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第6話 再来訪で実態を知る!
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「は~いっ!」
この時間にインターフォンが鳴ったと言うことは、田所だろうか?
先週、突然の来訪を受けてから一週間経つが、今のところ何の進展もない。
木原事務所には(表札を良く見たら、事務所とちゃんと書いてあった)何度か行ってみたが、最初の訪問時以外は誰も出ず。
デベロッパーの田所からは名刺をもらっていたので連絡を付けることはできたが、何となくこちらから聞くのも億劫でそのままにしていた。
ただ、小百合の言葉が気にはなっていたので、何らか対応しなくてはいけないような心の引っかかりは感じていた。
だから、田所から訪問してくれることは、私にとって有り難いことであるし、そうしてもらいたいと思っていたのだった。
「毎度、お忙しいところすいません」
田所は、今日も爽やかな笑顔を振りまきながら、扉の向こうに立っていた。
今日も来訪は土曜日……。
時刻も先週と同じ五時過ぎだ。
裕太もさっき寝てくれたし、ちょうど良い時間に来てくれて助かる。
「先週、資料をお届けすると申しましたので、滝川様にはご迷惑かと存じましたが伺わせていただきました」
「あ、ありがたいです。実は、姑が日照が減ると言ったらとても気にしまして……。資料なんかも集めた方が良いと言うものですから」
「そうですか。では、伺わせていただいて良かったです。こちらが資料となります」
「……、……」
姑……、と言いかけたときに、ちょっと小百合の怒った顔を思い浮かべたが、とりあえず他に言いようがないので姑で押し通す。
元姑と事情を知らない田所に言ってみても仕方がないことだから……。
田所は黒い革のブリーフケースを開け、何やら図面のようなものを取り出す。
そして、それを私に差し出した。
「あ、中にお入り下さい。扉を開けっ放しにしていると、虫が入ってくるので……」
「そうですか……。では、失礼します」
「これが資料ですか?」
「ええ、マンション計画の計画図と、滝川様の日照に関する資料となります」
「あのー、すいません。これを私が看ても、良く分からないのですが……」
「大丈夫ですよ。キチンと説明いたしますので」
離婚して以来、裕太以外の男性が玄関の中に入ったのは初めてだ。
しかし、田所は素性も分かっているし、他のお宅にも来ているのだから大丈夫だろうと思ったのだ。
虫が入ってくるのも嘘ではないので、決して彼がイケメンだから入れたのではない。
「この図を見ていただけますか?」
「……、……」
「これが、冬至のときの滝川様の日照となります」
「この、書いてある時間が日の入る時間ですか?」
「はい、朝と夕方に日が射すことがお分かりでしょうか?」
「……、……」
えっ?
これって、朝八時からの一時間と、夕方の三時半から一時間ちょっと日が射すだけなの?
冬至は一年で一番日照が短い日だろうけど、これじゃあ洗濯物が乾かないのではないだろうか?
「もしかして、一日に二時間しか日が当らないのですか? それだと、洗濯物が乾かなくて困るんですけど……」
「あ、いえ……。この図はお宅の部屋の中に日が射す時間が書かれていますので、洗濯物を干すベランダはもっと日が当りますよ」
「でも、それでもかなり短いですよね? 普通に生活するにしても、これではあまりに少ないです」
「そうですか……。ただ、これは冬至の日と言う一番日照が短いときの場合ですので、一年中これが続くと言うわけではないのです」
「それはそうでしょうけど……。でも、冬至の近くは、大体同じような感じになるんですよね? 日の入りや日没があっという間に変わるわけではありませんもの」
「それはそうなんですが……。しかし、これは法令上認められている範囲の中なので……」
「認められている?」
「はい……。この地域では、一日二時間以上の日照と決められています。それ以下の日照だと、そもそもの設計自体を見直さなければならないのです」
田所は、柔らかい口調で諭すように話しかけてくる。
だが、言っていることは、こちらにとってかなりシビアな話だ。
朝晩の一時間ずつでは、どう考えても洗濯物が乾くわけもない。
冬の寒い時期だから、乾きが遅いだろうし。
これでは、生乾きになって洗濯物に変な匂いが付いてしまう。
まあ、裕太はその頃にはオムツも取れるだろうが、それにしても仕事に出掛けている間に乾かないのでは乾燥機でも入れるしかなくなってしまう。
でも……。
乾燥機は出来れば入れたくないのだ。
私は、あのお日様で干したふんわりする香りが好きだから……。
……って、これは私の贅沢に過ぎないのかしら?
「資料はこれですべてとなります。良くご検討下さい」
「はあ……?」
「そうそう……。再来週、説明会があるんです。そのときにまたご説明申し上げますので、宜しかったらいらしてもらえますか?」
「再来週のいつですか?」
「今日と同じ土曜日です。こちらのマンション様のロビーで行いますので、是非いらして下さい」
「……、……」
「追って説明会の詳しい告知をさせていただきますが、よろしくお願いいたします」
「……、……」
検討?
私は、この資料をもらってどうすればいいのだろう?
だって、法令上認められているんでしょう?
だったら、私がどんなに嫌だと言ったって、変えようがないではないか。
裕太ママ晴美の一言メモ
「法律では、日照一日二時間で生活しろと言うことらしい。だけど、それって何だか変だと思う」
この時間にインターフォンが鳴ったと言うことは、田所だろうか?
先週、突然の来訪を受けてから一週間経つが、今のところ何の進展もない。
木原事務所には(表札を良く見たら、事務所とちゃんと書いてあった)何度か行ってみたが、最初の訪問時以外は誰も出ず。
デベロッパーの田所からは名刺をもらっていたので連絡を付けることはできたが、何となくこちらから聞くのも億劫でそのままにしていた。
ただ、小百合の言葉が気にはなっていたので、何らか対応しなくてはいけないような心の引っかかりは感じていた。
だから、田所から訪問してくれることは、私にとって有り難いことであるし、そうしてもらいたいと思っていたのだった。
「毎度、お忙しいところすいません」
田所は、今日も爽やかな笑顔を振りまきながら、扉の向こうに立っていた。
今日も来訪は土曜日……。
時刻も先週と同じ五時過ぎだ。
裕太もさっき寝てくれたし、ちょうど良い時間に来てくれて助かる。
「先週、資料をお届けすると申しましたので、滝川様にはご迷惑かと存じましたが伺わせていただきました」
「あ、ありがたいです。実は、姑が日照が減ると言ったらとても気にしまして……。資料なんかも集めた方が良いと言うものですから」
「そうですか。では、伺わせていただいて良かったです。こちらが資料となります」
「……、……」
姑……、と言いかけたときに、ちょっと小百合の怒った顔を思い浮かべたが、とりあえず他に言いようがないので姑で押し通す。
元姑と事情を知らない田所に言ってみても仕方がないことだから……。
田所は黒い革のブリーフケースを開け、何やら図面のようなものを取り出す。
そして、それを私に差し出した。
「あ、中にお入り下さい。扉を開けっ放しにしていると、虫が入ってくるので……」
「そうですか……。では、失礼します」
「これが資料ですか?」
「ええ、マンション計画の計画図と、滝川様の日照に関する資料となります」
「あのー、すいません。これを私が看ても、良く分からないのですが……」
「大丈夫ですよ。キチンと説明いたしますので」
離婚して以来、裕太以外の男性が玄関の中に入ったのは初めてだ。
しかし、田所は素性も分かっているし、他のお宅にも来ているのだから大丈夫だろうと思ったのだ。
虫が入ってくるのも嘘ではないので、決して彼がイケメンだから入れたのではない。
「この図を見ていただけますか?」
「……、……」
「これが、冬至のときの滝川様の日照となります」
「この、書いてある時間が日の入る時間ですか?」
「はい、朝と夕方に日が射すことがお分かりでしょうか?」
「……、……」
えっ?
これって、朝八時からの一時間と、夕方の三時半から一時間ちょっと日が射すだけなの?
冬至は一年で一番日照が短い日だろうけど、これじゃあ洗濯物が乾かないのではないだろうか?
「もしかして、一日に二時間しか日が当らないのですか? それだと、洗濯物が乾かなくて困るんですけど……」
「あ、いえ……。この図はお宅の部屋の中に日が射す時間が書かれていますので、洗濯物を干すベランダはもっと日が当りますよ」
「でも、それでもかなり短いですよね? 普通に生活するにしても、これではあまりに少ないです」
「そうですか……。ただ、これは冬至の日と言う一番日照が短いときの場合ですので、一年中これが続くと言うわけではないのです」
「それはそうでしょうけど……。でも、冬至の近くは、大体同じような感じになるんですよね? 日の入りや日没があっという間に変わるわけではありませんもの」
「それはそうなんですが……。しかし、これは法令上認められている範囲の中なので……」
「認められている?」
「はい……。この地域では、一日二時間以上の日照と決められています。それ以下の日照だと、そもそもの設計自体を見直さなければならないのです」
田所は、柔らかい口調で諭すように話しかけてくる。
だが、言っていることは、こちらにとってかなりシビアな話だ。
朝晩の一時間ずつでは、どう考えても洗濯物が乾くわけもない。
冬の寒い時期だから、乾きが遅いだろうし。
これでは、生乾きになって洗濯物に変な匂いが付いてしまう。
まあ、裕太はその頃にはオムツも取れるだろうが、それにしても仕事に出掛けている間に乾かないのでは乾燥機でも入れるしかなくなってしまう。
でも……。
乾燥機は出来れば入れたくないのだ。
私は、あのお日様で干したふんわりする香りが好きだから……。
……って、これは私の贅沢に過ぎないのかしら?
「資料はこれですべてとなります。良くご検討下さい」
「はあ……?」
「そうそう……。再来週、説明会があるんです。そのときにまたご説明申し上げますので、宜しかったらいらしてもらえますか?」
「再来週のいつですか?」
「今日と同じ土曜日です。こちらのマンション様のロビーで行いますので、是非いらして下さい」
「……、……」
「追って説明会の詳しい告知をさせていただきますが、よろしくお願いいたします」
「……、……」
検討?
私は、この資料をもらってどうすればいいのだろう?
だって、法令上認められているんでしょう?
だったら、私がどんなに嫌だと言ったって、変えようがないではないか。
裕太ママ晴美の一言メモ
「法律では、日照一日二時間で生活しろと言うことらしい。だけど、それって何だか変だと思う」
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