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第1話 生理的に無理

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 5月9日(水)



 きょうはえんそくにいた

(今日は遠足に行った。)



 あたらしいおともたちてきた

(新しいお友達出来た。)






 陽翔(はると)に絵日記を書かせだして、一ヶ月になる。

 幼稚園に通うようになったら書くように予め説得し、毎日、陽翔が帰宅してからしつこく言った結果、とりあえず字だけは言われなくても書くようになった。

 文章とは言えないような単文だけど、とりあえずはこれで良いと思っている。



 意外だったのは、絵をまったく描かなかったこと。

 せっかく新しいクレヨンも買ってあげたのに。

 いくら言っても絵の方は頑なに描こうとはしなかった。



 その陽翔が、今日初めて絵を描いた。

 ページ上段の絵の欄いっぱいに、オレンジ色の楕円形を描いたのだ。

 その楕円形は、鏡餅のようでもあり、単なる記号を大きくしたもののようでもあり。

 楕円形の中を一生懸命塗ってあるところを見ると、実際に見たものをそのまま描いたようであるが、私には何を描いたのかは分からなかった。



 陽翔は、母親である私にも絵日記を見せたがらない。

 一丁前に恥ずかしいのだろうか?



 だが、母はそんなことでめげたり諦めたりはしない。

 腹を痛めた我が息子が何を考え、どう感じ、そして成長していく姿を看ていたいから。

 絵日記を無理矢理書かせたのも、そのためだし。

 なので、夕食を終え、陽翔がベットに消えてしまうと、すかさずこっそり検閲していたりする。



 まあ、多くて二言しか書かない絵日記なので、陽翔が何を日々考えているのかまでは分からないが、それでも、母にも内緒の心情を懸命に綴っている我が子が、この上もなく愛おしい。






 絵日記を検閲し終え、はたと気がつく。

 陽翔め、またお弁当箱を出してないではないか。



 キレイに食べてくるので中身が腐ることはないが、明日も使うのだし、不潔なまま置いておくわけにはいかない。

 これもしつこく言って、自分から出してくるようにしないと。



 とは言っても、もう寝てしまった陽翔を起こすのは可哀想なので、今日のところは私が回収するか。

 そう言えば、昨日も同じようなことを思ったっけ。



 あら?

 珍しく、お弁当袋が鞄から出してある。

 いつもは鞄の中にいれっぱなしになっているのに?

 と、言うか、お弁当袋から出したのなら、何故、母に言わない。



 ははーん。

 そう言うことか。

 また幼稚園の鞄に何か隠しているな。



 幼稚園の鞄は、お弁当袋を入れるといっぱいになってしまう。

 だから、陽翔が外から何かを持ち帰るときは、必ずお弁当袋を手持ちにして何かを鞄に入れて持ち帰るのだ。



 先日は、泥の付いた石を十数個も持ち帰ったし、その前は子猫を持ち帰ってきた。

 子猫のときは鳴き声ですぐに発覚したから良かったものの、石のときは何日も持ち歩いていたらしい。



 可哀想ではあったが、子猫は近所の猫好きなお総菜屋さんに引き取ってもらった。

 陽翔は、

「飼う~っ!」

と、ダダをこねたが、我が家の旦那様は喘息持ちなので毛のあるペットは不可なのだ。

 粘る陽翔に、

「パパが苦しそうにしていたら、ハル君はどう思うのかな?」

と、言い聞かせ、ようやく飼うことを断念させたのだった。



 その夫は、現在単身赴任中。

 海外で日々私達のために働いてくれている。






「えっ?」

鞄を開けた私は、思わず声を上げた。



 な、何これ。

 オレンジ色のグミみたいな物体が入っているではないか。



 いや、グミと言うには大きさが大きすぎる。

 直径10センチはあろうかと言う、大グミだ。

 ただ、グミよりも柔らかくぷよぷよしていて、質感としてはゼリーの方が近そうである。



 で、一体、これは何?

 私の頭の中に、この物体と類似する物は思いつかない。

 と言うか、陽翔は何処からこんな物を拾ってきたのだろう?



 もしかして、陽翔が絵日記に書いていたのはこれのことか?

 オレンジ色の楕円形。

 うん、確かに側面から見るとそんな感じかも。



 うっ。

 今、ちょっと動かなかった?



 ぷよぷよが全体に震えたような。

 うわっ、このぷよぷよ感、生理的に受け付けない。



 うっ、また動いた。

 こ、これ、もしかして生きているの?

 そう言えば、陽翔は絵日記にお友達ができたと書いていた。

 その正体がこれ?



 とりあえず、鞄の中を得体の知れない物体に汚されたらたまらないので、洗面器に移し替える。

 ただ、触るのは勘弁してもらいたいので、鞄をひっくり返して洗面器に放り込んだだけであるが。



 んっ?

 鞄の中に何か痕跡が残っているかと思っていたけど、特に何ともない。

 しっとりしていることもなさそうだし、変なべとつきもなさそうだ。



 それにしても、こんな得体の知れない生き物を、これからどうしたら良いのだろう?

 きっと陽翔は飼うと言い出すに決まっているが、もし、悪い菌でも付いていたら大事だし。



 まあ、でも、ネットで調べれば何とかなるに違いない。

 私が知らないだけで、世間にはこういう生き物もいたりするのだろう。



 とにかく、明日、陽翔と話をしてから決めるか。

 逃げ出さないとは思うけど、一応、風呂桶に蓋をしておこうかな。
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