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第19話 木原にとっての政治
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「すいません……。深刻な話をしたあとで、そうでない話を聞いてもらって……」
「いえ、そんなことはないですよ」
「でも、さっきの方、涙を流すほど感謝なさってましたよ」
「ええ……。認可保育所と無認可保育所とでは、十万円近くも毎月にかかる費用が違いますのでね。若いご夫婦にとっては深刻なんですよ」
「……、……」
「生活のためもあって共働きをしているのに、十万円以上も月にかかるのでは仕事だって続けられないです。特に、今は派遣労働の方が増えてますのでね」
「……、……」
「それに、女性の方が収入が多い世帯なんかも増えていることを考えると、今のままでは暮らし難くてやってられないでしょう」
そうでない話……、と言った瞬間、私は少しだけ違和感を覚えた。
私だってそれなりに深刻なのだ。
だけど、あの女性の深刻さは生活に関わるものだし、彼女の人生そのものに関わる大問題だ。
較べれば、やはり私の日照の件はそうでない話なのだと言うしかない。
「木原さんはいつもあんなに深刻な話をしているのですか?」
「……、うーん……」
「お仕事とは言え、大変そうですね」
「いや、政治ってそう言うものだと思っていますから……」
私は、話しながらお茶を入れて出す。
そう言うもの?
木原にとっての政治は、常に深刻なものだと言っているのだろうか?
「僕は、政治は皆が公平に受けられるものなんだと思っているんですよ」
「……、……」
「だから、個々の問題で深刻さの違いはあるでしょうが、その公平さが損なわれたと感じた人は主張しても良いのだと思います」
「……、……」
「まあ、そうは言っても、僕なんか無所属なんで微力ですからね。必ず何とかしてあげられるわけではないのですが……」
「……、……」
木原はそう言うと、頭をかいた。
「だから、たとえ僕の支持者ではなくても同じように相談に乗るようにはしています。政治は僕の前だけで公平なのではないですからね」
「……、……」
「先ほどの松本さんも、僕の支持者ではありませんしね」
「えっ? そうなんですか?」
「ええ……。ああは言っておられましたけど、選挙のときにはしがらみで票を入れることになるのでしょう」
「……、……」
私はまだ木原に投票する機会がない。
だけど、こんなことを言われたら、次は必ず木原に入れたくなるではないか。
以前、票をせびりにきた女性市議とは大違いだ。
なるほど……。
小百合が強く薦めるわけだ。
「さて、では、日照の件を聞かせて下さい。僕も資料を見ましたし、説明会の模様も三田さんのメモであらかた分かりましたので、晴美さんが気になったところだけで結構です」
「あ、そう言って下さると助かります。私、あまり良く分からないものですから……」
木原は、問題ないとばかりにうなずいて見せた。
この人は、素人の話を聞くことに慣れているのだろう。
だから、自身で資料も読むし、説明会の様子も予め知ろうとするのだ。
私みたいな感情の虜になった者の話だけでは、核心が見えてこない恐れがあるから……。
それにしても、同じ専門家でも大違いだ。
あの市民相談の弁護士とは……。
「なるほど……、問題となっている影は立駐機なのですか」
「そのようです。建物の影より多くかかると業者は言っていました」
「うーん……」
「……、……」
私は一通り説明した。
説明会のときのことは、かなり感情的に話してしまったかもしれない。
木原は難しい顔をして、一言唸る。
「これは難しい問題だね。申し訳ないけど、今すぐにこれと言う解決策を示すことは出来そうもない」
「そうですか……」
まあ、そうだろう。
小百合も言っていた。
政治家だって万能ではないと……。
ただ、一生懸命聞いてくれているのは、肌で感じ分かった。
私はそれだけで十分な気もしている。
「だけど、何とか考えてみるよ。専門家に話も聞いてみる」
「専門家ですか?」
「うん……。学生時代の友人で、設計事務所をやっているのがいるんだ。まずはそいつに評価を聞いてみたいと思う。一級建築士を持っているし、マンションの設計も手懸けているから」
「……、……」
私は、専門家と聞いてちょっと嫌な気持ちになった。
しかし、木原の言う専門家は弁護士ではない。
それに、建物に関することだから、建築士に聞くのは理に適っているような気もする。
「正直ね、マンション問題は厄介なんだ。向こうには専門家がいくらでも付いているからね」
「……、……」
「一般市民の感覚と法律のギャップを巧みに突いてくるし」
「……、……」
「裁判になったら、確かに勝てない。その業者の言うことは正しいよ」
「……、……」
「僕もマンション関係の問題には何度か関わってきたけど、裁判になって勝ったことは一度もない」
「……、……」
「だけど、その理屈が、本当に専門家の共通認識だとは限らないんだ」
「……、……」
「同業者だってずるいと感じるようなことは多々あるらしいしね」
「……、……」
「まあ、少し時間を下さい。色々と当ってみるので……。もし何か分かったことがあったら、こちらから連絡すると言うことで良いかな?」
「よろしくお願いします」
木原は、何が出来るとは明言しなかったが、一緒に考えてくれることは確約してくれた。
私はその言葉に、頼もしさと親身になってくれていることを感じるのだった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「せ、政治家ってこんなに親身になってくれるものなの? 政治は皆が公平に受けられるもの……。この一言が染みたわ」
「いえ、そんなことはないですよ」
「でも、さっきの方、涙を流すほど感謝なさってましたよ」
「ええ……。認可保育所と無認可保育所とでは、十万円近くも毎月にかかる費用が違いますのでね。若いご夫婦にとっては深刻なんですよ」
「……、……」
「生活のためもあって共働きをしているのに、十万円以上も月にかかるのでは仕事だって続けられないです。特に、今は派遣労働の方が増えてますのでね」
「……、……」
「それに、女性の方が収入が多い世帯なんかも増えていることを考えると、今のままでは暮らし難くてやってられないでしょう」
そうでない話……、と言った瞬間、私は少しだけ違和感を覚えた。
私だってそれなりに深刻なのだ。
だけど、あの女性の深刻さは生活に関わるものだし、彼女の人生そのものに関わる大問題だ。
較べれば、やはり私の日照の件はそうでない話なのだと言うしかない。
「木原さんはいつもあんなに深刻な話をしているのですか?」
「……、うーん……」
「お仕事とは言え、大変そうですね」
「いや、政治ってそう言うものだと思っていますから……」
私は、話しながらお茶を入れて出す。
そう言うもの?
木原にとっての政治は、常に深刻なものだと言っているのだろうか?
「僕は、政治は皆が公平に受けられるものなんだと思っているんですよ」
「……、……」
「だから、個々の問題で深刻さの違いはあるでしょうが、その公平さが損なわれたと感じた人は主張しても良いのだと思います」
「……、……」
「まあ、そうは言っても、僕なんか無所属なんで微力ですからね。必ず何とかしてあげられるわけではないのですが……」
「……、……」
木原はそう言うと、頭をかいた。
「だから、たとえ僕の支持者ではなくても同じように相談に乗るようにはしています。政治は僕の前だけで公平なのではないですからね」
「……、……」
「先ほどの松本さんも、僕の支持者ではありませんしね」
「えっ? そうなんですか?」
「ええ……。ああは言っておられましたけど、選挙のときにはしがらみで票を入れることになるのでしょう」
「……、……」
私はまだ木原に投票する機会がない。
だけど、こんなことを言われたら、次は必ず木原に入れたくなるではないか。
以前、票をせびりにきた女性市議とは大違いだ。
なるほど……。
小百合が強く薦めるわけだ。
「さて、では、日照の件を聞かせて下さい。僕も資料を見ましたし、説明会の模様も三田さんのメモであらかた分かりましたので、晴美さんが気になったところだけで結構です」
「あ、そう言って下さると助かります。私、あまり良く分からないものですから……」
木原は、問題ないとばかりにうなずいて見せた。
この人は、素人の話を聞くことに慣れているのだろう。
だから、自身で資料も読むし、説明会の様子も予め知ろうとするのだ。
私みたいな感情の虜になった者の話だけでは、核心が見えてこない恐れがあるから……。
それにしても、同じ専門家でも大違いだ。
あの市民相談の弁護士とは……。
「なるほど……、問題となっている影は立駐機なのですか」
「そのようです。建物の影より多くかかると業者は言っていました」
「うーん……」
「……、……」
私は一通り説明した。
説明会のときのことは、かなり感情的に話してしまったかもしれない。
木原は難しい顔をして、一言唸る。
「これは難しい問題だね。申し訳ないけど、今すぐにこれと言う解決策を示すことは出来そうもない」
「そうですか……」
まあ、そうだろう。
小百合も言っていた。
政治家だって万能ではないと……。
ただ、一生懸命聞いてくれているのは、肌で感じ分かった。
私はそれだけで十分な気もしている。
「だけど、何とか考えてみるよ。専門家に話も聞いてみる」
「専門家ですか?」
「うん……。学生時代の友人で、設計事務所をやっているのがいるんだ。まずはそいつに評価を聞いてみたいと思う。一級建築士を持っているし、マンションの設計も手懸けているから」
「……、……」
私は、専門家と聞いてちょっと嫌な気持ちになった。
しかし、木原の言う専門家は弁護士ではない。
それに、建物に関することだから、建築士に聞くのは理に適っているような気もする。
「正直ね、マンション問題は厄介なんだ。向こうには専門家がいくらでも付いているからね」
「……、……」
「一般市民の感覚と法律のギャップを巧みに突いてくるし」
「……、……」
「裁判になったら、確かに勝てない。その業者の言うことは正しいよ」
「……、……」
「僕もマンション関係の問題には何度か関わってきたけど、裁判になって勝ったことは一度もない」
「……、……」
「だけど、その理屈が、本当に専門家の共通認識だとは限らないんだ」
「……、……」
「同業者だってずるいと感じるようなことは多々あるらしいしね」
「……、……」
「まあ、少し時間を下さい。色々と当ってみるので……。もし何か分かったことがあったら、こちらから連絡すると言うことで良いかな?」
「よろしくお願いします」
木原は、何が出来るとは明言しなかったが、一緒に考えてくれることは確約してくれた。
私はその言葉に、頼もしさと親身になってくれていることを感じるのだった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「せ、政治家ってこんなに親身になってくれるものなの? 政治は皆が公平に受けられるもの……。この一言が染みたわ」
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