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第7話 気持ちの整理
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田所が帰って、私は居間のソファーで資料を見つめた。
どうせ何も分かりっこないが、それでも無い知恵を総動員して……。
結局、小百合の不安が的中してしまったのだろうか?
それとも、私の認識が甘過ぎたのだろうか?
考えれば考えるほど、その両方であるような気がしてくる。
私の認識には、
「法律なんて、基本的には平等に扱われることが前提なんでしょ?」
と言う甘えがあったことは間違いないし、それが多少違っていても何とかなるような気がしていた。
しかし、良く考えてみると、私もマンションに住んでいるのだ。
たまたま私の住んでいるマンションは空き地の反対側が崖で、あまり他人に影の影響を与えないようにはなっている。
でも、それはあくまでも崖があるだけの話で、同じマンションに住んでいるのだから、決まり事に文句を言うのは私の考え方が違うのかもしれない。
そう、平等と言うのなら、私もそれに従う必要がある気がしてくるのだ。
「でも……」
思わず、独り呟いてしまう。
小百合は言っていたではないか。
以前建っていた郵政省の寮の影は気にならなかった……、と。
……と言うことは、もしかして小百合の感覚と私の感覚が違うのだろうか?
小百合は、ちゃんと一日二時間の日照を受け入れていて、私が何となく受け入れられないだけ……?
どうも、そんな感じがしてきて仕方がない。
つまり、今まで暮らしてきた環境が良すぎたことに馴れきっていたから、田所がごく当たり前のことを言ってきても受け入れられないのかも知れない。
「あ、小百合さんですか?」
「あら、珍しいわね。晴美さんが電話をしてくるなんて……」
「今、ちょっと時間がありますか?」
「良いわよ。ちょうど今、手が空いたところだから」
電話口の小百合は、意外と機嫌の良い声を出している。
普段は、忙しそうな小百合の邪魔になってはいけないと思い、ほとんど電話なんかしたことがなかったのだが、どうしても以前の日照の感じが知りたくて、私は思わず連絡をしてしまった。
小百合自身が心配していたことだから、とりあえず報告をするという大義名分もあるし……。
「その……。日照の件なんですが……」
「あ、何か進展があったの? どう、気にならない程度だった?」
「それが……、……」
「どうしたの? ちゃんと言いなさい。言わなきゃ分からないでしょう?」
「あの……、小百合さんがここで暮らしていたときって、日照はどのくらいありました?」
「どのくらいって言われても……。この間も言ったけど、特に不満はなかったわよ」
「じ、実は……」
「……、……」
私は、田所に説明されたことを小百合に話した。
そして、私の感覚がおかしいのかも、小百合に尋ねた。
「二時間? そんなに少ないの?」
「はい、業者の人はそう言っていました」
「郵政省の影があったときでも、確か朝晩二時間ずつくらいは日照があったと思うわ。うん、そうね。真冬でも昼の十時近くまでは日が入っていたわよ」
「そ、そうなんですか?」
「だから、晴美さんの感覚がおかしいわけではないと思うわ。一日に二時間じゃ少ないと思うのは当たり前よ」
「……、……」
「でも、それって法律で認められているって相手は言っているんでしょう?」
「はい」
「うーん……。困ったわね、それではどうしようもないじゃない。だけど、業者が全部本当のことを言っているとは限らないから、やはり何らか対応した方が良さそうね」
「た、対応ってどうしたら良いのでしょう? 私、全然分からなくて……。とりあえず何からすれば良いのか教えていただけませんか?」
そう……。
私はこれから自分がどうすれば良いかを知りたいのだ。
もし、何をやってもダメなのなら、それはそれで仕方がない。
諦めるよりないだろう。
だけど、何もしないでただ受け入れるだけと言う選択をするにしては、一日二時間は抵抗のあるものだ。
せめて、自分が納得出来るくらいの知識は欲しいし、その上で諦めたい。
田所に説明を受けるまで楽観的でいた自分が、とても愚かに感じられる。
正直、今の私は、
「たかが日照……」
とは言えない気がしているのだ。
「木原さんには聞いてみた?」
「いえ……。何度か行ってみたのですが、木原さんは相変わらず不在で……」
「そう……。じゃあ、あなたが言っていたように、理事会の人に相談してみたら? 今の理事長が誰か分かる?」
「理事長は、確か、506号室の長谷川さんです」
「長谷川さん? ああ、あの元公務員のお爺ちゃんね」
「……、……」
「あの人、もう隠居暮らしが長いから、役に立つかどうかは分からないわ。でも、今のところ他に頼るところがないんでしょう?」
「はい……」
「じゃあ、とりあえず長谷川さんに相談なさい。それと、何かあったらすぐに私に連絡してくるのよ。良い、分かった?」
「はい……」
「じゃ、私、これから人と会う用があるから切るわね」
「すいません……、お忙しいところに電話して……」
「良いのよ。じゃあね」
「……、……」
小百合は、慌ただしく電話を切った。
だが、少しでも小百合のアドバイスが聞けて良かった。
私一人では、動揺するだけで何も出来そうになかったから……。
あ、いけないっ!
そろそろ裕太が起きる時間だ。
夕食の支度をしなくちゃ……。
裕太ママ晴美の一言メモ
「とりあえず、理事会に相談しよう! 今のところ、それしか思いつかない」
どうせ何も分かりっこないが、それでも無い知恵を総動員して……。
結局、小百合の不安が的中してしまったのだろうか?
それとも、私の認識が甘過ぎたのだろうか?
考えれば考えるほど、その両方であるような気がしてくる。
私の認識には、
「法律なんて、基本的には平等に扱われることが前提なんでしょ?」
と言う甘えがあったことは間違いないし、それが多少違っていても何とかなるような気がしていた。
しかし、良く考えてみると、私もマンションに住んでいるのだ。
たまたま私の住んでいるマンションは空き地の反対側が崖で、あまり他人に影の影響を与えないようにはなっている。
でも、それはあくまでも崖があるだけの話で、同じマンションに住んでいるのだから、決まり事に文句を言うのは私の考え方が違うのかもしれない。
そう、平等と言うのなら、私もそれに従う必要がある気がしてくるのだ。
「でも……」
思わず、独り呟いてしまう。
小百合は言っていたではないか。
以前建っていた郵政省の寮の影は気にならなかった……、と。
……と言うことは、もしかして小百合の感覚と私の感覚が違うのだろうか?
小百合は、ちゃんと一日二時間の日照を受け入れていて、私が何となく受け入れられないだけ……?
どうも、そんな感じがしてきて仕方がない。
つまり、今まで暮らしてきた環境が良すぎたことに馴れきっていたから、田所がごく当たり前のことを言ってきても受け入れられないのかも知れない。
「あ、小百合さんですか?」
「あら、珍しいわね。晴美さんが電話をしてくるなんて……」
「今、ちょっと時間がありますか?」
「良いわよ。ちょうど今、手が空いたところだから」
電話口の小百合は、意外と機嫌の良い声を出している。
普段は、忙しそうな小百合の邪魔になってはいけないと思い、ほとんど電話なんかしたことがなかったのだが、どうしても以前の日照の感じが知りたくて、私は思わず連絡をしてしまった。
小百合自身が心配していたことだから、とりあえず報告をするという大義名分もあるし……。
「その……。日照の件なんですが……」
「あ、何か進展があったの? どう、気にならない程度だった?」
「それが……、……」
「どうしたの? ちゃんと言いなさい。言わなきゃ分からないでしょう?」
「あの……、小百合さんがここで暮らしていたときって、日照はどのくらいありました?」
「どのくらいって言われても……。この間も言ったけど、特に不満はなかったわよ」
「じ、実は……」
「……、……」
私は、田所に説明されたことを小百合に話した。
そして、私の感覚がおかしいのかも、小百合に尋ねた。
「二時間? そんなに少ないの?」
「はい、業者の人はそう言っていました」
「郵政省の影があったときでも、確か朝晩二時間ずつくらいは日照があったと思うわ。うん、そうね。真冬でも昼の十時近くまでは日が入っていたわよ」
「そ、そうなんですか?」
「だから、晴美さんの感覚がおかしいわけではないと思うわ。一日に二時間じゃ少ないと思うのは当たり前よ」
「……、……」
「でも、それって法律で認められているって相手は言っているんでしょう?」
「はい」
「うーん……。困ったわね、それではどうしようもないじゃない。だけど、業者が全部本当のことを言っているとは限らないから、やはり何らか対応した方が良さそうね」
「た、対応ってどうしたら良いのでしょう? 私、全然分からなくて……。とりあえず何からすれば良いのか教えていただけませんか?」
そう……。
私はこれから自分がどうすれば良いかを知りたいのだ。
もし、何をやってもダメなのなら、それはそれで仕方がない。
諦めるよりないだろう。
だけど、何もしないでただ受け入れるだけと言う選択をするにしては、一日二時間は抵抗のあるものだ。
せめて、自分が納得出来るくらいの知識は欲しいし、その上で諦めたい。
田所に説明を受けるまで楽観的でいた自分が、とても愚かに感じられる。
正直、今の私は、
「たかが日照……」
とは言えない気がしているのだ。
「木原さんには聞いてみた?」
「いえ……。何度か行ってみたのですが、木原さんは相変わらず不在で……」
「そう……。じゃあ、あなたが言っていたように、理事会の人に相談してみたら? 今の理事長が誰か分かる?」
「理事長は、確か、506号室の長谷川さんです」
「長谷川さん? ああ、あの元公務員のお爺ちゃんね」
「……、……」
「あの人、もう隠居暮らしが長いから、役に立つかどうかは分からないわ。でも、今のところ他に頼るところがないんでしょう?」
「はい……」
「じゃあ、とりあえず長谷川さんに相談なさい。それと、何かあったらすぐに私に連絡してくるのよ。良い、分かった?」
「はい……」
「じゃ、私、これから人と会う用があるから切るわね」
「すいません……、お忙しいところに電話して……」
「良いのよ。じゃあね」
「……、……」
小百合は、慌ただしく電話を切った。
だが、少しでも小百合のアドバイスが聞けて良かった。
私一人では、動揺するだけで何も出来そうになかったから……。
あ、いけないっ!
そろそろ裕太が起きる時間だ。
夕食の支度をしなくちゃ……。
裕太ママ晴美の一言メモ
「とりあえず、理事会に相談しよう! 今のところ、それしか思いつかない」
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