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第34話 オーブのいらえ
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「どういうことだ? 我々にも分かるように説明せよ」
ゴードンは困惑気味にヘレンを質した。
「ゴードン総長閣下……。言葉通りでございます」
ヘレンはゴードンを真っ直ぐに見つめ、答える。
「お主の言っていることは、分からん。ルメール宰相が、陛下が秘する暗黒オーブに関する情報を掴んでいて、さらに、お主達を捕らえようとした。それなのに、ルメール宰相には陛下の意に背こうと言う意志がなかったようにしか聞こえん。そんなことがあり得るわけがない」
「いえ……、私は確かにそう申し上げております」
「な、何っ!」
「……、……」
ヘレン!
そいつはいくらなんでも無茶だよ。
ゴードンじゃなくても、驚くっての……。
ゴードンだけでなく、アイラも信じられないと言った顔つきだ。
エイミアは、不安そうに俺の頭をなでてくる。
ただ、デニス国王だけは変わらず泰然としている。
ヘレンの言っていることの意味が分かるのか?
それとも、その可能性を予め知っていたのか?
「国王陛下に申し上げます……」
「うむ……」
「ただ今申し上げましたことについて、説明させていただいてよろしいでしょうか?」
「うむ……、述べてみよ」
ヘレンは自信があるようだ。
もう、先ほどのような逡巡は見られない。
「ルメール宰相閣下が叛意を持ってはおられないことについて、私には二点の根拠がございます」
「……、……」
「一点目は、もし、ルメール宰相閣下が叛意をお持ちなら、ゴードン総長閣下に依頼する際、命令書にて行うような正式な手順を踏むでしょうか?」
「……、……」
「実際に命令書にサインしてしまっていますので、ルメール宰相閣下は疑われているわけですが、ことの重大性と秘匿性を考えれば、隠密にことをなすべきでしょう。つまり、ゴードン総長閣下に内密で警備隊を動かすか、内密に依頼するのが普通だと思われます」
「うむ……」
「しかしながら、ルメール宰相閣下はそうはしておられません。……と言うことは、そもそも隠す意志がなかったと考えられます」
「うむ……」
そうか……。
いくら宰相が偉いと言ったって、デニス国王にバレたらただじゃ済まない。
デニス国王は裁きのオーブを扱うのだから、嘘をついたって無駄だろうし。
立場上、もっと賢い方法はありそうだし、バレない方法を選ぶに決まってる……、ってヘレンは言いたいのか。
「二点目は、私の主観となってしまうのですが、よろしいでしょうか?」
「うむ……、申してみよ」
「コロの件で申し上げた通り、私は魂の色が見えます」
「……、……」
「コロの中にある漆黒の魂の存在があるからこそ、コロは暗黒オーブの使い手となっております。ですので、あくまでも私の主観ではありますが、魂の色が見えることについての一応の実績がございます」
「そうであったな。誰もがコロに人の魂が入っているなどと思いつきもせぬが、その方だけは自身が見たことを根拠に主張しておった。申してみよ……、ルメールの魂にも何かあるのか?」
「はい……。ルメール宰相閣下の魂は、濃いネズミ色の膜のようなもので覆われてございます」
「膜だと?」
「はい……。ルメール宰相閣下の魂は、綺麗な緑色をしておられます。初夏の新緑を思い起こさせるような、爽やかな色でございます。ですが、その魂の周りに、ルメール宰相閣下とは違う人格の魂のようなものがあり、緑色の魂を覆っているのでございます。私にはそれが膜のように見えるのでございます」
「何かが取り憑いていると言うことか?」
「いえ……。私は取り憑いていると言う状況も多々見たことがありますが、その場合には、元の魂に浸食するような部分がございます。つまり、色が混ざって変色するのでございます」
「……、……」
「しかしながら、ルメール宰相閣下の場合は違います。緑色の魂は、健全に色を保ち、何ら浸食された形跡がございません。濃いネズミ色の膜も変色してはおりません」
「……、……」
「私は、今までこういう状況の魂を見たことがありません。ですが、実際に見えてしまっているのでございます」
「……、……」
「初めて見ることですので、確たることは申せませんが、一つ、考えられるのは、ルメール宰相閣下の魂に何者かが関与し、緑色の魂の意志をねじ曲げているのではないかと……」
「つまり、ルメールが操られている可能性があると、その方は申しておるのじゃな?」
「仰せの通りにございます」
「……、……」
「ゆえに……、一点目の矛盾と考え合わせると、ルメール宰相閣下が叛意を持っているとは、私には思えないのです」
「……、……」
ヘレンの大胆な仮説に、誰も言葉を発せられなかった。
ゴードンは、目を見開いて驚いている。
アイラは、戦いに臨んでいるときのような、鋭い目つきだ。
エイミアの、先ほどまで俺をなでていた手が止まる。
ただ、デニス国王だけが、先ほどまでと変わらず、泰然として髭をなでている。
俺にも分かってきた。
きっと、ヘレンの言っていることは正しい。
そして、デニス国王は知っていたんだ。
「ヘレンの申し分は分かった」
デニス国王は、しばしの沈黙の後、重々しく言った。
「わしは以前から裁きのオーブに聞かされておったことがある。だが、敢えてそれを今は言うまい」
「……、……」
「今、新たにオーブに問うてみる。ヘレン、それで良いのじゃな?」
「はい……。昔のことを掘り起こすことに、意味はございませんので……」
「むう……。その方、そこまで察しておったか」
「ルメール宰相閣下の魂の色を拝見いたしまして、あるいはそう言うこともあろうかと……」
何だ?
二人は、何を言ってるんだ?
ヘレンとデニス国王以外、皆が俺と同じように思ったことだろう。
しかし、ヘレンはそれ以上、そのことには触れず、
「では、国王陛下……。裁きのオーブにお尋ねになって下さいませ」
と、話を進めてしまった。
デニス国王は、以前のときと同じように、一点を見つめていた。
裁きのオーブから話を聞くときには、いつもこうなるのだろうか。
ゴードンは、そんなデニス国王の姿を見慣れているのか、落ち着いて見守っている。
俺には、王冠の額部分にあるオーブが、心なしか点滅しているように見えた。
「待たせたな……」
デニス国王は、そう言うと、一点を見つめるのを止めた。
裁きのオーブは何を言ったのか……。
皆が、息を吞んでデニス国王の次の言葉を待つ……。
「結論から言う。ヘレンの申し分は正しい。裁きのオーブも驚いておった」
「おおっ! では……、ルメール宰相は操られているのでございますか?」
「うむ……。ルメール自身がやったことだが、本人は命令を下したことも、暗黒オーブが王宮にないことも覚えておらんようじゃ」
「な、何とっ!」
ゴードンは、安心と疑念が入り交じったような、複雑な表情をしている。
「裁きのオーブは言っておる。これは、裏切りのオーブの仕業だとな」
「裏切りのオーブ……?」
「うむ……。闇のオーブの中の一種類だそうだ。王宮の中の誰かが使っておると裁きのオーブは言っておる」
「して、その使っている者は……?」
「それは分からん。裏切りのオーブが裁きのオーブの目を恐れて、使っている者を悟られないようにしているためじゃ」
「む、むう……」
「だが、裁きのオーブには、ルメールが操られていることは分かっておったらしい。ヘレンが申すように、操られている者に痕跡が残るのだそうだ」
「……、……」
ヘレンは、デニス国王の言葉を聞き、そっと目を閉じた。
その表情には、自身の考えが当っていたことを誇るような雰囲気は微塵もなかった。
それどころか、祈りをささげるような悲しい表情のように、俺には見えた。
ゴードンは困惑気味にヘレンを質した。
「ゴードン総長閣下……。言葉通りでございます」
ヘレンはゴードンを真っ直ぐに見つめ、答える。
「お主の言っていることは、分からん。ルメール宰相が、陛下が秘する暗黒オーブに関する情報を掴んでいて、さらに、お主達を捕らえようとした。それなのに、ルメール宰相には陛下の意に背こうと言う意志がなかったようにしか聞こえん。そんなことがあり得るわけがない」
「いえ……、私は確かにそう申し上げております」
「な、何っ!」
「……、……」
ヘレン!
そいつはいくらなんでも無茶だよ。
ゴードンじゃなくても、驚くっての……。
ゴードンだけでなく、アイラも信じられないと言った顔つきだ。
エイミアは、不安そうに俺の頭をなでてくる。
ただ、デニス国王だけは変わらず泰然としている。
ヘレンの言っていることの意味が分かるのか?
それとも、その可能性を予め知っていたのか?
「国王陛下に申し上げます……」
「うむ……」
「ただ今申し上げましたことについて、説明させていただいてよろしいでしょうか?」
「うむ……、述べてみよ」
ヘレンは自信があるようだ。
もう、先ほどのような逡巡は見られない。
「ルメール宰相閣下が叛意を持ってはおられないことについて、私には二点の根拠がございます」
「……、……」
「一点目は、もし、ルメール宰相閣下が叛意をお持ちなら、ゴードン総長閣下に依頼する際、命令書にて行うような正式な手順を踏むでしょうか?」
「……、……」
「実際に命令書にサインしてしまっていますので、ルメール宰相閣下は疑われているわけですが、ことの重大性と秘匿性を考えれば、隠密にことをなすべきでしょう。つまり、ゴードン総長閣下に内密で警備隊を動かすか、内密に依頼するのが普通だと思われます」
「うむ……」
「しかしながら、ルメール宰相閣下はそうはしておられません。……と言うことは、そもそも隠す意志がなかったと考えられます」
「うむ……」
そうか……。
いくら宰相が偉いと言ったって、デニス国王にバレたらただじゃ済まない。
デニス国王は裁きのオーブを扱うのだから、嘘をついたって無駄だろうし。
立場上、もっと賢い方法はありそうだし、バレない方法を選ぶに決まってる……、ってヘレンは言いたいのか。
「二点目は、私の主観となってしまうのですが、よろしいでしょうか?」
「うむ……、申してみよ」
「コロの件で申し上げた通り、私は魂の色が見えます」
「……、……」
「コロの中にある漆黒の魂の存在があるからこそ、コロは暗黒オーブの使い手となっております。ですので、あくまでも私の主観ではありますが、魂の色が見えることについての一応の実績がございます」
「そうであったな。誰もがコロに人の魂が入っているなどと思いつきもせぬが、その方だけは自身が見たことを根拠に主張しておった。申してみよ……、ルメールの魂にも何かあるのか?」
「はい……。ルメール宰相閣下の魂は、濃いネズミ色の膜のようなもので覆われてございます」
「膜だと?」
「はい……。ルメール宰相閣下の魂は、綺麗な緑色をしておられます。初夏の新緑を思い起こさせるような、爽やかな色でございます。ですが、その魂の周りに、ルメール宰相閣下とは違う人格の魂のようなものがあり、緑色の魂を覆っているのでございます。私にはそれが膜のように見えるのでございます」
「何かが取り憑いていると言うことか?」
「いえ……。私は取り憑いていると言う状況も多々見たことがありますが、その場合には、元の魂に浸食するような部分がございます。つまり、色が混ざって変色するのでございます」
「……、……」
「しかしながら、ルメール宰相閣下の場合は違います。緑色の魂は、健全に色を保ち、何ら浸食された形跡がございません。濃いネズミ色の膜も変色してはおりません」
「……、……」
「私は、今までこういう状況の魂を見たことがありません。ですが、実際に見えてしまっているのでございます」
「……、……」
「初めて見ることですので、確たることは申せませんが、一つ、考えられるのは、ルメール宰相閣下の魂に何者かが関与し、緑色の魂の意志をねじ曲げているのではないかと……」
「つまり、ルメールが操られている可能性があると、その方は申しておるのじゃな?」
「仰せの通りにございます」
「……、……」
「ゆえに……、一点目の矛盾と考え合わせると、ルメール宰相閣下が叛意を持っているとは、私には思えないのです」
「……、……」
ヘレンの大胆な仮説に、誰も言葉を発せられなかった。
ゴードンは、目を見開いて驚いている。
アイラは、戦いに臨んでいるときのような、鋭い目つきだ。
エイミアの、先ほどまで俺をなでていた手が止まる。
ただ、デニス国王だけが、先ほどまでと変わらず、泰然として髭をなでている。
俺にも分かってきた。
きっと、ヘレンの言っていることは正しい。
そして、デニス国王は知っていたんだ。
「ヘレンの申し分は分かった」
デニス国王は、しばしの沈黙の後、重々しく言った。
「わしは以前から裁きのオーブに聞かされておったことがある。だが、敢えてそれを今は言うまい」
「……、……」
「今、新たにオーブに問うてみる。ヘレン、それで良いのじゃな?」
「はい……。昔のことを掘り起こすことに、意味はございませんので……」
「むう……。その方、そこまで察しておったか」
「ルメール宰相閣下の魂の色を拝見いたしまして、あるいはそう言うこともあろうかと……」
何だ?
二人は、何を言ってるんだ?
ヘレンとデニス国王以外、皆が俺と同じように思ったことだろう。
しかし、ヘレンはそれ以上、そのことには触れず、
「では、国王陛下……。裁きのオーブにお尋ねになって下さいませ」
と、話を進めてしまった。
デニス国王は、以前のときと同じように、一点を見つめていた。
裁きのオーブから話を聞くときには、いつもこうなるのだろうか。
ゴードンは、そんなデニス国王の姿を見慣れているのか、落ち着いて見守っている。
俺には、王冠の額部分にあるオーブが、心なしか点滅しているように見えた。
「待たせたな……」
デニス国王は、そう言うと、一点を見つめるのを止めた。
裁きのオーブは何を言ったのか……。
皆が、息を吞んでデニス国王の次の言葉を待つ……。
「結論から言う。ヘレンの申し分は正しい。裁きのオーブも驚いておった」
「おおっ! では……、ルメール宰相は操られているのでございますか?」
「うむ……。ルメール自身がやったことだが、本人は命令を下したことも、暗黒オーブが王宮にないことも覚えておらんようじゃ」
「な、何とっ!」
ゴードンは、安心と疑念が入り交じったような、複雑な表情をしている。
「裁きのオーブは言っておる。これは、裏切りのオーブの仕業だとな」
「裏切りのオーブ……?」
「うむ……。闇のオーブの中の一種類だそうだ。王宮の中の誰かが使っておると裁きのオーブは言っておる」
「して、その使っている者は……?」
「それは分からん。裏切りのオーブが裁きのオーブの目を恐れて、使っている者を悟られないようにしているためじゃ」
「む、むう……」
「だが、裁きのオーブには、ルメールが操られていることは分かっておったらしい。ヘレンが申すように、操られている者に痕跡が残るのだそうだ」
「……、……」
ヘレンは、デニス国王の言葉を聞き、そっと目を閉じた。
その表情には、自身の考えが当っていたことを誇るような雰囲気は微塵もなかった。
それどころか、祈りをささげるような悲しい表情のように、俺には見えた。
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