『隣の県議様』 三十一歳、バツイチ子持ち女の日照争奪戦!

てめえ

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第15話 市民相談室

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 JR関内駅を降りると、すぐ目の前に市庁舎はある。
 その通り向こうには横浜スタジアムが見え、いかにも横浜の中心な感じがする。

 ただ、私にはその景観を楽しむ余裕はなかった。
 ……と言うか、心の中はまだ一昨日の説明会で言われたことがこびり付き、当たり所のない怒りがくすぶっている。




 説明会のあと、私は小百合に報告をした。
 二度ほど、
「今はちょっと手が放せないから……」
と拒否されたが、一時間おきに電話を繰り返し、三度目にようやく小百合は私の報告を聞いてくれた。

「そう……、そんなに酷いことを言われたの」
小百合は、何度も私を慰めてくれた。
 こんな小百合の対応は初めてだ。

 しかし、それでも私は怒りが納まらず、田所と業者達に感じたそこはかとない悪意を小百合に愚痴り続けた。

「でもね、晴美さん……」
「……、……」
「彼等も仕事でやっているの。だから、必死なのよ」
「……、……」
「それに、まだどうにもならないと決まったわけではないでしょう?」
「……、……」
「市民相談は明後日だったわね? とりあえず、そこで聞いてみなさい。本当にこれが法律に則っているのか……、って」
「はい……」
小百合は冷静であった。
 さすがとしか言いようがない。

 そう言えば、日照の件に敏感に反応したのも小百合だった。
 経営者としての経験からくるものなのか、それとも小百合だからこその洞察力なのか。
 その辺は私には分かりかねるが、結局は、小百合の危惧が当ったことになる。

 トラブルを敏感に察知し、そして、冷静に対応する。
 私には到底出来そうもないことをさも当然そうにやる小百合に、私は更なる畏敬の念を感じるのだった。




 朝一の回と言うこともあり、ほとんど待つことなく市民相談の席に座れた。
 どんな弁護士さんが来るのか、少しドキドキしながら待つ。

 市民相談は、一回につき二十五分間だ。
 しかも、一度相談した内容については、何度も相談出来ないことになっている。
 つまり、この二十五分でちゃんとした答えを引き出さなくてはならないのだ。

 だから、私は昨晩、質問内容を書いたメモを作り上げた。
 要点は三つ……。

 工作物だと影を無制限にかけて良いのか?
 立体駐車場は工作物なのか?
 私にはいかなる解決手段があるか?

 この点を明らかにするのが今回の目的だ。

 まあ、解決手段以外は、一昨日以降に急遽付け加えられた項目であるが……。




「日照のことですか……」
「はい、隣にマンションが建つ計画があるのですが、それでほとんど日照がなくなってしまうらしいのです」
「……、……」
「ウチはまだ幼い子供がいまして、日照はとても重要なんです」
弁護士は中年の男性だった。
 でっぷりと太っており、脂っぽい顔がテカっている。

 私は精一杯説明をした。
 説明時間が長いと、回答してもらえる時間が短くなると、事前に市民相談の窓口の人に言われていたから。
 私なりに要点をまとめ、極力五分以内で説明し終わるように、何度かシュミレートもしてみたのだ。

 その甲斐あってか、説明は四分三十秒で出来た。
 上出来だ。
 これなら、しっかり弁護士の解説が聞ける。

 私は意気込んで弁護士の顔を見つめた。




「……、……」
「……、……」
私は、弁護士からのいらえを待った。
 黙った弁護士は、おもむろに分厚い本を開くと、何やら調べ始める。

 これって六法全書かしら?
 一応、ちゃんと調べてから答えてくれるのね。

 ……と、最初は思って待っていた。

 しかし、弁護士は六法全書を捲っては読みを繰り返し、なかなか回答してくれようとしない。

 あら?
 もう、十分経ってしまったわ。
 あと十五分で、ちゃんと答えてもらえるのかしら?

 そう思いながら、スマホで時間を確認する。

「……、……」
「……、……」
えっ?
 もう、十五分過ぎたんですけど。

 私が五分くらい説明していたから、この人、十分も本をにらんでいるわ。
 少しイラっとしてきたが、ここが我慢のしどころと、黙ってひたすら待った。

「うーん、結論から言うね」
「は、はい……」
ようやく弁護士が口を開いたのは、開始から二十分が回った頃。
 もうあと一分も遅かったら、さすがに私の方から回答を催促したことだろう。

「諦めなさい。マンション業者には大勢の弁護士がついているから、裁判ではまず勝てない。それに、裁判となると、まずは工事の停止を求めることになるけど、もし裁判に負けると工事を停止した分の損害金を請求されることになる」
「……、……」
「だから、どうしても日照がないのが嫌なら、転居しなさい。その方が安く上がるし精神的にも楽だよ」
「あの……。ウチは持ち家なんですけど」
「それなら売ればいい。売って他のマンションを買いなさい」
「……、……」
私は、驚きすぎて何も言えなかった。

 これって、法律相談なの?
 それとも、素人だと思ってバカにされているのかしら?

「じゃあ、時間だから。あ、これ、アンケートを書いて窓口に提出しておいて」
「……、……」
私は手渡されたアンケート用紙を、思わず握りつぶしそうになる。

 ただ、わずかばかり残された理性が、それを押しとどめるのだった。




 裕太ママ晴美の一言メモ
「もしかすると、今回は単なる不運だったのかも知れない。だけど、もう二度と市民相談室には行かないっ! よく調べて、弁護士会か法テラスにするわ」
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