男だらけの変態異世界冒険譚

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日常編

10 変態魔王〜後編〜

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 睨み合うヒビキとゼノンの双眸を染めるは壮絶な戦いの意志だ。大切な者を守るため、そして、それを奪うため――。
 どちらも動かない。互いに仕かけるタイミングを図っている。
 視線がぶつかり、不可視の火花を散らす。双方の肉体から噴き上がる魔力は熱く、そのくせ、空気はあくまでも冷たく張り詰めていた。
 清涼な夜風が殺気という色彩で濃く染められていく。
 その風が吹いた瞬間、片方の影が躍った――ゼノンだ。
 天高く飛びあがりながら、右手を真下へ振るう。愛用の鞭がヒビキめがけて走った。鞭の間合いは長く、そのスピードは光速を超える。
 衝撃波の尾を引いた一撃がヒビキの右肩を撃った。ほとんど同時に左肩も襲う。目にもとまらぬ鞭さばきがヒビキを撃つ。

「ほらほら、どうしたッ⁉︎ オレを許さないんじゃなかったのか~?」

 ヒビキは両腕でガードを固めて、鞭の猛攻を受けつづけた。
 一気に片をつける力のこめられた一撃がヒビキを襲った。
 鞭が炸裂しようとした瞬間、黒い影が跳んだ。鞭をガードした左腕で受けとめる。皮膚が避け、血飛沫が噴き出した。しかし、自ら間合いへ飛びこむことで威力を半減しているので、大したダメージではない。
 巻きついたヒビキの腕に捉えられ、鞭は封じられてしまった。
 ヒビキが霞み、消滅する。次の瞬間、ゼノンの目の前に出現した。

「うぉおおお~ッ‼︎」

 吠えるヒビキの右拳が唸りをあげた。

「くッ!――」

 衝撃波をともなった一撃を紙一重でかわし、ゼノンもすかさず打ちかえした。
 封じられた鞭に拘泥しなかったのは一流のなせる業だ。わずかでも判断が遅れたら、勝負は決まっていただろう。
 至近距離で向き合った2人の間で、すさまじい力が交差する。一瞬の間に無数の連打が打ち交わされる重々しい衝撃音が響いた。
 猛攻をしのいだゼノンの身体がフッと沈みこんだかと思うと、コマのように回転し、ヒビキの両脚を払った。ヒビキは足もとをすくわれながらも後方へ宙返りし、そのまま後ろ蹴りへとつなぐ。鋭い蹴りは寸前でゼノンの両腕でブロックされた。
 互いに攻撃を見切りながら、激烈な打撃を狙っていく。
 せめぎ合う力が2人を中心に、嵐となって渦巻いた。大陸を砕き、天を割る。辺り一面はたちまち瓦礫の山と化した。

「あんな手でオレの鞭を封じるとは大したものだ。だが……」

 ヒビキの右腕をゼノンの左手が捉えた。巧みに肘関節をきめると、相手の力を利用して投げを打つ。ヒビキの体が宙に浮き、美しい弧を描いた。ヒビキは重い音をたてて、頭から地面へ叩きつけられる。受け身を取れるようなヤワな投げではない。そのままひと捻りして、ヒビキの腕を折った。
 生半可な技ではない。パワーもテクニックもゼノンのほうが一枚上手のようだ。そして、一瞬のためらいもなく折る非情さも……。
 普通なら、これでほぼ勝負がついただろう。
 
「――ガァアッ!」

 右腕が折れた痛みなどまったく意に介せず、ヒビキは緩んだゼノンの手から腕を振りほどいた。身をひるがえしざま左の肘打ちを脇腹へ叩きこみ、ゼノンを弾き飛ばす。
 飛ばされた身体がまだ宙にあるうちにヒビキが跳び、連撃を放った。
 だが、空気をたわませた猛攻はすべて虚空を殴っただけだった。ゼノンの肢体が空中で華麗に舞い、攻撃を避けたのだ。

「つッう~……やるじゃねえか!」

 床へ降り立ったゼノンは肘を食らった脇腹を押さえ、わずかに顔をしかめた。脇腹には大きなアザができている。アバラが2本ほど砕けたようだ。
 さしものゼノンも相手の腕を折った直後には隙ができたのだ。が、我が身を貫く激痛すら無視して、その一瞬の隙をついて攻撃するとは、なんという闘争本能だろうか。
 ゼノンは不敵に笑った。これほどの強敵と全力で戦える喜びで血が騒いでいる。痛みが戦慄をともなった歓喜となって、全身を駆け巡る。ゼノンは荒ぶる戦闘狂と化していた。
 薄暗い部屋の中、赤い光が2つ浮かびあがった。唸り声が重く響く。ヒビキは牙を剥き出しにして、ゼノンを睨みつけた。折られた右腕はもう治っている。
 ヒビキが疾風となって跳んだ。鋭い爪が横薙ぎにゼノンの頭部へ襲いかかる。ゼノンは避けずに両手でガードしつつ、ガラ空きとなった相手のボディへ蹴りを叩きこんだ。
 鋼のような腹筋すらたわませる衝撃をこらえ、ヒビキが跳躍した。ヒビキが空中で宙返りし、弧を描いた踵がゼノンの登頂へ振り降ろされた。
 が、一撃は虚しく空を切った。

「貴様のパワーとスピードはやっかいだが……欠点は先刻承知だぜ」

 ゼノンの右手が振られ、鞭が打ち鳴らされた。

「奈落の闇より生まれし、天魔波旬よ。猛然たる戎具を従え、我に仇なす不倶戴天の敵を末法の世へと誘え≪追躡の笞トラッキング・ウィップ≫」

 跳ねた鞭が鋭い鎌となってヒビキへ襲いかかった。
 空気を灼く鞭撃をギリギリのところで避けるが、かすめた鞭は空中で軌道を変えて思いもよらぬ方向からヒビキの背中を裂いた。鞭はさらに跳ね、逆方向から襲いかかる。
 どの方向へ逃げても、ゼノンの意志のまま踊り狂う鞭からは逃れられない。
 先まわりするように疾り、敵を斬り裂く。死角をついて襲いかかる必殺の刃――まさに乱舞する死神の鎌である。
 全身を斬り刻まれ、ヒビキは血まみれとなった。牙を剥いて咆哮するが、ヒビキの反射速度すら上まわる攻撃にはなす術もない。 

「いくらすさまじい力があっても理性を失った、ただの凶暴な獣の動きじゃ、オレの鞭には到底及ばない」

 大きくしなった鞭が光った。ゼノンが最大限の魔力をこめたのだ。禍々しい弧は、ひと振りの刃と化して空気を灼いた。この距離なら飛ばすこともない。

「グァッ!……」

 斬られたヒビキの体から血飛沫が噴き出した。斜め下へ抜けた一閃は、そのままクルリと切りかえして腹を薙ぐ。そして、今度は逆に斬りあげる――目にもとまらぬ、変幻自在の攻撃がヒビキを斬り刻んだ。
 本気になったゼノンの魔力が込められた刃を防ぐことはできない。すさまじい衝撃が全身を貫き、骨が軋みをあげた。

「ゼ……ゼノンッ‼︎」

 だが、満身創痍となりながらも、ヒビキは一歩も引きさがらなかった。
 血まみれとなった悪鬼の形相でゼノンへ肉迫する。

「ミライも、この世界もオレ様がいただくぜ~ッ!」

 余裕の笑みを浮かべたゼノンの右手が閃き、光る鞭が螺旋を描いた。鞭は唸りをあげてヒビキの首へ巻きつき、恐るべき力で引き絞られた。なんとかヒビキは手で鞭をつかむが、ビクともしない。喉が締めあげられ、窒息状態となった。

「ふふふッ、これから逃れた者は今まで誰もいない……ひと捻りで首の骨を砕いてやろう♡」

 首の骨を折り砕かれては最強を誇るヒビキといえどもひとたまりもない。

「ミライはオレ様が一生可愛がってやるから、心置きなく――あの世へいきなッ!!!」

 一気に首をへし折ってとどめを刺す――ゼノンの腕に力がこもった。
 だが、ヒビキの白目を剥いた双眸がカッと光を放ち、弛緩していた体に力が戻った。
 首の筋肉が膨張し、食いこんだ鞭を押しのけた。再び鞭をつかんだ腕が、さらに引きのばしていく。

「ぐぅおおぉ――ぉおおおおおお~ッ!!!」

 裂帛の咆哮とともに張力の限界を越えた鞭が弾け飛んだ。

「バカな……。オレ様の鞭を引きちぎったというのかッ!!!」

 首が折れる寸前だったヒビキのどこに、これほどの魔力が残っていたのだろうか。
 思わぬ事態にゼノンは愕然となった。
 鞭から解放されたヒビキはゼノンの隙を見逃さなかった。
 クルリと身をひるがえし、立ち竦むゼノンめがけて左右の貫手を放つ。だが、鋭い連撃はギリギリのところで空を切った。吹きつけられた殺気で我に返ったゼノンは大きく後退した。

「ゼノンッ!!!」

 ヒビキが跳躍し、一瞬でゼノンの懐へ飛びこんだ。
 
「クッ⁉︎――」

 ゼノンは右手に出現したヒビキへ向けて右ストレートを放つ。クルリと体をすべらせたヒビキの手が放たれたゼノンの腕を捉えた。巧みに唸り、関節をきめると同時に骨の折れる鈍い音が響いた。

「……ガッ⁉︎」

 腕を折られながらも、ゼノンは左貫手を放つ。ヒビキは、それを左フックで迎え撃った。
 ゼノンの一撃は右腕を折られているとは思えないほど鋭く速い。まっすぐ放たれた爪はヒビキの頬を裂いた。
 だが一瞬速く、絡めるように外側からえぐりこんだ腕がのびきったゼノンの左肘をきめ、砕いていた。骨が折れ、筋肉が断裂する鈍い音が響いた。
 それは偶然や勘ではなく、相手の動きを完全に読みきった攻防一体の連続技だった。

「グゥッ。そ、そんなバカな……」

 ガッチリとゼノンを押さえつけたまま、ヒビキは後ろへそりかえるように跳んだ。重なった影が鋭い軸跡を描き、逆落としを食らわした。同時にゼノンの胸へ膝を落とす。

「ガッ……」

 ゴズゥンッ――叩きつけた地面が重い音をたててすり鉢状に大きくくぼんだ。
 ヒビキの膝の下でゼノンの身体が力なく横たわった。
 投げ出された四肢が痙攣し、咳き込むような呻きをあげる口から血反吐が吐きだされた。とどもの膝落としを食らった胸部がくぼんでいる。強烈な投げで叩きつけられ、つづけざまに膝を落とされては、さしものゼノンもかなわなかった。
 血闘が終わり、静寂が包みこんだ。
 出血のとまらぬ傷を押さえて立ちあがったヒビキは倒れたゼノンを見降ろした。
 その姿は黒き破壊者ではなく、元の美青年へと戻っていた。
 風が吹き抜けた。激闘の勝者を祝福するように――。

「――お前にかなわなかった頃の俺じゃないんだ……」

 髪をなびかせ、ヒビキがつぶやいた。声には、まだ怒りの色が濃い。
 愛する者、守るべき者を得た今のヒビキは、ゼノンの知らぬ男だった。

「――今、とどめを刺してやる」

 ヒビキは腰に差していた魔導銃の銃口をゼノンに向ける。

「………………」

 ゼノンは瞼を閉じたまま動かない。
 即死こそしなかったものの、もはや指一本動かす余力すらなかった。
 勝負はついた――ゼノンは覚悟を決めた。
 魔導銃の引き金が引かれようとした瞬間。

「――待って」

 2人の勝負を見届けた僕とミントは妖精界から飛び出し、ゼノンを庇った。

「…………」

 僕たちの出現に驚いてヒビキは声もなかった。
 思いもよらぬ人物の登場にゼノンは瀕死の重体だったにもかかわらず、けろっと起き上がった。

「ミライ……なんでゼノンなんか庇うんだ?」
「それは、え~と……」

 ゼノンから世界の半分をもらうという約束が果たされていないからなんてヒビキには言えない。どう言い訳しようかな?

「ヒビキ、お前まだ分かんねえのか? ミライはオレ様のことを愛しちまったのさ♡ そうだろ、ミライ?」
「ミライに限って、そんなことあるわけねえだろ! テメエにはミライの情の深さが分かんねえのかッ⁉︎」

 僕は目を閉じ、黙考した。

「僕に免じて今回は許してあげなよ、ヒビキ。根は悪い人じゃないみたいだし」
「う~ん、ミライが言うならしょうがないか。その代わり、俺とキスしてよ♡」
「ヒビキ、お前はすっこんでな。ミライはオレ様を庇ったんだぞ。ほら見ろ、ミライの顔を! オレの熱いキスが欲しくてたまらないって顔してるじゃねぇか~♡」

 その光景を見たミントは「キ~ス! キ~ス!」と催促じみたエールを飛ばす。

「俺と、したいよな? ミライ……♡」
「悩むまでもないだろ? さあオレ様の愛を受け取れ、ン……♡」

 ミントのエールに応えて、2人が瞼を伏せ、僕にキスを求める。
 キスの表情こそ、どちらも慎ましやかなのに、おてては僕の下半身を撫でまわす。

「ま、待って、2人とも……らめぇ~ッ!!!」

 口付けどころではない僕は悲鳴をあげ、両手を正面に張った。
 迫りつつあった2人のキスをまとめて遠ざける。
 ちゅう~ッ!!!
 辺り一面、時間が止まったかのように静まり返った。その瞬間を当事者たちは誰よりも近い距離で目撃してしまって、視線を一点集中させる。
 ――ヒビキとゼノンのキスに。

「んぅううううッ⁉︎」

 2人とも目をぎょっと見開き、自分の行動を理解できていない面持ちだった。

「え~と、ヒビキ? ゼノン? 大丈夫?」

 ヒビキとゼノンは互いに唇でヨダレを伸ばし、ひっくり返って意識を失った。
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