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第22話 確信を求めて……
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さすが木原だ。
専門家に話しを聞き、資料を読むことであっさり業者の泣き所を見つけるなんて。
「でもね、まだ手放しで喜べないんですよ。相手は必死ですから、どんな手を考えてくるか分からない」
「そうですか……」
「まあ、晴美さんの気持ちも分からないではないですけど、ここはもう少し冷静になりましょうか」
「はい……」
いけない。
つい、喜びすぎてしまった。
ただ、今まで業者の言うことは絶対に揺るがないと思っていただけに、どうしても気持ちがハイになってしまう。
こういうのを期待感と言うのだろうか。
「僕が気にしているのは、もし立駐機が建築物だと認定されてしまうと、他に齟齬が出てきてしまう点なんだ」
「齟齬ですか? 色々と齟齬が出てくるのなら、歓迎なのではないですか?」
「いや、それは違います。齟齬がいっぱいあると言うことは、業者は必ずそれに対応してくると言うことですから。建築確認申請と言う審査を通らないといけないのでね」
「……、……」
「建築物は、土地に対する最大の容積率が決まっているんです。それ以上になると、確認申請が通りません」
「……、……」
「マンション計画のほとんどは、最大容積のギリギリまで建物を建てますので、増えるとまずいはずなんです」
「でも、相手は専門家なんですよね? だったら、立体駐車場の分も入れた計画にするのではないですか?」
木原は渋い顔をしている。
あら?
私、何か変なことを言ったのかしら?
「マンションって戸数が多いですよね。隣のマンション計画も、50戸を越える計画です」
「……、……」
「ですが、全部販売しきっても、その利益は1戸分あるかないかなんです。特に、駅から少し離れたようなマンションは薄利なんですよ」
「えっ? そんなに利益が少ないのですか? じゃあ、出来るだけ販売出来るスペースを確保しないといけないですね」
「そうなんです。だとすると、立駐機なんかに容積を割くようなミスをするのかなあ……、と。それは計画自体の致命傷になりかねません。つまり、商売として成立しない恐れがあるんです」
「……、……」
知らなかった。
マンション販売がそんなに利益が少ないとは。
そうか、だから立体駐車場の台数に拘るのか。
本体のマンションで利益が少ないので、立体駐車場の賃料も重要なのだろう。
せこいと考えていたけど、とんだ勘違いだ。
木原の言うとおり、必死なのだと言うことがようやく実感できる。
私もそれなりに必死であったが、彼等のそれは生活に関わる必死さだ。
裁判に絶対の自信を持っているのも、その顕れであろう。
「まあ、ここで推測を重ねていても真相のほどは分かりませんのでね。分かっているのは、業者が立駐機に拘っていることと、それを曲げる気がないと言うことです」
「……、……」
「彼等も本来なら晴美さんやウチの事務所に影をかけたいわけではない。しかし、それをせざるを得ない理由があり、そのために必ず目的を遂げようとしてくるのです。だから、立駐機の壁は突破口ではあるのですが、それで全部済むかどうかは分からないんですよ」
「……、……」
木原の渋い顔の意味は、そう言うことだったのか。
ここまで説明してもらえれば私にも木原の心配が分かる。
確かに彼等がこんなに大きなミスを見逃しておくはずがない。
「それでね……。晴美さんさえ良ければ、市役所に一緒に行きませんか? 役所ならもう少し詳しい情報が手にはいるのですが」
「市役所で教えてくれるのですか? 業者が何を考えているかを……」
「さっきも言いましたよね、確認申請を通らないとマンションは建たないんです。それを審査するのが市役所です。だから、業者は申請前に役所の担当部署と事前の打ち合わせを必ずするんですよ」
「あ、打ち合わせた内容を聞くんですね?」
「そうです。普通は権利関係がない人には教えて貰えなかったりするのですが、僕も晴美さんも当事者ですから」
「……、……」
「それに、僕は市議を二期やっていましたのでね。担当者は多分知り合いです」
「……、……」
これが小百合の言っていた議員の役割か。
役所がやることをチェックすると言うのは、これを言うのだろう。
「あの……。是非ご一緒させて下さい。私一人では市役所のどの部署に行けば良いのかもわかりませんが、木原さんが一緒なら心強いです」
「そうですね。市庁舎は全部の部署があの中にあるわけでもないですしね。僕も、職員に議員風を吹かせていると思われるのは嫌なので、晴美さんが一緒の方が助かります」
「その担当部署って、何てところなんですか?」
「中高層調整課と言います。市内のマンション計画は、必ずここの耳に入っていますので、何らかの情報を取れることは間違いありません」
中高層調整課……。
そんな部署があることさえ知らなかった。
大体、マンションを建てるのに市役所の認可がいることさえ、初めて知ったことだし。
私は心の中で苦笑してしまった。
だって、こんな複雑な構造になっていることを、自力で何とかしようなんて無理に決まっているから。
裕太ママ晴美の一言メモ
「マンションが薄利って、イメージになかったなあ。あんなに大きな物だから、さぞかし儲かるのかと思っていたのに……」
専門家に話しを聞き、資料を読むことであっさり業者の泣き所を見つけるなんて。
「でもね、まだ手放しで喜べないんですよ。相手は必死ですから、どんな手を考えてくるか分からない」
「そうですか……」
「まあ、晴美さんの気持ちも分からないではないですけど、ここはもう少し冷静になりましょうか」
「はい……」
いけない。
つい、喜びすぎてしまった。
ただ、今まで業者の言うことは絶対に揺るがないと思っていただけに、どうしても気持ちがハイになってしまう。
こういうのを期待感と言うのだろうか。
「僕が気にしているのは、もし立駐機が建築物だと認定されてしまうと、他に齟齬が出てきてしまう点なんだ」
「齟齬ですか? 色々と齟齬が出てくるのなら、歓迎なのではないですか?」
「いや、それは違います。齟齬がいっぱいあると言うことは、業者は必ずそれに対応してくると言うことですから。建築確認申請と言う審査を通らないといけないのでね」
「……、……」
「建築物は、土地に対する最大の容積率が決まっているんです。それ以上になると、確認申請が通りません」
「……、……」
「マンション計画のほとんどは、最大容積のギリギリまで建物を建てますので、増えるとまずいはずなんです」
「でも、相手は専門家なんですよね? だったら、立体駐車場の分も入れた計画にするのではないですか?」
木原は渋い顔をしている。
あら?
私、何か変なことを言ったのかしら?
「マンションって戸数が多いですよね。隣のマンション計画も、50戸を越える計画です」
「……、……」
「ですが、全部販売しきっても、その利益は1戸分あるかないかなんです。特に、駅から少し離れたようなマンションは薄利なんですよ」
「えっ? そんなに利益が少ないのですか? じゃあ、出来るだけ販売出来るスペースを確保しないといけないですね」
「そうなんです。だとすると、立駐機なんかに容積を割くようなミスをするのかなあ……、と。それは計画自体の致命傷になりかねません。つまり、商売として成立しない恐れがあるんです」
「……、……」
知らなかった。
マンション販売がそんなに利益が少ないとは。
そうか、だから立体駐車場の台数に拘るのか。
本体のマンションで利益が少ないので、立体駐車場の賃料も重要なのだろう。
せこいと考えていたけど、とんだ勘違いだ。
木原の言うとおり、必死なのだと言うことがようやく実感できる。
私もそれなりに必死であったが、彼等のそれは生活に関わる必死さだ。
裁判に絶対の自信を持っているのも、その顕れであろう。
「まあ、ここで推測を重ねていても真相のほどは分かりませんのでね。分かっているのは、業者が立駐機に拘っていることと、それを曲げる気がないと言うことです」
「……、……」
「彼等も本来なら晴美さんやウチの事務所に影をかけたいわけではない。しかし、それをせざるを得ない理由があり、そのために必ず目的を遂げようとしてくるのです。だから、立駐機の壁は突破口ではあるのですが、それで全部済むかどうかは分からないんですよ」
「……、……」
木原の渋い顔の意味は、そう言うことだったのか。
ここまで説明してもらえれば私にも木原の心配が分かる。
確かに彼等がこんなに大きなミスを見逃しておくはずがない。
「それでね……。晴美さんさえ良ければ、市役所に一緒に行きませんか? 役所ならもう少し詳しい情報が手にはいるのですが」
「市役所で教えてくれるのですか? 業者が何を考えているかを……」
「さっきも言いましたよね、確認申請を通らないとマンションは建たないんです。それを審査するのが市役所です。だから、業者は申請前に役所の担当部署と事前の打ち合わせを必ずするんですよ」
「あ、打ち合わせた内容を聞くんですね?」
「そうです。普通は権利関係がない人には教えて貰えなかったりするのですが、僕も晴美さんも当事者ですから」
「……、……」
「それに、僕は市議を二期やっていましたのでね。担当者は多分知り合いです」
「……、……」
これが小百合の言っていた議員の役割か。
役所がやることをチェックすると言うのは、これを言うのだろう。
「あの……。是非ご一緒させて下さい。私一人では市役所のどの部署に行けば良いのかもわかりませんが、木原さんが一緒なら心強いです」
「そうですね。市庁舎は全部の部署があの中にあるわけでもないですしね。僕も、職員に議員風を吹かせていると思われるのは嫌なので、晴美さんが一緒の方が助かります」
「その担当部署って、何てところなんですか?」
「中高層調整課と言います。市内のマンション計画は、必ずここの耳に入っていますので、何らかの情報を取れることは間違いありません」
中高層調整課……。
そんな部署があることさえ知らなかった。
大体、マンションを建てるのに市役所の認可がいることさえ、初めて知ったことだし。
私は心の中で苦笑してしまった。
だって、こんな複雑な構造になっていることを、自力で何とかしようなんて無理に決まっているから。
裕太ママ晴美の一言メモ
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