防げたのだろうか?



 様々な後悔が、俺の脳裏で浮かんでは消える。



 だが、いくら後悔しても、もう遅いのだ。

 ユイさんは覇記に入ってしまった。

 きっと、重課金者達の中で、肩身の狭い想いをしているに違いない。

 だから俺にメールが来なかったのかもしれない。

 もしかすると、覇記内で他のギルドと接触することを禁じるような命令が出ているのかも……。






「覇記の新しいギルマスは、ゴッドという人なのですが、ジョーさんは御存知ですか?」

「ゴッド? それって、もしかしてあの関羽使いの?」

「ええ……。最近、ランキング1位になった、その関羽使いです」

「あんな力でゴリゴリ攻めるだけのデッキで……、ですか」

最近、モチベーションが下がりまくっていたのでデュエルランキングをチェックしていなかったが、そんな変動が起きていたなんて。



 たしかにあの関羽デッキは強い。

 いや、俺がデュエルでなんとか勝てたときはランキング3位だったから、今はもっと強いはずだ。



 軍団長のUR関羽に、UR超雲、UR張飛、UR黄忠が前衛という超攻撃型デッキ。

 しかも、UR関羽は間違いなくステでは三国志CV最強の代物。

 それがターンの度に攻撃力を倍々にしていくのだから、タチが悪いのだ。



 だが、俺はあんなデッキは認めたくない。

 金を遣いまくって重ねただけのデッキなんて。



「ジョーさん、私は思うんです」

「……、……」

「晒しも覇記の仕業なのではないかとね」

「晒しも?」

「ええ……。たしかに、7ちゃんに晒された関係で創聖の勇者の情報は漏れました。ですが、覇記がユイさんを引き抜いたということは、相当、創聖の勇者内のことを知っていたからだと思うのです」

「つまり、晒し犯も覇記の人間だってことですか?」

「はい。ですが、これは単なる私の憶測なので。合っているとは限りませんがね」

「……、……」

そうかもしれない。



 晒しがあったとき、創聖の勇者内は動揺した様子がなかった。

 これは一回目も二回目も。

 かなり際どい冗談が飛び交っていたくらいで、楽しんでいる風でもあった。

 その中で、唯一、晒しを脅威と受け取っていたメンバーはユイさんだけだ。

 その辺の事情まで7ちゃんの情報で分かるわけがない。

 それなのに覇記はユイさんを引き抜いたのだ。

 つまり、晒し野郎は覇記のスパイってことになる。

 そうとしか考えられない。



 スサノオさんはさすがだ。

 ちゃんと情報を得て、それを正確に分析しているなんて。



 俺なんか、動揺するばかりでなにも考えられなかったのに。

 俺、ギルマス失格なのかな……。






「ちょっと込み入ったことを書いてしまったので、すぐに消しておいて下さいね」

「はい……」

俺はすかさず、チャットの引き抜き関連の部分を削除する。



 晒し野郎もすぐに消すとは思っていないだろう。

 もし見られても、魚拓うあコピペさえ録られていなければ晒しは出来ない。

 晒し野郎が覇記の人間なら向こうには筒抜けだが、こちらが危機感を持ったことを報せるのは悪いことではないと思うし。



 スサノオさんは、それから少しイベントの話をして、チャットから落ちた。



 残された俺はイベントランキングからユイさんを探し、ギルド欄を確認する。



 やはり、スサノオさんの言っていた通り……。

 ユイさんのギルド欄には覇記の文字があり、引き抜かれたことが間違いないことを厳然と告げる。

 スサノオさんが嘘を言うわけがないけど、一応、確認しなくてはいられなかったのだ。



 ただでさえモチベーションが上がらないのに、覇記の引き抜きはそれに追い討ちをかけた感じがする。

 しかし、落ち込んでいてもなにも始まらない。

 暗然とした気持ちのまま、俺はイベント作業を淡々とこなす。



 本当は、イベントだってもっと一生懸命やった方がいいことは分かっている。

 たとえ、使えないUR呂布が褒賞だとしても。



 だが、作業を続けているとどうしてもユイさんのことを考えてしまうのだ。

 そして、そのたびにマウスを握る手が止まる。

 画面の、「次へ」の表示が点滅し俺のクリックを待っているが、たびたび止まった俺の手はその簡単な作業を容易に続けようとしてくれない。



 それでも、俺は今日のノルマ分である15000Pまでイベントを続けた。

 このペースを一週間保てば、大体、イベントランキング500位には入れるから。

 100000Pでポイント報酬がすべてもらえるので、そこまで到達出来ればまずまずと言える。

 気合いを入れて頑張れば倍の200000Pくらいは可能で200位程度には入れるだろうが、今はそんな気力もない。



 一日15000Pをこなすには、課金して入手するポイントアップカードを入れても一時間半はかかる。

 しかし、俺はすでに三時間ほどイベント作業をやっていた。

 そして、ようやく二日目の目標である30000Pに到達すると、ポイント報酬であるUR確定ガチャチケットを入手し手を止めた。



 モチベーションの上がらない状態でも、なんとなく身体がイベントをこなしてしまう。

 これが習慣というものか。

 効率が著しく悪く、いつもの倍も時間がかかっているとしても、無意識にそれをこなしてしまうのだ。



 だが、俺はなんのためにこんな単純作業を続けているのだろう?



 いや、そもそも三国志CVをやっている意味もよくわからなくなってきた。

 あれだけ熱中していたこのゲームが、急に色褪せて見え出す。

 ユイさんがいなくなっただけで……。



 だから、いつもなら貯めて回すUR確定ガチャを、一枚ゲットしただけで回してしまった。

 新しく出たカードをどうしても欲しいときに困るから、普段はこんなことを絶対しない(新カードは必ず高確率で提供される)。

 ……と言うか、もう気持ちがなげやりになってしまっていて、ガチャでも回さなかったらモチベーションを維持できないのだ。



「えっ?」

ガチャの結果を見て、思わず俺は呟く。



 ま、まさか、そんな……。

 UR諸葛亮?



 このやる気のかけらもないときに、UR諸葛亮を引くなんて。

 だけど、なんの嬉しさも湧いてこない。

 あんなに渇望していたカードなのに。



 なんて皮肉。

 そして、なんてタイミングの悪いときに……。

 一枚引いただけではあまり戦力にはならないしな。

 ……って、これ、ユイさんがUR諸葛亮を引いたときに言っていたことじゃないか。



 そう思った瞬間、俺の左頬を熱いモノが伝った。

 UR諸葛亮を引いたことで、俺の中のなにかが堰を切ってしまったようだった。






 俺は、再度、ユイさんのイベントランキングを確認した。

 だが、何度見てもギルド欄は覇記のままだ。

 そこに創聖の勇者の文字が無いのが、ことさらに寂しい。



 しばらく、俺はユイさんのランキングを眺めていた。

 いくら眺めても、なんの意味もないのに。

 見れば見るほど、肺腑をえぐられるような思いをするのに。



 ただ、心の痛みを感じた分だけ、ユイさんが引き抜かれたことを実感するようにはなった。

 辛いし認めたくないけど、ようやく事実だと認識したのだ。

 気持ちがいくら拒否しても、逃がれようのない事実なのだと……。

 そして、もう二度とユイさんからのメールが届くことがないのだと俺自身に言い聞かせる。



 悲しいがこれが現実。

 俺の中の三国志CVは、ほとんど死んだも同然。

 あんなに輝いていた三国志CVなのに……。



 そう思ったら、また左頬に熱いものが流れた。






 どれだけ物思いに耽っていただろう?

 明日も一限目から講義があるから、そろそろ寝ないと。



 だけどその前に、イベントランキングをチェックしておかないといけない。

 ユイさんが戻らないことがハッキリした以上、新しいメンバーを勧誘する必要があるから。



 俺のゲームへの気力は底をついている。

 だが、創聖の勇者のメンバーに迷惑をかけるわけにはいかないのだ。

 それがギルマスとしての最低限の務めだろう。

 それなら務めは果たすしかない。



 俺は、いつもとは逆に、イベントランキングの1000位から見始める。

 上位には覇記の連中が軒並み顔を揃えているような気がしたから。

 出来ればそれは見たくなかったのだ。



 しかし、どんなにランキングを遡っても、ギルド欄が空欄の奴はいなかった。

 500位……、300位……、200位……。

 もうこの辺までくると、ぼっちでプレイしている奴なんかいやしないのは分かりきっている。

 それならランキングを遡るのを止めればいいのに、なぜかそれも出来ない。



 義務感なのか、惰性なのか。

 俺の中の気持ちが判然としないまま、俺はランキングを遡り続ける。



 すると、ランキング44位にスサノオさんを見つけた。

 その一つ上にタゴサクさん。

 スサノオさんは、褒賞に魅力がないと言いつつ、ちゃんとイベントをこなしている。



 30位以上になると、急に覇記のメンバーが目立ち始める。

 もう見るのを止めればいいのに、どうしても見てしまう。

 そして、逃げるように次の画面に移行する。

 だが、20位になっても10位になっても、それは変らない。

 ギルド欄が覇記の奴が、やたらと目につくのは……。






 んっ?

 今、見覚えのあるHNを見たような……?



 だけど、これ、もうランカーの中でも上位五人のページだぞ。

 あいつがこんなところに入っているわけがない。



 俺は、目を凝らして4位のHNを確認した。

 だが、ギルド欄には創聖の勇者の文字が……。

 そして、HNの欄には、まったりの名前が鎮座している。



 な、なんだとっ?!



 どうして奴がこんなところにいるんだよ。

 これは、デュエルランキングじゃないんだぞ、イベントランキングだ。

 課金の行動力回復アイテムがふんだんになきゃ、絶対に入れない順位だ。



 まさか、あいつ、無課金を止めたのか?

 いや、あいつに限ってそんなことはあり得ない。



 じゃあ、どうしてこんな順位に入ってるんだ?

 も、もしかして、あいつ、他のイベントをスルーして行動力回復アイテムを貯めてたってことか?

 行動力回復アイテムはデュエル上位ならかなりもらえるからな。

 それを二周年イベントに目一杯注ぎ込んだ……、と?



 だけど、今回のレイドボスはUR呂布だぞ?

 おまえが言っていたような使えるカードじゃない。

 なのに、こんなにランキングを上げるほど回して……。



 いや、待てよ。

 ランカーは全部重課金者だ。

 それと無課金のまったりが競ってるってことは、まったりは一体どれだけ単純作業を続けてるんだ?



 だってそうだろう?

 イベントポイントの取得効率が、無課金では半分じゃないか。

 どうせ課金のポイントアップカードなんか手に入れてっこないんだからさ。

 だとすると、単純にランカーの倍もイベント作業を続けているってことか?



 今、まったりのイベントポイントは約430000P。

 イベントポイントは最大限効率的にやっても一時間で大体10000Pだから……。



 ま、まさか、あいつ、この二日間回しっぱなしってことか?

 二周年イベント開始から45時間ってところだから、計算上はそうなる。

 だけど、それってほとんど寝てないってことだろう?

 一日ならまだしも、二日間も……。



 普通、そんなことはできっこない。

 ただひたすら単純作業を続けるのを、ぶっ続けで二日間なんて。



 だから、ランカーの連中だって一日の半分も回せば疲労困憊なんだ。

 それを、二日間も……。



 俺はまたイベントランキングを見て呆然としていた。

 さっきのユイさんのとは違う意味で。



「こ、こんなことが出来るはずが……」

と、心の中で叫びながら、いつまでもそれを眺めるのであった。
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