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第2話 元姑、小百合
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月初めの日曜日には、必ず元姑が裕太の様子を見に来る。
「これだけが私の生き甲斐なのよ……」
と、元姑は来る度に漏らす。
元姑になったのは、つい半年前……。
元旦那、直人の不倫が原因で、離婚が成立してからだ。
しかし、私は元姑に嫌な感情は抱いていない。
直人が不倫したときに、一番私の味方をしてくれたのが元姑の小百合だったからだ。
普通はこんなことはないだろう。
なんせ、自身の腹を痛めた子供と、垢の他人の女のことなのだから。
当然、小百合も直人の味方をするものだと、私は思っていた。
だが、直人の不倫を知って烈火の如く怒ったのは、私ではなく小百合であった。
その凄まじさは、当事者の私もビックリするくらい。
手近に置いてあった電気スタンドをいきなり直人に投げつけたほどであった。
あの電気スタンド……。
私のお気に入りだったのだけど、仕方がなかったかな。
などと、今は思えるくらい気持ちは治まったが、当時の私は小百合が怒ってくれることに驚きつつもとても感謝していたのだった。
離婚を薦めたのも小百合であった。
「こんなアホな男、すぐに棄てなさいっ! 晴美さんの面倒は、一生私が看てあげるから……」
そう斬りつけるように直人に言うと、すぐに弁護士に電話をしだした。
そして、
「マンションも裕太の親権も、全部晴美さんが取りなさい。私が全部取りはからってあげるから心配しなくていいわ」
と宣言し、実際にそのようになった。
小百合は美容室を何軒も経営していて、経済力では直人などとても敵わない。
それどころか、直人は小百合の経営している美容室で働いていたりする。
不倫が発覚する前は、某支店の店長を任されていた直人であったが、今は小百合の強権で平の美容師として働いているそうだ。
直人の給料は半分にカット……。
その半分に小百合が更に足してくれた金額が、裕太の養育費だ。
マンションのローンも、残っている分は小百合が全部払ってくれた。
だから、とりあえず私は悠々と暮らして行けるようにはなっている。
ただ、離婚が成立する直前にこれだけは言われた。
「晴美さん、仕事をしなさい」
と……。
小百合の目の黒い内は極力便宜をはかってくれるつもりらしいが、いつ何時庇護が受けられないような事態が起らないとも限らないからだと言う。
私の実の母は、離婚と聞いておろおろとするばかりだったのに、小百合のたくましさと言ったらない。
やはり、仕事を持っていると言うことは、自分自身を強くするようだ。
だから、私は小百合の忠告を素直に聞いた。
裕太を保育所に預ける費用まで出してくれると言うのだから、断る理由もないのだが……。
「晴美さん……。裕太ったら、私のことをサユって呼ぶのよ」
「お義母さんったら……」
小百合は裕太に早く名前を呼んでもらいたいらしい。
しかし、裕太は奇声を発しているだけで、サユと言っているとはとても思えない。
裕太は発育が悪いのか、2歳になってもなかなか話し出そうとはしない。
ただ、その分、食べる方の意欲は旺盛で、普通食に変えてからもほとんど残さず食べてしまう。
小百合は、そんな裕太が可愛くて仕方がないらしく、毎月、おもちゃや絵本、洋服などを買ってくる。
腹を痛めた息子にはあれだけ厳しいのに……、とも思うが、小百合の中では何かしらの区別がなされており、折り合いがついているようだ。
「晴美さんっ! お義母さんって呼ばないでって、何度言ったら分かるの?」
「す、すいません……、小百合さん」
「そうよ。私はもうあなたとは縁が切れた人なんですからね。裕太のお祖母ちゃんではあるけど……」
「……、……」
この、小百合の妙な拘りは何なのだろう?
しかし、そう言いながらも小百合は、お祖母ちゃん……、と自ら言った瞬間に、心底嫌そうに顔をゆがめた。
きっと、本人的には裕太にお祖母ちゃんとなんて呼んで欲しくはないのだろう。
まあ、美容室を経営しているだけあって、見た目は三十代後半と言っても通る美貌だ。
今風に言うと、美魔女ってところか……
スタイルも肌の艶も、私と較べて遜色がない。
容姿を扱う仕事だから当然なのかも知れないが、普段から気とお金を遣っているのがありありと分かる。
私は裕太の出産を経験し、女としての努力を一時止めた。
これが直人の不倫を引き起こしたのではないかと、密かに思っている。
だが、今は裕太の母でもあり、仕事をするワーキングウーマンでもある。
小百合ほどとはいかないまでも、最低限の身だしなみを心掛けてはいたりする。
「小百合さん、一つ聞いても良いですか?」
裕太のご機嫌をとるのに疲れ果て、紅茶をすすっている小百合に向かって、私は唐突に尋ねた。
小百合が手にしているブルーローズのカップは、小百合が自身で使うためにこの家に持ち込んだ物だ。
「何?」
「こんなことをお聞きして良いのか分らないですけど……」
「……、……」
「どうして、直人さんが不倫をしたときに、私にこんなに良くしてくれたのですか?」
「……、……」
「私、とても有り難いと思っています。でも、普通では考えられないくらい厚遇していただくほど、私は良い嫁ではなかったと思うのです」
「……、……」
小百合は私を見つめたあと目を伏せ、カップに付いた口紅を指でそっと拭った。
裕太ママ晴美の一言メモ
「仕事は女を強くし、美しくもする……、らしい」
「これだけが私の生き甲斐なのよ……」
と、元姑は来る度に漏らす。
元姑になったのは、つい半年前……。
元旦那、直人の不倫が原因で、離婚が成立してからだ。
しかし、私は元姑に嫌な感情は抱いていない。
直人が不倫したときに、一番私の味方をしてくれたのが元姑の小百合だったからだ。
普通はこんなことはないだろう。
なんせ、自身の腹を痛めた子供と、垢の他人の女のことなのだから。
当然、小百合も直人の味方をするものだと、私は思っていた。
だが、直人の不倫を知って烈火の如く怒ったのは、私ではなく小百合であった。
その凄まじさは、当事者の私もビックリするくらい。
手近に置いてあった電気スタンドをいきなり直人に投げつけたほどであった。
あの電気スタンド……。
私のお気に入りだったのだけど、仕方がなかったかな。
などと、今は思えるくらい気持ちは治まったが、当時の私は小百合が怒ってくれることに驚きつつもとても感謝していたのだった。
離婚を薦めたのも小百合であった。
「こんなアホな男、すぐに棄てなさいっ! 晴美さんの面倒は、一生私が看てあげるから……」
そう斬りつけるように直人に言うと、すぐに弁護士に電話をしだした。
そして、
「マンションも裕太の親権も、全部晴美さんが取りなさい。私が全部取りはからってあげるから心配しなくていいわ」
と宣言し、実際にそのようになった。
小百合は美容室を何軒も経営していて、経済力では直人などとても敵わない。
それどころか、直人は小百合の経営している美容室で働いていたりする。
不倫が発覚する前は、某支店の店長を任されていた直人であったが、今は小百合の強権で平の美容師として働いているそうだ。
直人の給料は半分にカット……。
その半分に小百合が更に足してくれた金額が、裕太の養育費だ。
マンションのローンも、残っている分は小百合が全部払ってくれた。
だから、とりあえず私は悠々と暮らして行けるようにはなっている。
ただ、離婚が成立する直前にこれだけは言われた。
「晴美さん、仕事をしなさい」
と……。
小百合の目の黒い内は極力便宜をはかってくれるつもりらしいが、いつ何時庇護が受けられないような事態が起らないとも限らないからだと言う。
私の実の母は、離婚と聞いておろおろとするばかりだったのに、小百合のたくましさと言ったらない。
やはり、仕事を持っていると言うことは、自分自身を強くするようだ。
だから、私は小百合の忠告を素直に聞いた。
裕太を保育所に預ける費用まで出してくれると言うのだから、断る理由もないのだが……。
「晴美さん……。裕太ったら、私のことをサユって呼ぶのよ」
「お義母さんったら……」
小百合は裕太に早く名前を呼んでもらいたいらしい。
しかし、裕太は奇声を発しているだけで、サユと言っているとはとても思えない。
裕太は発育が悪いのか、2歳になってもなかなか話し出そうとはしない。
ただ、その分、食べる方の意欲は旺盛で、普通食に変えてからもほとんど残さず食べてしまう。
小百合は、そんな裕太が可愛くて仕方がないらしく、毎月、おもちゃや絵本、洋服などを買ってくる。
腹を痛めた息子にはあれだけ厳しいのに……、とも思うが、小百合の中では何かしらの区別がなされており、折り合いがついているようだ。
「晴美さんっ! お義母さんって呼ばないでって、何度言ったら分かるの?」
「す、すいません……、小百合さん」
「そうよ。私はもうあなたとは縁が切れた人なんですからね。裕太のお祖母ちゃんではあるけど……」
「……、……」
この、小百合の妙な拘りは何なのだろう?
しかし、そう言いながらも小百合は、お祖母ちゃん……、と自ら言った瞬間に、心底嫌そうに顔をゆがめた。
きっと、本人的には裕太にお祖母ちゃんとなんて呼んで欲しくはないのだろう。
まあ、美容室を経営しているだけあって、見た目は三十代後半と言っても通る美貌だ。
今風に言うと、美魔女ってところか……
スタイルも肌の艶も、私と較べて遜色がない。
容姿を扱う仕事だから当然なのかも知れないが、普段から気とお金を遣っているのがありありと分かる。
私は裕太の出産を経験し、女としての努力を一時止めた。
これが直人の不倫を引き起こしたのではないかと、密かに思っている。
だが、今は裕太の母でもあり、仕事をするワーキングウーマンでもある。
小百合ほどとはいかないまでも、最低限の身だしなみを心掛けてはいたりする。
「小百合さん、一つ聞いても良いですか?」
裕太のご機嫌をとるのに疲れ果て、紅茶をすすっている小百合に向かって、私は唐突に尋ねた。
小百合が手にしているブルーローズのカップは、小百合が自身で使うためにこの家に持ち込んだ物だ。
「何?」
「こんなことをお聞きして良いのか分らないですけど……」
「……、……」
「どうして、直人さんが不倫をしたときに、私にこんなに良くしてくれたのですか?」
「……、……」
「私、とても有り難いと思っています。でも、普通では考えられないくらい厚遇していただくほど、私は良い嫁ではなかったと思うのです」
「……、……」
小百合は私を見つめたあと目を伏せ、カップに付いた口紅を指でそっと拭った。
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「仕事は女を強くし、美しくもする……、らしい」
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