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第8話 帰還
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「ニャ……?」
俺は眠りから覚めた。
自分が発した鳴き声に、言い知れぬ安堵感を覚える。
この布の感触は、薬屋のカウンターの上だ。
カウンターの隅は、エイミアが手ぬぐいを敷いてくれていて、俺の寝場所となっている。
目を開け、自身の身体を見回す……。
尻尾が動くことまで嬉しい。
あまり綺麗ではない虎毛の毛並みだが、とにかく、猫の身体に帰ってきたことが無性に嬉しい。
辺りは薄暗い。
まだ夜明けには少し時間があるのだろう。
しかし、俺の胸元には黒く輝く丸い玉があり、店内で俺の周りだけが闇に浮かび上がっている。
丸い玉は、俺の首輪に繋がれていた。
エイミアが繋いだのだろうか?
発光を伴う輝きが顔のすぐ下にあり、光と重みに、少し、違和感がある。
丸い玉は、暗黒オーブであった。
暗黒オーブは、鼓動を刻むように、わずかに明滅している。
「あなた、一体何者?」
突然、背後から声がかかった。
驚いて声の方を振り向くと、ヘレンがソファーに座り、怪訝な表情でこちらを睨んでいる。
「ほらっ、私の言っていることが分かったから振り向いたのよね?」
「……、……」
「私は占い師よ……。あなたがコロではないことくらい、分かるのよ」
「……、……」
俺は何とも答えようがない。
コロではないと言われても、この身体はコロそのものだし、コロの中に俺の意識があるにしても、それはコロではないと言えるのだろうか?
それに、答えようにも猫の鳴き声だしなあ……。
「少し前から暗黒オーブが光りだしたので、もしやと思って見ていたの」
「……、……」
「先ほど、バロールがアイラにぶっ飛ばされたとき……。コロが触れて暗黒オーブは光りだしたわ」
「……、……」
「でも、その光はすぐに消えてしまった。私は緊縛呪に捕らわれていたから、コロの雰囲気が変わったのは気のせいだと思っていたけれど……」
「……、……」
「今、ハッキリ分かったわ。あれは気のせいではなかった。暗黒オーブの光が消えたのも、コロの雰囲気が変わったのも、原因はあなたね」
「……、……」
「私は魂の色が見えるの。コロはおっとりとした肌色をしている。あなたは……、漆黒の闇よ。深く悲しい嘆きの闇……」
「……、……」
「今、あなたはコロの中に入った。だから暗黒オーブも光り出した」
「……、……」
「あなたは誰? 一体、何者なの?」
「……、……」
ヘレンの口調は落ち着いていた。
しかし、口調とは裏腹に、激しい懐疑の気持ちが見て取れる。
正直なところ、俺にも何が何だか分からない。
ただ、ヘレンの言う通り、猫のコロと魂が入れ替わっているのだろう。
それは間違いない。
だが、ヘレンはそれを暗黒オーブとだけ結びつけて考えているようだが、俺にはそうとは思えないのだ。
マンションの屋上で空間の歪みから漏れ出していたのは、明らかに暗黒オーブとは異質な何かであった。
そして、暗黒オーブに触れた時も、空間の歪みから漏れ出していたのは、マンションの屋上のときと同じ、銀色の光だった。
違ったのは今回だけだ。
病院の一室と思しきところからこの世界に戻って来られたときは、確かに暗黒オーブだと俺も思った。
今、眼下で光るオーブと同質の闇が、空間の歪みから漏れ出していたから……。
ヘレンは、答えようのない俺をじっと見つめている。
いや、もしかすると、俺の魂の色を見ているのかも知れない。
「な……、何? へ……、ヘレン、ひ……、独りで何をぶつぶつ言っているの? あ……、アイラが帰ってきたの?」
エイミアが目をこすりながら起きてきた。
エイミアの長い栗色の毛には、わずかに寝癖がついている。
「アイラならまだよ。違うの……。コロの様子が変なのよ」
「あ……、暗黒オーブが……」
「そう、光ってるのよ」
「ど……、どうして?」
「どうも、コロの魂が入れ替わっているみたいなの」
「た……、魂?」
「コロの魂の色が、さっきとはまるで違うのよ。先ほども同じ事を言ったわよね? でも、あのときは緊縛呪のせいか、バロールの魔術のせいかと思ったの。だけど、間違いないわ、さっきのコロとは違う。私、入れ替わる瞬間も見たのよ。そして、入れ替わる直前から暗黒オーブが光った……」
「……、……」
エイミアまで、俺のことを疑うような顔で見ている。
そうさ……。
確かに、今、コロの中にいる魂は俺だ。
異世界から来た元人間の魂だ。
だけど、エイミアまでそんな顔をするなんて……。
いつも優しく抱いてくれたのに、俺の魂じゃダメなのか?
「へ……、ヘレン。じゃ……、じゃあ、コロの魂は何処に行っちゃったの?」
「それは分からないわ。今のコロには、おっとりとした肌色の魂はかけらも見えないから」
「……、……」
「普通、何か他の魂に取り憑かれることがあっても、元の魂がすぐになくなってしまうなんてことはないわ。私はそんなケースを沢山見てきたけど、徐々に同化するか、いつまでも魂が共存するものなのよ」
「……、……」
「でも、コロは違うわ。さっきまで、確かに肌色の魂は見えていた。それが、突然、漆黒の闇に変わったのよ」
「し……、漆黒?」
「そう……。深く悲しい嘆きの闇にね」
ヘレンは語り終わると、目を瞑った。
背筋を伸ばし、厳しい顔つきで、何かを考えているように見える。
「い……、入れ替わったのなら、こ……、コロの魂は何処かにいるのかも」
「……、……」
「き……、きっと、無事にいるわ」
「……、……」
エイミアはそう呟くと、俺に向かって手を伸ばした。
そして、いつものように抱き上げた。
「緊縛呪の漆黒の球が私を襲ったとき、私を助けてくれたのはコロよね?」
「……、……」
「漆黒の球は、全部コロに吸い込まれて行ったわ。だから、私は何ともなかった」
「……、……」
「バロールに襲われそうになったときも、ちゃんとひっかいて助けてくれたものね」
「……、……」
「あなたが今、何者かは分からないわ」
「……、……」
「でも、私はあなたを信じる」
「……、……」
「私には、コロの魂も、あなたの魂も大事だから」
「ニャア……」
エイミアはそう言うと、俺の顔に頬ずりをした。
俺は、心底、エイミアに痺れた。
人間の世界では、誰も俺を信じてはくれなかった。
姿も形も、間違いなく俺は人間だったのに……。
しかし、エイミアは、俺が誰か分からなくても信じてくれると言うのだ。
猫の中に得体の知れない魂が入っていると言うのに……。
「そっか……。確かに、エイミアは何ともなかったものね」
「え……、ええ」
「アイラは、最初からシュールの薬を飲んでいたんでしょう?」
「そ……、そうなの。お……、お腹を壊すから、そんなにいっぱい飲んではダメと言ったのだけど」
「ふふっ……、アイラらしいわ」
「で……、でも、い……、いくらシュールの薬が効いても、早く治り過ぎだと思うの」
「もしかすると、アイラがすぐに動けるようになったのも、コロの御蔭かもね」
「……、……」
「夕方に緊縛呪を受けたときもアイラは少し動けたし、それも、コロが近くにいたからかもしれないわ」
「……、……」
「私には分からないけど、コロと暗黒オーブには、何か深い関係があるのかもね」
「う……、うん」
朝日が昇りだしたのか、急に周囲が明るくなった。
エイミアはもう一度俺に頬ずりをして、カウンターの上に俺を戻す。
「ドンドン……」
突然、店の扉を叩く音がした。
「アイラよ……、きっと。こんな乱暴な叩き方は……」
「そ……、そうね」
「無事、バロールを警備隊に引き渡せたのかな?」
「……、……」
二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。
「ドンドン……」
「は……、はーい、い……、今、開けます」
そう言って、エイミアは扉を開けに向かった。
俺は眠りから覚めた。
自分が発した鳴き声に、言い知れぬ安堵感を覚える。
この布の感触は、薬屋のカウンターの上だ。
カウンターの隅は、エイミアが手ぬぐいを敷いてくれていて、俺の寝場所となっている。
目を開け、自身の身体を見回す……。
尻尾が動くことまで嬉しい。
あまり綺麗ではない虎毛の毛並みだが、とにかく、猫の身体に帰ってきたことが無性に嬉しい。
辺りは薄暗い。
まだ夜明けには少し時間があるのだろう。
しかし、俺の胸元には黒く輝く丸い玉があり、店内で俺の周りだけが闇に浮かび上がっている。
丸い玉は、俺の首輪に繋がれていた。
エイミアが繋いだのだろうか?
発光を伴う輝きが顔のすぐ下にあり、光と重みに、少し、違和感がある。
丸い玉は、暗黒オーブであった。
暗黒オーブは、鼓動を刻むように、わずかに明滅している。
「あなた、一体何者?」
突然、背後から声がかかった。
驚いて声の方を振り向くと、ヘレンがソファーに座り、怪訝な表情でこちらを睨んでいる。
「ほらっ、私の言っていることが分かったから振り向いたのよね?」
「……、……」
「私は占い師よ……。あなたがコロではないことくらい、分かるのよ」
「……、……」
俺は何とも答えようがない。
コロではないと言われても、この身体はコロそのものだし、コロの中に俺の意識があるにしても、それはコロではないと言えるのだろうか?
それに、答えようにも猫の鳴き声だしなあ……。
「少し前から暗黒オーブが光りだしたので、もしやと思って見ていたの」
「……、……」
「先ほど、バロールがアイラにぶっ飛ばされたとき……。コロが触れて暗黒オーブは光りだしたわ」
「……、……」
「でも、その光はすぐに消えてしまった。私は緊縛呪に捕らわれていたから、コロの雰囲気が変わったのは気のせいだと思っていたけれど……」
「……、……」
「今、ハッキリ分かったわ。あれは気のせいではなかった。暗黒オーブの光が消えたのも、コロの雰囲気が変わったのも、原因はあなたね」
「……、……」
「私は魂の色が見えるの。コロはおっとりとした肌色をしている。あなたは……、漆黒の闇よ。深く悲しい嘆きの闇……」
「……、……」
「今、あなたはコロの中に入った。だから暗黒オーブも光り出した」
「……、……」
「あなたは誰? 一体、何者なの?」
「……、……」
ヘレンの口調は落ち着いていた。
しかし、口調とは裏腹に、激しい懐疑の気持ちが見て取れる。
正直なところ、俺にも何が何だか分からない。
ただ、ヘレンの言う通り、猫のコロと魂が入れ替わっているのだろう。
それは間違いない。
だが、ヘレンはそれを暗黒オーブとだけ結びつけて考えているようだが、俺にはそうとは思えないのだ。
マンションの屋上で空間の歪みから漏れ出していたのは、明らかに暗黒オーブとは異質な何かであった。
そして、暗黒オーブに触れた時も、空間の歪みから漏れ出していたのは、マンションの屋上のときと同じ、銀色の光だった。
違ったのは今回だけだ。
病院の一室と思しきところからこの世界に戻って来られたときは、確かに暗黒オーブだと俺も思った。
今、眼下で光るオーブと同質の闇が、空間の歪みから漏れ出していたから……。
ヘレンは、答えようのない俺をじっと見つめている。
いや、もしかすると、俺の魂の色を見ているのかも知れない。
「な……、何? へ……、ヘレン、ひ……、独りで何をぶつぶつ言っているの? あ……、アイラが帰ってきたの?」
エイミアが目をこすりながら起きてきた。
エイミアの長い栗色の毛には、わずかに寝癖がついている。
「アイラならまだよ。違うの……。コロの様子が変なのよ」
「あ……、暗黒オーブが……」
「そう、光ってるのよ」
「ど……、どうして?」
「どうも、コロの魂が入れ替わっているみたいなの」
「た……、魂?」
「コロの魂の色が、さっきとはまるで違うのよ。先ほども同じ事を言ったわよね? でも、あのときは緊縛呪のせいか、バロールの魔術のせいかと思ったの。だけど、間違いないわ、さっきのコロとは違う。私、入れ替わる瞬間も見たのよ。そして、入れ替わる直前から暗黒オーブが光った……」
「……、……」
エイミアまで、俺のことを疑うような顔で見ている。
そうさ……。
確かに、今、コロの中にいる魂は俺だ。
異世界から来た元人間の魂だ。
だけど、エイミアまでそんな顔をするなんて……。
いつも優しく抱いてくれたのに、俺の魂じゃダメなのか?
「へ……、ヘレン。じゃ……、じゃあ、コロの魂は何処に行っちゃったの?」
「それは分からないわ。今のコロには、おっとりとした肌色の魂はかけらも見えないから」
「……、……」
「普通、何か他の魂に取り憑かれることがあっても、元の魂がすぐになくなってしまうなんてことはないわ。私はそんなケースを沢山見てきたけど、徐々に同化するか、いつまでも魂が共存するものなのよ」
「……、……」
「でも、コロは違うわ。さっきまで、確かに肌色の魂は見えていた。それが、突然、漆黒の闇に変わったのよ」
「し……、漆黒?」
「そう……。深く悲しい嘆きの闇にね」
ヘレンは語り終わると、目を瞑った。
背筋を伸ばし、厳しい顔つきで、何かを考えているように見える。
「い……、入れ替わったのなら、こ……、コロの魂は何処かにいるのかも」
「……、……」
「き……、きっと、無事にいるわ」
「……、……」
エイミアはそう呟くと、俺に向かって手を伸ばした。
そして、いつものように抱き上げた。
「緊縛呪の漆黒の球が私を襲ったとき、私を助けてくれたのはコロよね?」
「……、……」
「漆黒の球は、全部コロに吸い込まれて行ったわ。だから、私は何ともなかった」
「……、……」
「バロールに襲われそうになったときも、ちゃんとひっかいて助けてくれたものね」
「……、……」
「あなたが今、何者かは分からないわ」
「……、……」
「でも、私はあなたを信じる」
「……、……」
「私には、コロの魂も、あなたの魂も大事だから」
「ニャア……」
エイミアはそう言うと、俺の顔に頬ずりをした。
俺は、心底、エイミアに痺れた。
人間の世界では、誰も俺を信じてはくれなかった。
姿も形も、間違いなく俺は人間だったのに……。
しかし、エイミアは、俺が誰か分からなくても信じてくれると言うのだ。
猫の中に得体の知れない魂が入っていると言うのに……。
「そっか……。確かに、エイミアは何ともなかったものね」
「え……、ええ」
「アイラは、最初からシュールの薬を飲んでいたんでしょう?」
「そ……、そうなの。お……、お腹を壊すから、そんなにいっぱい飲んではダメと言ったのだけど」
「ふふっ……、アイラらしいわ」
「で……、でも、い……、いくらシュールの薬が効いても、早く治り過ぎだと思うの」
「もしかすると、アイラがすぐに動けるようになったのも、コロの御蔭かもね」
「……、……」
「夕方に緊縛呪を受けたときもアイラは少し動けたし、それも、コロが近くにいたからかもしれないわ」
「……、……」
「私には分からないけど、コロと暗黒オーブには、何か深い関係があるのかもね」
「う……、うん」
朝日が昇りだしたのか、急に周囲が明るくなった。
エイミアはもう一度俺に頬ずりをして、カウンターの上に俺を戻す。
「ドンドン……」
突然、店の扉を叩く音がした。
「アイラよ……、きっと。こんな乱暴な叩き方は……」
「そ……、そうね」
「無事、バロールを警備隊に引き渡せたのかな?」
「……、……」
二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。
「ドンドン……」
「は……、はーい、い……、今、開けます」
そう言って、エイミアは扉を開けに向かった。
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