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第13話 王都へ

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「これはこれは……、可愛らしいお嬢さんが三人も……」

アリストスは、エイミア、アイラ、ヘレンを見比べながら言った。

 先ほどから、あまり広くない薬屋で、アリストスの甲高い声だけが響いている。



「清楚なエイミアさんに理知的なヘレンさん、そして、凛々しいアイラ殿……。それぞれ魅力的な女性ばかりですね。こんな良い想いをするなら、深夜の役目もなんのそのです。うーん……、今日は来て良かった」

「……、……」

「このホルン村は素晴らしいところですね。私もお役がなければ、今すぐにでも住み付きたいくらいだ」

「……、……」

「なんせ、星と月と太陽を思わせるような素晴らしい女性達が、この私を迎えてくれるのだから……。ああ、私は、なんて幸せなんだろう……」

「おいっ!」

いつまでも続くアリストスの妄言に、ついにアイラが歯止めをかける。



「あんた、こんな片田舎の村まで女を漁りに来たのか? それに、今も国のために戦ってる兵士達に、そんなフニャけた精神で申し訳ないと思わないのか?」

「あ、これは失礼……、私としたことが。つい、お美しい皆様を目の前にしたので、舞い上がってしまって……」

「……、……」

「これでも私は親衛隊の長。間違っても主命を忘れたりはしませんよ」

「ちっ……、こいつもバロールと同じ、少女趣味の変質者の口か」

「いえいえ……。私があわや主命を忘れそうになったのも、あなた方が美し過ぎるから……。敢えて言えば、あなた方の罪です」

ああ言えばこう言う……。

 アイラがいくらイライラしても、アリストスの妄言は止まらなかった。



 アリストスは、20代後半くらいか。

 プラチナブロンドの髪に青い瞳、細身ではあるが逆三角形の上半身と言う、いかにもナンパな男に見える。

 この若さで親衛隊隊長の地位があるのなら、もてて仕方がないだろう。

 親衛隊は、国王直轄の部隊のはずだ。

 きっと腕も確かに違いない。



 しかし、この妄言の数々を照れもせずに言い続けるメンタルは、異常そのものだ。

 アイラじゃないが、俺もこいつはある種の変質者だとは思う。



 ただ、星と月と太陽の例えは、なかなか的を射ている。

 初見でこれだけ正確に人物像を言い当てるところを見ると、単なる色狂いとも思えないが……。






「さて……。お美しい皆様を、この深夜にいつまでも起こしておくのも何なので、使者としての役を果たします」

「……、……」

ようやく、その気になったか……。

 アイラは言うに及ばず、エイミアとヘレンも呆れたような顔をしている。



「まず、経緯からお話しいたします」

「……、……」

「国王は、バロール一家について、当初から非常に心を痛めておられました。ですので、度々、警備隊に命じ、討伐を試みたのです。しかし、今は戦時中と言うこともあり、十分な戦力を割くことが出来なかった。それで、あのような輩がのさばってしまったのです」

「……、……」

「バロール本人についても、危惧いたしておりました。悪さをすることももちろんですが、他国と結びつくと厄介なことになりますから……。暗黒オーブの力はまったくの未知数で、脅威となる可能性が高そうでしたし」

「……、……」

「ですから、数日後には、私ども、親衛隊が討伐にあたることになっていました」

「そうだよな……。じゃなきゃ、王国は怠慢過ぎる。当然、何らかの対応をするんだと思っていたよ」

「ええ……、暗黒オーブ対策に手間取りましたが、ようやく準備を終えるところだったのです」

「……、……」

「それが、昨晩遅くに、アイラ殿がバロール討伐に成功したとロモス街警備隊から連絡が入り、王と事後策を練った上で、私が急ぎ駆けつけて参ったと言う次第です」

「……、……」

「王は、ことのほかお喜びになられまして、更に、続々と入ってくるアイラ殿の武勇にいたく感じ入っておられました」

「……、……」

「ロモス街警備隊は、このような事情を知らずに動いておりますので、行き違いが起ってしまい申し訳ありませんでした。悪意はありませんので、平にご容赦のほどを……」

「ああ……。彼らが命令で動いているのは分かってる。それについては、気にしてない」

「寛容なご判断、痛み入ります」

「いや……。こちらもオーブに絡むことだったから、細心の注意を払ったまでだ。話を続けてくれ」

先ほどまでとは打って変わって、アリストスは真面目に話をしている。

 言葉遣いも、一平民に対するには大仰過ぎるほど丁寧だ。



 それもこれも、暗黒オーブのせいか……。

 アイラやヘレンが危惧していた通り、バロール討伐も、単に無法者集団を捕まえたと言う以上の意味を持っているのだ。



 この上、俺が緊縛呪を発動したなんてことが知れたら……。

 俺は、アリストスの言葉を聞きながら、背中に冷たいものを感じていた。






「では、本題に入らせていただきます」

「……、……」

「ホルン村、武闘家アイラ、及び、薬屋エイミア。両名の者、暗黒オーブを帯同の上、王都にて、此度の一件を報告することを命ずる」

「報告?」

「これは王命であるっ! 異論は一切認めない。しかと申しつけたぞ」

「……、……」

アリストスは、急に厳しい顔つきになり、宣告した。

 その言動は、やはり親衛隊の隊長に相応しく、威厳のあるものであった。



「アリストス様……」

エイミアとアイラが突然の宣告に戸惑い、顔を見合わせていると、ヘレンが横から口を出した。



「なんですか? ヘレンさん」

「二つほど、お願いがあります」

「願い? このアリストスが出来ることなら何でもしてあげたいが、私は王に仕える身。それでも、美しく理知的なあなたの願いを聞く資格がありますかな?」

「はい……。私の願いは、王様の命を妨げるものではございませんから」

「それは有り難い。では、何でも仰って下さい。このアリストス、ヘレンさんの願いを叶えることに骨身を惜しみません」

アリストスは、急にナンパな口ぶりに戻り、ヘレンに微笑みかけた。



「一つ目は、私も王都へ連れて行っていただきたいのです」

「ヘレンさんも……?」

「私は、バロール討伐の折に現場に居合わせました。ですから、アイラ、エイミア同様に、報告する義務があるように思います」

「なるほど……」

「それに、二人は、あまり口が上手ではありません。ですから、万一、王様に失礼なことを申し上げるようなことがないとも限りませんから」

「ふむ……、まことにごもっともな仰せ。ヘレンさんも王都にお連れいたしましょう。いや……、是非、一緒に来ていただきたい」

「二つ目は、そこにいる猫も一緒に連れて行きたいのです」

「猫を……?」

「その猫はエイミアが飼っています。エイミアは、非常に内気で繊細な性格ですから、何処に行くのでも、その猫が一緒でないと不安で仕方がないのです。バロール討伐の折にも、連れて行ったくらいですので……。ですから、何卒、無理をお聞き届けいただきたいのですが……」

「その猫は、暴れたりダダをこねたりしませんか?」

「はい、とても大人しく賢い猫でございます」

「そうですか……。では、このアリストスの一存で、同道を認めましょう。ただし、籠に入れるなりして、逃げないように気をつけて下さい」

「アリストス様のご厚情に感謝いたします」

「いえいえ……、私こそ、ヘレンさんの願いを聞き届けられて光栄ですよ。こう言葉を交わしていると、今日出逢ったことそのものが、運命のように感じられてなりません。ああ……、私は、今、なんて劇的な出逢いを遂げたのだろう……」

アリストスの妄言は、それからしばらく続いた。

 まったく、深夜だと言うのに……。



 それにしても、ヘレンは何を考えているのだろう?

 俺を連れて行くことを提案するなんて……。



 俺がここに残れば独りぼっちになってしまうので、エイミアと一緒なら、王都でもどこでも行くのは構わないが……。

 しかし、形にならないもやもやとした不安が、俺の心に影をおとしていた。
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