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第123話 静寂の見張り台

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 やっぱ、ここか。

 夜中なのに、馬車にいないからここにいると思ったよ。



 吹き抜ける潮風は、穏やかに流れている。

 零れそうな満天の星だけが、俺とアイラを照らす。



「コロ? 寝られないのか?」

「……、……」

「ああ、おまえはいつもこの時間に起きているのか」

「……、……」

「さっきまで、ヘレンもこの見張り台にいたんだけど、兵器が動く気配がないと言ったらどっかに行っちゃったよ」

「……、……」

「あれ、見えるか?」

「ニャ?」

「兵器が塔のようにそびえ立ってるんだけど……。あれが動き出したら、いよいよだな」

「……、……」

アイラが指さす方を見ても、俺には何も見えない。

 闇の中に、ポツポツと灯りと思しき光の点が見えるだけだ。



「エイミアは、急病人が出たとかでまだ起きてるんだろう?」

「……、……」

「まだ疫病の影響が残っている兵士がいるみたいで、休む暇がないみたいだな」

「……、……」

「患者を診ているときのエイミアは、いきいきとしているよ」

「……、……」

「かなり疲れているはずなのにな」

「……、……」

そうだよ。

 また少し痩せたよな、エイミアは。



 病人食を作ったり、薬を煎じたり、クリスと一緒にいつも働きっぱなしだだよ。

 ……と言うか、エイミアがいなかったときのこの砦って、どんな看護状態だったんだ?

 とても満足な治療が施されていたとは思えないぞ。

 クリスが有能なのは見ている俺にも分かるけど、その手足となって働く奴がどこにもいないんだからさ。



 あまりエイミアに負担をかけさせたくない。

 頑張り屋だから、不平なんて一つも言わないだけに、誰かが休めって言ってやって欲しいよ。



 ……って、これから決戦だからな。

 またエイミアの仕事は増えるのか。



 俺やアイラが頑張って、なるべく負担を減らしてあげたいな。






「おそらく、あの林の側にダーマー公の本営が置かれる。兵の規模から考えて、まず間違いはない」

「……、……」

林?

 ああ、あの黒いかたまりみたいに見えるところか。



 砦の東門の正面ってことだな。

 だけど、結構距離があるな。

 二キロくらいはあるんじゃないか?



「さっき、コール将軍の斥候が帰って来たんだ」

「……、……」

「ギュール軍は援軍が入ってはいないらしい」

「……、……」

「と、言うことは、兵器も全部が全部、全力で稼働させようと言うことではないんだろうな」

「……、……」

「幾つかの兵器に絞って攻撃してくると思った方が良さそうだ」

「……、……」

なるほどね。

 兵器で一箇所でも食い破れば良いのだから、全部に全力を尽くす必要はないってことか。



「コロが分かってるかどうか知らないけど、今回のヘレンの策は秀逸だよ」

「……、……」

「ふふっ……。その顔つきだと分かってないみたいだな」

「ニャア……」

「戦いってのは、先陣を切る者が大事なんだ」

「……、……」

「だから、必ず陣の先頭には強者を置く」

「……、……」

「その部隊で一番強い者達をな」

「……、……」

そのくらい、俺だって分かってるよ。

 砦の兵を食い破るには、相手の兵と戦わなきゃならない。

 その一番前に立つ奴が一番強いのは当然だよ。



「だけど……。コロに全部その強者が封じられるんだからな」

「ニャっ!」

「緊縛呪を撃つ相手は、兵器の頭頂部付近にいる兵達」

「……、……」

「つまり、先陣を任された者ばかりだ」

「……、……」

「強い奴を選りすぐって封じられるって、考えられないほど大きいことだよ」

「……、……」

「残るのは弱卒や戦闘経験の浅い者ばかり。緊縛呪を受けたら指示出しさえ出来ないから、現場が混乱するのは必至だよ」

「……、……」

そう言うことか。

 部隊の中枢を封じ込められるって、そりゃあ大きいよね。



 うん、分かってなかった。

 何となく混乱が起きると思っていたけど、それも違うのか。



「ヘレンの奴、ちゃんと計算してコロにやらせようとしてるんだ。まったく、恐れ入るよ」

「……、……」

「あいつの読みの深さは尋常じゃない。まるで、兵士一人一人の考えが分かっているかのようだよ」

「……、……」

「あたしは誰とでも戦うけど、ヘレンと敵味方に分かれたいとは思わない。きっと、あたしの戦う気力を奪うようなことをやってくるだろうしな」

「……、……」

アイラほどのバトルマニアに、ここまで言わせるのか。



 敵わないよな……、実際。

 どんな優れた魔術を持っていても、どんな強者がいようとも、事前に手を打って封じ込めようとするからな……、ヘレンは。



 しかも、今は最強のアイラが手駒にある。

 俺と暗黒オーブという魔術も備えた。



 正直、初陣だからもっと不安になるかと思ったんだけど、俺、何の不安も感じてないよ。

 あ、もちろん、緊張はしてる。

 だけど、負ける気はまったくしないんだよ。



 これって、やっぱヘレンのお陰なのかな?






「だけど……。動いてこないな、ギュール軍は」

「……、……」

「もう少しすると夜が明けちまう。見張りも交代の時間だ」

「……、……」

「残念だけど、ダーマー公の生け捕りは無理かもな。明るい中じゃ、いくら少数でも目立ち過ぎちまう」

「……、……」

「ヘレン苦心の策だったけど、こればかりは相手次第。どうにもならないな」

「……、……」

いや……、アイラ。

 まだ分からないじゃないか。



 夜が明けるのにはまだ時間があるよ。

 それに、今日攻めてくるとは限らないよ。

 何かの事情で明日になる可能性だってあるだろう?



「コロがそんな顔をしたって仕方がないじゃないか。あたしだって、ダーマー公を生け捕りにして戦争を終わらせたいよ」

「……、……」

「だけど、コール将軍からの報告だと、ギュール軍は明らかに今日仕掛けようとしているってさ。ギュール軍の馬のことごとくが、昨日ゴルの丘に集められたから、間違いないって」

「……、……」

「仕掛ける気がないのなら、事前に馬なんて集めないからな。今日攻めてくることは間違いないよ」

「……、……」

アイラはそう言うと俺の頭を撫でた。

 アイラも緊張しているのか、少し手がしっとりしている。






「あら、コロもここにいたの?」

「ヘレン?」

「コール将軍と少し話をしてきたわ」

「そう……」

「コール将軍は、まだギュール軍は攻めてこないのか……、って焦っておられたわ」

「まあ、そうだろうな。ダーマー公の生け捕りこそが真の狙いだからな」

「そうね。このままだと明るくなってしまう」

「じゃあ、諦めるのか? デニール王子とも無理はしないって約束してたし……」

「それは……、分からないわ」

「分からない? どういうことだよ」

「明るくなってからでも、一瞬だけチャンスがあるかもしれない」

「チャンス?」

「そう……。限りなく小さい可能性だけど、今日ならばもしかして……」

「……、……」

ヘレンはそう言うと、面天の星を見上げた。

 そして、そっと目を瞑る。



「ふんっ……。あたしにはヘレンが何を言っているのかは分からない。だけど、ヘレンが行けると言えばどんな状況でも突っ込むよ」

「……、……」

「任せて良いんだよな?」

「そうね、任せて……」

アイラはそう言うと、俺を抱き上げた。

 ヘレンが珍しく俺の背を撫でる。






「んっ?」

「どうしたの?」

「いや……、今、兵器がかすかに動いたような気がしたんだ」

「……、……」

「あの、右端のが、ちょっとだけ……」

「……、……」

「あ、いやっ、動いてるっ! 左端のも中央に寄ってるみたいだ」

「来たわね……」

「ああ……。あたしはふれ回ってくる。悪いが、替りの見張りを立てるように言っておいてくれないか?」

「分かったわ。デニール王子には私が報告しておくわね」

来たのかっ! ついに……。



 ようしっ、やるぞっ!

 俺の限界まで、緊縛呪を撃ってやるからなっ!
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