11 / 30
第11話 小百合の予言
しおりを挟む
「すいません、朝から……」
「いいわよ。今日は着物の着付けがあって、今、一段落したところだから」
スマホの向こうのさゆりは、日曜の朝九時前だと言うのに、すでに仕事をしていた。
「……で、何? 日照のこと? 長谷川さんは何か言っていた?」
「それが……」
私は昨日の顛末を話した。
理事会は個人の相談には応じられないこと。
法律で認められているのなら、理事会ではどうしようもないこと。
弁護士を頼るように言われたこと。
……などを、簡単に説明する。
「ああ、やっぱりそう言ったのね。マンション内でも他に結構トラブルを抱えているから、晴美さんの個人的な件に関わっている余裕はないと言うことね」
「そ、それは若干ニュアンスが違いますけど……」
「あ、良いの。どっちみち力にならないのは分かっていたから。元公務員って皆そうなの。知識や良識は持ち合わせていても、個人的な力にはなってくれない人種なのよ」
「……、……」
そう言うものなのか。
まあ、社会人としての大先輩である小百合が言うことだし、現実に断られたことからも間違っているとは言えない。
「それで、どうするの?」
「あの……。長谷川さんが仰るように、弁護士に相談してみようかと……」
「そう……。あてはあるの? 私の知り合いの弁護士を紹介する?」
「いえ……。昨日、長谷川さんに言われてから自分で色々調べたんですけど、市役所の市民相談室に相談しようと思っています」
「そう……。まあ、自分で調べてそうしたいと思ったのなら、やってみなさい。何事も勉強よ」
「はい、そう思って、慎重にネットで調べたんです」
「うふふ……。晴美さんにしては珍しく自力でなんとかしようとしているのね。うん、良い傾向だわ」
「……、……」
「私、そうやって自分で頑張る人って好きよ。大丈夫、もし困ったら手を差し伸べてあげるから。思うようにやってみなさい」
「ありがとうございます。正直、昨日長谷川さんに断られてから心細かったんですけど、小百合さんにそう言っていただくと心強いです」
め、珍しく小百合に褒められた。
そう言えば、今まで小言は言われたことがあるが、ついぞ褒められたことなんかない。
ただ、まだ私は何もやってはいない。
それでも褒められたと言うことは、やろうとしていることの方向性が良いと言うことか?
それか、今までの私が頼りなさ過ぎたので、とりあえず一歩前進しようとしたと言う気持ちを、多少なりとも評価されたようにも感じられる。
「だけど、過度の期待はしちゃダメよ」
「は……、はい?」
「市民相談のことよ」
「どういうことですか?」
せっかく褒めてくれたのに、直後にダメ出しを忘れないところが小百合らしい。
でも、期待しちゃダメって……。
弁護士って法律の専門家でしょう?
相談して何らかの答えを期待してなんでダメなんだろう?
「あのね、弁護士って言っても色々いるのよ」
「はあ?」
「あなた達の離婚のときにやってくれた弁護士がいたでしょう? あの人は離婚や相続なんかが専門なのね」
「……、……」
「だから、日照の件なんて話しても、何も力にはなってもらえないわ」
「そうなんですかっ?」
「そうよ。弁護士は司法試験を受けるときには一通り勉強するけど、実際に仕事として扱う法律の種類には専門があるのよ」
「……、……」
「何でも大丈夫な人もいるけど、そんな人は少数よ。大抵、自分の専門以外のことはあまり引き受けたがらないし、他の専門の弁護士に仕事を投げたりするわ」
「だとすると、相談しても意味がないのでしょうか?」
「意味がないかどうかは分からないわよ。でもね、よほど運が良くなかったら良い弁護士になんた当らないとは言えるわ」
「……、……」
そ、そんな~っ。
せっかく弁護士に相談しようと思ったのに、これでは意味がないと言われているのと同じではないか。
私のテンションが一気に下がって行くような気がする。
「でもね、晴美さん……。それでもやってみることに意味があるのよ」
「……、……」
「こういうトラブルって言うのは、一発で全部旨く行くようなことの方が少ないの。だから、色々試して、その上で少しずつ成果を上げていくしかないのよ」
「……、……」
「市民相談で良い結果が得られなくても良いじゃない。あなたが初めて自力で弁護士と話す切っ掛けになるのだから。もし、次の機会に何かあったら、その初めてのときの経験が必ず役に立つのよ」
「は……、はい」
理屈は分かる。
小百合の言っていることはもっともなことだ。
ただ、私は今困っているのだ。
日照がどうのと言う現実の問題に直面して……
欲張りなのかも知れないが、どうしても何らかの結論には至りたいのだ。
それから、小百合は他にも色々とアドバイスをくれた。
しかし、モチベーションの下がった私の耳には、その内容は届いては来なかった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「弁護士って、難しい試験を受けて合格したのに、専門のことしか分からないってどうなの?」
「いいわよ。今日は着物の着付けがあって、今、一段落したところだから」
スマホの向こうのさゆりは、日曜の朝九時前だと言うのに、すでに仕事をしていた。
「……で、何? 日照のこと? 長谷川さんは何か言っていた?」
「それが……」
私は昨日の顛末を話した。
理事会は個人の相談には応じられないこと。
法律で認められているのなら、理事会ではどうしようもないこと。
弁護士を頼るように言われたこと。
……などを、簡単に説明する。
「ああ、やっぱりそう言ったのね。マンション内でも他に結構トラブルを抱えているから、晴美さんの個人的な件に関わっている余裕はないと言うことね」
「そ、それは若干ニュアンスが違いますけど……」
「あ、良いの。どっちみち力にならないのは分かっていたから。元公務員って皆そうなの。知識や良識は持ち合わせていても、個人的な力にはなってくれない人種なのよ」
「……、……」
そう言うものなのか。
まあ、社会人としての大先輩である小百合が言うことだし、現実に断られたことからも間違っているとは言えない。
「それで、どうするの?」
「あの……。長谷川さんが仰るように、弁護士に相談してみようかと……」
「そう……。あてはあるの? 私の知り合いの弁護士を紹介する?」
「いえ……。昨日、長谷川さんに言われてから自分で色々調べたんですけど、市役所の市民相談室に相談しようと思っています」
「そう……。まあ、自分で調べてそうしたいと思ったのなら、やってみなさい。何事も勉強よ」
「はい、そう思って、慎重にネットで調べたんです」
「うふふ……。晴美さんにしては珍しく自力でなんとかしようとしているのね。うん、良い傾向だわ」
「……、……」
「私、そうやって自分で頑張る人って好きよ。大丈夫、もし困ったら手を差し伸べてあげるから。思うようにやってみなさい」
「ありがとうございます。正直、昨日長谷川さんに断られてから心細かったんですけど、小百合さんにそう言っていただくと心強いです」
め、珍しく小百合に褒められた。
そう言えば、今まで小言は言われたことがあるが、ついぞ褒められたことなんかない。
ただ、まだ私は何もやってはいない。
それでも褒められたと言うことは、やろうとしていることの方向性が良いと言うことか?
それか、今までの私が頼りなさ過ぎたので、とりあえず一歩前進しようとしたと言う気持ちを、多少なりとも評価されたようにも感じられる。
「だけど、過度の期待はしちゃダメよ」
「は……、はい?」
「市民相談のことよ」
「どういうことですか?」
せっかく褒めてくれたのに、直後にダメ出しを忘れないところが小百合らしい。
でも、期待しちゃダメって……。
弁護士って法律の専門家でしょう?
相談して何らかの答えを期待してなんでダメなんだろう?
「あのね、弁護士って言っても色々いるのよ」
「はあ?」
「あなた達の離婚のときにやってくれた弁護士がいたでしょう? あの人は離婚や相続なんかが専門なのね」
「……、……」
「だから、日照の件なんて話しても、何も力にはなってもらえないわ」
「そうなんですかっ?」
「そうよ。弁護士は司法試験を受けるときには一通り勉強するけど、実際に仕事として扱う法律の種類には専門があるのよ」
「……、……」
「何でも大丈夫な人もいるけど、そんな人は少数よ。大抵、自分の専門以外のことはあまり引き受けたがらないし、他の専門の弁護士に仕事を投げたりするわ」
「だとすると、相談しても意味がないのでしょうか?」
「意味がないかどうかは分からないわよ。でもね、よほど運が良くなかったら良い弁護士になんた当らないとは言えるわ」
「……、……」
そ、そんな~っ。
せっかく弁護士に相談しようと思ったのに、これでは意味がないと言われているのと同じではないか。
私のテンションが一気に下がって行くような気がする。
「でもね、晴美さん……。それでもやってみることに意味があるのよ」
「……、……」
「こういうトラブルって言うのは、一発で全部旨く行くようなことの方が少ないの。だから、色々試して、その上で少しずつ成果を上げていくしかないのよ」
「……、……」
「市民相談で良い結果が得られなくても良いじゃない。あなたが初めて自力で弁護士と話す切っ掛けになるのだから。もし、次の機会に何かあったら、その初めてのときの経験が必ず役に立つのよ」
「は……、はい」
理屈は分かる。
小百合の言っていることはもっともなことだ。
ただ、私は今困っているのだ。
日照がどうのと言う現実の問題に直面して……
欲張りなのかも知れないが、どうしても何らかの結論には至りたいのだ。
それから、小百合は他にも色々とアドバイスをくれた。
しかし、モチベーションの下がった私の耳には、その内容は届いては来なかった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「弁護士って、難しい試験を受けて合格したのに、専門のことしか分からないってどうなの?」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる