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第7話 オレ、人生に苦悩する模様

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 たっぷり数時間後、オレのアドバイスを受けつつ掃除をしていた貴腐寺院きふじいんさんが床にへたり込んでしまった。
 オレは出しっ放しになっている物を片付けて掃除機をかけるだけでなく、濡れたタオルで棚の上を拭き、こびりついた汚れを歯ブラシで落としたりなど奮闘し続ける。
 そして、ついに家の中は綺麗になり、後は大量のゴミを処分するだけの段階にまで持っていくことができた。


「あらあら、童手井どうていさんってイメージに反して女子力高いのね」
「いや、普通だと思うけど……」
「あ~ら、謙遜なんかしちゃって可愛いんだから♡」


 全く謙遜などしていないのだが、生活能力が壊滅的にない貴腐寺院きふじいんさんには凄く感じられるのかもしれない。


「はぁ~、私が男だったら炊事・洗濯・掃除を完璧にこなしてくれるような嫁をとってイージーな生活を満喫できたのになぁ。何で女なんかに生まれてきちゃったのかしら……」


 確かに貴腐寺院きふじいんさんのような喪女には良妻賢母を理想とする我が国のジェンダー観は堪え難い重荷であろう。無論、男だった頃のどうしようもないオレと比べれば貴腐寺院きふじいんさんの方が将来有望なのは間違いないが……。


貴腐寺院きふじいんさんは頭もいいし、運動神経もいいんだから炊事・洗濯・掃除なんかいくらでも極められるよ。気を落とす必要なんか全然ないじゃない」
「そういうのって何か苦手なのよね。何より夫と子供の面倒見なきゃなんないとか私には無理ゲー過ぎるわwww」


 貴腐寺院きふじいんさんの場合は単に男や子供が嫌いなだけで母親としての素質は充分あると思われる。オレみたいに超がつくほどの欠陥品でない限り、どんな人間でも親になれるだろう。


「男っていう生き物はいくつになっても子供のままだし、口先ばかりで全く頼りにならないし、女を孕ませるだけ孕ませた後は全て女任せにするでしょ。結婚なんか女にとってクソゲー以外の何物でもないわ」


 貴腐寺院きふじいんさんの言にも一理あるのかもしれない。
 オレは女になっても肉体的な変化ばかりに気を取られ、女の性役割に関しては未だ無頓着だった。どうしても男としてのアイデンティティだけは捨て切れないらしい。


「結婚のことなんか考えたことないから分かんないや。女の子って、男と違って色々難しいこと考えてるんだね」
「あら、童手井どうていさんだって女の子でしょうがwww」


 思わず本音を漏らしてしまい、貴腐寺院きふじいんさんから露骨なまでに不審がられてしまう。


「前々から思ってたけど、童手井どうていさんって男の子みたいよね」


 貴腐寺院きふじいんさんの慧眼さに口から心臓が飛び出るかと思うほど驚愕したオレは完全に狼狽する。


「ふふふ、男の子みたいは言い過ぎだったかしら♡ でも、女としての当事者意識がないような感じがするのよね。まるで自分が女であることを未だ上手く受け入れられてないみたいな」


 オレの本質を短い期間で見透かしてしまった貴腐寺院きふじいんさんの鋭い洞察力には只々敬服するばかりだ。
 いっそ思い切って本当のことを話そうかと迷ったが、真相を告げたところで信じてもらえるはずがない。


貴腐寺院きふじいんさんが言うように自分が女だというアイデンティティが完全に持てないでいるのは事実だと思う。そのせいで不快な思いをさせたなら御免ね」
「別に謝る必要なんかないわよ。私だって似たようなもんだし。やっぱり、本音では男に生まれたかった感じ?」
「えっと……それは……」


 男に生まれたかったというか、そもそもオレは元々男なのだ。そして男だった頃から別段幸せだったわけでもない。
 とりあえず今は男に戻ることを目標にしているが、仮に戻れたとして、その先の人生に何が待っているというのだろうか?
 結局オレは貴腐寺院きふじいんさんの問いに応えることなく沈黙するのみであった。




ーーー




「う~ん、オレはどうしたいんだろう?」


 家路についたオレは駅からほど近いファーストフード店で寄り道していた。
 新商品である『JKマ○コバーガー』を食べながら首をひねった。JKのマ◯コの意匠が刻まれたバンズに男根を模した肉とビラビラを忠実に再現したキャベツが挟まれている。破瓜の血を撒き散らしているかのようにケチャップがドバドバ垂れてくるため、死ぬほど食いにくい。味は決して不味くはないが、美味くもないという微妙なラインを突いてくる。
 サービスで現役のJKならば無料と言われて思わず頼んでしまったが、注文後にオレは激しく後悔するのであった。


「もう二度と頼まないぞ……」


 そう呟きながらオレは包み紙を丸めてオレンジジュースを飲み干す。
 さっさと退散しようと思って椅子を引いたら、後ろを歩いていた人に背もたれが当たってしまった。


「あ、すみません……」


 ボソッと一言謝って足早に去ろうとすると、小汚いスーツを着たハゲデブの中年オヤジが好色な目つきでこちらを見やる。


「可愛い~♡ デュフフwww」


 キモオヤジ特有のダミ声が耳に飛び込み、背筋に悪寒が走った。


「オジちゃんと一緒にエロいことしようお~♡ こう見えてチンポだけは超一流なんだおwww」


 こんな極度の肥満体にのしかかられて激しく腰を振られでもしたら、間違いなく俺の華奢な体躯は見るも無残に壊されることだろう。
 オレはキモオヤジを無視して、足早にその場を立ち去ろうとする。


「待つんだお~、オジたんとセクロスしようおwww」


 キモい声と足音がのたのた近づいてくると思った次の瞬間。


「逃げちゃダメだおwww」
「ぎゃ~ッ⁉︎」


 キモオヤジはいつの間にか、オレに追いついていて馴れ馴れしく肩を掴んできた。口を開くたびに地獄のような悪臭が漂いオレは顔をしかめる。


「さ、触らないで……ください!」
「君みたいな可愛い子を見て触りたいと思わない男はいないおwww」


 キモオヤジはブツブツだらけのグロい顔を近づけてキスを迫ってきた。


「ぎゃあああああああ~ッ!!!」


 デブ神以上のゲロキモモンスターと対峙し、オレのSAN値はピンチになった。
 こんなハゲ散らかしたキモデブオヤジのグロチンポに処女を散らされるのかと想像しただけで恐怖と屈辱に苛まれ涙が止まらなくなる。


「そんなに嫌がっちゃダメだお。こう見えてオジたんは社長なんだおwww」
「はあ?……」


 見た目や話し方も重度の池沼っぽいキモデブオヤジが社長のはずがない。どんなバカが聞いても嘘だと分かるような嘘をつく時点で目の前のゴミが正真正銘の池沼だと分かる。


「ほ~ら、金持ってる証拠を見せてあげるおwww」


 そう言うと、池沼オヤジは自慢げにマジックテープ式の財布をバリバリと音をさせながら開いて見せる。中には2万2000円と小銭が収納されていた。
 こんなはした金を見せられてどうしろというのだろうか?


「オジたんと結婚してくれたら、いくらでも好きな物を買ってあげちゃうおwww」
「いや、結婚はちょっと……」
「じゃあ、せめてオジたんのセフレになるんだおwww」


 キモオヤジはオレの腕を掴むと強制的に何処かへ連れて行こうとする。
 女のオレの力では男の力に勝てるはずもなく、キモオヤジによって強引に引き摺られていく。
 JKが身の危険に晒されているというのに誰一人として気に留める者はおらず、今度ばかりはマジで助かりそうになかった……。




ーーー




 オレはキモオヤジの車に無理やり乗せられて古びた事務所へと連れて行かれた。


「あれ? 社長じゃないですか。今日はもうお帰りになられたのでは?」
「それがオジたん好みのカワユイおにゃの子を見つけたんだおwww」


 キモオヤジの関係者と思われる枯れたオッサンが確かに社長と呼ぶのを耳にした。どうやらオレを拉致ったキモオヤジは本当に社長だったらしい。


「やれやれ、また連れて来ちゃったんですか。今のご時世ですと未成年を出演させるのはやめておいた方が無難かと存じますが……」
「いいんだお! そもそも未成年をAVに出して何が悪いんだお⁉︎ 成人したBBAにJKの役を演じさせる昨今のAVの方がよっぽど狂気だお!」


 そう言うと、キモ社長は性的欲求をダイレクトに感じさせる眼光を放つ。
 女になってからというもの、通学途中や学校でも男のいやらしい視線に晒され続けてきたオレは不穏な予感を察知していた。


「まさか……AV出演を強要させる気じゃ⁉︎」


 オレの激しい動揺っぷりに部下の方は事態を一瞬で把握してくれた。


「社長、もしかして本人の了解を取ってないのでは?」
「大丈夫、オジたんが直々に手ほどきをしてあげれば直ぐにでも了解してくれるはずだおwww」


 ソファに座らされ、隣にキモ社長がどっかりと座ったので、制服の紺のスカートのすその上に両手を置いて縮こまった。
 その手を上から握られた。ドキリとして握ってきたキモ社長のベタベタの毛深い手に視線を落とす。


「オジたんの言う通りにさえしていれば、君は大金持ちになれるんだおwww」


 手をもう一度握り直すと、キモ社長はオレの耳に口を寄せてきて、ふっと気持ちの悪い息を吹きかけてきた。
 オレは恐怖で動くことも出来ず、肩をすくめて眼をつぶっていた。
 キモ社長はこちらをじっと間近から凝視し続けている。眼をつぶっていても分かるほど変態性欲がストレートに滲み出ていて思わず身震いしてしまう。


「デュフフフwww」


 不気味に笑って、恐がらせようとしている。
 オレの唇にゆっくり指を伸ばしてきた。
 反射的に身体をキモ社長から遠ざけようとしたが、手を強く握られているため身動きが取れない。
 女のピンチを救ってくれるナイトなど現実には存在しないことを悟ったオレは蜘蛛の巣にかかった獲物のごとく食われるのを待つばかりであった。
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