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93 たまには変態的じゃない日常もいい
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僕が参加する初めての水泳大会は、年の終わりも近い、それでいて、うんざりするほど寒い日に始まった。
競技は2日間に渡って行われ、僕は初日の予選を危なげなく勝ち抜き、翌日の決勝に駒を進める。試合にはリョウやカスケも応援に来てくれた。
プールサイドから注がれるリョウの視線と、周囲を気にせず、張りあげられるカスケの声援。どちらにも勇気づけられて、僕は会心の泳ぎを見せた。泳ぐたびに緊張はほぐれ、体が軽くなっていくようだった。
そうして決勝に勝ち残った選手は、宿に一泊して翌日に備える。予想よりも人数が多かった、つまりはそれだけ皆が善戦したわけだが、その結果、ひと部屋に10人以上が押し込められ、窮屈に肩を寄せ合って眠る羽目になった。ただし、僕を除いて。
緊張からさほど騒ぐこともなく、早々と寝てしまった選手たちを置いて、僕は大部屋を抜け出す。向かうは同じ宿に泊まったリョウたちの部屋だ。
僕は大事な明日に控え、体育会系の男たちが放つ、むさ苦しい寝息のなかで一晩過ごすよりも、リョウたちと一緒に寝る方が遙かに有意義、と自分を納得させた。
「いやあ、アキラ♡ 待ってたよ」
ドアを開けたカスケは、にんまり笑って迎えてくれた。
「大事な恋人の初陣だからね。明日も全力で応援するよ♡」
カスケに面と向かって恋人と呼ばれたのは初めてだった。嬉しいような恥ずかしいような、それでいて、かなりの違和感を覚える。
カスケは僕を窓際の席に座らせると、ガラス張りのテーブルを挟んで向かい合い、水の入ったプロテインシェーカーにプロテインパウダーを注いでシェイクしてくれた。
「決勝進出おめでとう♡ 明日も頑張ってね」
「ありがとう♡ 明日も勝ってみせるから」
突きだされたコップに力なくプロテインシェーカーをぶつけて、僕はぐいとプロテインを飲み干す。
一息ついて窓の外に目をやると、雲のない夜空には月が浮かび、降り注ぐ月光は穏やかな海を煌々と照らしている。遙か遠くに見える港の赤色灯が優しく点滅を繰り返し、ムード満点の夜景を眺めるうちに、僕の身体はリラックスしていた。
ーーー
翌朝、空は抜けるような快晴で、夏の陽射しが照りつけるなか、様々な種目の決勝が次々に行われていった。
僕の出場する男子100メートル自由形は大会のトリを飾る最終種目で、スタートは陽の傾き始める午後4時だった。
他の選手たちの闘い振りを観戦していた僕は、いよいよウォームアップを開始。出場手続きを済ませて通路に出る。そこにはリョウが待っている。
「準備はいいか? 堅くならず、練習の通りに泳ぐんだ。アキラなら、それで充分いけるはずだ」
「大丈夫だよ、リョウ。必ず勝つから。No. 1以外の座に興味なんかないしね♡」
自分でも不思議なくらい自信に満ち溢れていた。海でリョウと競争した時に勝ったことが自信に繋がったのだろう。
僕はゆっくりと手を差し出し、リョウに握手を求める。
「僕にリョウのパワーを分けて♡ 勝利の女神が僕に微笑む、その瞬間まで……」
「いいぜ。勝利の女神とやらがアキラに微笑まなかった時は俺が無理やり笑わせてやる!」
リョウの手が、しっかりとした握力で握りかえしてきた。
集合の合図がかかり、まわりの選手たちが続々とプールへ歩き出す。
「さあ、勝ちに行ってこい!」
リョウに送り出され、僕は短く返事をした。
「うん、勝ってくる♡」
通路の先から歓声が渦を巻いて響いてくる。全長50メートルの戦場は、メインイベントを心待ちにする沢山の観客に囲まれていることだろう。
場内を満たす彼らの熱気に包まれて、僕の闘いが始まった。
ーーー
スタートの号砲を聞いてからゴールするまで、僕は一度も息継ぎをしなかった。
失神寸前の脳に夢中で酸素を吸い込んだ時、レースはもう終わっていた。
大会最後の表彰式は黄昏のなかで行われた。ポディウムの天辺に立って観客席を見渡すと、最前列からリョウとカスケがこちらを見つめていた。
まっすぐ拳をリョウとカスケに突き出し、僕は親指を立てた。
少しだけ誇らしい気分になり、僕は大きく深呼吸する。
3位、2位の選手が順番にメダルを授与され、大会委員長と握手を交わす。つづいて僕の前に立った大会委員長からお褒めの言葉を授かり、それからメダルを首にかけられる。
出口に向かってゆっくりと歩き出し、更衣室へたどり着いても場内からは僕への祝福の拍手が鳴り止まなかった。
ーーー
ハイになった僕たちは夜通しバイクで走った。腕に力をこめ、肩に頰を寄せてリョウと一つになる。
前に嗅いだのとは少しだけ違う潮風のなかを、僕たちはどこまでも駆け抜けていった。
ようやく自分の家に帰りついたのは翌朝だった。
リョウに肩を貸してもらわなければ歩けないほど疲れていて、汗と排気ガスにまみれた体をシャワーで洗い流してもらうと、倒れ込んだベッドで死んだように眠った。
競技は2日間に渡って行われ、僕は初日の予選を危なげなく勝ち抜き、翌日の決勝に駒を進める。試合にはリョウやカスケも応援に来てくれた。
プールサイドから注がれるリョウの視線と、周囲を気にせず、張りあげられるカスケの声援。どちらにも勇気づけられて、僕は会心の泳ぎを見せた。泳ぐたびに緊張はほぐれ、体が軽くなっていくようだった。
そうして決勝に勝ち残った選手は、宿に一泊して翌日に備える。予想よりも人数が多かった、つまりはそれだけ皆が善戦したわけだが、その結果、ひと部屋に10人以上が押し込められ、窮屈に肩を寄せ合って眠る羽目になった。ただし、僕を除いて。
緊張からさほど騒ぐこともなく、早々と寝てしまった選手たちを置いて、僕は大部屋を抜け出す。向かうは同じ宿に泊まったリョウたちの部屋だ。
僕は大事な明日に控え、体育会系の男たちが放つ、むさ苦しい寝息のなかで一晩過ごすよりも、リョウたちと一緒に寝る方が遙かに有意義、と自分を納得させた。
「いやあ、アキラ♡ 待ってたよ」
ドアを開けたカスケは、にんまり笑って迎えてくれた。
「大事な恋人の初陣だからね。明日も全力で応援するよ♡」
カスケに面と向かって恋人と呼ばれたのは初めてだった。嬉しいような恥ずかしいような、それでいて、かなりの違和感を覚える。
カスケは僕を窓際の席に座らせると、ガラス張りのテーブルを挟んで向かい合い、水の入ったプロテインシェーカーにプロテインパウダーを注いでシェイクしてくれた。
「決勝進出おめでとう♡ 明日も頑張ってね」
「ありがとう♡ 明日も勝ってみせるから」
突きだされたコップに力なくプロテインシェーカーをぶつけて、僕はぐいとプロテインを飲み干す。
一息ついて窓の外に目をやると、雲のない夜空には月が浮かび、降り注ぐ月光は穏やかな海を煌々と照らしている。遙か遠くに見える港の赤色灯が優しく点滅を繰り返し、ムード満点の夜景を眺めるうちに、僕の身体はリラックスしていた。
ーーー
翌朝、空は抜けるような快晴で、夏の陽射しが照りつけるなか、様々な種目の決勝が次々に行われていった。
僕の出場する男子100メートル自由形は大会のトリを飾る最終種目で、スタートは陽の傾き始める午後4時だった。
他の選手たちの闘い振りを観戦していた僕は、いよいよウォームアップを開始。出場手続きを済ませて通路に出る。そこにはリョウが待っている。
「準備はいいか? 堅くならず、練習の通りに泳ぐんだ。アキラなら、それで充分いけるはずだ」
「大丈夫だよ、リョウ。必ず勝つから。No. 1以外の座に興味なんかないしね♡」
自分でも不思議なくらい自信に満ち溢れていた。海でリョウと競争した時に勝ったことが自信に繋がったのだろう。
僕はゆっくりと手を差し出し、リョウに握手を求める。
「僕にリョウのパワーを分けて♡ 勝利の女神が僕に微笑む、その瞬間まで……」
「いいぜ。勝利の女神とやらがアキラに微笑まなかった時は俺が無理やり笑わせてやる!」
リョウの手が、しっかりとした握力で握りかえしてきた。
集合の合図がかかり、まわりの選手たちが続々とプールへ歩き出す。
「さあ、勝ちに行ってこい!」
リョウに送り出され、僕は短く返事をした。
「うん、勝ってくる♡」
通路の先から歓声が渦を巻いて響いてくる。全長50メートルの戦場は、メインイベントを心待ちにする沢山の観客に囲まれていることだろう。
場内を満たす彼らの熱気に包まれて、僕の闘いが始まった。
ーーー
スタートの号砲を聞いてからゴールするまで、僕は一度も息継ぎをしなかった。
失神寸前の脳に夢中で酸素を吸い込んだ時、レースはもう終わっていた。
大会最後の表彰式は黄昏のなかで行われた。ポディウムの天辺に立って観客席を見渡すと、最前列からリョウとカスケがこちらを見つめていた。
まっすぐ拳をリョウとカスケに突き出し、僕は親指を立てた。
少しだけ誇らしい気分になり、僕は大きく深呼吸する。
3位、2位の選手が順番にメダルを授与され、大会委員長と握手を交わす。つづいて僕の前に立った大会委員長からお褒めの言葉を授かり、それからメダルを首にかけられる。
出口に向かってゆっくりと歩き出し、更衣室へたどり着いても場内からは僕への祝福の拍手が鳴り止まなかった。
ーーー
ハイになった僕たちは夜通しバイクで走った。腕に力をこめ、肩に頰を寄せてリョウと一つになる。
前に嗅いだのとは少しだけ違う潮風のなかを、僕たちはどこまでも駆け抜けていった。
ようやく自分の家に帰りついたのは翌朝だった。
リョウに肩を貸してもらわなければ歩けないほど疲れていて、汗と排気ガスにまみれた体をシャワーで洗い流してもらうと、倒れ込んだベッドで死んだように眠った。
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