『隣の県議様』 三十一歳、バツイチ子持ち女の日照争奪戦!

てめえ

文字の大きさ
上 下
21 / 30

第21話 突破口

しおりを挟む
「ところで……、晴美さんは結局どうしたいの?」
「どうしたい……、ですか?」
「うん。たとえば、日照がこれくらい欲しい……、とか、補償のためにお金を払ってくれれば諦める……、とかってことなんだけど」
「……、……」
木原は生臭い話をサラッと私に投げかけた。

 そう言えば、私はどうしたいのだろう?
 業者と専門家への怒りばかりが先行して、何も考えていないことに気づく。

「獲得目標によって戦い方が変わってくるし、僕では力になれないこともある。お金の話になるのなら、やはりこれは専門の弁護士が必要になってくるからね」
「……、……」
そういきなり言われても困ってしまう。
 私としては、裕太が最低限の日差しを浴びられることが一番で、洗濯物が乾くことが二番だ。
 それ以外のことは正直どうでもいい気がする。
 ましてや、お金なんて少しくらいもらっても意味がないようにも思うし……。

 だが、何となく気持ちがもやもやしていて言葉にならない。
 それに、何が出来るかによっても何がしたいかは変わってくるのではないだろうか?

「こういうトラブルはね、確固たる目的がなかったらなかなか意志が通らないんだ。だから、情勢を看ながら戦い方を変えるようなことは極力するべきではない」
「はい……」
うなずいてみたものの、図星を指されてちょっと動揺する。

 そうか、確固たる目的か……。
 では、恥ずかしいが、キチンと今の気持ちを言わなくてはダメなのかも知れない。

「あの……」
「ん? 何でも構わないよ。人それぞれ、考え方があるから。恥ずかしいとか、こんなことを言ったらおかしいかなとか、そう言うのはまったく気にしなくて良い」
「その……。裕太は、お日様を浴びながらお昼寝するのが好きなんです。だから、極力日差しが欲しいのです。お洗濯物も乾かなくなるのは困りますし」
「ああ……。つまり、補償が目的ではないと言う理解で良いのかな?」
「はいっ! お金なんかいりません。それより、立体駐車場に見下ろされて、その影で暮らすのは嫌なんです。せめて二階建てになってくれればと……」
「なるほどね。じゃあ、獲得目標は、立駐機の二階建てへの変更で行こうか?」
「そうですね。私も政治や法律が皆に平等でなければいけないことは分かりました。ですから、マンションの影になるのは我慢します」
「そうか……。じゃあ、何とかなるかもしれない。建築士の友人に相談していたときに、僕もそのくらいの獲得目標だったら行けそうだと思っていたんだ」
目標は決まった。
 敵は立駐機だ。
 それさえ何とかしてくれれば贅沢は言わない。

 木原がこれからどんなことを話してくれるのかは分からないが、もう、私に迷いはない。
 私は人間だ。
 人権ってものを持っている。
 謂われのない器物の影には断固反対する。

 ああ……。
 木原に相談して良かった。

 そうでなかったら、私はやみくもに業者と法律を恨むだけだったろう。
 だけど、そんなのは私の自己満足に過ぎないし、何の解決にもならない。
 木原の一言一言を噛みしめる度に、私は改めて強くそう思うのだった。




「じゃあ、工作物の説明に戻るね。これ、重要だから、良く聞いていて欲しい」
「はい……」
木原は、せっかく買ってきたどら焼きに手も付けず、話を続ける。
 お茶だって、ほんの少しすすっただけだ。

 でも、今はそれどころではない。
 話し終わったら、必ずお茶を入れ直しどら焼きを勧めよう。

 そう決意し、私は木原の次の言葉を待った。

「さっき、8メートル以下って言ったんだけど、工作物には他にも制限があるんだ」
「……、……」
「一つは、工作物に屋根を付けてはいけないこと。もう一つは、壁があってはいけない」
「……、……」
「これは、工作物と建築物を区別するための規定なんだ」
「……、……」
「どう? これを聞いて思い当たることはない? 僕は三田さんのメモでちょっと引っ掛かったんだけど」
「思い当たることですか? うーん……。法律に則っていると業者側は言っているのですから、両方ともクリアしているのではないですか?」
「うん、最初はそうだったみたいだね。だけど、説明会でこれが崩れたのではないかと僕は思っている」
「えっ? どういうことですか。説明会って、立体駐車場に関しては防音や防塵のことしか話が出てませんでしたよ」
木原は何を言いたいのだろう?
 やけに勢い込んでいるようだし……。

 屋根と壁がどうだと言うのだろうか?

「晴美さんっ! それだよ」
「えっ?」
「その防音と防塵の覆いだよ、僕が言いたいのは」
「……、……」
「防音と防塵のためには、布なんかでは覆いにはならないよね? だとすれば、アルミや強化プラスチックなんかで側面を覆うはずなんだ」
「はあ……?」
「側面を覆うと言うことは、それは即ち壁ってことじゃない? つまり、立駐機は工作物ではなく建築物と言うことにならないかな?」
「あっ!」
「だとすると、建築物に対する日照の規定が適用されるってことだよ」
「ですねっ! じゃあ、防音と防塵の覆いをするって約束を果たすには、影をクリアしなくてはならないってことじゃないですか」




 裕太ママ晴美の一言メモ
「ようやく突破口が開けたってことかしら? 工作物なんて用語は知らなかったけど、色々と規定があったのね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...