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第3話 オレ、生理が来た模様

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 まだ学校へ登校しただけだというのにオレは酷く疲れていた。
 ただ女であるというだけで登校中も神経を尖らせていなければならない世界で生きるオレたちのことなど露知らず、男子共は気楽に教室でエロ本を見ながら騒いでいた。
 つい昨日までは彼らと同様にオレも女を好きなだけ性的対象化してはヌキまくっていた。ところが、今は男に性的対象化される側である。
 自分が女になるまで男がいかに女の人権など顧みずに我が物顔で振る舞ってきたか知る由もなかった。
 オレは男だった頃の女に対する傍若無人な態度を心底後悔していた。世界中の女に土下座して回りたいほど強い罪悪感がオレの心を支配する。
 朝のホームルームが終わると、一限目の授業はオレが最も嫌いな体育だった。
 オレはため息をつきながら更衣室でブルマを着用する。
 女子のブルマ姿が見たいがために令和の時代になっても女子の体操着がブルマの超保守的な校風の底辺高校に入学したオレであったが、まさか自分がブルマを穿く側になるとは夢にも思ってなかった。
 更衣室でブルマに足を通して上まで上げると、股間に密着した際の何とも言えない妙な感触が広がった。
 男だったオレは体育の授業でブルマなど当然穿いたことはない。腰まわりにぴっちりと密着し、尻のラインも露わなブルマはオレにとって下着と変わりない感覚だった。
 このまま太腿から下を曝け出した状態で息が白くなるほどの極寒の中、グラウンドを走るのかと思うとオレは無性に憂鬱になってきた。


「ちょっと、童手井どうていさん……なんでブラしてないの?」


 貴腐寺院きふじいんさんはオレの耳元で囁くように言うと、オレの胸を凝視する。


「えぇ、ブラ?……」


 オレは自分の胸を見下ろすと、イチジクのように実った乳房が丸く盛り上がっていた。男だった時とは異なる小さなイチゴのような乳首がシャツの上に浮き上がっている。


「もぉ~、丸見えじゃないの。今日の体育、持久走なの分かってる? 擦れて痛いだろうし、男子の視線もかなりヤバいでしょうね……」


 朝から薄々胸に違和感があると思っていたが、女になった今の自分にはブラが必須であることを今更ながら思い知った。
 持久走の授業は男女混合で行われるため、グラウンドには早くも男子が集結していた。
 ブラをしていない恥ずかしい姿を男子に見られまいと必死にオレは腕を組むような格好で胸を隠した。だが、他の女子のブラジャーラインが透けて見えるためにオレだけブラをしていないのが諸バレだった。
 不自然に腕を組むオレの方に男子の視線が吸い寄せられるように突き刺さる。
 ただでさえ女子のブルマ姿が男子の煩悩を激しく刺激するというのにノーブラで体育の授業を受ける女子なんかいた暁には男子の理性は間違いなく崩壊するだろう。
 良くも悪くも元男のオレには男子の考えていることが手に取るように分かってしまうのだ。何としてでも男子のリビドーを爆発させないように慎重に走らなければならない。
 オレの目元にはみるみるうちに羞恥と哀感がみなぎってくる。男たちが常日頃から目をギラつかせながら貪るように女子の身体を露骨に眺め回すケダモノだということをオレは女になるまで気づきもしなかった。
 男だった頃のオレがクラスの女子をオカズにしていたことは当の女子たちには間違いなくバレていたに違いない。それくらいオレは脇目も振らずにクラスの女子を性的対象化してはヌイていたのだ。あたかも男の特権だと勘違いして無制限に女子を性的に消費し、貶めてきたオレを女にするなんて神様も残酷なことをする。
 準備体操を終えると、体育教師の笛の合図で皆が走り始める。
 走るたびにブルマが食い込む感じがたまらないおぞましさで思わずオレは太腿を擦り合わせて内股になってしまう。
 寒さでガクガクと身体を震わせて、やっとの思いで走るオレの肌という肌に男子たちの淫猥極まりない視線が浴びせられる。
 一刻も早く男子の視線が行き届かないところまで逃げたい一心でオレは走り続けたが、男子がヨチヨチと歩くより少し早い程度で進むだけだった。
 いくら女になったとはいえ、男だった頃よりも遥かに体力が落ちていることにオレは愕然とした。確かにオレは男だった頃から重度の運動音痴で普通の女子よりも足がすこぶる遅かったが、輪をかけてとろくなっていたのだ。
 持久走など全くやる気のない男子たちは少しばかり早歩きになってオレの周囲に群がる。
 男子の早歩きとほぼ変わらない速度で走る自分の体力のなさにオレは心底絶望していた。男だった頃のオレなら今より幾分かは速く走れたのにと思うと悔しくてたまらない。オレは早くも女子の中ではドベになっていた。
 ブルマからはみ出す尻が気になり、オレは濃紺の布地を張りつめさせて腰を引いた。膝と膝を擦り合わせるようにして、ガクガクと尻を上下に揺すって食い込みを直す。
 その時、男子たちのトレパンの中身がニョッキリ直立不動になるのが遠目にも分かった。
 ブルマの食い込みを直す女子の仕草が最高の萌えシチュであることは元男だったオレにも理解できるが、まさか自分が男子を勃起させる側になるとは夢にも思っていなかった。


「ちょっと、童手井どうていさん。もしかして男子に媚びてるの? さっきから男子の視線がものすごいことになってるけど……」


 わざわざ心配して戻ってきてくれた貴腐寺院きふじいんさんにオレは思わずすがりついた。
 膝をガクつかせて、その場にくずおれそうになっているオレの肩を抱いて、体操着の上に浮き上がる乳首を貴腐寺院きふじいんさんは手で覆うように隠してくれた。


「あら、布地越しに乳首が尖ってきてるわよ。どうやら男子たちにはとっくの昔にノーブラだってバレてるみたいだから、あんまり乳首おっ立てないようにね」


 乳首を立てないようにと言われても生理現象なのだから仕方ない。オレは真っ赤に火照った顔をうつむけて、必死に脚を進めていった。
 体操着の下ではノーブラの乳房が揺れ、乳首もどうしようもなく尖っていき、布地越しにツンと恥ずかしく透けている。全身を羞恥にしびれさせながら地獄のような体育の授業が1秒でも早く終わるのを願った。
 男だった頃の人生では決して経験することはなかったであろう羞恥体験の連続でオレは早く男に戻りたいと心から神に祈ったが、自分を取り巻く現実が変わることはなかった。
 ブルマなど穿かされている自分が男子の妄想の中で夜のオカズにされるのが、たまらなく汚らわしいものとしてまざまざと自覚される。
 男に戻れないなら、いっそのこと早く死んでしまいたい。オレはそんな暗澹たる諦念めいた思いで胸が一杯になった。
 けれど、女としての本当の地獄はここから始まるのだった。
 何故だか急に下半身に倦怠を感じ、それが深くなっていく。


「あれ?……なんか無性にお腹痛くなってきた」


 膣奥にもどかしいような倦怠感が滞留する。男だった頃には想像もつかないような何とも言えない身体の変調にオレは猛烈に嫌な予感がした。
 何やら悩ましいものが下りてくるような微妙な感覚に戸惑いを覚えながらもオレは懸命に走り続けるが、ふと下腹部にただならぬ悪寒が走った。
 股まで鈍痛を感じ始め、思わず身体を屈めた。
 慌てて膣に力を入れて締めるが、我慢出来ずにその場へ座り込んでしまう。
 何とか立ち上がろうとしたが、頭がクラクラして、また屈み込んだ。貧血のような症状だった。座りながら、しばらくブルマの前を両手で押さえる。


童手井どうていさん、大丈夫? 具合悪いの?」
「なんか……何かが……いっぱい出ちゃいそうなの……」


 貴腐寺院きふじいんさんの方を見上げながらオレは切ない溜め息を漏らす。やがて失った呼吸を求めて天を仰ぐオレの股間から生暖かい液体が勢いよく流れ出した。いっぱい出たのは女の禁忌の粘液だった。


「うわぁ⁉︎ 童手井どうていさん、漏れてる!」
「え?……うぎゃ~、何これ⁉︎」


 大事なところがじっとりして不快になってきた。
 剥き出しの太腿を生暖かい血が染め上げていき、ポタポタと滴って地面に広がっていく。屈辱と羞恥に涙しながら、オレは倒れることさえ許されず、座ったまま禁忌の粘液を流し尽くした。
 股間に痛みが駆け抜け、小刻みに震えるオレの瞳から次々と涙のしずくが溢れ落ちる。
 所謂『女の子の日』が始まってしまったのだ。
 男だった頃は大袈裟に女が生理で喚いているのを嘲笑していたが、こんな不快で恥ずかしくて涙まで出るほど辛いものだとは思わなかった。
 オレの恥態に男の欲望を滾らせた男子たちは狂喜する。


「うへへへ……」
「うひゃひゃ……」


 下卑た笑い声をあげ、目を赤く血走らせた男子たちが舌舐めずりをしながら、弱り果ててうずくまるオレを取り囲むように迫る。
 蹲ったまま顔を伏せるオレのもとに貴腐寺院きふじいんさんが駆け寄ってきた。


「あんたたち、そこを退きなさい! 童手井どうていさんを保健室に連れてくんだから邪魔よ!」


 貴腐寺院きふじいんさんはオレの身体を掬い上げるように抱きかかえると保健室まで連れて行ってくれた。
 保険医が出張のため、保健室は無人で開放されている。
 貴腐寺院きふじいんさんは何年も女として生きているだけあって生理用品の扱いはお手の物だった。
 ナプキンテープがしっかり接着するサニタリーショーツのクロッチ部分にナプキンを当ててくれた。


「もぉ~、女なら生理用品ぐらい常備しとかないとダメじゃない」


 そうは言われてもオレは女になったばかりで繊細すぎる女の身体には全然慣れていないのだ。


「ごめんなさい……」
「いや、別に謝らなくてもいいわよ」
「ねえ、貴腐寺院きふじいんさん。女子は生理中でも気丈に振る舞いながら耐え忍ばなきゃダメなの?」
「まあ、生理の苦しみを訴えても男からは甘えだと言われるのがオチだしね。空元気を出して乗り切るしかないでしょ」


 男だった頃のオレは女なんて生き物は感情的で力も弱く、男の従属物になることでしか生きられない動物以下の下民だと信じて疑っていなかった。
 だが、実際は男と比べて遥かに女は理知的で思いやりと助け合いの相互扶助の精神を持つ高潔な人格者であることを知った。だからこそ多くの女は生理や性暴力の苦しみに理解を示さない男にも女らしく笑顔で接することができるのだろう。
 女に生まれただけで人生スーパーウルトラスペシャルベリーハードモードなのにもかかわらず、そのうえ人生スーパーウルトラスペシャルベリーイージーモードの男に翻弄されまくる不幸な性になってしまったことをオレは心から嘆くのだった。
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