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第81話 女の幸せ

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「ナタリーさん……、ダーマー公には、かなりの数の妾がいるそうですね?」

「……、……」

「もしかして、マリーさんは、それを不満に感じているのでしょうか?」

「違う……、そうじゃないよ」

言い淀んでいたナタリーであったが、ヘレンの問いかけをキッパリ否定して見せた。



「では、何故、幸せに暮らしていると言えないのでしょうか?」

「……、……」

「私達が、今回ナタリーさんに聞きたかったのは、そのことなんです」

「……、……」

「マリーさんは慎み深い方だと聞いています。ですから、ダーマー公の正式な奥様になれないことを憂いているのではないのだと思います」

「……、……」

「それなのに、ナタリーさんと同じように過ごした過去がありながら、現状を幸せと言えないのは何故なんでしょうか? マリーさんは、ナタリーさんに何を仰ってきているのでしょうか?」

「……、……」

ヘレンは静かに語りかける。

 しかし、ナタリーは何を思うのか、相変わらず目を伏せたままだ。



 俺は人間のときは男だったし、今は猫だから分からないけど……。

 娼婦って、結構大変な職業じゃないのか?

 そりゃあ、性的なものが病的に好きな人もいるだろうけど、そんな人はごく一握りだと思うし、ナタリーの語るマリーがそう言う種類の人間だとはとても思えない。

 だったら、とにかく、娼婦から抜け出せて、何不自由なく暮らせていることって、幸せではないのかな?






「マリーはね、優しすぎるのさ」

「……、……」

ナタリーは、自身の気持ちに整理をつけたのか、睨むようにヘレンを見据えると、おもむろに語り出した。



「今、あの子と一緒に暮らしている十人の女がいるんだってさ」

「……、……」

「年齢はバラバラでね。まだ物心がついたばかりの幼女から、棺桶に脚を突っ込んだような老女までいるらしい」

「……、……」

「マリーは、そいつらをこき使うのが役目なんだ。朝から晩まで……。いや、夜中だって関係なく、十人の女を働かせる」

「……、……」

「どんな働かせ方をしているのか、あたしは知らない。だけど、娼婦上がりのマリーが泣きを入れるほどの激務なんだよ、それは……」

「……、……」

「マリーも、最初は役目だとしか思ってなかったみたいなんだけど、その内、情がうつってしまってね。それから、辛い、辛い……、と頻繁に手紙を寄越すようになったのさ」

「それは、一年ほど前からではありませんか?」

「ああ、その頃からだね。十人の女は、今まで、何人か入れ替わっているそうだよ。それがどういう意味か、あんたにも分かるだろう?」

「……、……」

そうか……。

 つまり、その十人の女が、水の魔女なんだな。

 そして、その女達は、雨を降らせることが出来なくなると使い捨てにされるってことか。



「あたし達みたいな娼婦なんてのは、夢も希望もありゃあしないのさ」

「……、……」

「だから、その内、命が事切れればそれで終わり。辛いもへったくれもない」

「……、……」

「だけど、マリーは自分と同じくらい大事な存在が出来ちまったんだよ。家族と言っても良い存在がね」

「……、……」

「その大事な存在を、マリー自身が使い潰すのさ。それで幸せだと言えるかい?」

「……、……」

ナタリーの目には涙が浮かんでいる。

 しかし、ナタリーはヘレンを睨むのを止めない。



 その目は、

「あんたみたいな小娘に、マリーの何が分かる?」

と言っているように、俺には感じる。



 んっ?

 エイミア……。

 泣いているのか?

 頬ずりしてくれているけど、生暖かいものが俺に降りかかるよ。



「ナタリーさん……。では、マリーさんがもし、その十人の女と一緒に、ごく普通に暮らせるとしたら……。今の酷使された状態を抜け出せるとしたら、マリーさんはお喜びになられるでしょうか?」

「ふんっ……、そんなの当然だろう? あの子は、ダーマー公の妾なんてものに、ちっとも未練なんてないはずさ」

「ダーマー公は大切な存在ではないと……?」

「そうだよ。ダーマー公はゲス野郎だからね。殺したいことはあっても、あれと一緒に暮らしたいとなんか思うはずはないさ」

ナタリーは、そう噛みつくように言うと、またせきをした。



「私達は、マリーさんを救えると思います」

「……、……」

「それが目的で来たのではありませんが、結果的に救うことになるのかと……」

「……、……」

「ナタリーさん、今はそれしか言えませんが、マリーさんが辛い状態を抜け出すことを、私達はお約束いたします」

「そうかい……。あたしには良く分からないけど、そうしてやっておくれよ。あたしにとって、マリーはただ一人の友達なんだよ。だから……、コフっ、ゴホっ……」

ナタリーの最後の言葉は、せきで聞こえなかった。

 だけど、俺達にはしっかり伝わったよ。



 きっと、

「頼むからマリーを救ってやって……」

って言いたかったんだろう?



「な……、ナタリーさん、こ……、これを」

「……、……」

激しくせき込むナタリーに、エイミアは鞄から取り出した薬を差しだした。



「こ……、これを食事あとに飲んで下さい。み……、三日もすれば、せ……、せきが止まります」

「これ、パーリーの薬だろう? もらえないよ、こんな高価なもの。あたし達は娼婦だけど、物乞いじゃないのさ。同情はいらないよっ!」

「こ……、この薬は、パーリーの薬ではありません。わ……、私がパーリーの薬に独自の改良をして作ったものです」

「……、……」

「も……、もともと、み……、道ばたに生えていたものばかりですから」

エイミアはそう言うと、せき込むナタリーの背をさすった。

 それで幾分でも楽になったのか、ナタリーのせきが少し治まる。



「あ……、あとで、く……、薬の調合の仕方を書いておきます。ざ……、材料も手に入りやすいものばかりですから、ご……、ご自身で作れると思います」

「あんた、一体何者なんだい? それに、あんた達、親子だって言っていたけど、嘘だろう?」

「わ……、私はしがない薬屋です」

「……、……」

それだけ言うと、エイミアはニッコリとナタリーに笑いかけた。

 まだ、目には涙がいっぱい溜まっていたけどね。






 ナタリーは、それからほどなくして帰って行った。

 もう、今日は仕事をしなくても良いそうだ。

 俺には銀貨二枚がどれほどの価値か分からないけど、ナタリーに言わせると、四日分の稼ぎに相当するらしい。



「なあ、ヘレン……。ダーマー公ってのは酷い奴だな」

「……、……」

「女を豚か牛みたいに思ってるんじゃないか?」

「そうね……」

アイラが、エイミアのベットに腰掛けながら、ヘレンに語りかける。

 エイミアは、早速、薬の処方の仕方を書いて、ジーンとナタリーのところへ出掛けて行った。



「あたしには、女の幸せなんてものは分からないよ。あたしは、自分が女であって欲しいとさえ思ったことがないからさ」

「……、……」

「だけど、大切なものを護りたいのは、分かるよ。それが出来ることが幸せだってことも……」

「そうね……」

「ヘレンのことだから、きっと最初から水の魔女を皆殺しにしてしまうなんてことは考えてはいないんだろう? だから、ナタリーにマリーを救うと言ったんだろう?」

「そうよ……。だって、私達にはコロがいるじゃない。緊縛呪に掛けてしまえば、連れ出すことなんて簡単でしょう?」

アイラとヘレンが、急に俺を見る。



 そうか、そう言うことなんだな。

 ヘレンは、水の魔女を全員誘拐しちゃう気でいるのか。

 確かに、緊縛呪ってそういうのには最適な魔術かもしれない。

 デニス王なら、きっと水の魔女達を無碍には扱わないだろうしな……。



 何かさ……。

 俺、早くマリーを救ってやりたくなったよ。

 なあ、エイミア……、アイラ……、ヘレン……。
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