9 / 30
第9話 理事会の意向 ②
しおりを挟む
「実は……」
ようやく私は、本題を切り出す気になった。
騒音も、埃も、ビル風も……。
どれも心配だとは思うけど、日照だって同じくらい心配しても良いと思うから。
「どうぞ、仰って下さい」
「それが……。マンションの業者さんがウチに来て、日照が減ると言われたのです」
「日照ですか。ああ、滝川さんのお宅は一階だからねえ」
「ええ……。もちろん、私もマンションに住んでいるのですから、少々のことなら我慢もしますし、何が何でもしょっちゅう日が射していないと嫌なんてことも言いません」
「うん、それで?」
「ですが、冬至だと、一日の内二時間しか日照がないと言われたのです。しかも、それが法律で許されているのだとか」
「……、……」
「長谷川さんに相談してどうにかなるものではないのかもしれませんが、マンション内で起った問題なので、理事会としてどう対応していただけるか聞きに参ったのです」
「理事会として……、ですか?」
「はい……」
長谷川氏は、少し困ったような表情になった。
何か、私は変なことを言っただろうか?
「滝川さん……」
「……、……」
「気を悪くしないで聞いて欲しいのですが、申し訳ないけど、その件については理事会としては対応しかねるのですよ」
「えっ? どうしてですか」
「先ほども言いましたように、理事会というのはマンション全体の利益を考えるものなんです」
「……、……」
「滝川さんの日照の件は、確かにお困りではあるのでしょうが、それは個々のお宅の問題でマンション全体の問題とは言えないのです」
「……、……」
「私には詳しいことは分かりませんが、恐らく、日照に不満をお持ちの方は一階の方々だけなのではないでしょうか?」
「……、……」
「と言うことは、それはつまり個々の案件と言うことで、理事会では扱えないのですよ」
「……、……」
そ、それって……。
私は思いがけない言葉に、驚きのあまり何も言えなくなってしまった。
しかし、長谷川氏の言っていることは、何だかおかしい気がするのだ。
だって、マンションと言うのは住民全体の共有財産なのではないだろうか?
確か、マンションの土地だって何分の一の権利と言う定めはあっても、特定の箇所が持ち分として示されているわけではない。
だとしたら、一部に掛かる影が問題になれば、全体の問題になるのではないだろうか?
「すいませんね、お力になれなくて……」
「……、……」
「ですが、これは理事会としては仕方がない判断だと思いますよ」
「あの……、……」
私の心に、沸々と怒りが湧いてきた。
長谷川氏の言うことは分からないではない。
しかし、スマホやテレビの電波はとりあえず聞いてもらえるのに、もっと大事な日照はダメって絶対変だ。
正直、長谷川氏のお宅が五階だから日照の心配がないので、面倒事には関わり合いたくないようにしか思えない。
だけど、気持ちは文句の一つも言いたいのに、具体的に何を言って良いのか分からない。
長谷川氏が悪意で言っている訳ではないのも、一応理解しているから……。
「あの……。素人考えですけど、聞いてもらっていいですか?」
「ええ……、仰って下さい」
「私、一階に住んでいるので、エレベーターって一回も使ったことがないのです。今も非常階段を使って来ました」
「……、……」
「ですが、共益費はちゃんと払っています。共益費にはエレベーターを使用したり維持したりする費用が含まれていますよね? それって一階だからと言って減額はされていないと思うのですが?」
「……、……」
「私が他のお宅と同じように共益費を払わなくてはならないのは、このマンションが住民の共有物であるからではないのでしょうか? だとしたら、一部にかかった影もこのマンションのこととして捉えてもらうことは出来ないのでしょうか?」
「うーん、そう言われてもねえ……」
「何か、私は変なことを申しましたでしょうか?」
「……、……」
精一杯無い知恵を振り絞って、私は思いついたことを言ってみた。
だが、何となく、私の理屈は通らないような気がしている。
何処がダメなのかは分からないが、我ながら屁理屈のような気もするし……。
「うん、仰ることは分かりました。ただ、私は専門家ではないので、何とも言えないです」
「……、……」
「それと、業者の方は法律で認められていると言っているんですよね? その日照で」
「え、ええ……」
「だとしたら、理事会で扱っても結論は同じなのではないでしょうか? いや、逃げ口上で言っているのではないですよ。だけど、法律で認められていることを覆すような力は理事会にはありませんので……」
「……、……」
そうか。
そう言うことか。
私が通らないと思った理由はそこにあったのか。
長谷川氏の言っていることは、多分正しい。
理事会と言えども、法律に逆らうわけにはいかないのだ。
改めて言われてみれば当然のことだが、私は今指摘されるまでそのことに気が付かなかった。
「そうですか……」
私は、力なくそう言うしかなかった。
これは、長谷川氏が悪いわけではないから。
だけど、これで私は頼るべき存在を失った。
理事会に言ってすべて解決するとは思っていなかったが、これほど綺麗に拒否されるとは思ってもいなかった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「法律……。ウチの日照を減らす一番の原因に、ようやく気がついたわ!」
ようやく私は、本題を切り出す気になった。
騒音も、埃も、ビル風も……。
どれも心配だとは思うけど、日照だって同じくらい心配しても良いと思うから。
「どうぞ、仰って下さい」
「それが……。マンションの業者さんがウチに来て、日照が減ると言われたのです」
「日照ですか。ああ、滝川さんのお宅は一階だからねえ」
「ええ……。もちろん、私もマンションに住んでいるのですから、少々のことなら我慢もしますし、何が何でもしょっちゅう日が射していないと嫌なんてことも言いません」
「うん、それで?」
「ですが、冬至だと、一日の内二時間しか日照がないと言われたのです。しかも、それが法律で許されているのだとか」
「……、……」
「長谷川さんに相談してどうにかなるものではないのかもしれませんが、マンション内で起った問題なので、理事会としてどう対応していただけるか聞きに参ったのです」
「理事会として……、ですか?」
「はい……」
長谷川氏は、少し困ったような表情になった。
何か、私は変なことを言っただろうか?
「滝川さん……」
「……、……」
「気を悪くしないで聞いて欲しいのですが、申し訳ないけど、その件については理事会としては対応しかねるのですよ」
「えっ? どうしてですか」
「先ほども言いましたように、理事会というのはマンション全体の利益を考えるものなんです」
「……、……」
「滝川さんの日照の件は、確かにお困りではあるのでしょうが、それは個々のお宅の問題でマンション全体の問題とは言えないのです」
「……、……」
「私には詳しいことは分かりませんが、恐らく、日照に不満をお持ちの方は一階の方々だけなのではないでしょうか?」
「……、……」
「と言うことは、それはつまり個々の案件と言うことで、理事会では扱えないのですよ」
「……、……」
そ、それって……。
私は思いがけない言葉に、驚きのあまり何も言えなくなってしまった。
しかし、長谷川氏の言っていることは、何だかおかしい気がするのだ。
だって、マンションと言うのは住民全体の共有財産なのではないだろうか?
確か、マンションの土地だって何分の一の権利と言う定めはあっても、特定の箇所が持ち分として示されているわけではない。
だとしたら、一部に掛かる影が問題になれば、全体の問題になるのではないだろうか?
「すいませんね、お力になれなくて……」
「……、……」
「ですが、これは理事会としては仕方がない判断だと思いますよ」
「あの……、……」
私の心に、沸々と怒りが湧いてきた。
長谷川氏の言うことは分からないではない。
しかし、スマホやテレビの電波はとりあえず聞いてもらえるのに、もっと大事な日照はダメって絶対変だ。
正直、長谷川氏のお宅が五階だから日照の心配がないので、面倒事には関わり合いたくないようにしか思えない。
だけど、気持ちは文句の一つも言いたいのに、具体的に何を言って良いのか分からない。
長谷川氏が悪意で言っている訳ではないのも、一応理解しているから……。
「あの……。素人考えですけど、聞いてもらっていいですか?」
「ええ……、仰って下さい」
「私、一階に住んでいるので、エレベーターって一回も使ったことがないのです。今も非常階段を使って来ました」
「……、……」
「ですが、共益費はちゃんと払っています。共益費にはエレベーターを使用したり維持したりする費用が含まれていますよね? それって一階だからと言って減額はされていないと思うのですが?」
「……、……」
「私が他のお宅と同じように共益費を払わなくてはならないのは、このマンションが住民の共有物であるからではないのでしょうか? だとしたら、一部にかかった影もこのマンションのこととして捉えてもらうことは出来ないのでしょうか?」
「うーん、そう言われてもねえ……」
「何か、私は変なことを申しましたでしょうか?」
「……、……」
精一杯無い知恵を振り絞って、私は思いついたことを言ってみた。
だが、何となく、私の理屈は通らないような気がしている。
何処がダメなのかは分からないが、我ながら屁理屈のような気もするし……。
「うん、仰ることは分かりました。ただ、私は専門家ではないので、何とも言えないです」
「……、……」
「それと、業者の方は法律で認められていると言っているんですよね? その日照で」
「え、ええ……」
「だとしたら、理事会で扱っても結論は同じなのではないでしょうか? いや、逃げ口上で言っているのではないですよ。だけど、法律で認められていることを覆すような力は理事会にはありませんので……」
「……、……」
そうか。
そう言うことか。
私が通らないと思った理由はそこにあったのか。
長谷川氏の言っていることは、多分正しい。
理事会と言えども、法律に逆らうわけにはいかないのだ。
改めて言われてみれば当然のことだが、私は今指摘されるまでそのことに気が付かなかった。
「そうですか……」
私は、力なくそう言うしかなかった。
これは、長谷川氏が悪いわけではないから。
だけど、これで私は頼るべき存在を失った。
理事会に言ってすべて解決するとは思っていなかったが、これほど綺麗に拒否されるとは思ってもいなかった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「法律……。ウチの日照を減らす一番の原因に、ようやく気がついたわ!」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる