男のオレが無理やり女にされた結果

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第2話 オレ、痴漢に遭った模様

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 オレは一刻も早く男に戻るため嫌々ながらも女として学校へ通うことにした。
 真冬の寒さの中、オレは生足を晒け出して登校しなければならない屈辱と冷えに苦しんでいた。
 我が校では女子の制服に関しては男子よりも校則が厳しく、スカートの下にタイツを履くことができない。
 極寒の風がビュービュー吹く中、スカートの下がスースーするのも気にせず平然としていられる女子の精神力にオレは思わず感服した。
 まさか女になって初日からSAN値がピンチになるような事態に遭遇するとは夢にも思っていなかった。
 首にマフラーを巻いて、マスクをしていても全く身体が温まらないオレは小走りで駅まで急いで行った。
 ラッシュ時の電車に乗るのが憂鬱で仕方ないため、いつものようにイヤホンで外界を遮断する。
 車体が中から破裂しそうなほどにパンパンに詰め込まれるリーマンや学生が少しばかり大きく見えた。やはり女になったことで背が多少縮んだらしい。
 制服姿のオレは胸の前でスマホを両手で持ちながら好きな音楽をセレクトしていると、満員電車で後ろから押されるようにぎゅうぎゅう詰めの車内で押し潰される。
 男だった頃よりも防御力が下がったのか、満員の車内でのダメージがいつも以上に大きく感じられた。
 ガタンガタンという振動が身体を揺らすが、周囲に揉みくちゃにされていると自分の足でバランスを取ることすらろくにできない。どうやら力も落ちたようだ。
 乗車した時に押し込まれた位置が悪かったらしく、オレはキモデブの悪臭オジサンと正面からくっつくような姿勢になってしまった。女になった身体をキモデブに押し当ててしまっているのを意識し始めたら不快感が極限まで高まってきた。
 そうこうしているうちに電車が駅に止まり、人の流れにまた巻き込まれる。
 気がつくと、オレはドアにもたれかかって後ろにお尻を突き出すような格好で動けなくなっていた。
 さすがに女の姿で今の態勢のままでははしたないにも程がある。周りからの顰蹙は覚悟のうえで、やや強引に身体を動かそうとした。
 その時、男だった頃には先ず経験することがなかったであろう一大事が起こった。


「ひぃッ⁉︎……」


 スカートに包まれたお尻に、いきなり大きな掌で鷲掴みにされる感触があった。
 それが何かの偶然ではない証拠に、そのイヤらしい手は最初に力を込めた後、お尻から離れる様子もなく弄び続けるのだった。紛うことなき痴漢と判断されるであろう大胆な触り方にオレは驚愕した。
 今まで痴漢と聞いてもオレは女の被害妄想か、単なる自意識過剰なのだと決め付けて全く興味さえ持とうとしなかった。だが、女になって早々に自分が痴漢に遭遇するとは……。
 女にとって痴漢とは当たり前のように常日頃からエンカウントする存在なのだということを身にしみて実感した。男だった頃は痴漢だのセクハラだのとヒステリックに喚き散らすバカな女共だと嘲笑っていたが、日常的に性被害に遭う危険と隣り合わせの人生を歩む女の現実を知り、オレは深く同情した。
 男よりも小柄で力も弱いにもかかわらず、男から自分の身を守る方法なんて元男のオレに分かるはずがない。
 恐怖のあまり、腰をくいっと後ろに曲げた誘うようなポーズを変えることも出来なかった。
 自分の身体の恥ずかしい部分を痛いくらいに力強い手つきで弄ばれ続け、無意識のうちにオレは抵抗する気力を奪い去られていった。
 オレは大粒の涙を流して身体中をビクビク震わせながらも必死に耐え続ける。
 自分が男だった頃なら逆襲できたかもしれないと思うと、女にされたことが心底屈辱で堪らない。オレを女にしたデブ神への呪詛を心の中で唱えることで平静を装うとしたが、羞恥の涙が止まることはなかった。
 だが、奇跡は起こった。


「――そこのオジサン、いい加減にしないと通報するわよ」


 慌てて声のした方を見ると、スーツ姿のキモオヤジの手首を捕まえた同級生の女子がいた。
 確か名前は貴腐寺院きふじいん 喪子もこ。女子の中では唯一スラックスで登校しているせいか、クラスでも少々浮いており、男子生徒からはよくからかわれていた。格好だけでなく、容貌や性格も女らしさを感じさせない喪女で部活は柔道部に所属している。常にピリピリとした近づきがたい雰囲気をまとっているため、男だった頃は一度も話したことがなかった。


「俺が冤罪だって? とんでもない言いがかりだなぁ。冤罪で人の人生潰すのも大概にしてほしいよ、まったくwww」


 貴腐寺院きふじいんさんに捕まったキモオヤジは図々しく居直ると太々しい説教をし始める。


「俺たちオジサンは女と違って家族を養ってるんだから痴漢冤罪なんてホント困るんだよ。だいたいね、君らみたいなブスを痴漢するような男がこの世にいるわけないだろwww」


 女の子2人の力では社会的ポジションが上の男に敵うはずがない。その証拠に貴腐寺院きふじいんさんが痴漢の加害者を捕まえても誰一人として助けようとはしないし、それどころか痴漢の被害者に対して嘲るような目を向ける者ばかりだった。


「とぼけるんじゃないわよ! こっちは全部見てたんだからね! 今は大体の駅に微物検査キットが置かれてるから、痴漢冤罪だと言い張るなら次の駅で同行してもらいましょうか~?」


 貴腐寺院きふじいんさんの言に狼狽した痴漢魔は慌ててオレのケツを触った手をスーツで拭き始める。


「そんな風にスーツで手を拭いたって無駄よ。この子のスカートを触ったのなら繊維が付着してるはず。肌を触ったならDNAも付着してるかもね。もはや言い逃れできないほど痴漢の証拠は揃ってるんだからwww」


 やがて電車が停車すると、どっと入れ替わる人が起こす波に乗って、オレたちはドアから見慣れた駅のプラットフォームに押し出された。


「逃げるが勝ち~ッ!」


 一目散に駆けていくキモオヤジの手を握りしめていた貴腐寺院きふじいんさんは鋭い踏み込みから柔道の投げ技をかけた。


「とりゃあああッ!!!」


 貴腐寺院きふじいんさんの鋭い掛け声が辺りに響き渡る。
 自分よりも圧倒的に身体の大きいキモオヤジを怖れることなく、貴腐寺院きふじいんさんは綺麗な弧を描いて投げ飛ばした。
 パンッという大きな音が完璧な投げが決まったことを告げていた。




ーーー




「あ、あの……助けてくれてありがとう」


 オレはコミュ障なりに痴漢魔を撃退してくれた貴腐寺院きふじいんさんに謝辞を述べる。


「気にしないで。ああいう状況にはお互い慣れっこでしょ……」
「え?……どういうこと?」


 オレの問いに貴腐寺院きふじいんさんは呆れたような表情で返答する。


「あんた、もしかして生まれて始めて痴漢に遭ったの?」
「えっと……まあ、そうだね……」
「ふ~ん、今までが幸運だったのね。道理で今日は一方的に触られてるとは思ってたけど、怖いからって黙ったままでいたら触られるだけじゃ済まなくなるわよ。男は言われないと女の気持ちすら理解できない生き物なんだから。まあ、言っても理解できない男ばかりなのが現実だけど……」


 貴腐寺院きふじいんさんのような喪女でも日常的に痴漢被害に遭っている現実にオレは心底打ちひしがれた。
 女は外に出るだけで身の危険を常に意識しなければならないような理不尽な世界に生きていることを痛切に感じた。


「痴漢に遭うのは女が悪いって男が言うから女らしくない格好をしてるのに、今度はブスとか女らしくしろとか言い始めるんだよね。どのみち女だけが批判される運命にあるってことは分かってるんけど、なんか腑に落ちないわ。やっぱり、どう考えても女って損よね……。今すぐ女なんか止めたいくらいよwww」
「オレも……いや、私も男に戻……なりたいかなぁ……」


 女でも男になりたいと思う人がいるくらい、女の人生は男に比べて圧倒的にハードモードなのだろう。オレ自身、男だった頃は女のことなんか同じ人間だとさえ認識していなかった。かつては女を人間扱いしなくても許される身分に自分がいたことを今更になって自覚した。


「でも、くよくよしててもしょうがないわ。男なんかに負けないためにも女は強くなるしかないの。現実世界では女が大変な目に遭っても誰も助けてなんかくれないんだから……」


 貴腐寺院きふじいんさんの言葉にオレは背筋が凍りついた。今回はたまたま貴腐寺院きふじいんさんによって救出されたから良かったものの、もし誰にも助けてもらえなかったらと想像しただけで心臓の鼓動が激しくなる。


「大丈夫? 息が荒いみたいだけど……」
「あ、ごめん……大丈夫だから……」
「もし良かったら、童手井どうていさんも柔道部に入らない? 男子とは別々に練習してるから、女子だけでワイワイ楽しみながら強くなれるわよ。次、痴漢に遭ったら投げ飛ばせるくらい自分で身を守れるようになりましょ♡」


 これから当分の間は女として生きていく以上、護身術の手ほどきを受けておいた方が何かと便利だと判断したオレは貴腐寺院きふじいんさんの誘いで女子柔道部に仮入部することにした。
 貴腐寺院きふじいんさんと共にオレは改札を抜け、駅前の商店街へと入り、何人もの男子生徒たちに混じって学校へと向かう。
 その時、オレの身体中に思春期の男子特有の露骨な性的視線が突き刺さった。痴漢に遭ったばかりで未だ精神が不安定だったオレは無性に怖くなって貴腐寺院きふじいんさんの手を握ってしまった。


「どうしたの?」
「ハア……ハア……男子の視線が……」
「そりゃあ、目の前に生足を曝け出してる女子がいるんだから、男子にとってはお預けを食らった犬みたいな心境でしょうね。じっくりと脳内フォルダに保存して夜になったらヌクんでしょ。男という生き物は女を性的に消費することだけが生き甲斐のケダモノなんだから、一々気にしてたら身が持たないわよ」


 四六時中、女は男から性的対象化される不快感に身を切られるような思いをしていることが生まれて初めて理解できた。
 男共に性的に翻弄され、羞恥と屈辱に喘ぐオレの女としてのスクールライフはこうして始まりを告げた。
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