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第7話 担任の教師に脅された件〜前編〜

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 僕は教室の窓から、ぼんやりと外を眺めていた。
 教壇では担任の教師が源氏物語の登場人物の人間関係について、黒板に系図のようなものを書いて、あれこれと解説しているが、先生の言葉は僕の耳を完全に素通りしていた。千年も前の、雅びな宮廷生活の話は、現代の男たちのギトギトした欲望に翻弄された今の僕には、あまりに遠すぎるものに感じられた。
 校庭では、ブルマを穿いたΩの生徒たちがバスケットボールをやっている。
 その向こうには、無秩序に林立する都心のビルの群れが、西日を浴びて白く輝いているのが見える。
 どんどん気温は上がっていき、確実に夏が来ようとしていた。
 最後の授業の終了を告げるチャイムが鳴り渡り、担任は黒板消しで黒板の系図を消し始める。


「はい、じゃあ、今日の授業はこれでお終い」


 すかさず、クラス委員が、


「起立、礼!」


 の声をかけ、教室の全員がザザッと椅子を引いて立ち上がり、一斉に礼をして、授業が終わった。
 生徒たちは次々席を離れ、それぞれ仲のいい友達と連れ立って、ゾロゾロと教室から出ていく。
 僕も鞄を持って教室を出て、玄関の方へ向かおうとしたとき、誰かが後ろから、ポンと僕の肩を叩いた。
 一護いちごくんだと思って振り向くと、そこには先ほどまで教室で授業をしていた担任がいた。


「あ、どうも……」
「どうした? 何か、悩みでもあるんじゃないのか? 悩んでいることがあるんだったら、ひとりで抱えてないで先生に相談しなさ~いwww」
「はあ……いや、特にないですけど」


 悩んでいるどころか、素敵な彼氏ができてリア充ライフを満喫しているくらいだ。
 会うたびに舐めるようなまなざしで見つめてくる担任からは僕をレイプした男たちと共通する狂気を感じた。
 だが、僕の否定にもかかわらず、担任はさらに食い下がってきた。


「そんなことないはずだ~♡ 先生の目は誤魔化せないぞwww」


 鬱陶しくなった僕は、少し語気を強めて言った。


「僕、失礼します! 帰ってから用事もありますので」


 だが、そう言った途端、急に担任の表情が硬く、険しくなった。


「おいおい、つれないこと言うなよ。お前が複数人の男にレイプされた動画がネット上に出回っているのは知ってるんだぜwww」


 僕は突然、冷たい水を浴びせかけられたように驚き、パニックに陥った。


「俺も長いこと生徒指導をやっているんでね。こういうこともあるんじゃないかと、普段からネット上で情報収集しているのさ。もちろん、例の動画も見たぜ。あれは間違いなくお前だった」
「…………」


 僕は物凄い恐怖と不安に襲われて、体が震え出すのをどうしようもなかった。
 だが、蒼ざめて震える僕の姿を目にした担任は少し語気を緩めて、なだめるようにこう言った。


「とにかく、先生と相談しよう。悪いようにはしない。ちょっと一緒に生徒相談室に来てくれ」


 もはや逆らうことなどできなかった。


「……はい」


 僕は、すっかりうなだれて、生徒相談室へ向う担任の後ろについていった。
 校舎の西側には、渡り廊下で本校舎と繋がったプレハブがあり、そこには美術室や音楽室、生物室、化学実験室などがあったが、生徒相談室は、その一番奥まったところに位置していて、たいてい何か問題を起こした生徒が連れてこられて、教師たちと深刻な話をするために使われていた。
 照明が消されて薄暗くなったプレハブのどんづまりにくると、担任は生徒相談室のドアを開けて、僕を手招きし、中に入るように合図した。
 僕は仕方なくドアを開けている担任の横を擦り抜けて、薄暗い部屋の中に入っていった。
 部屋は細長い長方形をしていて、真中に4人掛けのテーブルと椅子があり、窓際に保護者が座るためのソファが置いてあった。
 僕がぼんやりとテーブルの脇に立ち尽くしていると、担任が後ろ手にドアを閉め、カチャッという音を立てて鍵をかけた。


「ぼんやり立ってないで、そこに椅子にかけなさいwww」


 担任に促されて、僕は力なくテーブルの椅子に座った。
 すると、担任は自分の向いではなく、隣に座ってきたので、僕は思わずズズッと音をさせて椅子をずらし、距離を取った。


「そんなに嫌がることはないだろう。オレは、お前のことを心配して相談に乗ろうとしてるんだぜwww」


 薄闇の中で、眼鏡の下の担任の目が鋭く光った。


「ネット上では、お前の名前も学校も特定されていてなぁ。もう、ちょっとした有名人ってわけさ。こんなものが流出してしまっては我が校の信用に関わってくる。本音を言えば、このまま学校に通い続けてもらうのは困るんだよwww」


 僕は、ようやく顔をあげ、担任の顔を見返しながら言った。


「好き好んでレイプされたわけじゃありせまん! ネットの動画だって、無理やり晒し者にされただけなのに、どうして僕が悪者にされなきゃならないですか⁉︎」
「気持ちは分かるが、Ωに対する性的搾取なんて我が国では空気を吸うくらい当たり前に行われていることだ。性犯罪やセクハラに対する罰則なんてないに等しい。だからこそ、先生は、お前を守りたいと思ってるんだ」


 担任は、そう言いながら、突然、僕の手を握った。


「オレの言う通りにすれば、お前を退学にはしない。学校側が、お前を退学に追い込もうとしてもオレが庇ってやる。だから、お前とオレの関係をもっと密なものにしておきたいんだwww」


 次の瞬間、僕は担任の手を振りほどいて立ち上がり、


「イヤですッ!!!」


 と叫んでいた。
 担任に対して僕は生理的な嫌悪感を抱いていた。その嫌悪感は、これまで自分を犯してきた男たちと同様に品性下劣な胸糞悪いものだった。
 だが、僕のそんなリアクションにも担任はまったく動ぜず、椅子に座ったまま、穏やかな口調でこう言った。


「ほほう、そいつは残念だ。なら、仕方がない。この動画を職員会議で提出して、裁定を仰ぐとしようwww」


 その一言が僕の気持ちを打ち砕いた。
 僕は、ひどく動揺して、たちまち腰砕けになり、


「やめてくださいッ! お願いだから~!」


 と泣きながら懇願していた。


「やめてあげたいのはヤマヤマだが、お前の方に協力の意思がないのではねぇwww」


 と担任はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら言う。


「分かりました……何でも言うこと聞きますから……」
「素直でよろしい。Ωは男に従順なのが一番だ。正直言うと、このレイプ動画でオレは100回ぐらいオナニーしていてなぁ。お前をオナペットからオレの肉便器に格上げしてやろうwww」
「…………」


 担任の侮辱的な汚らわしい言辞に、僕は泣きながら歯を食いしばって耐えた。
 次第に暗さが増してくる部屋の中で、自分がもっとも軽蔑するタイプの男の自由にならなければならない悔しさと情けなさに、僕は血が滲むほど強く唇を噛んだ。
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