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第14話 ヘレンの決断
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馬車は、幌がついているだけの簡素なものだが、広くてなかなか快適だ。
三人と一匹なので、寝てもスペースが余る。
昨晩、警備隊が用意してくれた馬車で、一行は王都に向かっている。
ロモス街警備隊二個分隊と、親衛隊隊長アリストスの警護のもと、粛々と馬車は進む。
エイミアは、最後まで王都に行くのを嫌がっていた。
「わ……、私がいないと、お……、お薬を買いに来る人が困るの」
と、言って……。
仕立屋のおかみさんは、腰に貼る特別な湿布薬が必要らしいし、狩人のハンスさんは、最近目が疲れるそうで、しょっちゅう目薬を買いに来るそうだ。
他にも、エイミアの営む薬屋を利用する者は多い。
その顧客達が困ってしまうと言うエイミアの主張は、あながちわがままばかりとは言えなかった。
しかし、そんなエイミアに、救いの手(?)が差し伸べられた。
いつの間にか来たブランが、
「在庫があるのなら、俺が店番をするぞ」
と言ってくれたのだ。
ブランはエイミアに恩を感じているせいか、自ら名乗りを上げてくれ、早速、顧客の名前と薬の種類を確認していた。
アリストスは、ブランが元バロール一家だと言うことを知っているようだったが、不思議と何も言わなかった。
ブランの申し出が、王命の助けとなるからだろうか?
それとも、暗黒オーブを持ったバロールさえいなければ、バロール一家など何の問題もないからだろうか?
何れにしても、アリストスにはブランを捕まえる意志はないようであった。
ブランが店番をしてくれることが決まっても、エイミアはまだ王都に行くのをしぶっていた。
ヘレンが言うには、エイミアは生まれてから一度も都会に行ったことがないから……、らしい。
ただでさえ人見知りなエイミアだから、人混みに入るのが嫌なのだろう。
それに、行き先は王宮……。
アリストスの話では、王、直々に報告が聞きたいと言うことなので、王宮の役人達が居並ぶ中で話をしなくてはならないかもしれない。
「大丈夫よ……。ほとんどの応対は引き受けてあげるから」
と、ヘレンがなだめすかしても、エイミアはまだ浮かない顔をしていた。
しかし、
「エイミアさん……。王命ですからね」
と、アリストスに笑いながら言われ、ついに観念し、夜が明ける頃、王都へ行く支度を始めたのであった。
「ちょっと、二人に話があるんだけど、良いかな?」
馬車に乗ってしばらくすると、ヘレンがささやくような声で言った。
エイミアは俺を膝の上に乗せてじっとしていたし、アイラは何事か考えているのかいつになく口数が少なかった。
ヘレンもいつものように瞑想をしていたので、この沈黙をヘレンが破るとは、俺にはかなり意外であった。
「話……?」
アイラは、ぶっきらぼうに応じる。
「私ね、色々と考えていたのだけど、王様には何もかも正直に話した方が良いと思うの」
「何もかもって、何だよ?」
「コロがいたからアイラも緊縛呪を受けて動けたのだろうし、エイミアにいたってはコロが身代わりになって緊縛呪を受けてくれた。それでもコロは動けたわよね? それに、コロが緊縛呪を発動したらしいことも……」
「だけど、それを王様が知ったら、コロはどんな扱いを受けるか分からないぞっ!」
「しっ……、大声を出さないで。聞かれたら困ることなんだから」
「あ、ああ……」
「確かに、コロの扱いは気になるわ。コロが魔術を使えるとなったら、もしかすると、エイミアと離ればなれになるかもしれない」
「……、……」
「でも、コロと暗黒オーブを引き離して、暗黒オーブが悪いことに使われないって保証がある? オーブって、それだけ凄い力を秘めているのは、アイラだって分かっているでしょ?」
「……、……」
「アイラのお祖父さんがオーブを盗まれたのだって、お祖父さんからオーブを引き離したからでしょ?」
「……そっか、ヘレンはそのことを知っていたのか。ああ……、式典にオーブの付いた聖剣を使うと言うので王宮に預けたら、盗まれたんだ。あたしが生まれるずっと前のことだけどな」
「だったら、コロから暗黒オーブを引き離したら、また盗まれるんじゃない?」
「……、……」
「お祖父さんのオーブを奪った奴は、結局、誰だか分からなかったんだから、もう一度同じ事が起らないとは限らないわよ」
「……、……」
アイラは、難しい顔をしながらも、ヘレンの言うことにうなずいている。
俺は、ようやくヘレンが何を言いたいのかが分かった。
つまり、オーブってものは、それだけでは単なる石ころってことだ。
使える人間がいて初めて効果が出る。
逆に言うと、使える人間がいないと、誰にでも簡単に奪えて危ないってことだ。
アイラのお祖父さんの場合も、理屈は同じと言うことか。
「アイラは知っていると思うけど、王様はオーブの保持者で使える人よ。王冠の真ん中に付いている大きな白銀の宝石は、オーブなんだから。オーブのことは、オーブを持っている人に聞くのが良いと思わない?」
「まあな……。それはそうなんだが……」
珍しく歯切れの悪い物言いで、アイラは答える。
そして、チラッとエイミアの方を見た。
「アイラが心配しているのは、エイミアのことね。コロと引き離されたら、エイミアが可哀想だからでしょ?」
「ああ……。エイミアにとって、コロは肉親同然だからな」
「でも、私達が色々考えても、これ以上良い考えは浮かばないと思わない? 暗黒オーブが盗まれでもしたら、大変なことになるわよ」
「……、……」
「私ね、思うの……。王様はきっと良い案を教えて下さるわ。だって、これまでだっていつも正しい道を指し示して、国を導いてくれたじゃない」
「……、……」
「きっと、暗黒オーブのことも、エイミアのことも、コロのことも、ちゃんと考えて妙案を授けてくれるわよ」
「うん……。まあ、ヘレンがそこまで言うなら、任せる。あたしには正直どうして良いか分からないんだ」
「任せて……。私、そのために付いてきたんだから」
「たださ……、エイミアの気持ちだけは尊重してやってくれ。極力、エイミアが望む通りにしてやってくれれば、あたしはそれでいいよ」
アイラは、心底納得したようには見えなかったが、とりあえずヘレンの提案を了承した。
ヘレンは、アイラの説得が終わると、今度はエイミアの方に向き直った。
「エイミア……。単刀直入に言うわ。あなたはどうしたいの? それだけ、教えてちょうだい」
「……、……」
「今の私達には、多くの選択肢があるわけではないわ。だから、エイミアが一番大事にしたいことだけしかかなえられないと思うの。でも、一番大事なものは、私がきっと何とかするわ」
「わ……、私」
「うん……」
「こ……、コロとだけは、離れたくない」
「……、……」
「そ……、それだけ」
エイミアは、俺を抱き上げ、頬ずりをした。
いつものことだけど、エイミアの頬は、ふわふわとしていて暖かい。
うん……?
今日はいつもより頬ずりしている時間が長いな……。
「じゃあ、二人とも私に任せてくれると言うことで、良いわね」
「……、……」
「まあ、占い師として、色々なお偉い方々とも話をしてきた私を信じなさいっ!」
「……、……」
戸惑うような表情を浮かべているエイミアとアイラだったが、力強く宣言するヘレンに、黙ってうなずいてみせるのだった。
ヘレン……。
俺からも頼むっ!
三人と一匹なので、寝てもスペースが余る。
昨晩、警備隊が用意してくれた馬車で、一行は王都に向かっている。
ロモス街警備隊二個分隊と、親衛隊隊長アリストスの警護のもと、粛々と馬車は進む。
エイミアは、最後まで王都に行くのを嫌がっていた。
「わ……、私がいないと、お……、お薬を買いに来る人が困るの」
と、言って……。
仕立屋のおかみさんは、腰に貼る特別な湿布薬が必要らしいし、狩人のハンスさんは、最近目が疲れるそうで、しょっちゅう目薬を買いに来るそうだ。
他にも、エイミアの営む薬屋を利用する者は多い。
その顧客達が困ってしまうと言うエイミアの主張は、あながちわがままばかりとは言えなかった。
しかし、そんなエイミアに、救いの手(?)が差し伸べられた。
いつの間にか来たブランが、
「在庫があるのなら、俺が店番をするぞ」
と言ってくれたのだ。
ブランはエイミアに恩を感じているせいか、自ら名乗りを上げてくれ、早速、顧客の名前と薬の種類を確認していた。
アリストスは、ブランが元バロール一家だと言うことを知っているようだったが、不思議と何も言わなかった。
ブランの申し出が、王命の助けとなるからだろうか?
それとも、暗黒オーブを持ったバロールさえいなければ、バロール一家など何の問題もないからだろうか?
何れにしても、アリストスにはブランを捕まえる意志はないようであった。
ブランが店番をしてくれることが決まっても、エイミアはまだ王都に行くのをしぶっていた。
ヘレンが言うには、エイミアは生まれてから一度も都会に行ったことがないから……、らしい。
ただでさえ人見知りなエイミアだから、人混みに入るのが嫌なのだろう。
それに、行き先は王宮……。
アリストスの話では、王、直々に報告が聞きたいと言うことなので、王宮の役人達が居並ぶ中で話をしなくてはならないかもしれない。
「大丈夫よ……。ほとんどの応対は引き受けてあげるから」
と、ヘレンがなだめすかしても、エイミアはまだ浮かない顔をしていた。
しかし、
「エイミアさん……。王命ですからね」
と、アリストスに笑いながら言われ、ついに観念し、夜が明ける頃、王都へ行く支度を始めたのであった。
「ちょっと、二人に話があるんだけど、良いかな?」
馬車に乗ってしばらくすると、ヘレンがささやくような声で言った。
エイミアは俺を膝の上に乗せてじっとしていたし、アイラは何事か考えているのかいつになく口数が少なかった。
ヘレンもいつものように瞑想をしていたので、この沈黙をヘレンが破るとは、俺にはかなり意外であった。
「話……?」
アイラは、ぶっきらぼうに応じる。
「私ね、色々と考えていたのだけど、王様には何もかも正直に話した方が良いと思うの」
「何もかもって、何だよ?」
「コロがいたからアイラも緊縛呪を受けて動けたのだろうし、エイミアにいたってはコロが身代わりになって緊縛呪を受けてくれた。それでもコロは動けたわよね? それに、コロが緊縛呪を発動したらしいことも……」
「だけど、それを王様が知ったら、コロはどんな扱いを受けるか分からないぞっ!」
「しっ……、大声を出さないで。聞かれたら困ることなんだから」
「あ、ああ……」
「確かに、コロの扱いは気になるわ。コロが魔術を使えるとなったら、もしかすると、エイミアと離ればなれになるかもしれない」
「……、……」
「でも、コロと暗黒オーブを引き離して、暗黒オーブが悪いことに使われないって保証がある? オーブって、それだけ凄い力を秘めているのは、アイラだって分かっているでしょ?」
「……、……」
「アイラのお祖父さんがオーブを盗まれたのだって、お祖父さんからオーブを引き離したからでしょ?」
「……そっか、ヘレンはそのことを知っていたのか。ああ……、式典にオーブの付いた聖剣を使うと言うので王宮に預けたら、盗まれたんだ。あたしが生まれるずっと前のことだけどな」
「だったら、コロから暗黒オーブを引き離したら、また盗まれるんじゃない?」
「……、……」
「お祖父さんのオーブを奪った奴は、結局、誰だか分からなかったんだから、もう一度同じ事が起らないとは限らないわよ」
「……、……」
アイラは、難しい顔をしながらも、ヘレンの言うことにうなずいている。
俺は、ようやくヘレンが何を言いたいのかが分かった。
つまり、オーブってものは、それだけでは単なる石ころってことだ。
使える人間がいて初めて効果が出る。
逆に言うと、使える人間がいないと、誰にでも簡単に奪えて危ないってことだ。
アイラのお祖父さんの場合も、理屈は同じと言うことか。
「アイラは知っていると思うけど、王様はオーブの保持者で使える人よ。王冠の真ん中に付いている大きな白銀の宝石は、オーブなんだから。オーブのことは、オーブを持っている人に聞くのが良いと思わない?」
「まあな……。それはそうなんだが……」
珍しく歯切れの悪い物言いで、アイラは答える。
そして、チラッとエイミアの方を見た。
「アイラが心配しているのは、エイミアのことね。コロと引き離されたら、エイミアが可哀想だからでしょ?」
「ああ……。エイミアにとって、コロは肉親同然だからな」
「でも、私達が色々考えても、これ以上良い考えは浮かばないと思わない? 暗黒オーブが盗まれでもしたら、大変なことになるわよ」
「……、……」
「私ね、思うの……。王様はきっと良い案を教えて下さるわ。だって、これまでだっていつも正しい道を指し示して、国を導いてくれたじゃない」
「……、……」
「きっと、暗黒オーブのことも、エイミアのことも、コロのことも、ちゃんと考えて妙案を授けてくれるわよ」
「うん……。まあ、ヘレンがそこまで言うなら、任せる。あたしには正直どうして良いか分からないんだ」
「任せて……。私、そのために付いてきたんだから」
「たださ……、エイミアの気持ちだけは尊重してやってくれ。極力、エイミアが望む通りにしてやってくれれば、あたしはそれでいいよ」
アイラは、心底納得したようには見えなかったが、とりあえずヘレンの提案を了承した。
ヘレンは、アイラの説得が終わると、今度はエイミアの方に向き直った。
「エイミア……。単刀直入に言うわ。あなたはどうしたいの? それだけ、教えてちょうだい」
「……、……」
「今の私達には、多くの選択肢があるわけではないわ。だから、エイミアが一番大事にしたいことだけしかかなえられないと思うの。でも、一番大事なものは、私がきっと何とかするわ」
「わ……、私」
「うん……」
「こ……、コロとだけは、離れたくない」
「……、……」
「そ……、それだけ」
エイミアは、俺を抱き上げ、頬ずりをした。
いつものことだけど、エイミアの頬は、ふわふわとしていて暖かい。
うん……?
今日はいつもより頬ずりしている時間が長いな……。
「じゃあ、二人とも私に任せてくれると言うことで、良いわね」
「……、……」
「まあ、占い師として、色々なお偉い方々とも話をしてきた私を信じなさいっ!」
「……、……」
戸惑うような表情を浮かべているエイミアとアイラだったが、力強く宣言するヘレンに、黙ってうなずいてみせるのだった。
ヘレン……。
俺からも頼むっ!
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