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第20話 焦点は立体駐車場
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木原に相談し、数日が何事もなく過ぎた。
いや、裕太が熱を出したので何事もなかったわけではないが、日照の件での進展は何もなかったのだ。
木原は忙しいようで、また出掛けているらしい。
ただ、今度は議会なのだそうで、基本的には定時に上がれるのだそうだが。
小百合には、木原に相談したことを報告しておいた。
すると、
「どう? やっぱり相談して良かったでしょう?」
と、我がことのように言われ、私もそれに激しく同意する。
不思議なものだ。
木原だってまだ何をしたわけはないのにこんなに信頼を寄せているなんて……。
しかし、彼の、話を聞く姿勢の真摯さは、素人の私にも分かる。
「そうなのよ……。木原さんは凄く親身になってくれるの。いい加減なことは絶対に言わないしね」
「そうですね。私が相談する前に、待機児童問題で困っている人が陳情に来ていたのですが、それも凄く親身になって聞いておられましたし……」
「ただね、木原さんが親身になってくれるのは、晴美さんが分からないなりに色々と考えた上で相談に来たからなのよ」
「……、……」
「問題を抱えた人が真剣にならなければ、相談を受ける方としても頑張りようがないもの」
「……、……」
「市民相談や説明会では辛かったかも知れないけど、それはそれで実になっているってことよ」
「……、……」
相変わらず、晴美の言葉は深い。
何が起るか、起きたらどういう効果が生まれるのかまで、ある程度見通しているのも凄いと思う。
私ではこうはいかないだろう。
……って、小百合と較べるには、まだまだ修行が足りないか。
木原から連絡が来たのは、金曜日の夜であった。
木原とメールアドレスの交換をしてあり、いつでも連絡がつくようになっていたのだ。
「進展があったわけではありませんが、争点になりそうな部分が分かりましたので、もう一度話をしたいのですが……」
メールには、こう書かれていた。
争点になりそうな部分?
と言うことは、何らかの争う部分があると言うことなの?
私は過度の期待をかけないように努めたが、それでも希望があるように感じられ嬉しくなる。
なので、即レスをした。
話をするのは、日曜日の午前中に決まった。
こちらの都合で連絡をすれば、聞きに来てくれると言う。
先日、裕太のことを言ったので、その辺を配慮してくれたのだろう。
そう言う細かい心配りに、また、私はジンとなる。
あ、そうだ……。
お茶菓子を買っておかないと。
先日は突然だったので、お茶だけで失礼してしまったから。
甘い物が良いのかな?
年齢的に言っても、洋菓子よりは和菓子よね。
などと考えつつ、私は日曜の朝を心待ちにするのであった。
「先日言った通り、建築士に聞いてみたよ」
「それで、何と仰ってたんですか?」
「うん、この立体駐車場はかなり酷いって……」
「えっ? 本当にそう仰ってたんですか」
「ああ、法律の抜け穴みたいな部分だから、法律に違反しているわけではないけど、かなりのグレーゾーンなんだそうだ」
「……、……」
木原はのっけから嬉しいことを言ってくれた。
そうよね、立体駐車場の方が日照より優先されるなんておかしいわ。
政治もだけど、法律だって公平に恩恵に与れなかったらおかしいもの」
「詳しく説明するね」
「お願いします」
「まず、工作物と言うのは、高さが8メートル以下だと影に対する規定がないんだ。住宅地では……」
「住宅地では?」
「そう、商業地なんかだと、工作物も商売の一環として権利関係に含まれるので規定があるんだけど、住宅地にはそれがない」
「……、……」
「つまり、住宅地に商売目的の工作物が作られると言うことを、法律は想定していないってことなんだよ」
「……、……」
「だから、今回みたいな計画が違法とはならないってことなんだ」
「……、……」
そ、それって法律が想定していないだけで、正しいってことじゃないじゃない。
田所の奴っ!!
あんなに法律に則っているって言っていたのに、抜け穴だなんて……。
「たださ、抜け穴ではあるけど、それをもって業者に計画を諦めさせるわけにはいかないんだ。まずはここをしっかりと抑えてもらえるかな?」
「はい……。でも、私、市民相談で弁護士にも相談したんですけど、マンション業者の言ったことは全部本当で動かしようがないみたいに言われて、かなり頭にきていたんです。だから、抜け穴だと分かっただけでも、何かちょっとスッキリしました」
「そう、かなり業者寄りのことを言われたんだね。まあ、仕方がない部分もあるんだよね、それも……。弁護士も、専門以外のことはやはり専門にやっている人には敵わないからさ」
「そう言うものでしょうか?」
「うん……。やはり専門家の知恵って言うのは凄いんだよ。生活が懸かっているから」
「……、……」
生活が懸かっているから……。
その一言の重みを、今なら私も分かる。
だが、政治は皆に公平であるべきだ。
だとしたら、業者にばかり都合が良いのは、やはり何処かおかしいと私は思う。
裕太ママ晴美の一言メモ
「やっぱり立体駐車場よね、怪しいのは! 私もそう思っていたの。理屈は分からなかったけど」
いや、裕太が熱を出したので何事もなかったわけではないが、日照の件での進展は何もなかったのだ。
木原は忙しいようで、また出掛けているらしい。
ただ、今度は議会なのだそうで、基本的には定時に上がれるのだそうだが。
小百合には、木原に相談したことを報告しておいた。
すると、
「どう? やっぱり相談して良かったでしょう?」
と、我がことのように言われ、私もそれに激しく同意する。
不思議なものだ。
木原だってまだ何をしたわけはないのにこんなに信頼を寄せているなんて……。
しかし、彼の、話を聞く姿勢の真摯さは、素人の私にも分かる。
「そうなのよ……。木原さんは凄く親身になってくれるの。いい加減なことは絶対に言わないしね」
「そうですね。私が相談する前に、待機児童問題で困っている人が陳情に来ていたのですが、それも凄く親身になって聞いておられましたし……」
「ただね、木原さんが親身になってくれるのは、晴美さんが分からないなりに色々と考えた上で相談に来たからなのよ」
「……、……」
「問題を抱えた人が真剣にならなければ、相談を受ける方としても頑張りようがないもの」
「……、……」
「市民相談や説明会では辛かったかも知れないけど、それはそれで実になっているってことよ」
「……、……」
相変わらず、晴美の言葉は深い。
何が起るか、起きたらどういう効果が生まれるのかまで、ある程度見通しているのも凄いと思う。
私ではこうはいかないだろう。
……って、小百合と較べるには、まだまだ修行が足りないか。
木原から連絡が来たのは、金曜日の夜であった。
木原とメールアドレスの交換をしてあり、いつでも連絡がつくようになっていたのだ。
「進展があったわけではありませんが、争点になりそうな部分が分かりましたので、もう一度話をしたいのですが……」
メールには、こう書かれていた。
争点になりそうな部分?
と言うことは、何らかの争う部分があると言うことなの?
私は過度の期待をかけないように努めたが、それでも希望があるように感じられ嬉しくなる。
なので、即レスをした。
話をするのは、日曜日の午前中に決まった。
こちらの都合で連絡をすれば、聞きに来てくれると言う。
先日、裕太のことを言ったので、その辺を配慮してくれたのだろう。
そう言う細かい心配りに、また、私はジンとなる。
あ、そうだ……。
お茶菓子を買っておかないと。
先日は突然だったので、お茶だけで失礼してしまったから。
甘い物が良いのかな?
年齢的に言っても、洋菓子よりは和菓子よね。
などと考えつつ、私は日曜の朝を心待ちにするのであった。
「先日言った通り、建築士に聞いてみたよ」
「それで、何と仰ってたんですか?」
「うん、この立体駐車場はかなり酷いって……」
「えっ? 本当にそう仰ってたんですか」
「ああ、法律の抜け穴みたいな部分だから、法律に違反しているわけではないけど、かなりのグレーゾーンなんだそうだ」
「……、……」
木原はのっけから嬉しいことを言ってくれた。
そうよね、立体駐車場の方が日照より優先されるなんておかしいわ。
政治もだけど、法律だって公平に恩恵に与れなかったらおかしいもの」
「詳しく説明するね」
「お願いします」
「まず、工作物と言うのは、高さが8メートル以下だと影に対する規定がないんだ。住宅地では……」
「住宅地では?」
「そう、商業地なんかだと、工作物も商売の一環として権利関係に含まれるので規定があるんだけど、住宅地にはそれがない」
「……、……」
「つまり、住宅地に商売目的の工作物が作られると言うことを、法律は想定していないってことなんだよ」
「……、……」
「だから、今回みたいな計画が違法とはならないってことなんだ」
「……、……」
そ、それって法律が想定していないだけで、正しいってことじゃないじゃない。
田所の奴っ!!
あんなに法律に則っているって言っていたのに、抜け穴だなんて……。
「たださ、抜け穴ではあるけど、それをもって業者に計画を諦めさせるわけにはいかないんだ。まずはここをしっかりと抑えてもらえるかな?」
「はい……。でも、私、市民相談で弁護士にも相談したんですけど、マンション業者の言ったことは全部本当で動かしようがないみたいに言われて、かなり頭にきていたんです。だから、抜け穴だと分かっただけでも、何かちょっとスッキリしました」
「そう、かなり業者寄りのことを言われたんだね。まあ、仕方がない部分もあるんだよね、それも……。弁護士も、専門以外のことはやはり専門にやっている人には敵わないからさ」
「そう言うものでしょうか?」
「うん……。やはり専門家の知恵って言うのは凄いんだよ。生活が懸かっているから」
「……、……」
生活が懸かっているから……。
その一言の重みを、今なら私も分かる。
だが、政治は皆に公平であるべきだ。
だとしたら、業者にばかり都合が良いのは、やはり何処かおかしいと私は思う。
裕太ママ晴美の一言メモ
「やっぱり立体駐車場よね、怪しいのは! 私もそう思っていたの。理屈は分からなかったけど」
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