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第21話 突破口
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「ところで……、晴美さんは結局どうしたいの?」
「どうしたい……、ですか?」
「うん。たとえば、日照がこれくらい欲しい……、とか、補償のためにお金を払ってくれれば諦める……、とかってことなんだけど」
「……、……」
木原は生臭い話をサラッと私に投げかけた。
そう言えば、私はどうしたいのだろう?
業者と専門家への怒りばかりが先行して、何も考えていないことに気づく。
「獲得目標によって戦い方が変わってくるし、僕では力になれないこともある。お金の話になるのなら、やはりこれは専門の弁護士が必要になってくるからね」
「……、……」
そういきなり言われても困ってしまう。
私としては、裕太が最低限の日差しを浴びられることが一番で、洗濯物が乾くことが二番だ。
それ以外のことは正直どうでもいい気がする。
ましてや、お金なんて少しくらいもらっても意味がないようにも思うし……。
だが、何となく気持ちがもやもやしていて言葉にならない。
それに、何が出来るかによっても何がしたいかは変わってくるのではないだろうか?
「こういうトラブルはね、確固たる目的がなかったらなかなか意志が通らないんだ。だから、情勢を看ながら戦い方を変えるようなことは極力するべきではない」
「はい……」
うなずいてみたものの、図星を指されてちょっと動揺する。
そうか、確固たる目的か……。
では、恥ずかしいが、キチンと今の気持ちを言わなくてはダメなのかも知れない。
「あの……」
「ん? 何でも構わないよ。人それぞれ、考え方があるから。恥ずかしいとか、こんなことを言ったらおかしいかなとか、そう言うのはまったく気にしなくて良い」
「その……。裕太は、お日様を浴びながらお昼寝するのが好きなんです。だから、極力日差しが欲しいのです。お洗濯物も乾かなくなるのは困りますし」
「ああ……。つまり、補償が目的ではないと言う理解で良いのかな?」
「はいっ! お金なんかいりません。それより、立体駐車場に見下ろされて、その影で暮らすのは嫌なんです。せめて二階建てになってくれればと……」
「なるほどね。じゃあ、獲得目標は、立駐機の二階建てへの変更で行こうか?」
「そうですね。私も政治や法律が皆に平等でなければいけないことは分かりました。ですから、マンションの影になるのは我慢します」
「そうか……。じゃあ、何とかなるかもしれない。建築士の友人に相談していたときに、僕もそのくらいの獲得目標だったら行けそうだと思っていたんだ」
目標は決まった。
敵は立駐機だ。
それさえ何とかしてくれれば贅沢は言わない。
木原がこれからどんなことを話してくれるのかは分からないが、もう、私に迷いはない。
私は人間だ。
人権ってものを持っている。
謂われのない器物の影には断固反対する。
ああ……。
木原に相談して良かった。
そうでなかったら、私はやみくもに業者と法律を恨むだけだったろう。
だけど、そんなのは私の自己満足に過ぎないし、何の解決にもならない。
木原の一言一言を噛みしめる度に、私は改めて強くそう思うのだった。
「じゃあ、工作物の説明に戻るね。これ、重要だから、良く聞いていて欲しい」
「はい……」
木原は、せっかく買ってきたどら焼きに手も付けず、話を続ける。
お茶だって、ほんの少しすすっただけだ。
でも、今はそれどころではない。
話し終わったら、必ずお茶を入れ直しどら焼きを勧めよう。
そう決意し、私は木原の次の言葉を待った。
「さっき、8メートル以下って言ったんだけど、工作物には他にも制限があるんだ」
「……、……」
「一つは、工作物に屋根を付けてはいけないこと。もう一つは、壁があってはいけない」
「……、……」
「これは、工作物と建築物を区別するための規定なんだ」
「……、……」
「どう? これを聞いて思い当たることはない? 僕は三田さんのメモでちょっと引っ掛かったんだけど」
「思い当たることですか? うーん……。法律に則っていると業者側は言っているのですから、両方ともクリアしているのではないですか?」
「うん、最初はそうだったみたいだね。だけど、説明会でこれが崩れたのではないかと僕は思っている」
「えっ? どういうことですか。説明会って、立体駐車場に関しては防音や防塵のことしか話が出てませんでしたよ」
木原は何を言いたいのだろう?
やけに勢い込んでいるようだし……。
屋根と壁がどうだと言うのだろうか?
「晴美さんっ! それだよ」
「えっ?」
「その防音と防塵の覆いだよ、僕が言いたいのは」
「……、……」
「防音と防塵のためには、布なんかでは覆いにはならないよね? だとすれば、アルミや強化プラスチックなんかで側面を覆うはずなんだ」
「はあ……?」
「側面を覆うと言うことは、それは即ち壁ってことじゃない? つまり、立駐機は工作物ではなく建築物と言うことにならないかな?」
「あっ!」
「だとすると、建築物に対する日照の規定が適用されるってことだよ」
「ですねっ! じゃあ、防音と防塵の覆いをするって約束を果たすには、影をクリアしなくてはならないってことじゃないですか」
裕太ママ晴美の一言メモ
「ようやく突破口が開けたってことかしら? 工作物なんて用語は知らなかったけど、色々と規定があったのね」
「どうしたい……、ですか?」
「うん。たとえば、日照がこれくらい欲しい……、とか、補償のためにお金を払ってくれれば諦める……、とかってことなんだけど」
「……、……」
木原は生臭い話をサラッと私に投げかけた。
そう言えば、私はどうしたいのだろう?
業者と専門家への怒りばかりが先行して、何も考えていないことに気づく。
「獲得目標によって戦い方が変わってくるし、僕では力になれないこともある。お金の話になるのなら、やはりこれは専門の弁護士が必要になってくるからね」
「……、……」
そういきなり言われても困ってしまう。
私としては、裕太が最低限の日差しを浴びられることが一番で、洗濯物が乾くことが二番だ。
それ以外のことは正直どうでもいい気がする。
ましてや、お金なんて少しくらいもらっても意味がないようにも思うし……。
だが、何となく気持ちがもやもやしていて言葉にならない。
それに、何が出来るかによっても何がしたいかは変わってくるのではないだろうか?
「こういうトラブルはね、確固たる目的がなかったらなかなか意志が通らないんだ。だから、情勢を看ながら戦い方を変えるようなことは極力するべきではない」
「はい……」
うなずいてみたものの、図星を指されてちょっと動揺する。
そうか、確固たる目的か……。
では、恥ずかしいが、キチンと今の気持ちを言わなくてはダメなのかも知れない。
「あの……」
「ん? 何でも構わないよ。人それぞれ、考え方があるから。恥ずかしいとか、こんなことを言ったらおかしいかなとか、そう言うのはまったく気にしなくて良い」
「その……。裕太は、お日様を浴びながらお昼寝するのが好きなんです。だから、極力日差しが欲しいのです。お洗濯物も乾かなくなるのは困りますし」
「ああ……。つまり、補償が目的ではないと言う理解で良いのかな?」
「はいっ! お金なんかいりません。それより、立体駐車場に見下ろされて、その影で暮らすのは嫌なんです。せめて二階建てになってくれればと……」
「なるほどね。じゃあ、獲得目標は、立駐機の二階建てへの変更で行こうか?」
「そうですね。私も政治や法律が皆に平等でなければいけないことは分かりました。ですから、マンションの影になるのは我慢します」
「そうか……。じゃあ、何とかなるかもしれない。建築士の友人に相談していたときに、僕もそのくらいの獲得目標だったら行けそうだと思っていたんだ」
目標は決まった。
敵は立駐機だ。
それさえ何とかしてくれれば贅沢は言わない。
木原がこれからどんなことを話してくれるのかは分からないが、もう、私に迷いはない。
私は人間だ。
人権ってものを持っている。
謂われのない器物の影には断固反対する。
ああ……。
木原に相談して良かった。
そうでなかったら、私はやみくもに業者と法律を恨むだけだったろう。
だけど、そんなのは私の自己満足に過ぎないし、何の解決にもならない。
木原の一言一言を噛みしめる度に、私は改めて強くそう思うのだった。
「じゃあ、工作物の説明に戻るね。これ、重要だから、良く聞いていて欲しい」
「はい……」
木原は、せっかく買ってきたどら焼きに手も付けず、話を続ける。
お茶だって、ほんの少しすすっただけだ。
でも、今はそれどころではない。
話し終わったら、必ずお茶を入れ直しどら焼きを勧めよう。
そう決意し、私は木原の次の言葉を待った。
「さっき、8メートル以下って言ったんだけど、工作物には他にも制限があるんだ」
「……、……」
「一つは、工作物に屋根を付けてはいけないこと。もう一つは、壁があってはいけない」
「……、……」
「これは、工作物と建築物を区別するための規定なんだ」
「……、……」
「どう? これを聞いて思い当たることはない? 僕は三田さんのメモでちょっと引っ掛かったんだけど」
「思い当たることですか? うーん……。法律に則っていると業者側は言っているのですから、両方ともクリアしているのではないですか?」
「うん、最初はそうだったみたいだね。だけど、説明会でこれが崩れたのではないかと僕は思っている」
「えっ? どういうことですか。説明会って、立体駐車場に関しては防音や防塵のことしか話が出てませんでしたよ」
木原は何を言いたいのだろう?
やけに勢い込んでいるようだし……。
屋根と壁がどうだと言うのだろうか?
「晴美さんっ! それだよ」
「えっ?」
「その防音と防塵の覆いだよ、僕が言いたいのは」
「……、……」
「防音と防塵のためには、布なんかでは覆いにはならないよね? だとすれば、アルミや強化プラスチックなんかで側面を覆うはずなんだ」
「はあ……?」
「側面を覆うと言うことは、それは即ち壁ってことじゃない? つまり、立駐機は工作物ではなく建築物と言うことにならないかな?」
「あっ!」
「だとすると、建築物に対する日照の規定が適用されるってことだよ」
「ですねっ! じゃあ、防音と防塵の覆いをするって約束を果たすには、影をクリアしなくてはならないってことじゃないですか」
裕太ママ晴美の一言メモ
「ようやく突破口が開けたってことかしら? 工作物なんて用語は知らなかったけど、色々と規定があったのね」
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