『隣の県議様』 三十一歳、バツイチ子持ち女の日照争奪戦!

てめえ

文字の大きさ
上 下
19 / 30

第19話 木原にとっての政治

しおりを挟む
「すいません……。深刻な話をしたあとで、そうでない話を聞いてもらって……」
「いえ、そんなことはないですよ」
「でも、さっきの方、涙を流すほど感謝なさってましたよ」
「ええ……。認可保育所と無認可保育所とでは、十万円近くも毎月にかかる費用が違いますのでね。若いご夫婦にとっては深刻なんですよ」
「……、……」
「生活のためもあって共働きをしているのに、十万円以上も月にかかるのでは仕事だって続けられないです。特に、今は派遣労働の方が増えてますのでね」
「……、……」
「それに、女性の方が収入が多い世帯なんかも増えていることを考えると、今のままでは暮らし難くてやってられないでしょう」
そうでない話……、と言った瞬間、私は少しだけ違和感を覚えた。

 私だってそれなりに深刻なのだ。
 だけど、あの女性の深刻さは生活に関わるものだし、彼女の人生そのものに関わる大問題だ。
 較べれば、やはり私の日照の件はそうでない話なのだと言うしかない。

「木原さんはいつもあんなに深刻な話をしているのですか?」
「……、うーん……」
「お仕事とは言え、大変そうですね」
「いや、政治ってそう言うものだと思っていますから……」
私は、話しながらお茶を入れて出す。

 そう言うもの?
 木原にとっての政治は、常に深刻なものだと言っているのだろうか?

「僕は、政治は皆が公平に受けられるものなんだと思っているんですよ」
「……、……」
「だから、個々の問題で深刻さの違いはあるでしょうが、その公平さが損なわれたと感じた人は主張しても良いのだと思います」
「……、……」
「まあ、そうは言っても、僕なんか無所属なんで微力ですからね。必ず何とかしてあげられるわけではないのですが……」
「……、……」
木原はそう言うと、頭をかいた。

「だから、たとえ僕の支持者ではなくても同じように相談に乗るようにはしています。政治は僕の前だけで公平なのではないですからね」
「……、……」
「先ほどの松本さんも、僕の支持者ではありませんしね」
「えっ? そうなんですか?」
「ええ……。ああは言っておられましたけど、選挙のときにはしがらみで票を入れることになるのでしょう」
「……、……」
私はまだ木原に投票する機会がない。
 だけど、こんなことを言われたら、次は必ず木原に入れたくなるではないか。

 以前、票をせびりにきた女性市議とは大違いだ。
 なるほど……。
 小百合が強く薦めるわけだ。




「さて、では、日照の件を聞かせて下さい。僕も資料を見ましたし、説明会の模様も三田さんのメモであらかた分かりましたので、晴美さんが気になったところだけで結構です」
「あ、そう言って下さると助かります。私、あまり良く分からないものですから……」
木原は、問題ないとばかりにうなずいて見せた。

 この人は、素人の話を聞くことに慣れているのだろう。
 だから、自身で資料も読むし、説明会の様子も予め知ろうとするのだ。
 私みたいな感情の虜になった者の話だけでは、核心が見えてこない恐れがあるから……。

 それにしても、同じ専門家でも大違いだ。
 あの市民相談の弁護士とは……。




「なるほど……、問題となっている影は立駐機なのですか」
「そのようです。建物の影より多くかかると業者は言っていました」
「うーん……」
「……、……」
私は一通り説明した。
 説明会のときのことは、かなり感情的に話してしまったかもしれない。

 木原は難しい顔をして、一言唸る。

「これは難しい問題だね。申し訳ないけど、今すぐにこれと言う解決策を示すことは出来そうもない」
「そうですか……」
まあ、そうだろう。
 小百合も言っていた。
 政治家だって万能ではないと……。

 ただ、一生懸命聞いてくれているのは、肌で感じ分かった。
 私はそれだけで十分な気もしている。

「だけど、何とか考えてみるよ。専門家に話も聞いてみる」
「専門家ですか?」
「うん……。学生時代の友人で、設計事務所をやっているのがいるんだ。まずはそいつに評価を聞いてみたいと思う。一級建築士を持っているし、マンションの設計も手懸けているから」
「……、……」
私は、専門家と聞いてちょっと嫌な気持ちになった。

 しかし、木原の言う専門家は弁護士ではない。
 それに、建物に関することだから、建築士に聞くのは理に適っているような気もする。

「正直ね、マンション問題は厄介なんだ。向こうには専門家がいくらでも付いているからね」
「……、……」
「一般市民の感覚と法律のギャップを巧みに突いてくるし」
「……、……」
「裁判になったら、確かに勝てない。その業者の言うことは正しいよ」
「……、……」
「僕もマンション関係の問題には何度か関わってきたけど、裁判になって勝ったことは一度もない」
「……、……」
「だけど、その理屈が、本当に専門家の共通認識だとは限らないんだ」
「……、……」
「同業者だってずるいと感じるようなことは多々あるらしいしね」
「……、……」
「まあ、少し時間を下さい。色々と当ってみるので……。もし何か分かったことがあったら、こちらから連絡すると言うことで良いかな?」
「よろしくお願いします」
木原は、何が出来るとは明言しなかったが、一緒に考えてくれることは確約してくれた。

 私はその言葉に、頼もしさと親身になってくれていることを感じるのだった。




 裕太ママ晴美の一言メモ
「せ、政治家ってこんなに親身になってくれるものなの? 政治は皆が公平に受けられるもの……。この一言が染みたわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...